千尋ちゃんと乙女ゲーム
「……ここまで劇的に、速やかに変わると、びっくりするぐらい気持ち悪いわね」
「うん、凄く不思議だね」
放課後。千尋ちゃんを迎えに行った私は、千尋ちゃんと二人で頭をひねりました。
「つまり、図書委員長が私の兄だったってこと?」
「そうみたい。これだけ影響力のあるローズガーデンに設定対して、違反する結果にならずにきれいに解決してよかったよ」
「そう、ね。あの厨二が兄なのは気持ち悪いけど、解決して助かったのは事実ね。でもそれ以上にあれだけ酷かったクラスメイトの態度が一瞬でひっくり返ったのには寒気がしてるわ」
そう言って千尋ちゃんが撫でたのはぴかぴかの机です。私が先輩とおしゃべりをした直後のお昼休みの間に、千尋ちゃんの周囲はがらりと変化をしました。4限が体育だった千尋ちゃんがお弁当を手に図書室に向かおうとしたところ、クラスメイトたちがこれまでの行為に対する謝罪をしてきたそうです。ぴかぴかの机はそれにあわせて運び込まれ、実は破られたり落書きされたりしていた教科書は教師のほうから交換を申し出られ。ロッカーはまるごと取り替えられて、いじめなど無かったことになっています。
まだ憶測ですが、きっと生徒会もあるべき機能を復帰しているに違いありません。お昼休み、桃色空間からの退避ついでになかなか来ない千尋ちゃんを迎えに行っても、攻略対象イケメンズからの殺気はどこからも飛んできませんでした。良くも悪くも無関心な、平穏なお昼休みになったと思います。
親しげにカラオケに誘うクラスの女子たちの誘いを断って、図書準備室へ逃げ込んだ千尋ちゃんは、遠い目で私の背後にある図書室を眺めました。
「知子ちゃん、悪いけど今年はお昼休み、図書室に入っちゃダメよ」
「え、なんで?」
「今日も図書室見ちゃダメよ」
「ええ?なんで??」
「……お!よおお下げメガネ。お連れさんも。なんでか図書室入れないんだが原因……」
すこし遅れて入ってきたタッキー先輩が、最後の言葉を言い切る前に、素晴らしいスピードで今月の新刊案内の模造紙を図書室側のドアガラスに貼り付けました。
「どうしたんですか、先輩?」
「お下げメガネは知らんで良し!」
キっと振り向いた先輩の顔が赤いです。わけが解らない展開に、私がさらに首を傾げていれば、司書の先生が帰って来ました。
「いつも悪いねぇ、岡島君。その新刊案内、もうできたんだ?」
「あ、稲田先生。今確認しようとちょっと貼りつけてみました」
「確かにそのほうが見やすいね」
くいっと眼鏡を押し上げながら先生が新刊案内を検分します。タッキー先輩は、何かに焦っているように眼鏡を拭きました。
「眼鏡、かしら……」
ぽつん、と千尋ちゃんが独り言のようにつぶやきます。
私もタッキー先輩につられるように眼鏡を外して拭きました。なんの変哲も無い、度のきつい眼鏡です。コンタクトレンズの流行っている昨今、この学校で眼鏡をかけている同学年を私は知りません。眼鏡をかけている先生も稲田先生くらいです。他学年を私はあまり知りませんが、少なくとも生徒会メンバーは皆、裸眼族でした。
「……ま、どうでもいいわね。ゲームは図書室の妖精ルートの最終エンドまで進んだ状態のようだし」
嫌だわー、学校でなんて。あの人たち信じられない。
フルフルと頭を振った千尋ちゃんは、真実独り言だったようでぱらりと脚本をめくりました。
「そうして二人は永遠に結ばれました、か」
「ローズガーデンの最終モノローグだよね」
「うん」
眼鏡を掛けなおし、千尋ちゃんの顔を見ます。
「ものすごく疲れたわ。犬も食わない話に巻き込まれただけじゃないかしら、私。今回の事件、正直全部知子ちゃんに何とかしてもらったようなものよね」
「私もほとんど何にもできてないよ。御礼はタッキー先輩にするべきだよ」
「確かに先輩にはお世話になったと思うけど、でも私、知子ちゃんにこそありがとうって言いたいわ。私のヒーローは知子ちゃんよ」
にっこり微笑んだ千尋ちゃんに、私は頬が熱くなりました。友達同士でも、なかなか面と向かって褒め言葉やまっさらな感謝を口にすることはそうありません。
照れた私はごそごそと同好会の準備をはじめます。
「あ、お下げメガネ!悪いけど修正テープ貸してくれ」
「はあい!」
色ペンを鞄から出していたら、誤字を見つけたタッキー先輩が私を呼びました。ついでにサインペンも持って側に寄ると、先輩がニッと笑ってくれます。
「なんかもう今日は色々と良く解らんが、解決したんだな、その顔だと」
「はい!先輩のおかげです」
「そりゃー良かった。ゼロからあのアイアンメイデンも入会希望だと聞いたが、そもそも同好会はまだ続けるのか?」
「先輩がお嫌でなければ」
即答した自分に、ずるいなあと思いました。
何がどうずるいかは、もうしばらく見ないふりの予定ですが、千尋ちゃんが応援する目で私を見ているのでバレるのは遠くない日の気がします。
「やるならば徹底的に!オタクを極めるものの使命であります!」
「ふむ、それを聞いて安心したぞ同好会会長様。供に極めようではないか、遥かなる高みを!」
ピシーと夕日を指差すタッキー先輩に私は拍手と口笛を贈りました。やっぱり先輩は格好良いお人です。
「君たち本当に仲良いねぇ」
「私のほうが知子ちゃんと仲良しですよ!」
検分を終えた稲田先生がにこにこと笑い、千尋ちゃんがすねた顔で私の腕を取りました。
入学早々色々ありましたがまだまだ高校生活は始まったばかり、夏休みもまだ先です。大好きな親友と、憧れの先輩と、純愛を貫いた恋人たちと、気の良い先生の居る同好会。なんだかとっても楽しい青春を送れそうです。
私はにっこりと笑いました。
「大丈夫だよ、千尋ちゃん。私たちずっと親友だもん!」
読了ありがとうございました。
続くと見せかけてすぐ終わりという力不足感満載ですが、一応これにて閉幕です。
コメントあれば、作中一番のイケメン視点を書けるかもしれません(笑)
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つたない作品でしたがお付き合い誠にありがとうございました。




