042『神界帰り』
「えっ、今から朕、あの男に喧嘩を売るの?」
無理無理、死んじゃうよ朕。
そう、一人の男がブルっていた。
彼の視線の先には、黒の混ざった赤髪の男の姿がある。
シュメル・ハート。
この学園では、今、最も有名な人物だ。
彼は反転魔法を授かった千年に一人の逸材だ。
現に、最初はそうして名をはせた。
霜の再来。
神童。
そう、彼は何も成していない頃から有名だった。
だが、そんな彼も『何も成していない期間』が長すぎた。
彼の名前は信じられないほどの速度で、大陸全土に広がって。
ややしばらくして、その続きが届かないことに各地が困惑した。
だが、それも当然のこと。
だって彼は、特に何も『それらしいこと』をしていなかったから。
幼いころから魔法を使いこなすだとか。
学ばずして剣術や武術の才覚を見せつけるだとか。
遥か格上であるはずの魔物を打ち倒すだとか。
他の貴族や王族からも認められるような英知を見せるとか。
おおよそ、他の英雄譚では語られるはずのド派手な『英雄のはじまり』。
それにふさわしい伝説を、彼は何も残さなかった。
というより、残そうとしなかった、と言うのが正しいのだろうか。
只人が恐れおののくほどの『何か』を、彼は見せなかった。
……といっても、それは派手ではなかっただけの話。
幼くして『反転』を不完全ながらも使いこなす。
治療院へと頻繁に出入りし、多くの人を救済した。
そういった話は、十分に彼を英雄であり、聖人たらしめる『伝説』になり得ただろう。
だが、そんな伝説が広まることは無く。
ある者の悪意により、彼の伝説は『悪く』広まってしまう。
シュメル・ハートは落ちこぼれである。
魔法も使えない出来損ないである。
努力をしようともしない欠陥品である。
そんな噂が、まことしやかに囁かれた。
誰もが望んだ伝説の続き。
期待に胸を膨らませ、待ちに待った英雄譚の続編。
それが、ため息を漏らしてしまうような『駄作』だと聞き、誰もが失望をあらわにした。
といっても、そんな失望も長くは続かなかったがね。
「大丈夫、彼は優しいからね。今は……担任に気に食わないことでも言われたのかな? 少しイライラしているようにも見えるけれど、まぁ、問題ないだろう。骨は拾って差し上げます」
「それ、朕死んでない? 大丈夫? ほんとに大丈夫なの朕ってば」
シュメル・ハート。
彼はまごうことなき、英雄の卵だ。
そんじょそこらの貴族の子息とは、実力が隔絶しすぎている。
比べるのもおこがましい。
――そんな風潮になってから、もうどれだけ経っただろうか?
彼はただ、武闘会でその実力を見せただけ。
その実力を、国王陛下やその他多くの貴人が認めただけ。
そして彼が、ある伝説に師事していたと広まっただけ。
……まぁ、その他にも第二王女が彼の伝説を記録した英雄譚のようなものを出版し、これが見事なまでに大ヒットした、みたいな影響もあるのだけれど。
悪い噂は、そうなるべくして、当然のように消えていった。
「これでも朕、シュメル・ハートの大ファンなんだよお。ほら、彼の英雄譚だって常に持ってる。竜に腕相撲して勝ったとかいう意味不明なお話、今読み返したって心躍るさあ」
そして、悪い噂は転じて、いい噂へと変わっていった。
もう、彼を認めない人はいない。
シュメル・ハートは……まあ、ああいう人柄だからね。
あまり自分の手柄は大っぴらにはしないだろうけれど。
あいにく、彼の隣には『推しの活躍全てを世界に広めることが大好き』な王女がいる。
彼が何をしようとも。
人目のつかない場所で、どんな伝説を残そうとも。
王女が全て、その伝説を人々へと伝えてしまう。
彼が裏で活躍したことも、全て表に出てしまう。
謙遜も、手柄を譲ることだって。
彼には許されちゃいないのだ。
自分がなした功績は、全て自分に返ってくる。
そうでなくては、王女が納得してくれない。
だから彼はおのずと、英雄になってしまう。
だって彼の行動その一つ一つが前代未聞の大冒険であり、英雄譚なのだから。
「かくいう私も、英雄殺しを瞬殺したのはびっくりだけども」
「えっ、何それ知らない……」
そりゃ、誰もが彼に目を惹かれる。
その活躍に胸躍らせる。誰もが期待する。
シュメル・ハートは、今や大陸中の誰もが注目する大スターだ。
そんな相手に、喧嘩を売れと、私は今、突き付けている。
「さて、私はそろそろ行くよ。シュメル・ハートと顔を合わせるのはまだ早いのでね」
「えっ」
少年は不安そうな顔で私を見上げる。
……言っただろう、心配ないって。
彼は人殺しが嫌いなタチだ。
能力と気質が一致しないのも、また可哀そうではあるけれど。
彼ならうまい事使いこなしてくれるだろう。
少なくとも、私は彼を信頼している。
そう笑って、私は学園を後にする。
ただその前に、最後に一度振り返る。
目の前の少年の、さらに向こう側。
遠い先には、英雄の卵の姿があった。
声は届かない。
ただ、また会うことは『知っている』のでね。
「次の章で、また会おう。この時代唯一の転生者くん」
私は全知ではない。
ただ、人より少しだけ、この世界について知っている。
次は君に、もっといい情報を持ってくると約束しよう。
☆☆☆
僕が到着したころには、多くの生徒がグラウンドに集まっていた。
中には入学式で見た顔ぶれもある……ような、気もする。
なんか、自信満々なやつとか、傷だらけのやつとか。
いかにも強そうな、威風堂々としたやつとかもいる。
とはいえ……だ。
「……? な、なんですか。じっとこっちを見て」
隣には、不安そうに僕を見上げるルナがいる。
……今だから言うけど、入学式はこいつにばっかり注目してたからなぁ。
正直に言うと、他のやつら、あんまり記憶に残ってません。
だって、強そうって言ったって、そりゃ、子供にしては、よ?
興味がないって言ったら失礼になるけど、ダンジョン攻略に比べれば……ねぇ?
「いや、お前が一番だなってさ。さすがはルナだ」
「うへ? い、いやぁ、それほどでもありますけどぉ……」
「ホントにそれほどでもあるから、何も言えないんだよな……」
……あまり褒めるのはやめておこう。
あんまり言うと調子に乗って、あらぬところから怒りを買いそうだ。
事実……ほら、なんか面倒くさそうなのがやってきた。
「おおっとぉ、手が滑ったぁ!」
大根役者も腰を抜かすほどの、棒読み演技。
そいつから飛んできた石ころを払うと、これ見よがしの舌打ちが聞こえてくる。
「……ふへ?」
石を投げつけられた本人は、不思議そうな顔で僕を見上げる。
彼女の無事を確認し、ほっと一安心。
他人への死期察知は反応しないからね。ちょっと心配ではあったんだ。
だけど、無事でよかった。
よかったよかった……と、終わらせていい話でもないんだがな。
「……おい、彼女にあたってたらどうするつもりだ」
「しゅ、シュメルさん……!」
やっと状況を理解した様子で、感激したと言わんばかりのルナ。
声の聞こえた方向へと視線を向ける。
そちらへ向けて、堂々と僕は言い放った。
「ルナは想像を絶するほど弱いんだ。こんな虫も潰せないような投石でも死んだらどうする」
「しゅ、シュメルさん……?」
実際に相対した僕だから知っている。
こいつ、ほんっとうに弱いんだぞ。
間違いなく学年最弱。どころか学園最弱間違いなしだ。
そんな相手に……石を投げつけるだなんて!
「弱い者いじめなんてつまらない真似するな。誰だか知らないがな」
「あ、あのぉ……シュメルさん? い、一応、私のことかばってくれてるんですよね? なら、かばうふりして言葉のナイフで突き刺してくるのやめてもらっていいですかぁ……?」
ルナが何か言っていたが、無視。
お前が言えたことじゃないだろうが! と内心思ったが、無視。
なんてったって、石を投げつけた本人が、目の前にいるんだからな。
そっちが優先だ。
振り返った先には、ザ・傲慢、といった目つきの男子生徒が数名立っている。
その中心にいるのは、なんか知らんけどロールパンみたいな巻き毛をした少年。
だっせぇ髪型だなぁ。
「うわ、だっせぇ髪型ぁ……」
思わず考えが言葉に出た……のかと一瞬焦ったが。
よく考えたらルナの声だった。
「見てくださいよシュメルさん、なんですかあれ、ロールパンですかね? あ、私の家パン屋さんだったので、ロールパンなら私でも作れるんですよ? まぁ、私も不器用なので、そんなに上手ではありませんが……さすがにあの頭についてるやつよりはおいしそうだと思います」
「やめて差し上げろルナ。可哀そうだろ」
主にロールパンが。
あんな髪型と一緒にされるロールパンの気持ち、考えろ?
僕だったら恥ずかしくて生きてられん。
まして、あんな髪型で堂々と闊歩する奴の気など知れたものか。
「んっ、んん~? なんだろう、朕の髪型への悪口が聞こえた気がするなあ?」
ロールパンが、ニタニタと笑いながら近づいてくる。
朕とか、おまえ始皇帝かよ。
とは思ったものの、まぁ、異世界ですしね。
そういうこともあるのだろう。
「虫も潰せないような投石……とは、褒められたものだねえ。朕が博愛主義者だと知っての発言かなあ。虫も殺せない朕を的確に表現した、素晴らしい発言だあ。シュメル・ハート?」
「虫も殺せないと自称する割に、人には石を投げられるんだな? ……誰だか知らんが」
「おっと、自己紹介が遅れたねえ。これは申し訳ない」
典型的な、プライドの高そうな傲慢な貴族。
そんな印象の割には、ずいぶんと沸点が低いように思える。
あれだけ挑発したのに、それに乗らない。
……思ってたのと違うな。
そう思い始めた僕を前に、その男子生徒は自己紹介する。
「朕の名は、ジツハ・イイヒート。イイヒート侯爵家の嫡男である」
「……しゅ、シュメルさん。もしかしてこいつ、実はいい人なんですかね?」
「僕もそんな気がしてきた」
ジツハ・イイヒート。
なぜだか知らないが、実はいい人なのでは?
そんな疑惑が僕とルナの間で生まれ始めた。
だが、それはそれとして……ルナに石を投げたのは事実だ。
「……なんで石を投げた?」
「とある情報通に、助言を受けてねえ。『赤毛の少女に石を投げろ。さすれば双方にとってもよい出会いと発見になるだろう』とねぇ」
「おや! まさか【神界帰り】様ですかな!」
唐突に生えてきたメガネ君。
全然気配が察知できなかったので、僕もルナもびくっとする。
そして次に、メガネ君が言った言葉に理解が追いついた。
「……神界帰り?」
「あ、シュメルさん知らない感じですか?」
「ならば教えましょう! 何でも知ってる伯爵様ですよ!」
何でも知ってる伯爵様。
なんだその胡散臭いのは。
そうツッコミを入れたくなったが、なんだか冗談でもない様子。
「彼はこの世のすべてを知っている。彼はこの世界を、設定を、作った側の人間だ。そうでなければそこまで知っている意味が分からない。辻褄が合わない。道理から外れている。神の国から来た人間だとでも考えなければ、頭がおかしくなってしまう。ゆえに、【神界帰りのテラ・イヴン】と。そう呼ばれている伯爵様ですよ!」
「……つまり、とんでもなく情報ツウな貴族様、ってことか」
「それだけでは通じないから、神界帰り、などと呼ばれているのだがねえ」
ジツハが、とても渋い顔をしてそう補足した。
情報通、というだけでは説明のつかない人物。
……一応、そういう人がいるとだけ覚えておこう。
「彼からは『名を明かせば、喧嘩にはなるまいさ。君の名前は不思議と相手に二の足を踏ませる』とのお話もいただいていてねえ。その通りになったわけだがあ……それはそれとして、石を投げたことは悪かったね。他は知らないが、朕は博愛主義者。平民にも忌避感はないのさ」
「あ、あの……私の方こそ、だっせぇ髪型とか言ってすいませんでした……」
「構わないよ。我が家に伝わる古き悪しき風習、というものさあ。私もダサいと思っている」
そう笑ったジツハは、確かに、そんなに傲慢そうな貴族には見えなかった。
……僕の目も曇ったかな。
そう考えたが、彼が重ねて言ったセリフを聞いて考えを変える。
「さらに言えばねえ。『見た目が傲慢そうな子息数名を連れて、真正面から難癖をつけてみるといい。そっちの方が物語的には盛り上がる。てんぷれ、というものらしいよ』と、最初は言われていたのだけどねえ。いざ喧嘩を吹っ掛けようとはしたものの……朕、君の前に立ってブルっちゃってねえ。こりゃ無理だとサブプランに切り替えたのさあ」
なに、君怖すぎない?
とジツハがいうため、僕は思わずため息を漏らした。
見れば、彼が連れてきていた子息たちも青い顔して震えている。
……そんなに威圧したつもりはなかったんだが。
この間、狩人として戦った時の緊張感がまだ残ってたのかな。
通常時から狩人への移行はスムーズなんだけど、その逆はなかなか難しいね。
「で、他にはどんなこと言われたんです? その情報通、そこまで口出ししてきてるんですし、難癖付けるだけじゃないんでしょう?」
「うん。朕にね。このオリエンテーションで、君と戦えってさあ」
「おいそこ! 前に出てこい! 喧嘩するほど元気が有り余っているのなら、オリエンテーション代表として戦わせてやる!」
遠くから、学年主任の先生の声がする。
思わずと見ると、思いっきりこっちを指さしていた。
えっ、まじで?
そう、思わずジツハを振り向くと、彼は力なく笑ってた。
「ほらねえ?」と。
【豆知識】
〇神界帰りのテラ・イヴン
なんでも知ってる伯爵様。
情報通、と言う言葉では片づけられない、この世界最大の異質。
冗談抜きに、ほんとに何でも知っている。
個々人の事情から、国が秘密にしている案件まで。
何から何まで、その男は知っている。
故に、神界帰り。
神の国にでも行って、全てを見聞きしてきたのでもなければ。
その存在に、説明がつかない。故の神界帰りである。
それに対し、彼の出自については何一つとして明らかになってはいない。
だが、それでも一つだけ、誰もが知ることがある。
――テラ・イヴンは人間ではない。
だってあの男は、歳をとらない。
現存する記録の限りでは、数百年間、当人がイヴン家の当主であり続けている。
であれば彼は人ではなく、エルフや鬼人族などの長命種なのは違いない。
ただその中でも、彼が血のように赤い瞳の持ち主であることから、高位の吸血鬼ではないかという説が有力とされている。




