730.駄目な大人達は今日も酒場でクダを巻いているんですね。それと三人ともアウトです。
【とある街に潜む男】視点:
「んぐんぐんぐっ、ぷはぁ〜〜〜〜」
喉を通る心地良さと、その後に口の中に残る僅かな苦味が、なんとも食欲を唆る。
ついつい食べ過ぎだと分かっていても、追加の注文をしてしまう。
まさか酔うだけの安い麦酒が、冷やされた状態で出されるだけで、こんなにも美味くなるとはな。
まったく、この街は異常だ。
あらゆる所に、高価なはずの魔導具が使われており、まだ少ないながらもある飲み屋兼飯屋に冷却の魔導具が低価格で貸し出されているなど、故郷ではあり得ない事だ。
いや、世界中を探しても、おそらくこの街だけであろう。
「それで、どうだ?」
「全然駄目だ」
「こっちもだ」
店内の隅にあるテーブルに座る俺達は情報交換を試みるのだが、お互いに芳しくない返事が返ってくる。
まったく、この街は余所者には非常に動きづらい。
この街は他国からの人間の移住は、今の所は基本的に認められていない。
陸の孤島と言われるだけあって、こっそり紛れ込む事すら不可能だ。
何せこの街の住民は、全員が個人認識証を携持する事が義務付けられている。
幼い子供ですらそれは義務付けられ、所有していない者は違法居住者として拘束される。
そんな物など盗むか偽装してしまえば良いと思うかもしれないが、生憎と個人認識証は魔導具の一種で本人にしか使えない加工がされている上、本国から連れて来た魔導具師に調べさせても、作り方どころか理屈すら理解できない代物だとさ。
おまけにその個人認識証があれば、色々な設備などが無料で使える。
公衆浴場に、街の決まった場所を周回する馬車……じゃなくて人力車などだ。
それだけでなく、あらゆる場所で、身分証明を求められる際にも使われる。
「これで、どうしろって言うんだか」
「まったく、そうだよな」
「いつまでも居座れないのも大きい」
もちろん正規の手続きを行えば、一時滞在用の認識証を与えられるが、基本的に期限付きの上に滞在期間を延長する場合も、本人が書類で申請しなければならない。
どう言う仕組みかは分からないが、期限を切れたまま認識証を使っていれば直ぐに居場所を特定されるし、認識証を持っていなくても捕まるため、どうしても短期間の交代でこの街を調べるしかないのだが、これ等の情報だって先に潜入した者達が捕獲され、取り調べを受けた挙句に港街から放り出されて分かり得た事。
そもそも潜入捜査など時間を掛けて地元の人間と溶け込んで行うものなのに、それを許さないこの街は、俺達にとっては非常にやりにくい街だと言える。
「そう言えば、お前のところロスはどうなった?」
「ああ、ポーションのおかげで怪我はなんともないが、あれはもう駄目だな。
心がすっかりと折れちまっている」
「ひでぇ奴等だ」
ロスは俺達の仲間の一人だが、この街の領主を探りながらも、反応を見るために領主の支持を下げるために動いていたのだが……。
『ああっ!てめえ、今なんて言いやがったっ!?』
『あっ、いや私は何処の貴族も同じだと』
『さっきと違げえ事を抜かしてんじゃねえよっ。
民に食べさせて貰っているだけの、愚かな領主とか言いやがったよな。
他にも口にしていたのは、この耳でしっかり聞いていたんだよ。
おいっ、皆んな聞いてくれっ!
こいつは領主様を、そこらの腐れ貴族と同列視しやがったぞっ。
俺らに食わして貰っている、愚か者の何も出来ないガキだとな』
『『『『『あぁぁぁっ!? 巫山戯んなよっ!』』』』』
貴族に対するよくある愚痴を、ちょっと流しただけで周りの人間によって袋叩きだ。
途中で衛兵が止めに来たが、事情を知る人間の説明に納得いったとばかりに、見物側に回りやがった。
酒場でよくある貴族に対する愚痴混じりの悪口程度に、やり過ぎだと思う程にロスがズタボロにされるのを遠目に眺めながら、この街の異常性に戦慄したものだ。
その後ロスは衛兵にポーションを与えられた上で、詰所の牢に一晩留められた後、一時滞在者が騒ぎを起こしたとして領外退去処分。
この場合、帰国する船から降りる事は許されない。
もっとも大人数による長時間による袋叩きで、人の気配に怯えるようになったため、もはや密偵としては役に立たないと言える。
「ちょっと異常だよな」
「ちょっとか? かなりだろうが」
「特に領主に関しては禁句だな」
ロスの件でも分かるように、この街では領主の悪口は禁句だ。
噂話以上の事を探る事すらも、この街の住民は敏感となっていやがる。
前任者の報告では聞いてはいたが、大袈裟に言っているだけだと、真面に受け止めていなかったのが敗因だと言える。
どうやら、この街の住民の殆どは、領主に対して多大な恩を感じているようだ。
まぁ噂を聞く限り、それも仕方ないと思うのだが、誰が普通は信じると言うのだ。
この立派な街自体をまだ幼さが残る少女が己が力で建て、更には広大な農地も少女が開拓して住民に分け与えたなどと、御伽話か神話の世界の話だぞ。
おまけに街が十日熱の流行病の襲われた際に率先して医療にあたり、薬や物資を惜しげも無く住民に分け与えたなど、もはや聖女や聖人の逸話なみの話に聞かされれば、普通は誇張するにしても程々にしとけとしか思えないものだ。
『いいか此処の領主様はな、俺等街の住民の命の恩人であり、今の生活を与えてくれた神にも等しい方だ。
次に俺等の前で領主様を馬鹿にする事をほざいた日には、本気で殺すぞ』
揺さぶりのためにロスを始めとした領主の悪口を言った者が、最後に聞いた言葉がだいたい此れだそうだ。
そんな状態だからか、領主やその周辺を探ろうとすると、この街の住民が衛兵に通報するため、情報収集すら儘ならない状態。
シンフォニア王国オルディーネ領の領主、ユゥーリィ・ノベル・シンフェリアの詳細を探るだけ探れと命じられても、ちょっとこの街では無理だとしか報告しようがない。
「そうとなると、今まで集まった情報を持ち帰るしかないか」
「上は納得するかな?」
「普通に考えれば、十分な情報だとは言えるのだが……」
たった数年で、何もない所から大きな収穫祭が出来るようになるまで、驚異的な速度で成長する街。
その街自体も色々とおかしいし、祭りの状態も見聞きした事がない物も多かったのだが、その収穫祭の際に大型船寄りの中型の魔導船が三隻も浸水式を行い、恐ろしいまでの速度で出航していった事は大きな情報と言える。
噂によれば、船体自体が大王烏賊で出来ているのだとか。
「飯がめちゃくちゃ美味いとか」
「余所者は金を取られたが、風呂は良い物だよな」
「臭い便所と温い麦酒の生活に戻れるかな?」
怪しまれぬように、普通の声で口にするのは当たり障りのない会話だとは言え、言っていて虚しくなるな。
色々と規則に煩く、税金も安いとは言えないが、それでも住んでいて快適な街とも、もう直ぐおさらばだ。
これ以上は手に出来た認識証では街に滞在出来ないし、既にこの街の同業者に目を付けられている節があるため長居は無用。
証拠を掴まれて、捕縛されては元も子もない。
得た情報が僅かであろうとも、その情報を持って国に帰る事が俺達密偵の最優先事項だ。
「まぁ収穫祭を楽しめただけ、俺達は運が良かったな」
「厄介なウナギヘビが、あんなに美味いとは思わなかったしな」
「ふわかわケモノっ娘隊、可愛かったなぁ。
特に左にいた狐っ娘、くんかくんかしたい」
ちょっとまて、幾らなんでも今のは聞き逃せないぞ。
選ぶなら垂れ耳の犬っ娘だろ。
三人の中では一番年上っぽかったし、あれならギリギリいける。
他二人も悪くないが、まだ幼すぎる。
そちらは紳士としては入っちゃいけない世界だぞ。
そう説得する俺に目の前の二人は。
「愛でるだけに駄目も何もねえよっ!
あのふわふわな狐尾をなでなでして、くんかくんかするだけだっ!
俺は紳士なんだよっ!」
「そうだ、だいたいそれを言うなら、やっぱり真ん中にいた猫っ娘だろ。
ちょっと細いがそこは猫っ娘だしな、何より他の二人にはない気品と艶がある。
あれは将来絶対に凄い美人になるだろうし、今だって十分いけるぞ。
耳や尻尾はもちろん、全身をペロペロと撫で回したい」
よし、こいつら国に戻ったら衛兵に突き出してやる。
十分に駄目な紳士だ。
被害者が出る前に、矯正してもらわねば。
密偵が如何わしい行動をした挙句に、それが原因で潜入先から撤退せざるを得なくなったなどと、とても上には報告できないからな。
ん? 待て、その絵はなんだ?
「えへへ、収穫祭の最終日に、似顔絵師が即興で書いて売っていたのを見つけたのさ」
「ぐぅ、その似顔絵師は何処にいる?」
「無駄無駄、普段は別の仕事をしていて、祭りの期間限定だって言っていたからな」
「それならば仕方がない、幾らなら売る?」
「売らねえよ」
話題に上がった【ふわかわケモノっ娘隊】の三人の娘が、即興の線描画ではあるが楽しそうに踊る姿を確かによく特徴を捉えた一枚の絵は見逃せない。
しかも三人が個別に書かれた物を含めて四枚組だとか、その商魂も恐ろしいが、それ以上に給料三ヶ月分でも渡さんって、お前本気過ぎだろっ!
報告書に添えるから、無料で寄越せっ!
「断固拒否だ!」
「賭けようか」
「しねえよ」
いや、そこそこ酒が入っていた自覚はあるが、この後【ふわかわケモノっ娘隊】の魅力について三人が三人とも報告書形式で書いて、それがそのまま誤って報告書として上に上がってしまい、上役から大目玉を喰らう事になろうとは、この時の俺達には知る由もなかった。
心残りは、本国に帰る前に一度で良いから抱きしめたかった。
いや、手に口付けを許されるだけでも良い。




