482.気にはなっても、気にしたくない乙女心なんです。
「確かに普段は、ユウさんの指示で大人しくしてますが、それは貴族が相手だからですわ。
貴族でもないあの方に、ユウさんを馬鹿にされる云われはありません」
コッフェルさんのお店からの帰り道、ジュリのプンスコな言葉に、苦笑を浮かべながら頬を掻くしかない。
まぁ確かに貴族って嘗められたら駄目なところがあるし、そのために不敬罪なんて物があったりする訳ですからね。
同じ平民であるエリシィーと仲良くしてくれてはいても、こう言う事を聞くと、やっぱりジュリも貴族の青い血が流れているんだなぁと思ってしまう。
「ん〜、でも、ミゼルナさんってああ言う子だから。
子猫が威嚇しているって感じと思えば、気にならないじゃない」
でも、私自身はジュリほど不愉快に思っている訳じゃないし、単に残念な子だと思えば、可愛いとさえ思える。
「ああ、確かに人と思わなければ、確かに怒るだけ無駄ですわね。
でもあまり躾のなっていない愛玩動物は、処分されても仕方ないかと思いません?」
「思わないっ。
あとミゼルナさんは人間だから、慈愛の目で見てあげよう。
あの子にとって、心の師と仰ぐコッフェルさんが、私に取られて見えて面白くないだけだし」
「もう、ユウさんは本当に甘いんですから。
いつか痛い目に遭わないか心配ですわ。
それに、社交会でも何時まで、ああ言う事を続けられるつもりです?
私、そちらも、いい加減に我慢の限界なんですのよ」
ジュリは不満一杯だけど、社交界で一部の人達に馬鹿にされているのも、ハブにされているのも、私としてはさして気にしていないんだよね。
元々、子供の頃から『魔法使いのなり損ない』として後ろ指を差されていたし、学院での生活では、貴族用の学院に平民がと言う事で、大人しくしていたので、今更といえば今更。
ただ、従者であるジュリからすると、主人である私が馬鹿にされるのは嫌みたい。
それに、今は恋人同士だから、好きな人が馬鹿にされるのは我慢できないと言うのは私も理解できる。
逆の立場だったら、間違いなく暴れている自信があるもの。
『君には色々と餌になってもらいたいから、暫くは特大の猫被っててくれたまえ。
かよわい振りなんて、無理があるかもしれないが、なに、君ならそう言うの得意だろ。
まぁどうしても我慢できない馬鹿が出た時は、此方も多少の事は目を瞑るさ』
私が陛下の執務室で、男爵から子爵へスピード昇進ならぬ、スピード陞爵した際に陛下に言われた言葉。
中身がオッサンとはいえ、仮にも病弱な乙女に言う言葉じゃないとは思ったけど、陛下の言うとおり、『令嬢』という猫を被るのは『相沢ゆう』が目覚めてから行っている事だから、得意といえば得意だし、面倒臭がりの私としては、下手に相手をして余計面倒臭い事になる事を思えば、言いたい人には言わせておけばと言うスタイルは、どんと来いだったんだよね。
「たぶん、港が開港したら、少しは状況が変わるかもね。
でもあまり期待しないでよ、私、面倒だから相手していないだけなんだから」
「そこは私の主人になった事を、不幸と思って諦めてください」
「うわぁ〜〜、主従逆転だぁ〜」
夏に陛下達をはじめ、国の主だった方が王城を空ける。
陛下もカイル殿下も、そしてジル様も、相手が動くに動かざるを得ない状況を作り出しているはず。
私が様々な物を世に送り出し、貴族達のお金の流れが変わってしまった事で、貴族の勢力図が変動してしまっているのも原因の一つ。
その元凶たる私を餌にして、何年も掛けて不穏分子を調べあげ、噂を流して多くの人達を踊らせ、急変する世の中の流れに乗れない様に邪魔をし、不満を爆発させるよう誘導する。
本当、陛下にしろカイル殿下にしろ、恐ろしい方だと思う。
おそらく、今度の事で流れる血は二桁では済まないはず。
私の勝手な想像でしかないけどね。
「でも、ジュリが私のために怒ってくれているのは嬉しいかな♪
だって、それだけジュリに愛されているって事だし」
「と、当然ですわ」
耳を真っ赤にさせて可愛い。
普段は豪快で、いつも強気で意地っ張りで、その裏で一生懸命努力してそれを表に出さないように強がって。
でも実は甘えん坊さんで、結構ドジでポンコツなところがあるけど、それが私の可愛いジュリ。
あっ、食いしん坊さんな所もあったか。
「じゃあ、今日はジュリが私のために怒ってくれたから、ジュリの好きなデザートを作ってあげる」
「では、パンケーキタワーのアイスクリーム乗せと、果物たっぷりのパフェ、あっ、小倉抹茶……、そうそう、わふうパフェでしたっけ。
それとやっぱりケーキは外せませんわね。
栗のクリームがたっぷり乗った奴と、チーズを使ったケーキで焼いたのと生のと……」
「二つまでっ!」
まだ、並べ立てようとするジュリの言葉を遮って制限をつける。
聞いているだけでお腹いっぱいになりそうなのに、これで我が家で一番スタイル良かったりするんだから、不思議でしょうがない。
偶にジュリが太ったって騒いでも、周りからしたら全然許容範囲。
だから最近ではジュリが騒いでも、誰も相手しないどころか白い目で見ていたりするんですよね。
私は食べたくても量が食べれないだけだけど、私とジュリ以外の女性陣は、一生懸命摂生しているのに、一人だけあれだけ食べて太らないだけでなく、スタイルが一番良い訳ですからね。
「期待させておいて酷いですわっ!」
いや、酷いのはジュリだからね。
主に、我が家の体重とスタイルを気にしている女性陣に対して。
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体重と言えば体重計。
ただ、この世界でが体重計と言う物は存在せず、重さを測ると言えば、基本的に取引の際に計り売りをしたり、硬貨や宝石の重さを計る時に使うぐらい。
それも昔ながらの天秤ハカリね。
前世では体重計そのものを目の敵にする人もいたけど、健康状態を把握するためには一応は役に立つ道具ではあるんですよね。
だから、作ってはあるんですよ。体重計。
これで普段から体重を測っておけば、以前の様に寝込んだ後でも、もう体重は戻ったから大丈夫、と言い張れる根拠のためにね。
魔導具:真実の秤
天秤やバネ式ではなく魔法石を使った加圧型で、平板の下にある魔法石に掛かった圧力によって、ガラスの管の中の色を付けた油が上下して、ガラスの管を嵌めた板に書いた数値で体重を測れる魔導具。
一応、微弱な電気を発して、体内の筋肉に流れる電気の量から、体脂肪を測定する機能までもバッチリです。
流石にメモリー機能まではないけど、この世界の文化レベルからしたら、十分に実用に耐える代物、……なんだけど。
「エリシィー、お風呂場の秤がまた消えているんだけど、何処に行ったか知らない?」
「……知らない。
ユリアさんあたりに聞いてみたら?」
何故か、ちょこちょこと、その姿が消えるんですよね。
まぁ秤だから、米や小麦など、色々な物の重さを量れるから、彼方此方するのは分かるんだけど、基本的にこの世界ではその手の物を量るのは枡や桶なんだよね。
だから麻袋とかに枡で量って規定量を入れて、袋単位で管理するのが一般的。
それほど精度を求めない、おおらかな世界だとも言う。
「ユリア、お風呂場の秤を見かけないのだけど、見かけなかった?」
「……さぁ、脱衣所以外では見た覚えはありませんが。
掃除の時に動かしたかもしれませんので、メアリーとアンネに聞いてみてはいかがでしょうか」
掃除の時ねぇ。
汚れていて、外で洗って戻し忘れたとか?
でも脱衣所の隣にお風呂場があるのに、それはないよね。
洗うのなら、お風呂場で洗えばいいだけだし。
「二人とも、お風呂場の秤を見かけなかった?」
「……いえ、知りません、と言うか見たくもないです」
「……ルチア様にお聞きしてみては如何でしょうか?
……その、色々と緩み出して、気になるお年ですし」
アンネ、言いたい事は分かるけど、もう少し言葉を濁そう。
それって殆ど言っている様なものよ、特に最後の部分。
ルチアに聞かれていたら、肩を揉まれているわよ。……もの凄い握力で。
あと、ルチアは十分に若くて綺麗よ。
前世なら、二十代半ばは、むしろ若いと言える年頃なんだからね。
この世界の貴族の基準では、…うん、……まぁ、……その…ね。
脳裏に『ハタチ過ぎたら、みんなオバさんよぉ』だなんて、某アニメの幼女の言葉は浮かびません。
そう言えばあのアニメ、最終回でその幼女が数年後とは言え、かなりの年上の男性と結婚していたよね、しかも十代半ばの妊婦姿を披露。
元とは言え、国営放送だった放送局が、そんな年の差婚どころか児童婚を認める様な内容を全国放送するだなんてと思いもしたけど、今は関係ない話なので下らない話は脳裏から消し去る。
今、大切なのは、ルチアは若くて綺麗とだけ。
「ルチア、お風呂場の秤を知らないかしら?
ほらっ、オルヴァー君がはしゃいで倒しちゃって、危ないからどかしたって事もあるかもって思って」
「……さぁ、ちょっと記憶にありません。
オルも、燥ぐのは場所を選べる様になって来ましたから、そう言う事はないかと思います」
「そう、疑う様な事を言って御免なさいね」
「いえ、少し前のオルを見ていた、そう思われても仕方ありませんし、まだまだそう言う事があり得る年齢ですから。
ああ、エマに聞いてみては如何でしょうか?」
エマは、後宮の調理人だっただけあって、スープとお菓子が得意な調理人だけど、……流石にお菓子の計量に体重計なんて使わないわよね。
計量カップやスプーンが一通りある訳だし、前世の業務用のお菓子じゃないんだから。
「最近、腰回りがヤバイわぁ」
「試食のしすぎだろ。
幾ら試したいお菓子が沢山あるからって」
「アナタだって、そのお腹、人の事言えないでしょうが」
「あ、味の確認には必要な事だ」
「私だってそうよ。
あぁ……秤に乗るのが怖いって、そう言えば昨夜は見なかったけどアナタ知らない?」
「さあな、俺はあんな物は使わねえしな」
「使いなさいよっ!
せめて道連れが欲しいのっ!」
うん、どうやら知らないみたい。
廊下まで聞こえてくる夫婦のコミュニケーションに入り込むのも野暮なので、そのまま来た道を戻る事にする。
「あっ、セレナ達、戻って来ていたのね、おかえり。
ところで、お風呂場の秤を知らない?」
「……さぁ。でも式が終わった以上、もう見たくないわ。
ラキアは知ってる?」
「……ん〜〜、私は何方かと言うとユゥーリィ側だから在っても良いと思うけど。
今回は知らない」
「くっ、これだからペッタン子は」
セレナ、結婚式の衣装のために毎日測っていたからねぇ。
式が無事に終わった以上、もう見たくない気持ちは分かるけど、それはそれ、これはこれで。
あとラキア、きちんと自己管理しているからって、セレナを揶揄わないの。
私とラキアと違って、単に大きくなっただけかもしれないでしょうが。
ナニがとは言わないけど、結婚すると愛されて育つとか聞くし。
愛されても育たない人はいるけどね。うん……、強く生きるもん。
「脱衣所の秤ですか?
それならば、多分地下の倉庫かと」
通りかかったプシュケに聞いてみたら、そんな答えが返って来たので、プシュケの案内で向かった先は、地下倉庫の中の一室で隠し金庫室がある部屋。
そこに探していた秤が鎮座していた。
「もしかして、金貨を数えるのに、重さで測ったとか?」
我が家の財産を、全て私の収納の魔法や収納の鞄の中に入れておくのは、私に何かあった時に全てを失う可能性があるため、幾つかに分散してあるのだけど、此処はその内の一つ。
分厚い鉄板と分厚い超圧縮コンクリートに囲まれた壁に加え、そこに描かれた特殊な魔導回路で覆われた金庫室の中に入るには、セバスとプシュケの持つ鍵を、離れた場所で二つ同時に回さないと開かない魔法錠で閉鎖されているため、簡単には入る事ができない特殊な部屋。
「主人、そう言う事にしておいてあげてください。
目の前にあると、気になってしまう方もいますので」
「あぁ、そう言う事ね」
プシュケの言葉に、体重計がよく消える理由に辿り着く。
見たくはないけど、目の前にあると確かめたくなる乙女心の葛藤の末なのね。
「私は、主人が体重を管理して健康を確認するのは良い事だと思い、気がついては戻してはいるのですが」
「……とりあえず、布でも被せておきましょうか」
目で直接見えなければ、気にはならないでしょうしね。




