第487話 秦黒龍《ジン・ヘイロン》
「え? 何? リンしゃん? 何言ったの?」
「あの人……やっぱり叔父上に違いないアルよ。」
シャンリンから衝撃の発言が飛び出した。彼女の叔父であると言い出したのだ! 近くにいたプリメーラも友人の唐突な発言に心底驚いている様子だ。本来普段なら、むしろプリメーラの方が問題発言・行動を取るのだが、今は立場が正反対になっている! それほど、場違いな感じのする発言なのだ。
「あの~、リンしゃん? あの人、鬼さんだよ? まさか身内が鬼で、リンしゃんも実は鬼だったとか言い出さないよね?」
「違うアル! 私は至って真面目に言ってるアルよ。あの人は人間で、私も鬼ではないアルよ!」
「まさか、素顔があの男に似ておったのは気のせいではなかったと申すか?」
素顔……? たしか、鬼と戦った末にヤツの仮面は壊れて素顔が見えた。その顔はあの人物にとてもそっくりだった。別人とは思えないくらい似ていたのだ! それはサヨちゃんだけでなく他にも何人か見ていたので間違いない。しかもその正体が……シャンリンやティンロンの叔父? てことは……?
「叔父上! 私の事を憶えてるアルか? まだ私が小さかった頃に会ったことがあるアルよ! 父上にあまりにそっくりだったから間違えてしまった、あの日の事!」
「……知らぬ。うぬのような娘には会ったことなどない。」
シャンリンは幼い頃に父である宗家と叔父を間違えてしまったのだと言う。身内ですら間違えてしまうほどの瓜二つぶり。これで正体は判明したようなもの。これで違うと言うのなら、似た顔が3人もいるということに? それはさすがにあり得ない。シャンリンの言うように鬼の素性は宗家の兄弟だったのか?
「やっぱり、叔父貴……叔父貴なのか? もう死んでしまったと思っていたから、確認しないでいたが、シャンリンまで言うなら間違いない! 叔父貴!」
今度はシャンリンの兄、ティンロンまでもが鬼に声をかけてきた。ヤツは前のときにもいたので鬼の素顔は見ている。見てはいただろうが、メガネが戦いの間に破損していたので不鮮明な形で見ていたから確信が持てなかったのかもしれない。今改めて確認しようと思ったのだろう。
「我には身内などおらぬ。修羅道に生きる我には共に生きる者などあり得ぬのだ。」
「だって、声も我が父と同じじゃないか! 父上の双子の片割れでなければ一体何者だと言うんだ?」
「そうそう。そこまでバレてんだから、しらばっくれるのは良くなくない? 秦黒龍さん?」
宗家の子供達二人から、正体が叔父であることを疑われても他人の空似で済ませようとする鬼。声まで似ていると言われているにも関わらず正体を核し続ける鬼の前に、今度はジン・フェイロンが声をかけてきた。あの男は素顔を見たとき、「やっぱり噂通り」とも発言していたので、あの時点で確信していたのだろう。
「まあ、正体があのヘイロンだったとしても、認めるわけにはいけないよね? 兄に破門にされ、その後、行方不明になった上、命を落とした事になってるんだからね? 兄が実は身内に甘かったなんて知れたら、梁山泊きっての大騒動になるだろうからね?」
「……。」
「やっぱり、父上は叔父上に情けをかけてくれてたアルね。あの事のせいで少し父上が嫌いになっていたから、その疑いが晴れて良かったアルよ。」
流派梁山泊では厳しい掟がある。それは破門になった者についての処遇だ。破門になれば基本的にその腕を一切使えなくなるように潰されるか、あるいは死を選ばされる羽目になる。流派を出た者が技や奥義を流出させることを防ぐためだ。
師範代以上の地位の者ならそういう処遇になるが、それ以前の門下生なら追放処分で済まされる。俺もそうだった。でも、それはあくまで表向きだけで裏では秘密裏に処分されているのが実態だと言う。俺も命を狙われていたという事をレンファさんを通じて後から知ったのだが。
「なるほど。兄に命を助けられ、その恩を仇で返すような真似をすることになったわけだ? カッコ悪いことこの上ないよね。兄弟揃ってなにやってくれてんのさって話だよ。」
「我の事であれば、いくらでも言うが良い。だが、パイロンを愚弄するとあれば、我とて許さぬ!」
「おやおや? お兄ちゃんを庇うんだ? 修羅道に身を落としたんじゃなかったの?」
鬼が背負っている罪についてフェイロンが糾弾する。この男は五覇の一人でもあるし、次期の宗家の有力候補でもある。そういう意味では現宗家が逃がした罪人を許しておけないのだろう。この事実を暴露してパイロンを現宗家の座から引きずり下ろそうと企んでいるのかもしれない。
「フェイロン! いい加減にするアル! 父上と叔父上のこと、悪く言うのは私が許さないアルよ!!」
「あいあい、わかった! そんな怒るなよ! まだこの男がヘイロンだって確定した訳じゃないから、俺だってこれ以上は何も言えない!」
「戟覇よ、いずれ、うぬとも死合わねばならぬな。パイフゥの弟子共々、首を洗って待っているのだな。さらばだ!」
フェイロンからの糾弾を止める形でシャンリンが鬼を庇うことになった。さすがにフェイロンも止めはしたが、ここで完全に正体に関する追求は終わりになってしまった。鬼が俺たちに再戦の宣言をした上で、壁に大穴を開けて塔から立ち去っていった。アイツからしても過去のことを探られるのは気分が良くなかったのだろう……。




