438.田舎らしく、機織りをしようと思います。
「……旦那様、私も長年魔糸を見てきましたが、これ程の光沢と滑らかさを持った代物を目にしたのは、今までに数度程。
魔虫の状態が良く、尚且つ繭から出て直ぐの繭を回収しない限り、これ程の光沢は出ないはずです。
それなのに、卸された魔糸全てが、これと変わらぬ最高品質の物ばかりとは……」
「うむ、確かにな。
これ程の代物を前にして、儂も素晴らしいと思う以上に、貴女を恐ろしく思いますぞ」
重々しい口調で、納めた魔糸を評価してくださるのは、オスカー・トランドル・ユールノヴァ侯爵と、魔絹織物を取扱う工房の責任者たるデット氏。
うん、褒めて戴いたのは有難いけど、何故そこで私をディスるの?
魔糸の生産のために、大芋金色虫の繁殖を始めただけですよ。
まだまだ繁殖を成功させたと言える段階ではないけど、そこに恐ろしく思われる要素はないと思うのですが。
「初の試みでこの品質とはな。
将来のオルディーネ領が、このような特産品で溢れる日が来るかもと思うと、我が領地もうかうかしていられないと思いましてな」
「今回は運が良かっただけかもしれません。
技術と言うものは、その想いと共に人の身の内に付くもの。
まだ始めたとさえ言えない我が領地では、とてもユールノヴァの品に追いつく事など出来ませんわ。
ただ、せっかく始めるのであれば、今までにない新しい試みをしてゆきたいと思っています」
ユールノヴァを追い抜くとは決めてはいても、積み重ねた技術と言うものは馬鹿に出来ない。
品質はもちろん、熟練した技術は効率化され、経費や人件費に直結し、値段に反映されるから、幾ら私の領地で良い物が出来たとしても、それだけでは商売にならない。
ノウハウの蓄積がなければ、商売として乗る前に資金が枯渇する事態に直面するのが、この世界の紡績産業の怖いところ。
「今回、採れた糸はこれが全てで?」
「いえ、初めての事で慣れない事もあり、求められた品質に達せた物は全体の五割で、残りは品質を満たない物となってしまいました。
その内の八割を此方に持ってきた次第です」
「なるほど、魔糸は蚕と比べて扱いにくいですからな、慣れねば無駄にするだけ。
よろしければ、製糸を含めて全て此方で行っても構いませんが」
「御心配して戴きありがとうございます。
ですが、ウチの者達の腕も決して馬鹿に出来ませんのよ。
最初は慣れずに糸を切ってしまっていましたが、次第に慣れてきた様で、最後の方には御覧の通り、立派な糸を紡ぐ事が出来る様になりました。
まだまだ、私の求める品質には達してはいませんが、最低限の品質は出せる様になりましたのよ」
魔糸は本来は切れにくく頑丈な物ではあるのだけど、繭の住人が抜け出してから製糸する段階。
湯に浸けた繭から糸を解す際には凄く脆くなっていて、捻を掛けながら糸が乾くまでが繊細な作業になってしまう。
そのため工作機のテンショナーを、指に掛かる手の感触で糸の張り具合を調整するのだけど、その辺りが職人技が要求される訳で、大芋金色虫の繭自身を手に入れる事自体が難しい事もあって、ユールノヴァが魔糸をほぼ独占している現状の要因だったりする。
ただ、その辺りは得意な物がこの世界には存在し、私はその専門家。
ええ、魔導具でその辺りをなんとかしちゃいました。
魔導具:水の乙女
単機能ではあるけど、水属性の魔法石の穴に通し、穴に張られた水膜の抵抗を調整する事で、テンションを調整してくれる。
そのための調整が出来るまでに、どれだけの魔糸を無駄にした事か。
もっとも、無駄にしたと言っても、縫い取り用の糸として再利用しましたけどね。
高価な大芋金色虫魔糸、途中で切れているとしても、縫い取り用の糸としてはそれなりに高価な代物。
例え一メートルほどの短い糸だとて、無駄になど出来やしない。
そう言う訳で、魔糸を独占しようとしても駄目ですよぉ。
最悪、国内は譲っても国外に売れば良いだけなので、そこは譲らない。
「それはそうと、既にお話はお聞きでしょうが、今回卸した糸は全て」
「うむ、布にした後に王家へと献上する事は了承している」
大出費ではあるけど、私にしろ、ユールノヴァーにしろ、メリットのある話。
王妃、王太子妃、王女殿下と、現在王城に居を構える王家の三大妃が着て下さると言うのだから、その広告効果は果てしないものがある。
王家でともなれば魔絹織物のドレスは幾つも所有されてはいるけど、それほど数は多くないしらしく、しかも時代も感じる意匠の物だと言う事で死蔵されている状態らしい。
何れリメイクするか下賜するするにしても、魔絹織物は王家であっても、そうそう手に入れられない程の希少価値のある代物。
それが、三人揃って社交界で魔絹織物製のドレスを身に着けて宣伝して下さると言う事は、少量とは言え魔糸の安定供給を意味する。
それにしたって、今回用意した量の魔糸は、三人が着るドレスを全て作るにしても多い量。
幾らかは国外への贈答品や下賜用に回す予定らしいけど、これだけの糸があったら、それ等の使用用途を除いても、下着まで作れるだけの余裕があるんじゃないだろうか?
魔絹織物は、普通の絹織物と違って、陽に干しても黄色く変色しないし、型崩れもしない丈夫さを持つので、繁殖と生産が上手くいったら、是非とも、ジュリとエリシィーに着せてみようかな。
エロ可愛い奴をね。
うん、想像が膨らみ、今からその日が待ち遠しい。
おっと、そんな事を考えている場合じゃなかった。
楽しみは後でゆっくりと考えるとして。
「今から楽しみですわ。
王家へ献上する以上、ユールノヴァの織物技術の粋が集められた物になるでしょうから、さぞ素晴らしい物になっているでしょうね」
「はっ、はっ、はっ、はっ、余所では決して真似の出来ない、最高の物を納めるつもりですぞ」
視察に来た王妃や王太子妃達の要望もあって、ユールノヴァを通して納める事になったけど、同時にドレスを作った際に出る端切れを、幾らか貰う密約になっているんですよね。
それに、下賜される予定の中に、一着分は戴ける事にもなっている。
無論、私にではないですよ。
私にだと、流石にユールノヴァ家に対して申し訳なくなるし、私以上に相応相手と口実がある訳ですから。
それはともかく、ユールノヴァ謹製の極上の魔絹織物、確かに見るだけなら、そう簡単に真似は出来ないだろうけど、現物が手に入るのであれば、真似は出来なくとも技術の向上には確実に繋がるし、職人にとって刺激にはなる。
領民の職人希望者が、その技術を手に入れる頃には時代遅れの技術になっているかもしれないけど、本当に良い物と言う物は、時代に関係なく生き残るもの。
また時代が過ぎれば再び脚光を浴びる時が来るし、手に入れた見本を足掛かりに新たな技術を生み出す事になる。
シンフェリアの御先祖様達が行った技術の蓄積が、シンフェリア領を支えていた様にね。
そのための投資と思えば、決して高い物ではないと言うのが私の考え。
何時かユールノヴァの魔絹織物と、切磋琢磨しあえる仲に成れると日が来ると信じて。
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「おかえりなさいませ。
守備の方は如何でしたでしょうか?」
「予定通りよ、セバス。
向こうは上等の魔糸の安定した入手経路を得るために、技術は寄こしたけど、やっぱり基本だけで、それ以上は渡す気はないみたい。
寧ろ、此方では扱いきれない技術だから、全て任せろと言って来たわ。
無論、何時か追いついて見せると虚勢を張っておいたけどね」
空間移動の魔法で、領地に戻って来た私を迎えてくれるセバスに、今回の取引の結果を簡単に話しておく。
「アドル、セレナ、護衛任務お疲れ様。
ジュリも今日はもう出かける予定はないから、好きにしていいわよ」
私も自室に戻って、外出着から楽な部屋着に着替えてから、執務室に移動。
本当は、この辺りの着替えは侍女が手伝うものだけど、私には魔法があるし、そもそも手伝いがいるような服は私が好まない。
それに新興貴族だと、社交界の場に出ない限り、そこまでするのは逆に権威を笠に着ていると言われる原因にもなったりする。
まぁ、これはこれで、逆に貧乏たらしいだのなんだと言われているけど、私の場合は、面倒臭いだけと言うのが理由だけどね。
その代わり、侍女であるエリシィーには執務室に付くなり、温かいお茶を淹れてくれる。
最近はこの流れが多いかな。
お茶に関しては私がやった方が手っ取り早いし、普通では出来ない魔法を使った淹れ方をした方が美味しい物が多いけど、お茶って美味しければいいと言う物じゃなく、淹れてくれた人の気持ちも込めて戴くものだからね。
それに、こうして一仕事を終えた後に淹れてくれるお茶と言うのは、とても美味しく感じる。
「エリシィー、ありがとう」
特にそれが愛しい人が、自分の為に淹れてくれたと思と尚更ね。
ジュリも、大分巧くなったけど、こっちの分野では、エリシィーの方が一日の長がある。
セバスやプシュケの方が技術的には勝ってはいるけど、気紛れな私の好みを把握している点で、エリシィーの方が有利と言えるかな。
「さて、セバス、話の続きをしましょうか。
彼方の製品を幾つか見せてもらったけど、追い付くのはかなり難しいと感じたわ」
追いつくと幾ら気負っても、現実問題としては難しい。
領民の何人かは絹織物の経験があり、職人候補として手を上げてはいるけど、話しを聞く限り、一般の職人。
高価な絹織物ではあっても、その中で安価な大量生産の絹織物を携わっていただけ。
そして起業する以上、安価な物だけではいけない。
目玉となる商品があり、それに手が届かない人達が、より手頃な製品を手にする事で自尊心を満足させる。
水晶細工職人であるダントンさんにも散々言われたけど、この世界の流行は貴族が作り出すもの。
それがより高貴な方であればあるほど、流行となりやすい社会。
つまり、高貴な人間を満足させるだけの品を、目玉商品として作り出せなければ、この世界で高級品を扱っても成功しないのが実情。
だからこそ、技術は秘匿する物だし、高度な技術を持つ者を貴族は保護し、囲い、育てる。
代を重ねて、血と魂と技術を昇華させてゆく。
幾ら前世の知識と魔法があると言っても、安易にチート技が通用する物ではないの。
「お嬢様の御指摘のように、私めもその様に考えております。
あの者達のヤル気はあれど、その手にする技術はまだ幼く、高みに上るには、より多くの経験と年月を必要とするでしょう」
「だから予定通り、十年でも二十年でもかけて技術を上げて行くけど、もう一つの方は此方の独占を狙えるわ。
小細工はなしで、一点集中で物にさせなさい」
魔物に限らず、繁殖を行なう際に気を付ける事は、なるべく自然の状態に近づける事。
特に魔物は普通の畜産と違って、その特異な性質を求める以上、繁殖環境はとても大切。
特に食べ物が与える影響は大きい。
牛や豚に穀物を与えれば、脂肪が付きやすくなるけど、穀物を与え過ぎれば、ぶよぶよの脂肪だらけで水っぽい肉質になり、味を損なう上に病気にも掛り易くなってしまう。
魔虫である大芋金色虫は、トラー樹の葉を与えないと糸を出して繭を作り、越冬する事が出来なくなる。
おまけに草食だと思われてはいるけど、実際には雑食。
木々の葉を好んで食べるけど、魔物の死骸も虫も食べるし、なんでも食べる。
それこそ、獲物を捕まえるために糸を吐き、糸で絡め取った獲物を糸が付いたまま丸ごとね。
大芋金色虫の生態は、ある程度分かっており、それは嘗て私のように大芋金色虫の繁殖を試みた人達がいたため。
繁殖が叶わなくても、効率よく繭を回収するために、大芋金色虫の生態を調べた先人達の知識があったからこそ、この地での大芋金色虫の繁殖が上手くいっていと言っても過言ではない。
結局は魔物の領域奥深くに生えるトラー樹を、栽培に必要不可欠な魔物の血肉を使った肥料を、定期的に手に入れられるかどうかが鍵だったんだけどね。
そしてそのトラー樹の葉を含めた、他の食物との比率。
自然に近い比率の物と、自然より多くトラー樹の葉を多く与えた餌を用意し、比較のために極一部にトラー樹の葉を増し増しに与えて見た所、吐き出す糸に違いが出て来た。
その通常の糸と違う魔糸を使った魔絹織物以外にも目玉商品はある。
安価な絹織物向けの技術しか持っていない職人だけど、逆に言うと、なんの変哲もない絹織物を織る事に関しては熟練した腕を持っているともえ言え、その技術を活かした特殊な用途の絹織物を商品を開発すれば良いだけの事。
今までにない特性を持つ魔糸による魔絹織物と、通常の魔糸で特定用途に限定した魔絹織物、この二つによる魔絹織物を、目玉の商品になる様にする。
既に共に魔法を駆使して一点物の試作品は出来ているので、それを通常技術で作れるように努力してい行くだけの事。
製糸工程での失敗の半分は、実はこの二つの目玉商品の開発のために出てしまった物。
実際、失敗した糸の総量と、上手くいった場合の金額を考えたら、今年は大損失だけど、開発には失敗品はつきものだからね。
損失を怖がって、材料だけ納めて安く細々といくか、逆に損失を覚悟で冒険をして開発するかでしかない。
「畏まりました。
お嬢様の英断を、領民一同歓迎するに違いありません」
「その言葉は、上手くいったら受け取るわ」
「いえいえ、話は少し反れますが、実際に今回の話、領民達は安堵の息を吐いております」
セバスの物言いに、少し首を傾げて、続きを促してみると。
……魔絹糸の機織りをユールノヴァに任せずに、王家に納めれるレベルの物を作れと言われないかと、関係者は戦々恐々していたと。
あのね、幾らなんでも出来ないと分かっているのに、そんな無茶をやらせる訳がないでしょうが。
人をいったい何だと思っているのか。
……鍛冶士のレイチェルに王族に納める品を作らせた件や、何度も視察しに来られた件も含めて有り得ない話ではないと思われていると。
「確かにそう思われても仕方ないかも。
ユゥーリィの無茶振りは、有名だもの」
「が~~~んっ!
まさかのエリシィーの裏切り発言っ!」
……何気に求められる要求が高いって。
私、皆には優しくしている方なのに、……解せぬ。




