437.冬の終わりには、春の息吹がある物です。
先日行われた鎮魂の儀式、来年からは慰霊祭として恒例の行事になる予定ではあるけど、お祭りと言う物は、ある意味季節の節目を表すもの。
「ゔもぉ~~~~っ」
「「「「せいやさっ」」」」
牛の鳴き声と共に、響く男女の入り混じった掛け声。
彼等の声に合わせるかのように、冬の寒さで絞まった土が、少しづつ掘り起こされて行く。
田起こし。
秋の終わりに稲ワラやもみ殻と共に混ぜ込まれた土は冬の間に分解され、春に土の中に空気を取り込ませるのと同時に、新たな肥料を土の中に取り込ませる大切な作業。
コンバインなどの工作機械の無いこの世界では、大変な重労働ではあるけど、魔力持ちの方による身体強化の魔法と、土起こし用の魔道具の鋤によって、かなり楽な作業になってはいるとは思うけど、それでも総出の作業で何日も掛る大変な仕事である事には違いない。
「鍬を思いっきり振らなくても良いだけ楽だのぉ」
「魔力は手空きの時に溜めておけば良いしね」
「よろけて転ばぬようにだけは、気を付けねえとな」
魔道具の助けがあると言っても、それほど効果にする訳にはいかないので、あくまで補助をする形。
前世の知識を元に、梃子を使った土起こし機の農具の効果を魔道具で底上げし、楽にしているだけの事。
彼等が来てからの一年半、色々と試した結果が、やっと形になってきた。
まぁ、数を揃えるのに鍛冶師のレイチェルが悲鳴を上げていた気がするけど、本人は随分と楽しそうに鎚を振っていたから、嬉しい悲鳴と思いたい。
魔道具による鋤と土起こし機、この二つが田畑を耕す要の道具。
細かな所は、相変わらず通常の道具だけど、一番大変な作業が、少しでも楽が出来るだけでかなり負担は違うらしい。
「相変わらず領主様達のなさる事は凄いですなぁ」
「あの広さを、あっと言う間に」
と言っても、それが出来るのは私がこの地に最初に作った田畑だけで、領民達のために新たに作った田畑は、土が碌に出来ていない砂利や石がゴロゴロした痩せた土地。
堆肥や稲ワラやもみ殻を混ぜて発酵させ、分解が終わった土を運び、田畑に混ぜ込むのは大変な作業なので、私とジュリが始まりの地であるこのペルシーク村を、ルチアとポーニャが昨年作ったウサーヂバ村の方を担当し、魔導士総出での農作業。
まだまだ数年は必要な作業だけど、これ等もその内に必要なくなり、領民達の手だけで行えるようになる日が来ると思う。
=========================
魔道具:土起こし魔鋤
(鋤を押し込む事で硬い土を周囲ごと起こすが、牛馬や人で押したり引っ張る短床犂の一種)
魔道具:土起こし魔鍬
(スコップのように足で地面に刺してから、てこの要領で辺り一帯の土を起こす鍬の一種)
=========================
追加の堆肥が土と混じり落ち着いた頃、畑はもう一度細かく耕した後、畝を作って作付けが始まる。
田は、もう少し暖かくなってからでないと水を入れれないけど、土の準備だけはこの時期からだからね。
「領主様、今年はまた去年より一段と良い土になっております故、今から楽しみですわ」
「そうね。元が元だから、数年は良くなっていく一方だろうけど、その後が大変よ」
「どう言う事でしょうか?」
「ダルス、私の領地の運営方針は以前に伝えてあるわよね」
「え、ああ…、はい、何処にも負けない特産品を作ってゆくと、お伺いしています」
「そう、もちろん作ってゆく作物にも、それを求めるわ」
現状では、田畑に適した土作りの段階。
とにかく、食べるための作物を作って行く事を重要視している。
新たに増えた領民と、魔法を駆使する事で、田畑を広げ領民を食べさせるのに十分すぎる田畑が出来たのなら、今度は質を上げる事。
前世の私の住んでいた国の作物は値段が高い。
特に果物は世界的に見て馬鹿みたいに高く、異常とも言える値段。
だけど、それでも売れた。
何故、同じ果物でも高く売れたのか?
簡単な事だ。
美味しいからこそ。
魔物の領域で取れる山菜や果物が、異常な値段で取引されるのも結局はそれ。
美味しく、その味を求める者達の需要に追いつかない程の希少性。
前世では、たった一つの実を美味しくするために、その木から取れる他の実を全て摘果する事もある。
そこまでするかはともかく、こんな辺境野村が生き抜いて行くためには、他では手に入らない様な美味しい作物を作って行くつもり。
生き残るための武器は一つでも多い方がいい。
領民の代表者であるダルスに、今一度私の考えを伝える。
そして……。
「このペルシーク村では、味の向上を目指した作物の育て方と、品種改良、そしてそれに合わせた土づくりを。
ウサーヂバ村はその開発結果を生かし、大量生産に力を入れてもらうわ。
ダルス達この村の人間には、繁殖槽の世話や薬草園の世話もあるから、多くの負担を強いる事になると思うけど、それだけの生活をさせているつもりよ。
今から、十年、二十年先を見て計画を考えておきなさい。
貴方が出来ないと言うのなら、後継者を見つけ育てておくように。
これは、将来の村人全員の生活、貴方達の孫や曽孫の生活に関わってゆく事よ」
今はいい。私が生きている内はなんとでもなる。
正直、領民の五百人や千人くらい食べさせて行くだけの財産は余裕であるし、稼いでもいるから、最悪なんとでもなる。
でも、その後はどうする。
私一人で稼いだ財産など、代を跨いで領民全てを養っていたら、何れ尽きる。
その時に困るのは彼等の子孫だ。
何より、自分の食い扶持くらい自分で稼いでいて欲しい。
何時迄も私に寄生していてほしくはない。
私のお金は、私と私の家族のために使いたいし、シンフェリア家の財布と、領地の財布は別にあるべき物。
互いに助けあうのは良いけど、何方か一方がもう片方を食い物にするのは戴けない。
私は我儘で自分勝手だから、そのための方法も考え方も、私のやり方を押し付けるだけの事。
もっとも、作物の特産品作りも、工芸品の質を上げる事も、故郷であるシンフェリア領のお父様やお兄様の真似事だけどね。
経験が足りない分は、前世の半端な知識と、担当者に丸投げで。
「しかと畏まりました」
「相談には乗るから、遠慮なく言いなさい。
貴方達も、そして将来生まれてくる貴方達の子供達も、私に取って大切な領民よ」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
そして春が近づいてくると、冬の冬眠から覚める物達がいる。
魔虫:大芋金色虫
蝶や蛾の幼体ではなく芋虫型の魔物なのだけど、芋虫なら冬眠から目を覚ますのは本来はもっと暖かくなってからと思われるのだけど、大芋金色虫は、巨大ゆえに少しくらいの寒さは問題なく冬眠から目を覚ます。
何故か開閉式の出入口のある繭からその巨大な身体を引き摺るように這い出て、早速餌であるトラー樹の葉と餌として与えた芋をムシャムシャと一心不乱に食べ始めている。
そんな巨大な芋虫を横目に、使い終わった繭を急いで回収。
放っておくと、大芋金色虫が自分の繭を食べてしまう事もあるし、宿主のいなくなった繭は劣化を始めて行くらしいからね。
野生の繭を回収しているのではなく、繁殖をしているため、その辺りのタイミングを逃す事がないのは強みと言える。
「しっかし、こうしてあらためて見ると大きいわねぇ、大きい物だと一個でドレス一着分は軽く採れるわね。
皆んな気をつけて、絶対に皮膚につかないようにね」
完全防備の革の手袋越しとはいえ、数十センチから一メートル以上もある芋虫が作り出す繭は、その巨体を支えるためもあって、ズッシリと重い。
これが野生種であれば、長時間の持ち運びのために、特殊な処理をして劣化を防ぐのだけど、その処理と言うのは僅かばかしとは言え品質を落とす事になる方法。
こうして直ぐに加工に入れるので、その必要はないのも繁殖ならではの強み。
繭に含まれた毒は熱に弱く、この後、すぐに巨大な窯で茹でる事で無毒化するのだけど、繁殖槽には温泉クラゲのために源泉が引いてあるため、その湯を使った浴槽に浸けておくだけで済む。
あと、こうする事で、繭の元である糸と糸がくっ付いている成分が溶け出し解れ易くもなると言う理由もある。
まだ冬眠している子もいるけど、目覚め次第、順次繭を回収してゆけば今年は二百個前後の大小の繭が採れる事になるため、非常に楽しみ。
だって、こう繭の状態でも、陽の光が当たれば艶やかな光沢を放つのだから、織物にしたらさぞかし綺麗な織物になると思う。
こうして冬を過ごし、目が覚めた芋虫が無事に産卵をしてくれれば、来年はもっと量が期待出来るので、初年度としては大成功と言えるだろう。
「問題は此処からなんだけどね」
今年は、製糸までをやる予定で、その後の染色と製織の殆どはユールノヴァ侯爵家が経営している工房にお願いする予定。
当初は、タオル用の織り機の技術供与をした、古き血筋であるスカルチニア公爵家にお願いする予定だったけど、魔糸に関しては、絹織物が盛んな同じく古き血筋であるユールノヴァ侯爵家の持つ技術の方が役に立つだろうと言う事で、紹介された次第。
その結果、最新の魔糸用の機織り機などの工作機械と、注意点を纏めた書物が戴けたのだけど、その代価として、今後十年間、採れた魔糸の三割から四割をスカルチニア公爵家に卸すと言う契約になってしまった。
魔絹織物に比べたら安い金額になってしまうけど、魔糸の取引金額としては、適正なので私としては、現状では文句はない。
向こうからしたら、最新の機械と技術を纏めた書物ではあるけど、所詮は血の通っていない技術でしかない。
ただ、それでも本来は秘匿すべき物。
その技術が取引で手に入れられる理由は、高価な取引がされる大芋金色虫の魔糸による織物が、幾ら利益が高くても、何時原材料が入ってくるか分からないような不安定な代物だからだ。
それが、安定供給されるとなれば、本物の技術を持っている以上、技術の一端を渡しても、是非とも入手経路を確保しておきたいと判断したのだろう。
十年と言うの期間なのも、幾ら利益の高い超高級品でも、それは希少性があるからこそで、十年も経てば、その希少性も薄まり値段が下がるため、そこで一旦取引金額を見直したいと言う思惑なのだと思う。
此方は此方で、例え血の通っていない技術であろうとも、技術は技術。
基礎技術を手に入れれるのはありがたいし、魔糸での販売が魔絹織物に比べたら利益幅が低いと言っても、初期開発時期に安定収益があるのは、作業に関わる人間からしたら、安心して技術の習得と向上に力を入れれると言うもの。
当然、十年を待たずに向こうの魔絹織物を上回る代物を、安定して作り出せるようにさせるつもりだけどね。




