048『才能の片鱗』
才能、という言葉がある。
ただ、人はその言葉を測り違えている。
それでも私は、それを悪いとは思わない。
だって、彼らは知らないだけなんだから。
この時代は、本物の才能を知らない。
人智を超えた才能の化身を、誰も知らない。
ただ強くなる為だけに生まれてきた怪物を。
勇者ルミエールを、知らないだけなんだから。
『ねぇ、ステラ』
「……おい、魔女よ」
はたと、目を覚ます。
夢を見ていたみたいだ。
それは、酷く懐かしい夢。
既に忘れて、見限ったはずの過去。
それでも未だに思い出すのは……なんでだろうね。
惜しかったと。
心の底から、悔やんでいるからかもしれない。
「んぅ? なんだい、おじいちゃん?」
「抜かすなババァが。……よくもまぁ、自分を殺そうと躍起になっとる狩人の前で眠れるのぉ?」
隻眼の老人は、呆れた様子で茶を飲んでいる。
「そういう君こそ、寝込みを襲おうとは思わなかったのかい? 一度くらいは致命傷、与えられたんじゃないの?」
「そうさのぉ。幾度かは致命傷を叩き込めたじゃろう。事実、お主が不死なら殺しておる。……不死でもないのに再生するがゆえ、困っとるんじゃ」
隻眼の老人は、鋭い目を私へ向ける。
うーん、殺意たっぷり。
錆び付いた老骨が、今や全盛期へと戻りつつある。
数年前に遊んだ時ならいざ知らず、今ならそれなりの退屈しのぎにはなるだろう。
「で、本音は?」
「……ワシが頭を悩ませんでも、お主はじき終わる。そう、ここ数年で嫌でも理解させられた」
「ふふふ、シュメルかい?」
老人は何も返さない。
その反応に笑みを深めて、頬杖をつく。
「でも、まだ早いでしょ? 彼が私の命に指先を掛けるのは……最低限、ダンジョンを踏破してからになる。せっかく植えた『因子』なんだから、有効利用してもらわないとね」
「……なんじゃ。お主、まだ小僧になんぞ仕込んでおったのか? 反吐が出るのぉ」
心底軽蔑した目を向けてくる老人。
酷いなぁ、昔の仲間に向かって。
まぁ、今は敵だからなんとも思わないけれど。
「……まぁ、良い。見て見ぬふりは得意じゃろう。思う存分目を逸らせ。あの光は、お主には眩かろう」
「……どういうことかな?」
「ただの才能。それを心の底から恐怖した。それなりに長く生きてきたが……生涯二度目にして、過去最大の恐怖でもあった」
老兵の目には、私には見えない光が見えている。
首を傾げる私に向かって、彼は疲れたように笑って見せた。
「なに、難しい話ではない」
「小僧の才覚は、勇者のソレを超えておる」
☆☆☆
世界を読むということ。
担任から与えられた、無理難題。
それを感覚としては、最初から知っていた。
喧騒が鼓膜を揺らす。
訓練場のステージの上。
序列戦の真っ只中。
対戦相手の真っ赤な顔と。
肌を突き刺すような、鈍い殺意。
短く、息を吸う。
喧騒が消える。
わずか数瞬の、視界の遮断。
まばたき一つ。
意識が、『庭』へと逆行する。
思い出せ、あの日常を。
あの危機を、あの死線を。
一歩間違えなくても即死の地獄を。
耳と鼻と肌と直感と。
全てで自然を感じ取り。
竜から逃げ続けたあの日々を。
しかと、思い出し。
そこに今度は、『視覚』情報を乗せるだけ。
そう、難しいことではないだろう?
半分は、自己暗示。
自身への脅迫。
もう半分は確固たる自信をもって、目を見開く。
新しい世界を、目の当たりに。
視界が色鮮やかに煌めいた。
喧騒が戻ってくる。
意識は『庭』から現実へ。
かつての感覚はそのままに。
音を嗅ぎ。
匂いを聞いて。
現実をよく見て。
一歩。
木剣を片手に、新世界へと踏み出した。
「分からせてやるよッ! クソガキがぁ!」
上級生、名前は知らない。
武器は僕と同じ木剣だ。
握りしめた柄に力が込められる。
魔法を発動するにしては、剣を握る手に込められた力が強い。
それだけ力みながら、魔法まで使いこなせるほど……この相手は強くない。
「ダメだろ、それは」
「……ッ!?」
彼我の距離、十数メートル。
僕にとっては間合いの内側。
あっさりと相手の眼前へと踏み入って。
構える直前まで動いていた相手の木剣を、剣で抑える。
まるで蓋をするように。
両手で力強く握られた剣を、片手で制した。
「……こ、この……ッ!」
「……勘弁してくださいよ。せめて魔法くらい使ってから退場してもらわないと、準備運動にもなりませんって」
目を見開く三年生を、正々堂々、真正面から見下ろす。
年齢は違う。
だが、体格が違う。
力が違う。
経験が違う。
格が違う。
その気になれば、この瞬間にでも勝負は決められる。
殴って終わりだ。それで済む。
これ以上、性格の悪いクズを相手にしなくていいわけだ。
万々歳で終わってしまう。
――そう、終わってしまう。
それは少し、もったいない。
耳元へと顔を寄せ。
誰にも聞かれぬようにと笑い、本音を語る。
「魔法を使え。全霊でいい。それで初めて、お前は晴れて練習台だ」
目が見開かれる。
あわや血涙かと疑うほどに、見開かれた目は充血していた。
頭に血が上る、という表現では少々温いほど。
大きく、熱く、怒りという単情が燃え盛る。
「…………ぶち、殺すッッ!!」
「お好きにどうぞ。叶わぬ夢を見るのも、学生さんの特権だ」
激情に、タガが外れたか。
尋常ではない力で木剣が押し返される。
これ幸いとばかりに後方へと下がるが、相手は追撃の様子を見せない。
剣に込められた力は依然強いが、それは怒りによるもの。
「舐めんじゃねぇよ、親の七光りがぁぁぁッッ!!」
彼の周辺で光が瞬く。
魔法の光だ。
警戒心は引き上げない。最初からそんなものは最大だ。
一撃でも受ければ死ぬつもりで。
全霊で集中力を高め、相手の魔法を、見る。
「私の魔法を初見で見切れた者など皆無! 序列第一位……第一王女殿下にすら通用したこの魔法、貴様程度に見切れるものかよォ!!」
「そうか。それは楽しみだ」
静かに、木剣を構える。
相手の魔法、謎の光。
初見で見切れた者はいない、という自称。謎の自信。
とはいえ、第一王女殿下にすら通用したという話。
ならば、相応に強力な魔法か。
もしくは、マイナーすぎて対応が難しい魔法か。
思考が加速する。
目を見開いて、魔法の特徴を捉える。
青い魔力の光。
その数は五つ。
光は一つ一つがそれなりの大きさだ。
目算で、サッカーボールほどかな。
あれが全て攻撃だとしたら、手数は多い方だ。
ならば、と。
頭の中で、膨大な選択肢の中から魔法を絞る。
蒼炎魔法。
精霊魔法。
炸裂魔法。
強力なもので、該当するのはここらへんか。
だが、と思考が待ったをかける。
そもそも相手は31位。今考えた通りの強力な魔法使いなら、こんな低い序列にとどまるか?
いくらクズでも、上位を狙えるだけの才能があるなら、狙うはずだ。そう思う。
だが……いや、性格にもよるか。
相手がどれだけ腐ったクズかは知らない。
強力な魔法である可能性を切るのは危ない。
だが、可能性は低いとみるべきか?
再び、思考が加速する。
だが、視野は広く。
加速した思考は柔軟に。
耳聡く、肌は鋭敏に。
嗅覚で全てを感じ、目を限界まで見開く。
そして、見る。
「死に腐れッ、英雄モドキがよォ!!」
魔法が放たれる。
完全な同時攻撃ではなく。
時間差で、次々と魔法の光が僕へと迫った。
僕は、剣を構えて相対する。
……完成品じゃなくてもいい。
未完成だってかまわない。
最初から、常時だなんて完璧は求めない。
ただ、求めるは今この瞬間。
不完全な、瞬くような『世界視』だ。
一歩。
振り下ろした木剣は、するりと魔法を両断する。
魔法は見えている。
二歩、三歩と。
木剣を振るい、また魔法を斬り払う。
蒼炎魔法特有の熱も。
精霊魔法特有の動きも。
炸裂魔法特有の衝撃も。
何ひとつとして、感じぬまま。
四つ目の魔法を切り払ったところで。
最後、五つ目の魔法を前にして。
大きく広げた視界の端に、ほんの一瞬、捉えた。
にやりと。
歓喜に歪む、対戦相手の顔。
ピタリと。
振るい始めた木剣が、止まる。
眼前へと迫る魔法。
この魔法は、受けるべきではない。
即座に判断し、魔法を避ける。
紙一重。
それは見切った証拠。
最短距離で、かつ掠らせもせず。
すり抜けるように魔法を躱し、相手の眼前へ。
「第一王女殿下に一発食らわせた、ってのも納得だ。これは、知らなきゃ分からない」
「な、なんで……! どうして最後の一撃を……」
「悪いが、初見殺しは大の嫌いでな」
こちとら本の虫。
知らないことは調べるまで。
俗にマイナーと呼ばれる魔法でも。
しっかりと、僕の頭の中には入ってる。
「ロシアンルーレット。それがお前の魔法だな?」
「……っ!? ど、どうしてそれを!」
ロシアンルーレット。
五つの魔法を放ち。
そのうち四つの魔法は威力が弱く。
その分、一つの魔法に様々な特殊効果を載せる魔法。
それは呪いであったり、シンプルな威力の向上であったり様々だが……この男の性格の悪さを思うに、食らった時点で痛手だった、と見るべきだろう。
当然それは、剣で触れるだけでも一発アウト。
第一王女殿下は、おそらくソレで一撃食らっている。
「ふ、ふざけるな! こ、この魔法は授業でだって習わない!」
「そうだな。数千人に一人の珍しい魔法だ。……だが、そんなこと言ってるから『学生さん』なんだよ、お前」
授業で習わなかったから、なに?
ちゃんと古書館には、その魔法の本があったぞ。
世にも珍しい魔法。
初見殺しに特化している代わりに、初見殺し以外の『汎用性が極めて低い』魔法って書いてあったな。
その通りだ。
木剣を振るう。
それは相手の脳天へと、寸分違わず直撃する。
全てのダメージを魔導器に肩代わりされつつも。
許された『五回』の無効化を、一瞬で消し飛ばす。
「あ、が……っ」
「ただまぁ、文句は言わないよ。もう二度と関わることもないだろうし。それに、覚えるほど興味もない」
現に、名前も知らないしね。
だから、道の途中でばったり出会った程よい練習台として。
僕は最後に、名も知らぬ学生さんへ感謝を送る。
「ありがとう。もう少しで、なにか掴める気がするよ」
☆☆☆
「……なんなんですか、あの子」
シルバーは、その光景に目眩を覚えた。
ありえない。
信じられない。
でも、こうして目の当たりにする現実だ。
頭を抱え、目を細めて少年を見る。
「……一瞬ですが、確かに」
見逃すことはなかった。
彼が四つめの魔法を切り捨てた直後。
目の使い方を知らなかったはずの少年が。
確かに、目を使って『相手の表情』を読み取った。
その上で知識と合わせて判断し、攻撃を躱す。
その行動。
その一連の動きが。
明らかに、彼の知る『その域』に達していた。
「……おいお主、何を教えた?」
「何も教えてないんですよ。だから、こうして驚いてるんです。学園長」
隣で観戦していた学園長グレイス。
彼女の頬に、一筋の冷や汗が見えた。
「魔法が見えないのではなかったのか? なら、なぜ魔法を切り捨てられる。なぜ魔法を躱せる。なぜ戦闘中に相手の表情すら見ている余裕がある。なぜ、あれほど奇っ怪な魔法を、短い戦闘の中で見破れる?」
「分かってるでしょ、才能ってやつです」
当然、大前提とした努力はある。
リオ・カーティス。
英雄殺しオーディ。
立て続けに出会った『知らない魔法』。
それに対して、ひたすら魔法への知識を深めた。限界まで古書館で情報を漁り続けた。
そういった積み重ねは、当然のように在る。
だが、そんなものでは説明がつかない。
血が滲むような努力。
その根底に横たわる、無視できぬ【才覚】。
絶対的な天才性。
理解不能な出来の良さ。
シルバー。
グレイス。
長年生徒たちを見守ってきた二人をして。
【見たことがない】
そう断言出来る、絶対的な才能。
それは、たった半日で『世界視』を実現する。
「お主が、旅の果てに得たものじゃろうに」
「それをたったの半日で、魔眼もなしに実現されたとあれば……もう、認めるしかないでしょうね」
シルバーは呆れ混じりの笑みを浮かべる。
シュメル・ハート。
異次元の才能。
理解不能の集合体。
紛れもない、次世代の最強。
「若き天才。英雄の卵。その芽は未だ青くとも……」
「可能性は天井知らず、というわけか」
今はまだ青い芽も。
確実に、未来へと伸びている。
その確信を得て、二人は訓練場をあとにした。
その帰り道。
「よかったのぉ。おかげで、寂しくないじゃろ」
思い出したように笑う学園長に。
シルバーは、つくづく困った様子で肩を竦めた。
「それより、困ってるのが実情ですね」
それより語ったのは、本音も本音。
「もう、教えることが無くなりました」
【豆知識】
〇世界視
世界を読む技術の総称。
視野は広く、思考は柔軟に。
目に映る全てから情報を読み取り、戦いへ活かす。
また、視覚以外の聴覚や嗅覚、果ては知識や経験まで総動員し、自身を中心とした知覚範囲全てを手に取るように把握する。
当然ながら、通常は魔眼ありきでの技術。
生身ではまずもって到達できない、一種の極地。
また、シュメル・ハートは僅か半日で入門した模様。
いくら基礎が最初からできていたとはいえ……言うまでもないが、後にも先にも人類最短記録である。




