441.舞踏会は新作発表会の場です。
寒い冬が終われば、暖かな春が訪れる。
死と再生を繰り返すかのように、春先に植えた種は既に地面から芽を出し、周りに目を向ければ春の息吹を感じる事が出来る。
それでも、時折、冷たい風が吹く事があり、その風の冷たさに身を震わせる姿を見かけるものの、暦の上では季節はとっくに春になっており、今年も社交界が始まりを知らせる催しがやってきた。
ざわわわわ。
陛下を始めとする王族が顔を見せるとと共に、ざわつく会場。
王族主催の舞踏会では、王族が顔を見せる時は何時もの事ではあるけど、今回は何時も以上に騒然としている。
その理由は、誰の目にも明らかで、開場にいる貴族、特に婦人や淑女の視線を集めているのは、王妃、王太子妃、そして王女のドレス姿。
殆どの者が感嘆の息を吐き、小さく称賛の声を上げさせているのが、音楽に合わせて聞こえてくる。
「御三方々とも、なんて高そうなドレスなのかしら」
「あの艶やかさは、最上級の絹よりもありません?」
「しかも、宝石を惜しげもなく、あんなにふんだんと」
いえいえ、値段や生地ではなく、生地の素性に負けないドレスの意匠と、それを着こなせる王妃様達を褒めましょうよ。
せっかく素晴らしい芸術品並みのドレスを前に、聞こえてきた感想の中身に、気分が台無しです。
王族主催の催しで、王妃様達がドレスを新調するのはよくある事。
特に春のこの催しで着るドレスは、その年の流行を決めると言って良い程。
実際は、各家が持つお抱えのデザイナーの意匠を、超理論によって選出され、デザイナー監修の下、王家お抱えの御針子さんが製作するらしい。
えっ、超理論は何かって?
超理論は超理論ですよ。
場合によっては重力とも呼びますけどね。
とにかく行なわれる催しの格式や季節、その時々の立場や目的に沿った意匠が選ばれるのは勿論だけど、その他にも経済効果や各家の影響などの、様々な思惑が絡まった上での選考なので、超理論と言う訳です。
だから、絶対に談合とか言わないように。
とにかく、今回も三人とも違うデザイナーによる作品ではあるものの、ある程度意匠性を合わせたとは聞いてはいるけど、着る人間に合わせた上で、独自性を出しながらもあれ程の作品に仕上げるあたりは流石だと、その職人の腕に素直に感動する。
私は中身が男なので、ああ云うのを着たいとか思わないけど、見る分には好きだし、そこに使われている技術に触れるのは、前世の頃から好きなんですよね。
そして、ドレスの意匠も素晴らしいけど、そのドレスに使われている生地の作りも素晴らしく、遠目にも高い技術が使われておられている事がよく分かる。
透かし織りはもちろん、金襴が使われていたり、敢えて魔糸特有の艶を薬品処理で艶を消す事で、魔絹織物の持つ光沢を一層深みを出させるなど、見せ方をよく分かっている仕事だと言える。
流石は王国随一を誇るユールノヴァの絹織物技術と言える。
そして、王妃様達が真っ先にユールノヴァ侯爵に挨拶をし、魔絹織物の献上品に対しての言葉を授けられている様子を横目に、私は自分に掛けている魔法を一つ解除する。
魔物である妖精との遭遇で見た魔法陣を解析し、組み立てた魔法の一つ。
光学式認識阻害の魔法陣。
と言っても今回使ったのは強力な物ではなく、ほんの少し布の持つ艶を抑える程度の弱いもの。
仮にも王城ですからね。陛下の許可を貰っている私でも、護身用の魔法しか使う事が許されていませんから、バレない様にこそっとです。
あれ? あんな感じだったかな、気が付かなかった程度の弱いもの。
魔力の紐で構成した魔法陣も、乙女の秘密の内側では例え魔力眼を用いていたとしても、ガン見しにくい場所ですからね。
その後は何時もの様に、壁の花、もとい壁のシミに徹しながら、周りの人の衣装や装飾品を見て目の保養。
王族に挨拶をするため、高位や中位の貴族は順番待ちをしていたり、舞踏をしているけど、私は下位貴族なので、そもそもその必要がない。
まぁ放っておいても陛下辺りが来そうだし、ラード王子やサリュード王子も挨拶を受けるのに忙しいはずなのに、何故か来るんですよね。
おまけに王太子殿下まで来る事があるから、子爵でしかない私としては、周りの視線が痛いこと痛いこと。
その辺りを理解して欲しいなぁと思っていると、今回、早々に陛下達への挨拶を終えたユールノヴァ侯爵が此方に歩いて来られる姿が視界に映る。
「一曲宜しいですかな?」
「喜んで」
何処かの陛下と違って、意地悪される事なく普通に、緩やかな舞踏にそっと安堵の息を吐く。
体格の差に踊り難さがあるのは申し訳ないと思うけど、こればかりはどうしようもないので勘弁して貰いたい。
と言うか、侯爵の方から、魔法を使わずに普通に頼むと言われる始末だったのは脇に置いておいて、首の角度がお互いに疲れるけど、数小節分を踊った後、侯爵の方から口が開かれる。
「君の所の素晴らしい糸のおかげで、我が領地の織物への評価が更に上がる事になる。
礼の言葉を述べさせてもらうよ」
「それもこれも、ユールノヴァ家が代々職人を守り育てて来た技術があってこそです。
幾ら良い糸があろうとも、それを活かす手段が無ければ、なんの意味がありません。
ユールノヴァの織物技術が、十年やそこらでは到底追いつけない代物である事を、この目でしかと確認させて戴きましたわ」
「ふふっ、その目は少しもそうは言っておらぬが、そう簡単に追いつかせはせんよ」
子供の頃からの英才教育に加え、代々技術を継承しながら、新たな技術を作り出して行く。
前世と違い、工作機械も情報も未発達なこの世界では、技術とは純粋に積み重ねた歴史。
歴史の無いオルディーネ領では、例え同じ魔絹織物を作り出せるようになったとしても、同じように作れる訳がなく、製作に必要な時間と職人の数と言う点でも勝負にならない。
だから、そちらは時間を掛けて育てて行くつもりではあるけど、それで勝負はしない。
勝負をすれば、市場の食い合いになり、互いに摩擦を生む事になる。
侯爵家と子爵家では、その点でも勝負にならないからだ。
「その一見なんの変哲もない平織のケープが、君の自信の表れかね?」
「ええ、絹織物もそうですが、一番魔絹織物の魅力が引き出せるのは、平織だと私は思っております」
技巧に凝らした織物は、確かに華やかで魅力的な物だろう。
高貴なる者がその力を示すには、技巧に凝らして高価になった織物は、たしかに相応しいと言える。
でも、魔絹織物の最大の魅力は、その艶と肌触りの滑らかさ。
そしてそれが一番生きる織り方は……。
「ふむ、その意見には同感だな。
幾ら技巧を凝らそうとも、結局は、そこに行きついてしまう」
「ですが、魅せる事も大切な事。
特に貴族の方には、美しさや華やかさ以上に必要な事だと思いますわ」
そう言った拘りが流行を生み、市場を育て、雇用を生みだし続ける。
貴族の贅沢や見栄は、金を流通させ、何万、何十万の人達の生活を支えている。
でも、魅せ方は一つではない。
幾つもあるからこそ、より深みのある市場が育つ。
なら、その中に何の変哲もないように見えるものがあっても、おかしくはない。
「白々しい事を言う物ではないな。
一見して何の華もない平織のケープだが、そこまで青く染めていながら、その透明度はなんと説明する」
今回、私用に新調したドレスは白を基調とした普通の絹のドレスで、そこに青く染めた普通の絹を重ねた意匠。
だけど、肩を覆うケープは魔絹を使った織物で、一見して何の特徴もない魔糸の魅力のみを活かした平織を重ねたもの。
舞踏会始まり当初、目眩しの魔法を使っていたのは、王妃達より先に魔絹織物を気がつかせないために行っていた事で、王妃達が登場した時点で、隠す必要がなくなっただけ。
もっとも、王妃様達の技巧を凝らした魔絹織物に比べたら、このケープはなんの変哲もない平織の物でしかないけど、一つだけ大きく違う所がある。
「ふふ、以前に言いましたように、出来る事をした結果ですわ」
「確かに、そこまで糸を細くできる技術があるのなら、平織の技術のみでやれよう。
寧ろ、そこまで細いと、平織しかできないのではないかね?」
「流石ですわね。
御推察通り、幾ら丈夫な魔糸でも、此処まで細くしてしまえば、今の所は他の織り方をしてしまえば、耐えられるものではありません。
ですが、それが欠点にならない程の魅力がこの布にはありますわ。
このケープが、どれくらいの重さがあるか分かりますか?」
「……っ。
一向に布自らの重さに潰れる様子もなく舞うケープ。
なるほど、確かに魅力的だな」
この世界の華やかな場で、女性が着るドレスと言うのは、意外に重い。
何枚も布を重ねる上、膨らみを持たせたり、華やかに見せるための飾り布が多いため、平気で五キロ、十キロはあったりするし、ドレスに宝石が散りばめられていたら、重量が増す上、そこに装飾品迄含まれるとなると、総重量はかなりのものとなり、真面目な話、子供を一人分抱えているのと変わらない事になる。
前世の大昔の貴婦人が来ていたとされる十二単など、服だけで二十キロあるとか言うから、決して大袈裟な話ではない。
それに比べたらマシとは言え、着ているだけで疲れる様な代物だったりする。
でも、その点、この生地は非常に軽いため、自重で潰れる事なく膨らみを保ち、その透明性でもって下の生地の模様を殺す事なく重ねられる。
もし、この布でドレスを作った場合、その重量は今までの物に比べておよそ十分の一になる。
なにより、その薄さと軽さが生み出す柔らかな雰囲気は、他にはない特徴。
「重ね布としては最高の素材になる、そう思いませんか?」
「まったく、末恐ろしいな。
こうして、このような場で見せられた以上、ユールノヴァは例えその技術を開発したとしても、作る訳にはいかぬ。
もはや一織り技術と言えぬからな」
「譲って戴き、心より感謝いたしますわ」
それは、ユールノヴァがオルディーネの魔絹織物の市場を侵さないと言う明言。
此方がユールノヴァの魔絹織物の市場と、真面に争わないと示したからこそ得られた言葉だと思う。
でも、そう言ってくださったのは、ユールノヴァ侯爵の御心があっての事。
だからこそ、私は感謝の意を示さなければならない。
「アンジュ・プルーム」
「天使の羽、それが、その布の名前かね。
まさに相応しい名と言えるな」
褒めてくれるのは嬉しいけど、実は私ではなくオルヴァー君の言葉が名前を決めた切っ掛け。
携わった織物職人は、妖精の羽と付けたがっていたけど……妖精の実物を知っている私としては、絶対に付けたくない名前。
いや、確かに羽根だけ見れば綺麗かもしれないけど、本体が醜悪な老人の顔をした小鬼で、人の心を平気で土足で踏み込んでくる最悪の魔物なので、断固として反対した。
その後、これと言った名前が浮かばなかったところへ、居間で試作の布を触れていたオルヴァー君が、天使様の羽根って、こんなのかなぁと無邪気に言った事が決定的だったかな。
「それで、もう一方は何と言うのかね?
君の事だ、そちらも唯の平織りではあるまい」
「あら、お気づきになっていましたか。
此方は少々艶消し処理を施しておりましたのに」
「例えその艶を無くそうとも、その滑らかさは消し様が無い」
今回、身に着けている魔絹織物は、ケープともう一つ。
生憎と、此方はまだ名前は決まってはいないけど、侯爵の見立て通り普通の魔絹織物ではない。
アンジュ・プルームが製糸する段階で、新たな技術を使っているように、こちらも糸の段階で既に普通の魔糸ではない。
「流石は御目が高い、と言いたいのですが、何処を見ているんですか?」
「口にしたくはないな」
「誤魔化されるのですね。
でも良いですわ、殿方が誤魔化すと言うのなら、誤魔化されてあげる事にします」
「……あまり笑わかせてくれるな」
「やはり、無理がありますか?」
「妙齢の女性が言うのであれば、頷けたのだがな」
「あら、これでも一応は成人した女性ですわ」
「訂正しよう、見た目的に無理がある」
「ますます酷い言いぐさですわね」
少しムッとして見せるけど、意地悪はこれくらいにしておこう。
でも、これくらいは許されて欲しいと言うもの。
なにせ人の足を何度も舐めるように見られている訳ですからね。
目の前の人物が変な意味で見ている訳では無いと分かってはいても、やはり気持ちの良い物ではない。
「冗談はそれくらいにして、真面目な話、伸縮性のある魔糸ですわ。
元の糸の太さは普通の物ですが、身に着ける事で伸縮し、身体にぴったりと覆いますの」
「……それは凄いが、若い君よりも、別の者に着けさせるべきではなかったかね?」
「双方共に試作品の段階ですので、他の方では試せない事情がありまして」
前世で言うストッキングに近い代物。
魔糸の元である大芋金色虫の餌を調整する事で、生み出される特殊な魔糸。
本当は黒く染めた黒ストが良かったけど、営業を兼ねているので、私に合わせた肌色。
前世のストッキングと違って、大芋金色虫の魔糸製のストッキングは、非常に滑らかで肌触りも良い上、魔糸は丈夫な糸のため伝線知らず。
肌のくすみや染みを隠し、立体縫製した物なら、皺や弛みも見せないから、侯爵の御指摘のように年配の婦人の方が、その恩恵を大きく受けると言って良い。
「ユールノヴァは、君が商売敵にならない事を、神に感謝すべきなのかもな」
「大袈裟ですわ。
寧ろ、私共の方が、ユールノヴァの懐お広さに感謝すべきだと思っておりますもの。
魔絹織物の頂点であるユールノヴァは目標であり、私共の導き手でも有りますから」
「では、その期待に応えれるように、我がユールノヴァも精進せねばならぬな」




