732.とある兄弟の苦悩。
シンフォニア王国第五王子。
【サリュードシア・フォル・シンフォニア】視点:
「……は? 兄上、今なんと仰られましたか?」
「信じたくない気持ちは分かるが、現実を受け入れなさい」
容赦のない兄上の言葉に目眩を覚え、思わず天を仰ぐ。
彼女が俺に興味どころか男に興味がない事は知っていたし、父がその彼女にとある魔導具を渡した事も聞いてはいた。
彼女に想いを寄せても応えられる事はないと理解してはいたが、こうして言葉を失うほどショックを受けていると言う事は、どうやら心の中の何処かでは未練が在った様だ。
だが……、それも仕方がないだろうが、彼女が妊娠していると聞かされればっ!
「そ、それで兄上、それを私に教えてどうしろと言うのです。
どうせ国としては、生まれてくるまでは秘密にしておいきたいはずですよね?」
我ながら動揺を隠せきれなかったが、それでもある程度の諦めはついているため、冷静に兄上が私にこの話をした目的を推測する。
今妊娠中のフェニの事もそうだが、立場が微妙な女性の妊娠はなるべく秘めておく傾向がある。
フェニの場合はそれほど危険はないのだが、生まれてくる子供は王位継承権からはかなり遠いため、世間を騒がしても仕方がないと言うのが主な理由だ。
だがユゥーリィの場合は、本気で母子共に狙われる可能性が高い。
それほどに妊娠中の女性と言うのは、儚い存在だからな。
あぁ……いや、魔力持ちや魔導士の女性はその限りではないとは聞くが、それでもお腹が大きくなれば、どうしたって咄嗟の動きが出来なくなるとも聞いているし、中には体調を大きく崩す者もいると聞いている。
そう考えれば、か弱い存在である事には違いない。
「私とフェニとの子と歳が合うと言う話であれば、流石に早すぎると思いますが」
王侯貴族であれば、年齢の近い子供同士でと言う話はよくある事だが、男か女か以前にまだ生まれてもいない状態では、幾らなんでも早すぎる話だ。
互いに子供が出来たらと言う話もよく聞くが、少なくとも国がなるべく秘密にしておくと決めているのであれば、するべき話ではない。
「ああ、そうなれば喜ばしい話だが、流石に今の段階ではそう言う話をする訳にはいかない。
そちらはそちらで、一応は頭の片隅にでも入れておいてくれると助かる。
私もセレスも頑張るつもりではあるけど、こればかりは神のお恵み次第だからね」
いや、それこそ兄夫妻の夜の営みの話をされても困るのだが。
「と、そこまで警戒しなくてもいい。
話が逸れたが、別に国とか王家とは関係ない個人的な話だよ。
弟のお前にするのもなんだとは思うのだが、相談に乗ってもらおうと思ってね」
個人的な相談と言われれば、兄上に頼られるのも悪くない気持ちになる。
仕方ないので話だけは聞くと告げると。
「ラードになんて告げようと思ってね。
サリュードなら振られた者同士、気持ちが良く分かるんじゃないかなってね」
「大きなお世話だっ!」
思わず怒鳴ってしまったが俺は悪くない。
どう見たって人の純情と古傷を抉る兄上が悪い。
「それを言うならば、兄上も同類でしょう」
「いやぁ〜、確かに振られてはいるけど、私の場合は王族の義務として声を掛けただけだからね。
サリュードやラードの様に本気になってはいないから、数には入らないよ」
彼女に本気でもないくせに結婚を申し込んだ事に腹が立つが、それを平気で無かった事にする態度にも腹が立つ。
立つが……、まぁ兄上の立場を考えたならば、仕方のない話だとも理解出来ているので心を鎮める努力をする。
「ラードはある意味、俺以上に彼女を特別視していますからね。
少なくとも黙っていても碌な事にはならないでしょう」
甥のラードも多感の年頃だ。
まだまだ子供だが、既に王族として社交を始めているため、大人の仲間入りをしている気にもなっている。
彼女の年齢に見合わぬ年若い見た目もあって、尚更に気になっている相手だけに、何時かは結ばれると思っている。
ならば素直に現実を受け入れられるとは、とても思えない。
なにせ彼女と同じ時間を過ごしたいばかりに、彼女が命懸けで治療を行なっているのを、台無しにする行為をしていた前科があるからな。
「それに関しては同意見なんだがね、問題はどう言うふうに話を持って行ったら、ラードが一番傷付かずに済むかと思ってね」
「それで、弟の失恋の古傷を抉ろうと言う訳ですか?」
「いや、そこは失恋を乗り切った経験者という事で」
兄上には悪いが、欠片も手助けにはなれない。
俺自身、失恋を乗り切ったという自覚はないどころか、未だに未練がタラタラなのを先ほど自覚したばかりだ。
流石にフェニの手を取った以上、再びという気は起こらないが、だからと言って辛くない訳ではない。
「むしろ現実を容赦なく叩きつけた方が、ラードのためでしょうね」
男としては欠片も見られていない。
俺は容赦無く、その現実を彼女自身に叩きつけられたからな。
しかも無自覚に叩きつけられたと分かっただけに、尚更に効いた。
だが兄上の言う様な経験者からの助言と言うのであれば、それが一番効果的だろう。
「おまえな、親としてなるべく子供に傷ついてもらいたくないと思って相談しているのに、流石にそれはないだろうが」
「こう言う事に関しては、甘やかしても碌な事がないかと」
下手に彼女に執着されて、彼女に迷惑を掛けるのは例え甥であろうとも許し難い。
と言うか、ラードの護衛騎士であるロベルトや侍女は、いったい何をしているのだが。
俺は確かに命じておいたはずだぞ、ラードの想いは無駄になるから、諦める様に持って行けと。
彼奴等もそれを理解していたはずなのだが、後で一度顔を見せに行ってみるか。
「なら、せめてサリュードから」
「兄上の願いであろうと断固として断る」
そもそもラードは以前に俺の忠告を誤解して、『男の嫉妬などみっともない』などと抜かした過去があるのだぞ。
どうせ俺が彼女の事を諦めろと言ったところで……。
『自分が諦めたから、人に諦めろと言うつもりですか?』
とか言うに決まっている。
負けん気が強い事ぐらいは構わないが、そんな事を言われた日には、本気で殴り飛ばさない自信はない。
下手をすれば、首の骨を折ってしまう事故に繋がりかねない。
ラードは魔導士として、同じ魔導士であるルーが驚く程に成長をしているとは言っても、所詮はまだ子供。
城の魔法使いどもと比べたら魔法の威力も制御もまだ稚拙の上、魔法の使い方もなっていないからな。
将来はともかく、今のラードでは正面から挑んでも瞬殺出来てしまえる程度だ。
不要な確執を生みたくはないし、その様な事を俺も望んでいない。
「父親の仕事だと思いますよ。兄上」
「ぐぅ……、やっぱりそう思うか」
「むしろ好きになった女性ならば、振られようとも守ってやれ、と言ってやってください」
少なくとも、俺は彼女に不幸になって欲しいとは欠片も思わない。
結果的にこっぴどい形で振られはしたが、それでも彼女に幸せになって欲しいと心から思っている。
ただ、彼女の横に立つのは私では無かった、と言うだけの事に過ぎない。
いや、もの凄くモヤモヤはするけどな。
それこそ彼女の相手を、おもいっきり殴り飛ばしたいくらいにな。
無論、そんな真似は出来る訳がないと分かってはいるが、それとこれとは話は別だ。
密かに想うだけなら、俺の自由だからな。




