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異世界転生、ちょっと足りない  作者: 藍澤 建
第二章【その芽は未だ青くとも】
49/50

048『才能の片鱗』

 才能、という言葉がある。

 ただ、人はその言葉を測り違えている。

 それでも私は、それを悪いとは思わない。

 だって、彼らは知らないだけなんだから。


 この時代は、本物の才能を知らない。

 人智を超えた才能の化身を、誰も知らない。


 ただ強くなる為だけに生まれてきた怪物を。


 勇者ルミエールを、知らないだけなんだから。


『ねぇ、()()()


「……おい、魔女よ」


 はたと、目を覚ます。

 夢を見ていたみたいだ。

 それは、酷く懐かしい夢。

 既に忘れて、見限ったはずの過去。

 それでも未だに思い出すのは……なんでだろうね。


 惜しかったと。

 心の底から、悔やんでいるからかもしれない。


「んぅ? なんだい、おじいちゃん?」

「抜かすなババァが。……よくもまぁ、自分を殺そうと躍起になっとる狩人の前で眠れるのぉ?」


 隻眼の老人は、呆れた様子で茶を飲んでいる。


「そういう君こそ、寝込みを襲おうとは思わなかったのかい? 一度くらいは致命傷、与えられたんじゃないの?」

「そうさのぉ。幾度かは致命傷を叩き込めたじゃろう。事実、お主が不死なら殺しておる。……不死でもないのに再生するがゆえ、困っとるんじゃ」


 隻眼の老人は、鋭い目を私へ向ける。

 うーん、殺意たっぷり。

 錆び付いた老骨が、今や全盛期へと戻りつつある。

 数年前に()()()()ならいざ知らず、今ならそれなりの退屈しのぎにはなるだろう。


「で、本音は?」

「……ワシが頭を悩ませんでも、お主はじき終わる。そう、ここ数年で嫌でも理解()()()()()

「ふふふ、シュメルかい?」


 老人は何も返さない。

 その反応に笑みを深めて、頬杖をつく。


「でも、まだ早いでしょ? 彼が私の命に指先を掛けるのは……最低限、ダンジョンを踏破してからになる。せっかく植えた『因子』なんだから、有効利用してもらわないとね」

「……なんじゃ。お主、まだ小僧になんぞ仕込んでおったのか? 反吐が出るのぉ」


 心底軽蔑した目を向けてくる老人。

 酷いなぁ、昔の仲間に向かって。

 まぁ、今は敵だからなんとも思わないけれど。


「……まぁ、良い。見て見ぬふりは得意じゃろう。思う存分目を逸らせ。あの光は、お主には眩かろう」

「……どういうことかな?」

「ただの才能。それを心の底から恐怖した。それなりに長く生きてきたが……生涯二度目にして、過去最大の恐怖でもあった」


 老兵の目には、私には見えない光が見えている。

 首を傾げる私に向かって、彼は疲れたように笑って見せた。


「なに、難しい話ではない」




「小僧の才覚は、勇者のソレを超えておる」




 ☆☆☆




 世界を読むということ。

 担任から与えられた、無理難題。

 それを感覚としては、最初から知っていた。


 喧騒が鼓膜を揺らす。

 訓練場のステージの上。

 序列戦の真っ只中。

 対戦相手の真っ赤な顔と。

 肌を突き刺すような、鈍い殺意。


 短く、息を吸う。


 喧騒が消える。

 わずか数瞬の、視界の遮断。

 まばたき一つ。

 意識が、『庭』へと逆行する。


 思い出せ、あの日常を。

 あの危機を、あの死線を。

 一歩間違えなくても即死の地獄を。

 耳と鼻と肌と直感と。

 全てで自然を感じ取り。

 竜から逃げ続けたあの日々を。


 しかと、思い出し。

 そこに今度は、『視覚』情報を乗せるだけ。



 そう、難しいことではないだろう?



 半分は、自己暗示。

 自身への脅迫。

 もう半分は確固たる自信をもって、目を見開く。


 新しい世界を、目の当たりに。

 視界が色鮮やかに煌めいた。


 喧騒が戻ってくる。

 意識は『庭』から現実へ。

 かつての感覚はそのままに。

 音を嗅ぎ。

 匂いを聞いて。

 現実をよく見て。


 一歩。

 木剣を片手に、新世界へと踏み出した。


「分からせてやるよッ! クソガキがぁ!」


 上級生、名前は知らない。

 武器は僕と同じ木剣だ。

 握りしめた柄に力が込められる。

 魔法を発動するにしては、剣を握る手に込められた力が強い。

 それだけ力みながら、魔法まで使いこなせるほど……この相手は強くない。


「ダメだろ、それは」

「……ッ!?」


 彼我の距離、十数メートル。

 僕にとっては間合いの内側。

 あっさりと相手の眼前へと踏み入って。

 構える直前まで動いていた相手の木剣を、剣で抑える。

 まるで蓋をするように。

 両手で力強く握られた剣を、片手で制した。


「……こ、この……ッ!」

「……勘弁してくださいよ。せめて魔法くらい使ってから退場してもらわないと、準備運動にもなりませんって」


 目を見開く三年生を、正々堂々、真正面から見下ろす。

 年齢は違う。

 だが、体格が違う。

 力が違う。

 経験が違う。


 格が違う。


 その気になれば、この瞬間にでも勝負は決められる。

 殴って終わりだ。それで済む。

 これ以上、性格の悪いクズを相手にしなくていいわけだ。

 万々歳で終わってしまう。


 ――そう、終わってしまう。


 それは少し、もったいない。


 耳元へと顔を寄せ。

 誰にも聞かれぬようにと笑い、本音を語る。



「魔法を使え。全霊でいい。それで初めて、お前は晴れて練習台だ」



 目が見開かれる。

 あわや血涙かと疑うほどに、見開かれた目は充血していた。

 頭に血が上る、という表現では少々温いほど。

 大きく、熱く、怒りという単情が燃え盛る。


「…………ぶち、殺すッッ!!」

「お好きにどうぞ。叶わぬ夢を見るのも、学生さんの特権だ」


 激情に、タガが外れたか。

 尋常ではない力で木剣が押し返される。

 これ幸いとばかりに後方へと下がるが、相手は追撃の様子を見せない。

 剣に込められた力は依然強いが、それは怒りによるもの。


「舐めんじゃねぇよ、親の七光りがぁぁぁッッ!!」


 彼の周辺で光が瞬く。

 魔法の光だ。

 警戒心は引き上げない。最初からそんなものは最大だ。

 一撃でも受ければ死ぬつもりで。

 全霊で集中力を高め、相手の魔法を、()()


「私の魔法を初見で見切れた者など皆無! 序列第一位……第一王女殿下にすら通用したこの魔法、貴様程度に見切れるものかよォ!!」

「そうか。それは楽しみだ」


 静かに、木剣を構える。

 相手の魔法、謎の光。

 初見で見切れた者はいない、という自称。謎の自信。

 とはいえ、第一王女殿下にすら通用したという話。

 ならば、相応に強力な魔法か。

 もしくは、マイナーすぎて対応が難しい魔法か。


 思考が加速する。

 目を見開いて、魔法の特徴を捉える。


 青い魔力の光。

 その数は五つ。

 光は一つ一つがそれなりの大きさだ。

 目算で、サッカーボールほどかな。

 あれが全て攻撃だとしたら、手数は多い方だ。


 ならば、と。

 頭の中で、膨大な選択肢の中から魔法を絞る。

 蒼炎魔法。

 精霊魔法。

 炸裂魔法。

 強力なもので、該当するのはここらへんか。


 だが、と思考が待ったをかける。


 そもそも相手は31位。今考えた通りの強力な魔法使いなら、こんな低い序列にとどまるか?

 いくらクズでも、上位を狙えるだけの才能があるなら、狙うはずだ。そう思う。

 だが……いや、性格にもよるか。

 相手がどれだけ腐ったクズかは知らない。

 強力な魔法である可能性を切るのは危ない。

 だが、可能性は低いとみるべきか?


 再び、思考が加速する。

 だが、視野は広く。

 加速した思考は柔軟に。

 耳聡く、肌は鋭敏に。

 嗅覚で全てを感じ、目を限界まで見開く。

 そして、見る。


「死に腐れッ、英雄モドキがよォ!!」


 魔法が放たれる。

 完全な同時攻撃ではなく。

 時間差で、次々と魔法の光が僕へと迫った。


 僕は、剣を構えて相対する。


 ……完成品じゃなくてもいい。

 未完成だってかまわない。

 最初から、常時だなんて完璧は求めない。


 ただ、求めるは今この瞬間。



 不完全な、瞬くような『世界視』だ。



 一歩。

 振り下ろした木剣は、するりと魔法を両断する。

 ()()()()()()()()


 二歩、三歩と。

 木剣を振るい、また魔法を斬り払う。


 蒼炎魔法特有の熱も。

 精霊魔法特有の動きも。

 炸裂魔法特有の衝撃も。

 何ひとつとして、感じぬまま。


 四つ目の魔法を切り払ったところで。

 最後、五つ目の魔法を前にして。

 大きく広げた視界の端に、ほんの一瞬、捉えた。


 にやりと。

 歓喜に歪む、対戦相手の顔。


 ピタリと。

 振るい始めた木剣が、止まる。

 眼前へと迫る魔法。


 この魔法は、受けるべきではない。


 即座に判断し、()()()()()()

 紙一重。

 それは見切った証拠。

 最短距離で、かつ掠らせもせず。

 すり抜けるように魔法を躱し、相手の眼前へ。


「第一王女殿下に一発食らわせた、ってのも納得だ。これは、知らなきゃ分からない」

「な、なんで……! どうして最後の一撃を……」

「悪いが、初見殺しは大の嫌いでな」


 こちとら本の虫。

 知らないことは調べるまで。

 俗にマイナーと呼ばれる魔法でも。

 しっかりと、僕の頭の中には入ってる。



()()()()()()()()()。それがお前の魔法だな?」



「……っ!? ど、どうしてそれを!」


 ロシアンルーレット。

 五つの魔法を放ち。

 そのうち四つの魔法は威力が弱く。

 その分、一つの魔法に様々な特殊効果を載せる魔法。

 それは呪いであったり、シンプルな威力の向上であったり様々だが……この男の性格の悪さを思うに、食らった時点で痛手だった、と見るべきだろう。

 当然それは、剣で触れるだけでも一発アウト。

 第一王女殿下は、おそらくソレで一撃食らっている。


「ふ、ふざけるな! こ、この魔法は授業でだって習わない!」

「そうだな。数千人に一人の珍しい魔法だ。……だが、そんなこと言ってるから『学生さん』なんだよ、お前」


 授業で習わなかったから、なに?

 ちゃんと古書館には、その魔法の本があったぞ。

 世にも珍しい魔法。

 初見殺しに特化している代わりに、初見殺し以外の『汎用性が極めて低い』魔法って書いてあったな。


 その通りだ。


 木剣を振るう。

 それは相手の脳天へと、寸分違わず直撃する。

 全てのダメージを魔導器に肩代わりされつつも。

 許された『五回』の無効化を、一瞬で消し飛ばす。


「あ、が……っ」

「ただまぁ、文句は言わないよ。もう二度と関わることもないだろうし。それに、覚えるほど興味もない」


 現に、名前も知らないしね。

 だから、道の途中でばったり出会った程よい練習台として。

 僕は最後に、名も知らぬ学生さんへ感謝を送る。




「ありがとう。もう少しで、なにか掴める気がするよ」




 ☆☆☆




「……なんなんですか、あの子」


 シルバーは、その光景に目眩を覚えた。

 ありえない。

 信じられない。

 でも、こうして目の当たりにする現実だ。

 頭を抱え、目を細めて少年を見る。


「……一瞬ですが、確かに」


 見逃すことはなかった。

 彼が四つめの魔法を切り捨てた直後。

 目の使い方を知らなかったはずの少年が。

 確かに、目を使って『相手の表情』を読み取った。

 その上で知識と合わせて判断し、攻撃を躱す。


 その行動。

 その一連の動きが。


 明らかに、彼の知る『()()()』に達していた。


「……おいお主、何を教えた?」

「何も教えてないんですよ。だから、こうして驚いてるんです。学園長」


 隣で観戦していた学園長グレイス。

 彼女の頬に、一筋の冷や汗が見えた。


「魔法が見えないのではなかったのか? なら、なぜ魔法を切り捨てられる。なぜ魔法を躱せる。なぜ戦闘中に相手の表情すら見ている余裕がある。なぜ、あれほど奇っ怪な魔法を、短い戦闘の中で見破れる?」

「分かってるでしょ、才能ってやつです」


 当然、大前提とした努力はある。

 リオ・カーティス。

 英雄殺しオーディ。

 立て続けに出会った『知らない魔法』。

 それに対して、ひたすら魔法への知識を深めた。限界まで古書館で情報を漁り続けた。

 そういった積み重ねは、当然のように在る。


 だが、そんなものでは説明がつかない。


 血が滲むような努力。

 その根底に横たわる、無視できぬ【才覚】。

 絶対的な天才性。

 理解不能な出来の良さ。


 シルバー。

 グレイス。

 長年生徒たちを見守ってきた二人をして。


【見たことがない】


 そう断言出来る、絶対的な才能。



 それは、たった半日で『世界視』を実現する。



「お主が、旅の果てに得たものじゃろうに」

「それをたったの半日で、魔眼もなしに実現されたとあれば……もう、認めるしかないでしょうね」


 シルバーは呆れ混じりの笑みを浮かべる。

 シュメル・ハート。

 異次元の才能。

 理解不能の集合体。


 紛れもない、次世代の最強。


「若き天才。英雄の卵。その芽は未だ青くとも……」

「可能性は天井知らず、というわけか」


 今はまだ青い芽も。

 確実に、未来へと伸びている。

 その確信を得て、二人は訓練場をあとにした。


 その帰り道。


「よかったのぉ。おかげで、寂しくないじゃろ」


 思い出したように笑う学園長に。

 シルバーは、つくづく困った様子で肩を竦めた。


「それより、困ってるのが実情ですね」


 それより語ったのは、本音も本音。




「もう、教えることが無くなりました」



【豆知識】

〇世界視

世界を読む技術の総称。

視野は広く、思考は柔軟に。

目に映る全てから情報を読み取り、戦いへ活かす。

また、視覚以外の聴覚や嗅覚、果ては知識や経験まで総動員し、自身を中心とした知覚範囲全てを手に取るように把握する。

当然ながら、通常は魔眼ありきでの技術。

生身ではまずもって到達できない、一種の極地。


また、シュメル・ハートは僅か半日で入門した模様。

いくら基礎が最初からできていたとはいえ……言うまでもないが、後にも先にも人類最短記録である。


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