045『伸びしろ』
「可能性としては三つです」
場所を変え、クラリス殿下が断言した。
序列戦の初戦を終えて。
まぁ、思い返すほどの苦戦もなく、当然のように上級生を蹴散らして。
そのうえで、戦いではなく被弾を思い出す。
なぜ僕には、相手の魔法が見えなかったのか。
「ひとつは、目。つまるところ視力の障害があるということ」
「……考えたくはない話ですね」
「はい。同時に一番あり得ない可能性です」
殿下は『あり得ない』とまで言い切って、三本指を立てる。
何本に見えますか、と。
あまりにも簡単な質問をされたため、即答する。
「指が三本。その隣に髪の毛ほどに細く生成された剣が五本」
宙に浮かぶ極細剣が五振り。
おそらく、殿下の持つ国宝の魔導器だろう。
使用者の魔力が持つ限り半永久的に剣を生成し続ける無限の剣。
【竜剣レオニス】
伝説の鍛冶師が、特級指定竜種の牙を用いて打った魔導器。
聞いてはいたが……見るのは初めてだな。
「そこまで、細くできるもんですか」
竜剣レオニスに、城崩しのような不壊特性は存在しない。
だがそれでも、生成された剣の強度は個々が最低でも並の業物以上と聞いている。
……片手間に生成した、使い捨ての剣が、だ。
それを無限に、魔力が続く限りどこまでも生成し、敵へとぶつける。
言語化すると、思わず身が凍り付くような力業、数の暴力だ。
しかし、ただそれだけでも恐ろしいというのに……殿下ときたら、生成した剣の形状まで自由自在に操作しているらしい。今目の当たりにしている剣なんて、どちらかと言えば、針。暗器に近い。
平時ならばまだしも、戦闘中なんて認識することも難しいだろう。
「……心から、殿下が味方でよかった。そう思います」
そう苦笑するが、殿下もまた僕に苦笑を返した。
「……すごいのはシュメル様なのです。宙に漂うこの細さを一本たりとも見逃さない。シュメル様の五感は人類という域を超えております」
天性のものが竜の庭で磨かれたのでしょう、と。
言い切った殿下は、再び自信をもって一つ目の可能性を切り捨てる。
「言葉通りに『目が悪い』可能性はゼロです」
「となると……」
「次の可能性です。見えなかったのではなく慣れていなかった。シュメル様は物理的な攻撃に慣れていますが、魔法的な攻撃には目が慣れておらず、捕捉できなかった」
その可能性に、ううむと呻く。
そうか? ……いや、殿下が言うのだし、そうなのかな。
たしかに僕は戦士として真正面から戦ってばかり。
思い返してみれば、戦闘訓練と称して殺しあってた連中も竜に爺さん、たまに犯罪者だ。
竜は物理攻撃特化の脳筋だし。
爺さんはそもそも魔法を使わない。
犯罪者は魔法を使わせる間もなく鎮圧した。
……えっ、もしかして僕って魔法使いと戦ってきた経験、少ない?
「……えっと」
「聞き及ぶ限り、シュメル様が純正の魔法使いと戦ったことは極めて少ないのです。記憶に残っているあたりですと、師匠やリオ・カーティスでしょうか」
……フォルスはなぁ。
何度か訓練として戦ったことは、ある。
あることはあるのだが……気づいたら負けてんだもの。
ってことは、経験らしい経験と言えばリオくらいなものか。
「でも、リオとは戦えてましたよ?」
「……そうなんですよね。本当にそういった『慣れ』の問題があるのでしたら、おそらく、シュメル様はリオ・カーティス相手にもっと苦戦していたはずです」
ということは、慣れの問題ではないのだろう。
ならば、と。
最後の可能性を前にする僕へ。
殿下は、今日一番の確信を持って『可能性』を告げる。
「最後に、一番あり得る可能性です。シュメル様、あなたはおそらく――」
☆☆☆
「視力が悪いわけじゃない。見る努力を惜しんだ結果に彼は苦労しているんです」
「……意味が分からんぞ。どういうことじゃそれは」
学園長室。
異世界には似つかわしくない濃い色の甚平を着た学園長。
大きな椅子に胡坐をかいて座る彼女を前に、シルバーは立っていた。
「大前提として、教員として彼に教えられることは何もないんですよね」
「……嫌味か?」
「本音です。だって彼、僕より強いじゃないですか」
シルバーの言葉に、グレイス学園長はとっても嫌な顔をした。
「…………まあ、いい。そういうことにしておく。じゃが、教師としてその言葉はどうかと思うぞ。クビか? ついにおぬしをクビにする日が来たのか?」
「だから、ホントですって。大前提くらいは信じてくださいよ」
そういって、彼が語るのは大前提。
「ここは学園。教える相手は子供であり、私たち教師の役目は、力の使い方を知らない子供たちに自制の仕方と力の使い方、そして知識を授けること。……十分な強者を『最強』に仕上げることじゃない」
言ってみれば、シュメル・ハートは場違いなのだ。
もっと実力のない状態で学園へと来たのならまだしも。
最初から完成された状態で今更学園へ……となったところで、その教育を押し付けられた教員としてはたまったものではない。
「そういう意味で、学園の教師としては、教えることなんて何もないんです。彼は自制の仕方も力の使い方も、知識だって十分持ってる」
「……なるほどのぉ。そのふざけた言い訳は聞き流すとして。で、おぬしがシュメル・ハートに与えた助言。あれはなんじゃ?」
「一個人としての憐憫です。あまりにも、あれでは可哀そうだ」
ふと、二人の視線が入口へと向かう。
数秒後、ノックの音が室内に響いた。
「――入れ。噂をすればなんとやら、じゃ」
学園長の声を受け、入室したのは赤髪の少年。
赤髪の中に混じる黒色を見て、グレイス学園長は目を細めた。
「シュメル・ハートか。ちょうどおぬしの話をしておった」
「そうですか。……シルバー先生がこちらにいると聞いて来ました」
シュメルの視線が、メガネの優男へ向かう。
対するシルバーは穏やかに笑うと、前置きもなく本質に踏み入った。
「人並外れた『危険』の察知能力。原因はアレですよ」
死期察知。
そうシュメルが呼ぶ能力。
幾度となく彼の命を救い、発動の度に危機から脱してきた。
いわば、彼の生命線。命綱。
それこそが原因だと、シルバーは言う。
「育った環境が悪かったですね。数段飛ばしで一気に強くなる分にはこれ以上ないという環境でしたが、その反面、踏み飛ばした数段で学ぶべきだった基礎を、君は知らない」
シルバーは懐から一冊の本を取り出す。
シュメル・ハートの英雄譚(クラリス・クロード筆)。
見て見ぬふりをして諦めてきた黒歴史を前に、シュメルの顔が歪んだ。
「初戦がドラゴンでしたっけ? 最初っから遥か格上、一歩間違えなくても死にかねない逆境に叩き込まれたのでは、基礎なんて身につく余裕、あるはずもない。持てる力すべてで生き延びるしかない」
シュメルはシルバーの言葉に口を挟まない。
クラリスとの会話で、その可能性は既に理解していたからだ。
そして同時に、その可能性が最もあり得ると考えていた。
「君は足掻き、生き残った。生き続けた。余計な思考も行動も排除し、ただ生き残ることに全力を注いだ。……ただその過程で、本来であれば必要なモノをそぎ落としてしまった」
いきなり竜と戦いを強要されて。
右も左もわからず、シュメルはただ直感を信じた。
こうすれば死ぬ、こうすれば死なない。
その判断だけを妄信した。
実際、未来視に等しい絶対的な直観は彼を正しく導いた。
その経験が。
その反則的な才覚が。
シュメル・ハートという小さな英雄の第一歩を、致命的に歪ませた。
「君、そもそも攻撃を見ていないだろ?」
シルバーの指摘に、一番大きな驚きを見せたのは学園長だ。
「なっ!? そ、そんな馬鹿な話、あるわけないじゃろうが!」
「……あるんですよこれが。見ていないから攻撃が見えない。当たり前です」
心底疲れた様子で、シルバーはこめかみを押さえる。
こんなことがあるのかと、彼自身、信じられないといった様子だ。
「彼は超人的な直観でのみ攻撃を判別している。それは常人離れした神業であると同時に……見て、避ける、という人間としての基本ができていないということ。前代未聞の大問題ですよ」
その言葉に、学園長は絶句した。
シュメル・ハートは攻撃をそもそも見ていない。
だって、彼の戦う相手はすべて格上で。
故にあらゆる攻撃は死に直結し、その便りは迅速に彼に届いた。
見るより早く、聞くより確実に。
絶対的な直観は、彼を救った。
その結果、シュメルは死ななかった。強くなった。
誰もが認める英雄の一人になった。
事実この大陸に、彼に勝てる人間は少ない。
十分な上澄みに彼は立っている。
そう理解したうえで。
否、理解した、だからこそ。
教員シルバーは問題視する。声を上げる。
「君は強くなるのが早すぎた。弱い期間があまりにも短すぎた」
死期察知に頼らざるを得ない逆境。
その逆境を踏み越えられるだけの天賦の才。
神に与えられた最強の魔法。異次元の再生能力。
そのすべてに、彼は助けられた。助けられすぎた。
だから知らない。
本来あるべき初心者のうちの失敗を。
死の危険を、恐怖を、挫折を、基礎の基礎を。
『相手の攻撃をよく見る』ということを、彼は知らない。
おそらく、試した覚えすらない。
「序列戦において、死ぬことはありません。すべて魔導器で無効化するので。だから君の直感は動かない。君が頼り切ってきた『針』は反応しない。どこも示さず指さずに見過ごし見逃す。そして君は、当然のように攻撃にあたるんです」
「……思い返してみれば、気づけるタイミングはあったと思います」
入学試験において。
シュメルは、リオの攻撃を読み切れなかった時があった。
それはひとえに、威力が弱かったから。
死ぬ可能性なんてかけらもないくらい、攻撃が弱かったから。
だから死期察知は反応せず、直撃を受けた。
あの時はリオの攻撃が透明だったから、仕方がないと割り切ってしまっていたが――。
「すべて直感頼り。……そりゃ、もったいないと言われますよね」
「君の師匠や、グレイス学園長。こういった強者からは判別はつかないでしょうがね。私のように弱さを知る立場からすれば、もったいないにもほどがある」
そういって、シルバーはシュメルの前に立つ。
「とはいえ解決は簡単ですよ。意識して見ればいい。それだけです。多少は苦労するでしょうが、君ならすぐに基礎を取り戻せる」
シュメル・ハート。
自他ともに認める天才。
自覚さえしたのなら、あとは簡単で、あっという間だ。
見ればいい。それだけでいい。
当然、慣れないことだ。最初は苦労するだろう。
だが、そんな程度で躓くような『才覚』ではない。
シュメルは、たった数日で今の不足を埋めるだろう。
――だが。
シルバーは教員ではなく、一個人として。
そこまで読み取った上で、困った顔をした。
「ただ、それでは少し物足りない」
「…………はい?」
「……おい、なんじゃ。何を言うつもりじゃ今度は」
困惑を浮かべるシュメルと。
嫌な予感に冷や汗を流す学園長。
「言ったでしょう? 教員として彼に教えるべきことは何もない。ですから、ここからは一個人の感想です。物足りないし、もったいない。君の才覚なら、もう少し先を目指すべきだ」
「……もう少し、先?」
「ええ。それだけ超人的な直感があるのなら、今更目が使えるようになった『だけ』では、たいして意味はないでしょう? だから、その先を目指すんです」
大前提として、シュメルの死期察知能力は健在だ。
それが、学園の序列戦と言うルールの中で封じられただけ。
ルールの外では、彼の強さは何も変わらない。
見るより早く、聞くより確実に。
彼の直感は全ての死を避ける。
シュメルは変わらず、生き残り続ける。
だから、今更攻撃を見るようになったとしても、あまり意味はないのだ。
せいぜい、きわめて限定的な条件下で、生涯に一度や二度、役に立つかどうか。
それくらいの使い道しか、『見る』ことには意味がない。
だから、せっかくならば一歩先へ。
いいや、シュメルの才を想えば――数歩先へ。
今まで、様々な過程を踏み飛ばし。
数段飛ばしに強くなった彼に対して。
その不足を補うために、シルバーは再びの『数段飛ばし』を要求する。
「と言っても、これは教師としての領分を超えています。なので、個人として。教員としての労働時間外に、それとなく教えることにします。でなければ、そろそろ冗談抜きにクビになってしまいそうでして」
「分かっとるなら自重しろ。ばかもんが」
学園長の拳骨がシルバーの脳天に落ちる。
尋常ではない威力に見えた。
人体からは鳴ってはいけない音が響いて、シュメルは思わず首をすくめる。
だが、殴られた当人は思いっきり頭から出血しつつも笑みは崩さない。
「シュメル君。実を言うと今日は早上がりでしてね、私」
「は、はぁ……?」
頭から血の噴水を撒き散らしながら。
彼は、常人離れした『授業』を提案する。
「少し、私と散歩しませんか?」
「…………はい?」
【豆知識】
〇教員、シルバー
銀色の髪に、血色の瞳。
常に微笑みを絶やさない長身の優男。
学園長グレイスとは古くからの付き合い。
種族こそ不明だが長命種であり、今の魔術古書館、およびクローズ王国が誕生するより以前からグレイス学園長の下で働いている。
教員となる前はそうとうやんちゃをしていた時期もあったというが、本人に聞いても『若気の至り』と笑い飛ばされるだけである。
そんな彼ではあるが、最近の悩みは『家にしばらく帰っていないこと』らしい。
風の噂では、激怒した家族が本格的に自分を指名手配し始めたとのことだが、恐ろしいので姿形と名前を変えて隠れ潜んでいる。
本名は不明。
☆☆☆
学園での目的は、ダンジョンへと潜ること。
その最奥に達すること。最奥で、新たな力を手に入れること。
そう考えていた。それ以外に意味は、さほどないと思ってた。
だけど、違った。
まだ見ぬ世界は、手の届く場所に転がっていた。
ただ、僕はその世界を知らなかっただけ。
その世界を知っている人間と、出会っていなかっただけだった。
次回『新たな世界』
ブックマーク、高評価お待ちしております!
作者がとっても喜びます。




