043『たった一撃』
「序列戦のルールは簡単だ! 一定以上のダメージ、または合計五回の攻撃を与えられた方を敗北とし、勝ち抜き戦でチームごとの優劣を競う! その際、そのダメージ判断はこちらの魔導器で行っている!」
グラウンドに作られたステージ。
体育館の半分ほどの大きさだろうか。
その上に立ち、先ほど渡された魔導器を手首にはめる。
見た目はまんま、スマートウォッチである。
「その魔導器は、この学園敷地内に限り、使用者へのダメージを最初の五回のみ無効化させるものだ! 残りの無効化回数は魔導器の液晶画面に映されるから、よく確認しておくように!」
「質問いいかなぁ。……例えば、魔法で雨を降らせたら、その雫に触れる羽目になるだろうお? それは、一滴一滴が相手の魔法なのだから、五回のダメージ判定に入るのかな?」
「入らない。無効化されるのはあくまでも『攻撃』だ。無効化できる威力に上限こそないが、下限は存在する」
ジツハの質問に学年主任が答える。
上限がない、というのはいい話を聞いたな。
手加減する必要がないのなら、余計な心配をしなくて済む。
それに下限が存在するのなら、ジツハが言ったような『裏技』は使えないはずだ。
心のつっかえが二つくらい一気に取れた気がして、ほっと息を吐く。
「ほかに、こちらが戦闘不能と判断した場合や、降参した場合も敗北と認められる。また、今回はオリエンテーションとして二人に戦ってもらうが、実際にはチーム同士の勝ち抜き戦だ。試合ごとに受けた攻撃のカウントはリセットされないため、注意するように」
「なるほどお。最初の試合で二回、次の試合で三回。そういう合計五回でも、敗北扱いってことだねえ」
つまり、ダメージを与えた方ではなく、与えられた方が敗北。
どんなに実力差が離れた相手であろうと、チームとしてなら勝機を見出せる。
そういうルールだ。……よくできているな。
「こりゃ、僕も油断はできないか」
「そうだねえ。……みんなやる気が出るんじゃないかい? チームとしてなら、あのシュメル・ハートにも勝てるかもしれないってさあ」
チームの最大人数は五人。
ってことは、一人につきたった一撃。
それだけで、シュメル・ハートを完封できる。
……まあ、僕一人を倒したところで、後ろに殿下とリオが控えている以上、無駄なことだとは思うけどね。それでも、霜の再来に勝てるかもしれない、ってのは大きな『餌』だ。
主任からの説明を受けた瞬間から、周囲から向けられている視線の質が変わっている。
畏怖、憧ればっかりだったものから、明確な戦意を浮かべたものへ。
英雄譚(クラリス殿下直筆)の中でしか触れることのできなかった『霜の再来』が、いきなり手の届くかもしれない場所まで落ちてきたんだ。僕がそっちの立場でも、きっと同じ目をする。
そう、納得はできる。
「とはいえ、譲るつもりはないですけどね」
納得はできるが、可能かどうかはまた別の話だろ?
一撃も受けずに、相手を倒す。
それを5回繰り返す。
そうすりゃ全部解決する話だ。
そう判断し、訓練用として与えられた木剣を握りしめる。
深呼吸し、目を細める。
細かく五回ダメージを与える方が、よっぽどやりやすい。
だが、戦士である以上、一撃で一定以上のダメージを与えた方が、見栄えはいいだろう。
うん、今回も一撃必殺でいきますか。
そう内心結論付ける。
対するジツハは、苦笑いして肩を震わせた。
「でもみんな、この場に立てばやる気なくすよぉ。死ぬ気がするし」
「たとえ無力化できなくても、僕なら直せます。死にはしないですよ」
「そこはかとなく不安を感じるよお」
そう告げると、彼は何か諦めた様子で杖を構えた。
……杖、ってことは魔法使いか?
ブラフと言う可能性もあるが、戦士らしい体つきではない。
とはいえ、つい先日も『狡賢い相手』と戦ったばかり。
たとえどんな風体でも、油断はしない。
「お互い、準備はいいな? では――試合開始ッ!」
主任の声と同時に、ジツハが杖を振るう。
杖先より赤色が滲む。
それは火だ。
炎と呼べるほどの熱量、範囲ではなく。
されど明確に危険と判断できる火力が、杖先に灯った。
火魔法。
知識、経験よりジツハの魔法を読み解く。
……とはいえ、だ。
似たような現象を起こせる魔法――幻影魔法などの可能性もある。
が、魔法発動時に幻影魔法特有の紫の燐光が見えなかった。
なら、シンプルに火魔法の可能性は高いだろう。
そう考え、判断、割り切り。
どーせ火魔法だろうが幻影魔法だろうが変わらんさ、と。
同じ対処で間に合うと自信を胸に、万力を木剣に込める。
みしりと、嫌な音。
指が柄に食い込む感覚とともに、身体強化を巡らせる。
身体強化が終わるまで、わずか数瞬。
視界の端に、嫌な顔をしたリオが映った気がした。
ジツハは、火を操りいくつかの矢へと変える。
相対するは、不足なく身体強化を巡らせた肉体での、ただの一歩。
助走なしで、僕の身体は一気にトップスピードへ。
十数メートルの距離は、一瞬で潰れた。
反応する間は、与えない。
握りしめた剣を、ただ一閃。
我ながら……おおよそ人に向けてはいけない威力の一撃だ。
無効化されるとは聞かされてはいても、一応は、致命傷にはならない部位に。
そうだな、と僅か数瞬逡巡し。
僕は剣を、彼が杖を構えていた腕へと振り落とした――。
瞬間、わずかな衝撃。
強烈な手ごたえ。
そして――耳をふさぎたくなるような破壊音が響いた。
「……っ!? し、試合終了! そこまでだ!」
驚いて見れば、木剣は原型を留めないくらい粉々に砕け散っている。
……えっ、なんで?
そう思ってジツハを見れば、彼は疲れた様子で座り込んでいた。
「な、なんでそっちが驚いた顔をしてるんだい?」
「いや、壊れるとは思って無くて……」
見れば、彼の魔導器には『0』という数字が映っている。
最初は『5』と表示されていたな。
ってことは、今の一撃で五発ぶんのダメージが無力化されたってことだろうか。
「勝者は、シュメル・ハートだ! ……まさか、無力化されるとはいえ、人間相手に木剣が砕ける勢いで振り下ろすとは思わなかったぞ」
「……僕も予想外ですよ。これ、欠陥品だったりしませんか?」
「ふざけるなよ。私が昨日、直々に手入れしたばかりの品だ」
「……そうでしたか」
……まいったな、少しずつ父上に似てきた気がする。
『城崩し以外はまともに振るえない。だって武器が壊れるから』
とは、父上の英雄譚では有名な話だ。
そんなことはないだろう……と内心では苦笑いしていたのだが、いよいよ父上の馬鹿力を笑えなくなってきたな……。
「それより、無事で何よりです。大丈夫でしたか?」
「まぁ……一瞬、腕が消し飛んだかと錯覚したけどねえ。肉体的には無事だよお。精神的には……まぁ、色々と疲れてはいるけれどねえ」
座り込んでいるジツハに手を差し伸べる。
彼は疲れた顔で僕の手を取り、立ち上がった。
その際……ふと、彼の行動が気になった。
神界帰りのテラ・イヴン。
彼に言われて僕に喧嘩を売ろうとして。
でも、直前でブルって作戦変更し。
それでも予定通りに僕と戦ったジツハ・イイヒート。
……で、その結果何があった?
そう考えて、現状を見つめる。
『当たり前の勝敗』
そう、それだけがあった。
何の変哲もない、予定調和だ。
警戒していた自分が馬鹿らしく思えるくらい、一瞬で勝負が決まった。
この勝負に、その『何でも知ってる伯爵様』は何を見出したのか。
そう、少し考えて。
だけどその答えは、すぐに僕の下へとやってきた。
「でも、君も大丈夫かい? 君も一撃受けていただろお?」
☆☆☆
「まったく……。カッコつけたつもりか。腹立たしい」
「まぁ、イイ感じにカッコついてるから、なんも言えないんですよね」
代表試合が終わり。
降段した僕を待っていたのは、リオとルナの冷めた視線だった。
「え、なに。なんですいきなり」
「見え透いた攻撃をわざと受けて……しかも、受けてから攻撃したな? 正当防衛のつもりか。……確かに、貴族らしい騎士道精神と言われればそれまでだが」
「一撃を受けたら一撃で。しかも、一ポイントしか減らせてない相手と違って、こっちは一撃で全ポイント奪ってるんですから。正々堂々格の違いを知らしめる、イイ感じに悪役貴族してましたよ。さすがはシュメルさんです」
とりあえず、なんか腹立ったのでルナにアイアンクロー。
「ひぃいいーッ!? ど、毒っ! な、なんかピリピリするんですけどぉ!! こ、この男っ、ついに平民に手ぇ上げましたねっ! し、死んだら呪って枕元に立ってやるううううう!」
「はいはい、待ってる待ってる」
彼女は絶叫して触られた頭を振り回していたが、自業自得なのでスルーした。
あと、毒は一切使っていない。ピリピリするのは彼女の被害妄想である。
僕は不満げな顔をするリオに向き直ると、肩をすくめた。
「……嫌味にとらないでくださいよ。あれが僕の実力ですから」
「ふん。英雄の息子も楽ではないな。ああいった英雄らしい戦いを求められる。その面、私のような誰からも期待されない立場は楽でいい」
「そうですか。少なくとも僕は期待しているので、立場的には僕と一緒ですね」
「……あまり嬉しいことを言ってくれるな。今日はいい夢が見れそうだぞ」
公子の発言に思わず苦笑していると、後ろから殿下の気配がした。
振り返ると、いつも通りにこにこと笑っているクラリス殿下。
……かと、思ったのだが。
「シュメル様。……あの一撃、見えていなかったのですね?」
声を潜めて、殿下の声が耳に届く。
リオにも、ルナにも、届いてはいない。
それくらいの声量で、図星をつかれた。
「……さすがは殿下。よく見てますね」
「長年、貴方のことだけを見て、考えてきたのです。不調があれば分かります」
「ぐ……っ!」
思わぬ返答に、言葉を詰まらせる。
何故って? 嬉しくなっちゃったから。
こちとら思わぬ不調に困惑してるっていうのに。
「と、とにかく……殿下の言う通りです。僕は攻撃されたつもりはなかった」
「……やはりそうですか。ひとまず、皆様には黙っておきましょう。私たちで解決できる問題かもしれませんし、現状、広まった勘違いも悪いものではございません」
騎士道精神、正々堂々とかいうやつね。
全然意識してはいなかったんだが……まあ、都合のいい勘違いだ。
原因を突き止め、解決するまではこのまま放置でいいだろう。
少なくとも今は……原因も分からないままでは行動にも移れない。
『君よりは目がいい自信がありますよ、シュメル君』
「……シュメル様」
今になって、先ほどのシルバー先生の言葉がよぎる。
きっと、殿下も同じなのだろう。
まるで今の状況を予期していたようなセリフだったからな。
もしや……とも思ったが、何でもかんでもすぐに聞きに行くのでは成長にならない。
「まずは、自分で考えます。分からなかったら素直に聞きに行きますよ」
前世、サラリーマン時代からの教訓でね。
まずは自分で考える。
それでもわからなければ、素直に聞く。
そっちの方が成長になるって話だ。
真偽は知らんけどね。
「偶然だって可能性もあります。見逃しただけって話も」
「シュメル様に限って、それはないと思いますが……」
「いずれにしても、試せることは試してみないと」
それに、もしこれが僕の『不足』だというのなら。
……悪い気はしない。
学び、育ち、奴を超えるための学園生活なんだ。
新しい『伸びしろ』なんざ、大歓迎さ。
「では、自分たち、で考えましょう。私もご助力いたします」
「それはまた、心強いですね」
「……なんだ、二人で内緒話か? 私も混ぜろ」
「だっ、だめですよリオさんっ! なんだかいいところなんですから!」
ふと視線を感じると、リオとルナが騒いでいた。
こいつらになら、相談してもいいかもしれない。
と、一瞬思ったけれど、ルナがいるんだもんあぁ。
こいつに弱みを打ち明けたら、翌朝にはクラス中に広まっていそうな予感がする。
「…………」
「なっ、なんですか! その信頼の欠片もない目は!」
「いや、何でもない」
「何でもありそうな目ぇしてるじゃないですかぁ!」
うん、言うのはやめよう。
この問題は、殿下と二人で考える。
と言っても……あまり時間もなさそうだけど。
「では、オリエンテーションは以上とする! 本日の放課後より、訓練場で序列戦の受け付けは開始予定だ! 在学時間は思いのほか短い……ゆえに、迷わず、思う存分挑戦するがいい!」
今日より受付開始。
となると、序列戦までもう間もなくだ。
それまでに原因を見つけ……られるかどうかは、分からないが。
少なくとも、トップテンのチームと当たるより早く。
必ずこの原因を見つけ、解決して見せる。
そうでもなければ――。
『自分に向けて放たれた魔法が、見えなかった』
そんな、アホみたいな欠点。
抱えたままでは、上位陣の相手なんて夢のまた夢だろう。
見下ろした右腕には、『4』とカウントの減った魔導器が残っていた。
次回『序列戦開幕』




