745.穴熊の様に引き籠ります。
貴族の冬は静かな冬。
今年は諸事情があって、いつも以上に引き籠っているので、特に今年の冬は静か。
なにか一年も先の事で、悪巧みをしている人達がいるけど、もう知らない振りをする事にした。
世の中には拘わらな方が幸せと言う事は、沢山あるからね。
「主人、オケアン村から、一晩で巨大な畑が増えていると報告があるのですが、身に覚えは無いでしょうか?」
だから私は知らない振をして、引き籠り生活を満喫中。
趣味の読書や研究や工作とかね。
ちゃんとゼルの言う事を聞いて、新規の事業も起こしてはいない。
あくまで商品見本と計画書の段階に止めている。
沢山あるから春が過ぎたら、リボンで包んでゼルにプレゼントするんだぁ~。
給料が増えるチャンスだよって。
「ユゥーリィ、港街の外れに何時の間にか湖が増えていて、何か知りませんかと問い合わせが来ているんだけど」
冬ってね、とても大切な季節なのよ。
春に向けてゆっくりと休みながら、春が来る準備を少しずつ、よく見ていないと分からないような小さな変化を起こしているんですよ。
「お~い、ユゥーリィ、彼奴等に新しい騎士服を贈っただろ。
着るのは流石に恥ずかしいと困っていたぞ。
いや、似合ってはいるとは思うが、アレは派手過ぎだろ。
護衛騎士とは言え、まだ見習いだぞ
遊ぶのは程々にしてやってくれ」
そう、変化はある意味必然なのよね。
ちょっと、それが目立ったとしても、僅かな変化。
私はそう言い切る。
「ユゥーリィっ!」
「いひゃい、いひゃい、いひゃいっ」
「何時迄も聞こえない振りをしないっ」
え~ん、嫁が暴力を振るう~~~。
「これ以上無視するなら、添い寝してあげないわよ」
「ごめんなさい、全部、私がやりました」
コンマゼロ秒で嫁に降伏。
夜のお供に、嫁の抱き心地は手放せません。
「よろしい。
じゃあなんで勝手な事をしたの?」
「反対されるから」
簡潔に結論を述べた。
やっぱり怒られました。
だから言わなかったのに。
「じゃあ聞くけど、どうしても今やらないといけなかったの?」
「別に来年でも、さほど問題はなかったかな」
ぐにぐにぐにぐに。
嫁に両頬の人権を奪われてしまう。
私のほっぺは伸ばしたり縮めたりして遊ぶ玩具じゃないんですけど。
取り敢えず、エリシィーとプシュケからお説教を一通り受けておく。
でもそんなお説教タイムも、もうっ、とプリプリする嫁の姿に癒される。
眼福♥。
「真面目な話、気を紛らわせたかったからかな。
何かジッとしていると、不安だから」
正直に言えば、不安ではなく怖いから。
王家主催の舞踏会が終わった頃から、目に見えるようにお腹が膨らんできて怖くなるの。
出産は命がけ。
そんな事は分かっているし、正直そちらに関しては何かを感じている訳では無い。
前世で亡くなった記憶があるからか、それとも今世において何度も病気で死に瀕しているからか、私は自分の命に対する執着は薄いのよね。
死にたいとは思わないし、死にたくないとも思うけど、どうしようもない時は仕方ないかとも思ってしまう。
ただ、家族の顔を見れなくなるのは嫌だなと思うだけでね。
だから私が怖いと思っているのは別の事。
「この子の事が、ちょっとね」
子供を産む事は私が望んだ事。
愛する人との証が欲しいと、例え私の中身が男でもそう望んだ。
でもね私は身体は女でも、中身はやっぱり男なのよね。
男としての記憶と価値観があるだけに、妊娠と出産と言う、女性の象徴とも言える出来事が怖い。
お腹の中から蹴られる度に、嫌でも自分が女だと実感をさせられる。
夜はジュリかエリシィーが側にいてくれるから大丈夫。
愛する二人の温もりと香りが、私の心を守ってくれる。
だけど、ふと夜中に目を覚ました時に、その反動が来る時があるの。
違うって。
私は男だから、こんなのは違うって。
でも、同時に私の子だって、愛おしい気持ちも沸いてくるの。
相反する二つの感情が私をおかしくし、そして狂わせようとする。
二つの感情がせめぎ合う合間で、僅かに残った冷静な部分がそれを必死に抑える。
「ごめんね。
でも何かをしていると、気が紛れるのよ」
夜を抜け出して……。
昼間は何かをする事で……。
誤魔化しながら、壊れた私を繋ぎ止めているだけ。
「ユゥーリィ……」
「主人……」
「そう言う訳で、これからも遣らかすから後始末は宜しく」
何か台無しとか言われているけど、知らん。
嘘は言っていないし、今度は前もって予告しているのだから良いじゃない。
ついでに、まだバレていない事が幾つかあるから宜しく、とも伝えておく。
「ユゥーリィ!」
「主人!」
今年の冬も退屈だけはせずに済みそう。




