481.この世界の魔法の法則は、実は……。
「おう、嬢ちゃんかい。
今日はどうしたんでぇ?」
「此方に用事があったので、ちょっと立ち寄っただけです」
コッフェルさんが、最近では珍しく店舗兼自宅の店にいたので、顔を出したのだけど、相変わらず人がいないお店だなぁ、と言う感想がまず出てしまう。
「まぁ殆ど閉店休業状態だからな。
最近じゃ、俺に用がある奴は、直接あっちの建物に顔を出す奴がいるぐれえだ」
どうやら顔に出ていたみたいだけど、けっして客がいない訳ではないと誤魔化すあたり、この老人の可愛いところだったりするんですよね。
まぁ、コッフェルさんの作る戦闘用の魔導具の質が高いのは事実ですから、嘘ではないのは確かか。
命が掛かっているから、高くても信頼のある魔導具をと言う人は多いからね。
「せっかく来たから、夕食を作っちゃっておきますね」
「おう、いつも悪いな」
「いえいえ、好きでやっている事ですから。
ところで何かリクエストはあります?
酒に合う奴と言う返事以外で」
「そんな事を言われたら何も言えねえっての」
「あははっ、じゃあ適当に作っちゃいますね。
ジュリ〜、コッフェルさんの相手でもしていて~」
うん、いつもの事なのに、懐かしいやりとり。
私もコッフェルさんも、忙しくなって、こうして会う事がめっきり減ってしまった。
寂しいと思う反面、いつまでもあの場に留まってもいられる訳がない、とも理解できてしまえる。
それでも大切な想い出であり、私の魔導具師としての原点の一つだとね。
さてさて、肝心のお夕飯は、主菜にはレインボーサーモンの香草焼きは……、使う香草は在庫の多い紫蘇でいいや。
あとはトマトとレモンを添えて、塩と胡椒、オイルを掛けて蒸し焼き。
副菜にシシトウと、エンドウ、アスパラの揚げ浸しで、鰹節もどきと青紫蘇を刻んだのを上から山椒う共に振り掛けて。
豆腐とネギとビーツの炒め煮。
作り置きだけどお芋の煮っ転がし。
これはこの間作った和三盆の失敗したのを粉砕して、中温糖替わりに使ったんですよね。
煮物って、普通の白砂糖で甘く煮るより、アクがある中温糖とかで煮た方が味が柔らかいと言うか、深みが出るから不思議。
酒の肴に、アスパラの肉巻きを数本焼いておこう。
味付けはシンプルに岩塩と乾燥した香草のみ、これが意外にいけるんですよねぇ〜。
汁物は此方もシンプルに貝のお吸い物で、まぁ貝が五十センチ以上もあるオバケ貝だったりするけどね。
汁に入り切らない分の貝は酒蒸しとバター焼き。
それでも残る部分は、収納の魔法の中に保管。
「おう美味そうだなぁ」
「それよりも、まだ陽が高いんですけど」
「んなもん、せっかく暖かい内に食っちまった方が美味いに決まっているだろうが」
「いや、だからって、昼間からお酒ですか?」
「当然だろう」
相変わらずと言えば相変わらずですけど、私達は流石に遠慮しておきます。
今の時間に食べたら、絶対にお夕食を食べれなくなってしまいますから。
流石のジュリも、自分は大丈夫だから寄越せよ言うほど食いしん坊ではないしね。
「まぁ一緒に食べてくれる家族がいるなら、その方が良いに決まってるな」
「ありがたい事です」
仕方ないなぁと、コッフェルさんにお酌をして上げながら、ギルドが引き取った最近の子供達の話を聞く。
時折、差し入れを持って顔を見せには行ってはいるけど、あまり関わらないように言われているので、詳しい状況は知らないんですよね。
一応は魔導具の服が効いて来たのか、全員が症状が回復して、少しずつ体力が戻って来てはいるみたい。
一部の子は、私の商会関係で働き始めていると聞いていたから、安心してはいるのだけど。
「金がない事から、嬢ちゃんほど薬漬けになっている子が少ないって言うのも幸いだったな」
「私の場合、そうしないと生きていけなかっただけなので仕方ありませんよ」
魔力過多症候群。
私はそう呼んでいるけど、病気の原因は魔力による中毒症で、その事により様々な病状を引き起こす病気。
合併症の対処療法も必要だけど、原因たる魔力中毒を抑えるのが一番なのだけど、その症状を抑える薬は、副作用の一つに身体の筋肉を落としてしまう物や、身体の成長を阻害する物があり、常用し続ければ、筋力が付きにくい身体になってしまうらしい。
死亡率が高い病気ではあるものの、回復する者がいない訳ではない。
けど、それは発症した年齢や、金銭の問題も影響が大きいからであって、お金がなかったり、身体の成長が魔力の大きさに追いつかなければ、死を免れない病気である事は今も変わらない。
私の場合は普通の魔力過多症候群ではなく、生まれながら魔力神経が欠損した未熟児として生まれたため薬の服用期間が長く、その分副作用も色濃く残り、成人したにも関わらず、小さな身体のため大人の女性として見られる事は殆どない。
とは言え、私は運が良い方なのだと思う。
貴族の父親を持ち、薬を与え続けられるだけの恵まれた家に生まれたのだからね。
だから、大人扱いされない小さな身体に、鍛えても筋力が付かない身体、そんな身体に生まれた事を恨んだ事はない。
今こうして私が生きていられるのは、お父様とお母様が、病気を持って生まれた私でも、愛してくださった証だと知っているから。
でも、それは私が前世の記憶を持ち、子供でありながらも大人の目線でお父様達の立場で物事を考えられたからこそ。
「オメエさんの年で、なかなかそこまで割り切れる奴はいねえぞ」
「本当の事ですし、天を恨んだところで、どうしようもないですから、前向きに生きるているだけです」
「あいつらも、少しはそうやって割り切れたら楽だろうに」
「ああ、やっぱり恨んでますか?」
「全員って訳じゃねえが、そうするしか、自分の境遇を認められねえんだろ」
幾らそれしか子供が生き残る手はなかったとは言え、親に借金奴隷として売り払われたのは事実だからね。
病気で寝込んでいた時は、身体が少しでも楽になるならばと言う想いがあっただろうけど、それでも寂しさと悲しみを募らせていただろうし、魔導具の力で身体が健康になってくると、心に余裕が生まれて親と離れ離れになって住まなければならない現実に、不満を持つようになっても仕方がない。
まだ、どの子も幼い子達ばかりだもの。
「だが、まぁ、それでヤケになっている奴がいねえ所が幸いだけどな」
「これからでしょうけどね」
「違げえねぇ」
理由はどうあれ、あの子達は病気を克服する代価として借金奴隷になってしまった。
でも、あの子達はまだ幸いと言える。
助かる術と共に、その借金を返す術を与えられる訳だから。
多くの事を学び、鍛錬をしなければならないけど、それでもいずれ借金を返し終えれば自由の身になれる。
本人達が望めば、手に職を付けた状態で、家族の元に戻れる日が来る訳だもの。
貧困街で今日を生きる事さえ出来ない孤児達に比べれば、人として生きていける。
願わくは、そうするしか出来なかった御両親を恨む事なく、必死に生きて欲しい。
あの子達が彼処にいる事自体、御両親の愛情の結果なのだから。
「コォラァ〜〜〜っ!
せっかく来たのなら、教えていきやがれなのですっ!」
人がしんみりとしているのに、勢いよく店の戸を開くなり、怒鳴り声を上げるミゼルナさんの声に、もう色々と台無しです。
せっかく楽しく、コッフェルさんの晩酌に付き合っていたのに。
と言うかミゼルナさん、店に入る事は許可されたんですかね?
「テメェっ。この店は出入り禁止だと言ったろうがっ!
このクソガキがっ、その耳は飾りかっ!?
役に立たねえもんなら、俺が引き千切ってやるぞっ、テメエッ!」
「ひっ、お師匠様、違うのですっ!
店には一歩も入っていないのですっ!」
「「……」」
そう言えば、前回も店の中に入ってませんでしたね。
恥ずかしげもなく、こう言う屁理屈を言えるのがミゼルナさんの良いところなのだけど、まぁそれが相手を怒らせない行動かどうかは別の問題で。
「ほぉ〜。いい度胸じゃねえか。
前回は嬢ちゃんが呼んだから見逃してやったって言うのに、そんな下らねえ御託を俺に言うなんぞ、覚悟は出来ているんだろうな」
「あ〜〜、コッフェルさん、其処まででお願いしますね」
コッフェルさんが本気で威圧を掛け出し始める前に、流石に止める。
またジュリに後始末をさせるのは可哀想だからね。
あと流石にミゼルナさんも、要件もなく立ち入り禁止した場所には来ないと思いますよ。
一応は話だけでも聞きましょうよ、とコッフェルさんを宥め。
「嬢ちゃんは甘えなぁ」
「まったくです。
ユウさんは、もう少し悪意ある方に毅然とした態度を取るべきです」
悪意と言ってもね。
ミゼルナさんの場合、子猫が威嚇しているようにしか見えないから、むしろ可愛いですよ。
「んにゃっ、何をするのですっ!
は、離せっ!」
「先程の理屈で言えば、お店の中に一歩も踏み込まなければ良いのですから、足を店の中に踏み込まなければ良いだけと思いましたので」
「だぁぁ、無茶苦茶なのですっ、離せなのですっ!」
店の入り口から一歩も入って来れないミゼルナさんを、何を思ったのかジュリが襟首を持って、片手で持ち上げている姿が見える。
長身のジュリと、平均より低めのミゼルナさんでは、身体強化の魔法で高々と持ち上げられれば、確かに一歩も店の中に踏むこむ事なく中に入って来れるだろうけど。
ジュリ、私、ミゼルナさんを子猫みたいとは思ったけど、流石に猫のように持つのはどうかと思うのだけど。
「ちなみに、もしユウさんを侮辱した言葉を言えば、天井に投げつけますので言葉遣いにはお気をつけくださいね」
「のぉあっ! なんて暴力的な、それでも女です・ぐぁあああ〜〜〜〜っ!」
「この状態で、それだけ悪態がつけるのは感心しますね」
空いてる方の手で、強化した指で背中をゴリゴリ押されて悲鳴をあげるミゼルナさんの姿に、ある意味感心できる。
コッフェルさんも、そんな情けないミゼルナさんの姿に、怒る気も伏せたのか溜め息を吐いて首を軽く横に振っている姿が視界の端に見える。
まぁ流石に宙吊りのままなのは可哀想なので、椅子に座らせてあげようと言うと、ジュリは優しいからちゃんとミゼルナさんを椅子に腰掛けさせてくれる。
ただし、何時でも天井に投げつけれるように、襟首を持ったまま。
なにかミゼルナさんが、私にどうにかしろと言わんばかりに睨みつけてくるけど、面倒なので気がつかない振り。
とっとと、要件を述べてるように催促すると、何処からか用紙を取り出し、そこには魔導回路とその横には書き殴ったような字で幾つもの計算が書かれ、所によっては斜線が引かれて、計算をやり直した跡が見受けられる
「ここが何回やっても計算が合わないのです」
用紙に書かれた内容を読み解いて行くと、どうやら魔導回路の強度計算と流れる魔力量、そして回路内の『神字』の位置による干渉による増幅と減衰の計算みたい。
それを読み解きながらも思ったのが、正直、ミゼルナさんの才能を嘗めてた事。
「ミゼルナさんって、性格はともかく計算に関しては、本当に頭が良いんですね」
「ああ、計算する頭だけは、俺も認めている」
「どう言う意味ですかっ!」
「「そのままの意味です」」
私がコッフェルさんに写させた魔導回路関係の本には、此処までは書いてなかったのに、独力で此処まで読み解いて計算式を当て嵌めていたとは、魔力の制御力はともかく、中々侮れない実力だと思う。
でも、魔導回路は此処まで計算しなくても、見本の回路をそのまま写せば使えるお手軽さがある。
出力の違いによる最適化を図るには、多少の計算は必要だけど、ミゼルナさんがやっているような計算とは別のもの。
既存の物を元に作るためではなく、新たに創るためのに必要なもの。
「因みにコッフェルさんは、この計算が合わない理由は分かっています?」
「あたりめえだ。
だいぶ前に嬢ちゃんに切っ掛けを貰っていたからな、気がつけば、わりかし簡単だったぜ」
「お、お師匠様、狡いです。
人には自分で解けと言っておいて、お師匠様は教えて貰っているなんて」
「テメエも知っている事だっ。
テメエの努力不足を棚に上げて、人聞きの悪い事を言うなってんだ」
流石はコッフェルさんと思うけど、今まで概念がなかった考え方だから、難しいんじゃないかな。
コッフェルさんは、色々な事を知っているから、それらも相まって、結びついたってのもあるし。
でも、ここまで出来たのなら、教えても良いと思うんだけど、私はコッフェルさんを見て、教えて良いですかと視線でもって聞くと、溜息を吐かれて呆れられたので、お許しが出たって事で捉えておく。
「普通に計算するから合わないんですよ。
魔導回路の計算は、今までの魔導具よりも精密な計算が求められます。
今までは計算違いによる誤差も許容範囲に含まれてしまうので、それほど問題がなかっただけで、魔導回路、特に『神字』の部分に関しては、僅かな計算違いも影響が出て来ます」
「多分、そんな事だとは思ったのですが、幾ら計算しても狙った出力にならないのです」
うん、感情的に拗ねた所があるけど、きっと楽しいんだろうと思う。
本気で取り組んでいるからこそ、感情的になる訳ですからね。
コッフェルさんの話によると、ミゼルナさんは形ある物に魔力を流して集中する事は得意でも、何もない空間に意識を集中して魔力を流し込む事がとことん苦手らしい。
想像でもって魔法を創造をする、この世界の魔導士としては致命的だと言える。
コッフェルさんが、魔導具師ではなく魔道具師として育てようとしているのは、おそらく正解だと思う。
そして、ミゼルナさんも、目に見える魔導回路の勉強は楽しいみたい。
今回の計算の違いも、どうしたら、う言う計算結果になるのかを、逆算しながら法則を見つけ出させるのが、私が書いた本の隠れた意図の一つ。
それくらいも出来ない人間が下手に魔導回路を弄っても、暴走させたりするのが関の山だもの。
ただ、ミゼルナさんの書き殴った計算を読み解くと、本当に後一歩。
彼女が今まで学んで来た常識を打ち破る発想に気が付くか、気が付かないかでしかない。
「光石を用いた魔力の鍛錬はしています?」
「なんですかいきなり、一応は毎日しているのです」
「では、光石の灯火は何色あります?」
「……四つ、いや八つあるのは教わったのですぞ、ですがまだ其処まで出来ていないだけ……で……」
ミゼルナさんの年齢で、四つしか分からない魔力制御が、劣っているのか普通なのかは分からないけど……コッフェルさんの表情を見ると、普通みたい。
ウチの魔導士達は、全員出来るようになっているから、実際のところはよく分からないのよね。
治癒魔法を使えるとは言え、本職の魔導士ではないエリシィーだって出来ている訳だし。
「別に今は、出来る出来ないは関係なくて、この八って言うのが大切なんです。
普通の計算は一で始まって九の後は十ですよね?
でも魔導具関係の計算は、七の後が十になるんです」
「はぁ? どう言う事です。
それなら八の後が十なのではないのですか?」
「最初の一の前の何もない零も含まれます」
この世界の魔法は、実は八進数の世界みたいで、光石の色が白、黄、緑、燈、赤、青、藍、紫と八色であるように、魔法も聖、無、風、土、火、水、闇、時空と八つの種類に分類される。
それに気がつくと、この世界の魔法が八と言う数字に支配されている事にも気がつけば、普通の魔導具に使われる計算も八進数でやると、より正確性が増している事を発見する事ができる。
では、光石が灯っていない状態は何かと言うと、意味がない訳ではなく此れも意味があって、図形でいう八角形。
この中心が、光石が灯っていない状態であり、何も染まっていないと言うか、何物でもない混沌であり原初の魔力の状態を意味する。
私も最初は、この中心は無属性の事だと思ったんだけど、それだと色々と計算と結果が合わなくなり、この結論に至った。
もちろん、これは私の仮説ではあるけど、今の所は色々と辻褄が合うんですよね。
因みに八角形は、正方形を二つズラした物が基本みたいで、複数の属性と意味を持つ『神字』を魔法陣に組み込む時は、その交点に道を作ったり、『神字』を置くと効率が良くなったり、組み合わせによっては複合した効果を出す事が出来る。
ただ、なんでも組み合わせれば良いと言う訳でなく、そこに組み合わせるにはまた別の法則があったりする訳だけど。
「ほら、こうすると、お互いの計算が合うでしょう」
「ほ、本当です。
お前、実は凄かったのです・ぬなぁぁぁーーーーーっ!」
ジュリ、言葉の途中で天井ギリギリまで放り投げないの、可哀想でしょうが。
いや、ミゼルナさんの言葉にイラってしたのは分かるけどね。
教わる側の言葉じゃないですから。




