051『VS剣閣①』
『さぁ、やってまいりました、序列戦のお時間です!』
闘技場へと声が響く。
客席は見事なほどに満席で。
今より始まる戦いに、多くの生徒が押し寄せていた。
いや、生徒だけではない。
多くの教員、中には校外からも匿名の見学者も現れるほど。
今、その戦いは異様な注目を集めていた。
『その道に一度の敗北はなく、一度の辛勝もない! 圧勝に次ぐ圧勝! 不動の王者、学院の頂点! 王道の体現者たち! 彼らをこの学院が始まって史上最強と断言してしまって、誰が文句を言えるでしょうか!』
かくしてステージ上へと、一人の青年が姿を見せる。
『王者【剣閣】 ゥゥゥ!! 』
『五人一組まで許されているチームにおいて、僅か四人で頂点まで上り詰めた方々です! 今回、先陣を切って現れたのは――この方!』
紫色の髪が風に揺れる。
無感情な無表情。
感情ひとつ映さない瞳は遠くを見ていた。
青年にとって目の前の戦いはさほど重要ではなく……否、なにか他に重要なことがあるわけでもない。
大前提として、熱というものを知らない。
故の沈んだ瞳は、まるで泥のよう。
『魔法を知られて、なお対策不能!』
『三年生、序列一位! トモガラ選手です!!』
彼の魔法は知られている。
序列一位だ。
当然のように対策されている。
その上で無敗。
「ふむ。相手にとって不足なし、だな」
誰もが認める強者に向かい。
立ち上がるのは、瞳に神を宿した少年。
その瞳はまるで夜空の写し身。
彼の世界に映るのは、目の前に立ちはだかる大きな壁か。
あるいは――解体可能な魔力のパズルか。
常人にとっての攻略不可能も。
その目を前には、答えの見え透いた攻略可能へと成り下がる。
『対するは、上位序列戦初参戦! 聞くところによると、この勝負に王族の婚約が掛かっているとかなんとか!』
『序列30位!【大魔道士ルナと愉快な仲間たち】から参戦するのは、公爵家の虎の子……かの霜の再来を押さえて首席を勝ち取った怪物!』
『一年生、序列30位!リオ・カーティス選手です!!』
この対戦を迎えるにあたり。
さすがの彼も、魔力枯渇訓練は控えている。
風邪も引いてない。腹も壊していない。
文句なしの――絶好調。
何より彼は、入学試験時より魔力量が増えている。
それは誤差と呼んで差し支えない変化。
わずか、ほんのすこし、ちょっとだけの差異。
だけど彼にとっては、天と地ほどの大きな成長だ。
リオはステージの上に立つ。
対するは無表情の上級生。
その瞳に熱はなく。
その佇まいに希望はなく。
おそらく、その人生には目的もない。
三年生、トモガラを前にしてリオは首を傾げる。
「……うむ。妙な気分だな。ほんのりと懐かしいような。それでいて嫌なものを目の当たりにした気分だ。なにか心当たりはあるか、先輩よ?」
「…………」
「………………無視されたのは初めてだ」
リオはしょんぼりした。
彼はおバカであり、純真無垢であり。
あんまり難しいことを考えると知恵熱でフリーズしてしまう。そんなポンコツではあるけれど……それでも公爵家の長男であり、次期カーティス家当主だ。
無視されることなどその人生で一度としてあったことはなく……故に、彼はとってもしょんぼりした。
思わず助けを求めて控え室へと振り返り……。
その先で、シュメルがなにか身振りをしているのが見えた。
「……?」
自分の耳へと指を当て。
その後、指を交差させて『✕』印を見せる。
シュメルが示したその一連の動作を受ければ、どれだけ鈍いリオとて理解する。理解してしまう。
「……そうか。悪いことを言った」
再度、トモガラへと向き直る。
彼は言葉に反応しない。
変わらず無言を貫いている。
その沈黙に理由があったのだと察し、リオは唸る。
「謝ったところで聞こえないというのは、難しいな。だが、伝わらない想いは戦いで示すのみ。そう、最近呼んだ小説の主人公が言っていた」
「…………」
神の目が蒼く煌めく。
対するトモガラは、右手を前方へと掲げた。
互いの行動に言葉は不要。
この場は弁論を叩き付け合う場所ではなく。
魔法を、武力を押し付け合い相手を負かすための場だ。
「私は主人公ほど賢くはないが、頑張るつもりだ」
当然、身体的ハンデがあろうがなんだろうが。
手を抜くなんて選択肢は最初からない。必要ない。
なにせ相手は、序列一位の無敗伝説。
全身全霊で、リオは耳の聞こえない青年に挑む。
「馬鹿なりの全霊だ。どうか受け取って欲しい」
☆☆☆
開始の合図は、声と同時に火花が散った。
聴覚で試合開始を知るリオに対し。
散った火花で開始を悟り、動くトモガラ。
先手はトモガラの魔法だった。
「……」
魔法詠唱は一切ない。
右手を振るう。
と同時に、音の衝撃がリオを貫いた。
「ぐ……ッ、【音魔法】とやら、か!」
貼っておいた不可視の『壁』すら貫通し。
音は一切の防御を無視し、リオへとダメージを与える。
リオの腕にある魔導器の数値が『5』から『4』へと減少する。
その光景を、トモガラは無感情に眺めていた。
トモガラ。
平民出身の魔法使い。
チーム『剣閣』を設立以降、無敗を誇る傑物。
彼の魔法は――【音魔法】。
この世界において、補助魔法とされる魔法の一つだ。
音魔法とは、音を操る魔法。
より広く、より迅速に音を届ける魔法だ。
少なくともこの世界ではそういう風に認知され、そのように利用されてきた。
そんな音魔法は、魔法の中では比較的希少であり、汎用性こそ無いものの……音を届けるという一点に限れば他の魔法の追随を許さない。
吟遊詩人。
音楽家。
演説補助、その他諸々。
多くの面で音魔法は人類の発展を支えてきた。
有り体にいえば『アタリ』の魔法。
授かっただけで、職にあぶれる未来はない。
平民からすれば、諸手を挙げて喜べる魔法だろう。
――だが、トモガラだけは例外だった。
彼は生まれつき耳が聞こえない。
音が聞こえない。
彼は、音がどういうものかわからない。
音を届けるという解釈が出来ない。
そもそも『音』を知らないのだから。
彼にとっては、【■魔法】。
要肝心な部分だけが潰されている。
文字としては理解できても、存在を知らない。
分からない。分かるはずもない。
彼は自分の魔法を何ひとつとして知らない。
それでも、考えることだけはできた。
想像することだけはできた。
そんな環境が――彼を暴虐に走らせた。
【音とは、暴力である】
再び、トモガラが腕を振るう。
透明な『盾』での防御は不可能。
リオは咄嗟に回避に移るが――相手は音速。
人の身で避けることなど叶わず、魔導器の数値が『3』へと落ちる。
その光景に、尚もトモガラは何も感じない。
感じないソレこそが、音なのだと彼は考えていた。
昔、村が魔物の襲撃にあった。
魔物が口を大きく開いて何かをしていた。
周囲の人達は耳を抑えて蹲り、窓ガラスが割れた。
ただ一人、自分だけが何も感じなかった。
その瞬間、彼の理論は決定的に歪んだ。
他の人にだけ影響があり。
ただ一人、自分だけが感じ得ないもの。
コレこそが、音なのだとしたら。
音とは、暴力なのだろう。
時に人を傷つけ、物を壊す。
大きな音に人は耳をふさぎ。
ガラスは割れて、家屋が揺れる。
それは全て『音』のせい。
ならば、■魔法とは、攻撃の魔法である。
以上、間違った理論の証明終了。
この世界の誰もが辿り着けなかった、音魔法の別の使い方――『攻撃魔法への転化』へ、過程も理論も何もかも間違った状態から、トモガラは奇跡的に辿り着く。
防御貫通、不可視の音速攻撃。
それこそが、彼の扱う音魔法。
こと、序列戦においては反則の中の反則だ。
トモガラが序列戦にて負けたことはなく。
同時にダメージを負ったことも、無い。
完全無欠。
一度の辛勝すらなく、圧倒を重ねてきた。
――その伝説に今、土がつく。
「なるほど。それなら対処可能だ」
瞬間、トモガラの上体が大きく仰け反った。
音魔法のソレとは比べ物にならない衝撃。
魔導器の数値は『5』から『2』へ。
一瞬で消し飛んだ数値と、無傷伝説。
そして、予備動作もない不可視の攻撃に、トモガラはここに来て初めて驚きを見せた。
「……!?」
「生まれに絶望し、希望を見いだせず、努力全てを無駄と決めつけ、濁った目で世界を見渡す……。うむ。少し前の私だな。そんなものを見ているのだから、気分がいいわけがない」
不可視の音速攻撃。
防御貫通。
前代未聞の音の使い方。
攻略不能な絶対強者。
彼に埃を被らせたのは、ただの凡人。
才能などなく。
努力を嫌い、未来を見限り。
ただ一つの『眼』に縋り、成長を拒絶した。
それでも、そんな自分を『過去』のものとし。
今まさに成長を始めたばかりの、もう一人の英雄の卵だ。
「……!」
三度、トモガラの攻撃。
不可視にして音速の魔法。
ソレを、神の目はいとも容易く捕捉していた。
「【糸】」
たった一言。
リオの魔法の行使と共に――音が裂かれる。
不可視の衝撃は、縦に一刀両断。
音速のまま、リオの両隣を掠ることなく通り過ぎる。
「……!?」
「私のような馬鹿でも、対戦相手の情報収集くらいはしたぞ? 貴様、さては私に興味がなかったな?」
リオ・カーティス。
今年度の首席入学者。
霜の再来を押さえて頂点を取った逸材。
魔法使いの天敵。
彼の眼は、魔法の全てをひと目で読み解く。
どんな魔法か。
いつ発動するのか。
どんな軌道で動くのか。
そして――どこを狙えば壊れるのか。
しかもその眼が捉えるのは、魔法だけにあらず。
魔法を使う、術者の体。
その魔法の通り道すら解剖し。
当然のように、魔法の発動すら阻害する。
「……?」
「一撃目と同じ威力であれば……万が一もあったが、私の魔法を食らっただろう? なら、先程と同じ攻撃は放てない」
入学試験でシュメルも受けた『魔法の威力低減』。
厳密に言えば【魔力の硬直化】とも呼べるソレは、使用する魔法のキレを鈍らせるだけではなく、身体強化の冴えすら劣らさせる。
使用条件は――魔法で攻撃するだけ。
あってないような軽い条件に対し、敵対者へと課されるペナルティは地獄のようなもの。
近接戦闘を主とする者以外――純正の『魔法使い』からすれば、牙を全て折られるに等しい。
「貴様の生き方を否定するつもりはない。むしろ肯定しよう。誰にも馬鹿になんてさせるものか。……だが、私はその生き方を辞めただけ。私たちの差異は数あれど、大きな違いはその程度だ」
生まれつきハンデを抱えた青年と。
神の目以外がハンデだった少年。
才能や出生の違いはあれど、リオの言う通りだ。
二人の違いは、今の在り方。
「私は、世界を見ることにした。未来を見ることにした。どうしても負けたくない相手ができてしまった」
今を生きるか。
未来に生きるか。
それだけが、勝敗を分けた。
「悪いが、それまで負けてはいられんのでな」
トモガラは、魔法を放つ。
全身全霊、一撃で終わらせるつもりで放った音撃。
しかし、その攻撃は既に『解体済』というもの。
一度仕組みを理解したものを、神の目は見逃さない。
先と同様、音撃は真っ二つに叩き割られ――。
それと同時に、トモガラの顎へと衝撃が走る。
「……、……っ!?」
防御と攻撃の、完全な同時行使。
入学試験のリオには出来なかった芸当だ
トモガラが驚くより早く、魔導器の数値が、『0』へと落ちる。
『け、決着――ッ!? な、なんと、いきなり無敗伝説が敗れてしまいました!!』
『しょ、勝者は、【大魔道士ルナと愉快な仲間たち】所属……』
歓声と試合終了の合図を受けて。
リオ・カーティスは、満足気に拳を握る。
「成長とは心地よいものだ。癖になるな」
リオは、強くなることを知ってしまった。
なら、もう後戻りはできない。
彼は努力に、魅了された。
第1試合、勝者……リオ・カーティス。
残り特典『3』ポイント。
――剣閣、残り3人。




