050『切れぬ縁』
僕には、転生時の記憶が足りてない。
理由はわかる。
どうせ、あの魔女が手を加えた弊害、ってところだろう。
僕は半田塁ではなく、シュメル・ハートだから。
その置換の過程において、いくつか記憶を『半田塁』に置き忘れてきた。
そういうわけだ。少なくとも僕はそう認識している。
だが、魔女の反転も万能ではなく。
時を経て、違和感に認識が追い付いて。
自身の『齟齬』に気づいてからは、記憶がふと蘇ることもあった。
たとえば、僕はどれだけの人を犠牲に転生したのか、とか。
たとえば、他にどんな転生先がいたのか、とか。
「……そうだった。やっと、思い出した」
強烈なトチ狂いお姉ちゃんとの邂逅より、数日。
その日、朝目が覚めて、思い出したことに気づく。
【能力】剣帝[SS]
【魔力量】F
【身体能力】S
残り回数、597回
その文言。
かつて見た特大の希望。
魔弾とかいう大外れ祭りの中現れた救世主。
あり得たかもしれない転生先。
だけど、たった一つだけ。
『性転換は望まない』なんて理由から蹴り捨てた未来。
転生時の選択肢における、最強最高の転生先。
【名前】アイサ・クローズ
【性別】女
「……道理で、どこかで聞き覚えがあると思った」
頭を抱え、深いため息を漏らす。
……そうか、王族だったか、あの選択肢は。
選べばよかったかな。
いや、選ぶべきだったのだろう。
【名前】シュメル・ハート
【性別】男
【能力】反転[SSS]
【魔力量】F
【身体能力】F
残り回数、37回
そこから生まれたのが僕であるならば。
わずか37回。されど37人もの貴重な機会を引き換えに。
得られたのが、これほどの才覚であったのならば。
『残り回数、597回』
そこから生み出されていたのは、どれだけの怪物だったのだろうか?
きっと、今の僕とは比べ物にならない傑物だったはずだ。
努力も成長も必要ない、最初から頂に立って生まれた『最強』。
そんな存在に生まれ変わっていたはずだ。
そう、しっかりと理解したうえで。
ふと窓の外を眺めて、笑い飛ばした。
「だとしたら、フォルスとも出会ってなかったんだろうな。僕は」
僕は『アイサ・クローズ』を選ばなかった。
小さな理由で、最適だった選択肢を蹴り飛ばした。
僕は生まれながらの最強をあきらめた。
不要な努力を甘んじることにした。
その代わり、反転という魔法を手にして。
だからこそ、フォルスは僕に目を付けた。
そのせいで多くの騎士が死んだ。
父上の腕は失われた。
額に傷は残ったし。
腹の底には、決して消えぬ怒りが灯った。
シュメル・ハートに転生しなければ、今の悲劇はなかった。
――けれど同時に、僕があの背中に憧れることもなかったはずだ。
「さて」
思考を整理して、ベッドから立ち上がる。
……つくづく、人でなしだな僕は。
仇であると知っていながら。
あの人への憧れは止められない。
あの日見た強さへの渇望は、今も褪せちゃいない。
その過程でどれだけ苦しみ、絶望しようとも。
あの背中を目指して駆ける今が、楽しくて仕方ない。
傍から見て、きっと僕は破綻しているのだろう。
制服に着替え、部屋を後にする。
設定の書き換え、大きな矛盾。
そこから始められた僕の人生は、今もまだ歪み続けている。
それでも、信念だけは揺るがない。
どれだけ損に塗れようとも、多くの不足に見舞われようとも。
僕の選んだこの道は、間違っていない。
間違うわけにはいかないんだ。
僕は正しく生きて、証明する。
『お前の思い通りにはならなかっただろ?』と。
楽しく生きて、正しく生きて。
真正面から魔女を否定する。
それこそが、僕に彼女にできる最高の恩返し。
最大の復讐であり、生きる目的だ。
「だから……躓いてるわけにはいかないんですよ」
気持ちはわかる。
想いは理解できる。
その上で……すいません。真正面から叩き潰します。
僕のあり得たかもしれない可能性。
もう一つの道。
最適の転生先。
時代の麒麟児。
もう一人の『天才』。
この道を選んだことを、正しかったと証明するために。
それ以前に、クラリス殿下の隣を歩くものとして。
アイサ・クローズ。
僕は、あなたの願いを踏みにじる。
☆☆☆
「いやぁ、これぞ青春! 路線変更、恋愛編まっしぐらってやつですよぉ!」
ルナが、喜色満面でそんなことを言っていた。
場所は、序列戦のためだけに用意された円形闘技場。
大きさも構造的にも、コロッセオに近いかもしれない。
そんな試合会場の、控室にて。
序列第一位の絶対王者『剣閣』との対戦を前に、何を言ってるんだこいつは?
「翻訳してもらっていいですか? ちょっと理解できない言語でした」
「私に聞くなよ。知るわけがない」
「私もわかりかねます。ルナさんには独自の世界観がありますから」
「何言ってんですか! この鈍感三人組がぁ!」
ルナが吠えた。
あまりに失礼な遠吠えだった。
「……お前な」
「シャラップ鈍感筆頭! ここまで大事になっていて、なにいつも通りな顔してクラリス殿下と並んで立ってんですか! 普通は気まずくなるでしょ、普通はァ! お互いが見て見ぬふりしてきた好意を突き付けられて、甘酸っぱい青春の一つでも見せつけるところでしょうが!」
「いや……そういうのはないですよね?」
「ええ。そこまで子供でもありませんし……」
「この熟年夫婦がッッ!! 私の期待を返してくださいよぉ!?」
ルナはまたも吠えた。
今度は、負け犬の遠吠えだった。
「甘酸っぱい青春を見れるかと思ったのにぃ……。しどろもどろになってるシュメルさんが見れると思って楽しみにしてたのにぃ……。それをネタに半年間はいじり倒せると思ったのにぃ……」
「ひっぱたくぞお前」
「ひぃん!? ひっぱたいてから言わないでくださいよぉ!」
そんな感じでルナをいなしつつ、殿下へと視線を戻す。
「お互いに気まずくなるということは、短期間とはいえ距離が空いてしまうということ。私がシュメル様と距離をとる事なんてあるはずもありません」
「僕もですね。そりゃ、体が汚れてる時とかは話は別ですが、変に気にして殿下の隣に居られなくなる、ってのはちょっと……」
「なんで付き合ってないんですかこの人たち……」
呆れ果てた様子のルナ。
そんな彼女の肩を叩いて、リオは言う。
「付き合う……ということは、槍か何かで争うということだろう? 仲間内で無意味に争うことはない。仲がいいなら良かったではないか」
「じ、純粋!? なんなんですかこの人! いつからパーティの常識人枠が私になったんですかぁ!?」
常識人枠?
何言ってんだこいつ。
少なくともお前ではないだろうが。
そしてリオでも無いことは確かだ。
そんなことを考えていると……ふと、強烈な気配が近づいてくるのを感じ取る。
控え室の入口へと視線を向ける。
クラリス殿下が難しい顔を浮かべたのを見て……少し躊躇いはあったものの、迷いを振り切り声を上げた。
「対戦前に……何の用ですか、アイサ殿下?」
「……?」
僕の発言に首を傾げたのはルナ。
リオもクラリス殿下も驚いた様子は見せない。
扉の向こうから、返事はこない。
ただ、強烈な気配は扉一枚挟んだ向こうに立っている。
「……う、うむ。改めて、挨拶をな」
「うへぇ!? 」
ややして、返ってきたのは緊張に満ちた声だった。
ルナが驚く中、クラリス殿下の表情がさらに強ばる。
扉の向こうのお姉ちゃんと。
扉のこちらで顔を俯かせる妹と。
二人を見比べ、僕は小さくため息を漏らす。
「……の割に、顔も見せないんですねぇ。だから妹に嫌われるんですよお姉ちゃん」
「き、嫌われてなどいるものかァ!」
少し煽ると、勢いよくアイサ殿下が扉を開く。
しかし、クラリス殿下の姿を見た瞬間、その勢いも見る見るうちに失われていった。
「え、っと、……その」
「……ええ、嫌ってはおりません。お姉様は幼い頃から優しく、強く、賢く……私にとっての目標でしたから」
クラリス殿下は、過去形で言い放つ。
僕は……二人の関係はよく知らない。
だが、僕とクラリス殿下の出会いを思い出し。
家族の誰かに殺されかけた幼い王女を思い出し。
……僕は、上手い解決策を見つけられずにいた。
「あの日以降、私にとっての家族とは信用に値しないもの。だって誰かが企み、誰かが見逃し、誰かがみて見ぬふりをして、私は殺されかけた」
「っ、わ、私は……ッ」
「お姉様に限って、無いとは思うのです。……ですが、心の底から信用していた人達に裏切られたあの瞬間、壊れてしまったんですお姉様。貴女に向けるべき信頼は」
そう、壊れたんだ。
あの日、幼き王女は信頼全てを壊された。
そして、たまたまそこに現れた赤の他人に光を見いだし、依存した。心の底から盲信した。
絶対に、暗殺計画に関わっていない人だったから。
「……今の私は、シュメル様を信頼しています。例えシュメル様が私の『愛』を信じきれずとも構わないのです。妄信と、依存と思われても構いません。私はただ、推しに愛を捧ぐのみ。それ以上は求めていません」
「シュメルさん……」
「…………おい。なんだその目は」
ルナが呆れた目で僕を見ていた。
ちゃんと信じてるって。
いや、ほんとに。
最初はアレだったけど、流石に今は大丈夫だって。
僕は咳払いをすると、気まずそうな僕を見ていたクラリス殿下は笑みを浮かべた。
「……だから、お姉様の余計なお節介は不要です。第三者が、勝手に私たちの関係性を定めないでください」
「ぐ、ぬぅ……っ!?」
お姉ちゃん、大ダメージ。
心臓を押さえてたたらを踏む。
だが、すんでのところで踏みとどまったお姉ちゃんは、苦悩の表情の中に、それでも笑みを浮かべた。
「ふ、ふふ、ふふふ! なるほど、余計なお節介! だがな妹よ、愛する妹よ! お姉ちゃんにかかれば妹のちゃちな『嘘』などお見通しよォ!」
「……嘘。嘘と言いましたか?」
「ぐっ……、い、言ったとも! あぁ、二言はない!」
絶対零度のクラリス殿下の視線。
それを受け、さらにキツそうな顔をしたお姉ちゃんだったが、曲がることなく妹へと向き直る。
彼女は目を閉じ、小さく深呼吸をする。
再び目を開いたその時、アイサ殿下の目から迷いは消えていた。
「クラリス。それはお前の求める誠実ではない」
「……お姉様。今の発言だけは聞き流せません」
誠実。
それは、クラリス殿下が追い求める『僕の理想』。
出会ったあの日から今日に至るまで。
おそらく、クラリス殿下が貫いてきたもの。
それを、アイサ殿下は真正面から否定した。
「人である以上、そんなものはありえんのだよ。人の欲望がそこにある以上、『愛する人が他人と一緒になっても構わない』なんて発言はありえない」
クラリス殿下の掲げた狂信。
その根底を揺さぶるアイサ殿下に、初めてクラリス殿下の表情に苦々しいものが映る。
「ですが、シュメル様を思えば……」
「そう、愛する人を思えば。我が妹ながら、その考えは実に美しい。だが嘘であり誠実ではない」
「……ッ」
「清廉と誠実を履き違えるな。お前は――」
「……そこまでですよ。アイサ殿下」
クラリス殿下を庇うように、僕は立ち上がる。
そんな僕を見て、お姉ちゃんは悪い顔をした。
「分かっていて、黙っていたな? 悪い弟くんだ」
「そうですね。僕は悪い弟なので……思う存分お姉ちゃんを打ち負かしますし、貴方の望みを砕きます」
言いたいことはよく分かった。
理解もできる。共感もできる。
だが、そこまでだ。
「今さっき、妹にも言われてたでしょ」
そう言って、深呼吸ひとつ。
僕は笑って、シスコン麒麟児へ突きつける。
「関係ないのはすっこんでろ。これは、僕らの問題だ」
「――よく吠えた。それでこそ、我が弟くんだ」
そして、鐘が鳴る。
序列戦が、まもなく始まる。
「よろしい。では、決着は後ほどだ」
「後ほど。間もなく、の間違いでしょう?」
「ふふ、つくづく面白い子だ。気に入った」
そう言って去っていく彼女を見送り、息を吐く。
「……あ、あの。シュメル様」
「気にしないでください。色々小難しいこと言ってましたが、総じてシスコンの戯言だと流しましょう」
「無礼だな」
「無礼ですねぇ」
リオとルナがなんか言ってたが、無視する。
クラリス殿下を真正面から見返して。
僕は、小っ恥ずかしい本音を彼女へ送る。
「そもそも、これは僕たちの問題で、関係なんです。なら、思う存分好きにやりましょう、殿下」
他人にどう言われようと関係ない。
好きにやりたいから、好きにやるんだ。
どうやったって、所詮は僕たちだけの関係性。
お姉ちゃんだろうと、口を挟む権利は無い。
……それに、心配なんて最初から要らないんだよ。
責任は取る。二言は無い。
ただ今は、まだもう少しだけ。
殿下の気持ちが整理できるまでは、このままで。
「……そうですね。私としたことが、シュメル様への愛を揺さぶられるとは思いませんでした。……これも、ひとつの試練と考えましょうか」
彼女は笑みを取り戻し、立ち上がる。
「それに、そうでした。シュメル様が負けるはずもありません。あんな妹狂いなんて目ではありません」
「……それはそれでプレッシャーですが」
あれでも、僕の最有力転生候補ですからね。
身体能力は僕と並び。
魔法だって、僕の中途半端な反転よりはずっと強い。
こうして並べただけでも、アイサ・クローズは強敵だ。
間違っても、舐めてかかっていい相手ではない。
だが。
「それとも、シュメル様は負けるご予定が?」
クラリス殿下にそう問われると。
僕は苦笑し、こう答える訳だが。
「無いですね。これっぽっちもありません」
相手が誰であろうと。
彼女のためなら、命を賭して勝利を拾う。
僕にできるのは、それだけだからね。
清廉ではある。
誠実ではない。
清く美しく、見栄えよく嘘を並べる。
そんな妹を見て、姉は猛る。
「お前らさっさと結婚しろよ!」と。
しかし、同時に理解もしていた。
妹が誠実の意味を履き違える限り、彼は絶対に動かない。
なんてったって、それが彼の誠実であり、愛であり。
妹を思っての行動なのだから、姉としては怒れない。
まったく、つくづく悪い弟くんだ。
次回【VS剣閣①】




