434.二人は私の嫁。えっ、逆?
重く深いところから浮上する意識と共に感じる、耳が痛くなりそうな程に静かな空気。
これは幼い頃から知っている冬の空気と言える。
多分、屋敷の外では雪が降っているだと思う。
このオルディーネの冬は、それなりに雪が積もる。
故郷のシンフェリア程ではないけど、それでも一晩で数十センチクラスの雪が積もる事が何度もあり、溶けきる前に次の雪が降り続けるから雪深い土地と言えるだろう。
この空気の静けさと重さは、そんな天気の時の空気。
脳裏に浮かぶ外の光景に、寒いんだろうなぁと思いつつ、それならば尚の事、布団の温もりが心地良く感じる。
「ん…ん…」
そして、それ以上に感じる自分以外の温もりが、心地良さ以上の気持ちを与えてくれる。
くれるけど、まぁそろそろ現実逃避は止めて、しっかりと現実を見よう。
温もりの元である隣で静かな寝息を立てているエリシィーの寝顔を眺めながら、昨夜の事を思い出してしまい顔が熱くなる。
将来、私の子を産んでくれると、生みたいと言ってくれたエリシィー。
私の想いを受け止めてくれるエリシィーの願いも、また私と同じもの。
そりゃあ条件が同じなら、向こうも考える事は同じだよね。
おまけに例の魔呪具は、エリシィーが使う分には正常に作動した訳で……。
そこは惚れた弱みと言うか、流されたと言うべきか。
とにかく私にとって、色々と衝撃的な一夜ではあったけど、エリシィーは女の子であり、男じゃないので問題なし。
例えやっている事は変わらないと言っても、相手が女の子で好きな子だと言う事は重要。
男を相手だなんて今でも絶対に無理だと言えるし、例え相手が女の子でも、好きな子以外にしたいとは思わない。
「……ぅん……ん……」
己の内のアイデンティティと葛藤している中、横から聞こえる寝息と幸せそうな寝顔に悩むのが馬鹿らしくなってくる。
結局、理由や言い訳を幾らしようが、今こうして彼女の寝顔を見て穏やかな気持ちになってしまうのが答えなんだと思う。
さっきも言ったけど、やっぱり惚れた弱みかな。
結局、昨日エリシィーが怒っていたのって、私が手を出さないから怒っていたと言う、物凄く可愛らしい理由だもんね。
ついつい柔らかな頬を突きたくなる誘惑に必死に耐えながら、その代わり彼女の艶やかな茶色い髪を一掴みして、指を絡める。
自分でやっておきながら、くすぐったい気持ちになるけど、何かそれが嬉しくなるから困る。
うん、たぶん、今の自分はきっと気持ち悪いくらいニヤニヤしていると思う。
だってねぇ、怯える私に昨夜のエリシィーは、物凄く優しかった事が、物凄く嬉しく思ってしまうもの。
ただまぁ、治癒魔法のああ言う使い方を、いったい何処で覚えたのだろうと思う。
……ぁっ、……思い当たりがある事に、気分が悪くなる。
そんなのカルノとか言う修道士が、彼女を相手に使ったに決まっている。
こう言うところが私の駄目な所なんだろうなぁ。
知らないところで彼女を傷つけ、そしてその事に気が付かない。
なにより、彼女が傷ついている時、泣いている時、彼女の側にいない事が遣る瀬無い気持ちになる。
言っても仕方ないし、どうしようもないと分かっていても、それでも思ってしまう。
でも、そんな事は彼女は望んでいないと思う。
だから、私はそれを別の想いで塗りつぶす。
「ずっと一緒にいようね」
小さく、だけど、しっかりとその想いを言葉にする。
エリシィーを……。
ジュリを……。
何があっても二人を守る。
そして、何時か生まれてくる子供達を。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
と、想いを胸に決意を決めたところで、すぐさま何かが変わる訳でもない。
とりあえず、できる事と言えば、優雅に朝風呂。
まぁ色々と汗とか掻いて汚れているから、必要な事なんだよ。
これでも一応は貴族だから、身だしなみには気をつけなければいけない立場だし、スッキリしたいと言うのもある。
お風呂は心と身体の癒しであり、人類が産んだ至高の文化の一つ。
ただ、そのお風呂も、この世界だと贅沢な趣味扱い。
この屋敷は、水道、湯沸かし機完備だけど、それでもお風呂に入るにはそれなりに時間が掛かるもの。
私が魔法でやっちゃう分には、一瞬で終わってしまうけどね。
湯に浸かりながら、お湯の心地良さを堪能するのだけど、……うん、やっぱり違和感が半端ない。
まだなんか感触が……ね。
うん、考えるのは止めよう。
その内に慣れるでしょう。
考えるべきなのは、これからの事。
特にジュリとの事かな。
昨夜はエリシィーにたくさん勇気を貰ったから、ジュリには私から想いを伝えよう。
ジュリはジュリでエリシィーとは違う答えになるかもしれないけど、きちんと話し合う事は大切な事。
そのあたり、しっかりとエリシィーに釘を刺されちゃったからね。
ジュリに甘いと文句を言いつつも、こう言うところはやっぱりエリシィーなんだよねぇ。
私の心の大天使なだけはある。
慈愛が尽きる事を知らない。
エリシィー曰く、私限定らしいけど、それでもエリシィーが優しい子なのは本当。
領民に慕われているし、一部では私より信頼があるもの。
私が引き篭もりがちなせいもあるんだけどね。
「……うん、やっぱり怖い……かな」
ジュリに拒絶されるかもしれないと思うと、身体が震える。
その事に情けなくなるけど、怖いものは怖い。
正直、海の上と言う最悪の足場で、災害級の魔物であるクラーケンを相手にする方がまだ気が楽と言える。
それでも、進まないといけない。
エリシィーと話し合った以上、ジュリだけ除け者にする訳にはいかない。
あの子も私にとって大切な人だし、できれば私の子を産んで欲しいと願う相手だもの。
「……あぁ、今更だけど、なんか大分、この世界に毒されてきた気がする」
自分で決めておいてなんだけど、最低だよね〜。
同時に二人の女性に自分の子を産んで欲しいと願うなんて、我ながらドン引き物だよ。
前世なら、絶対に碌な事にならない。
刺されたっておかしくはないし、逆の立場なら刺したかも。
そう考えると、二人の優しさには、本当に心から感謝しないといけないし、その優しさに甘えすぎない様にしないとね。
今の幸せな状態は、二人が私の優柔不断なところを許してくれるから、保てているだけなんだもの。
お風呂を出た後は何時も通り。
庭の雪を魔法で片付けてから、日課の鍛錬。
何か動きがぎこちないとか突っ込まれたけど、そこは口にしないで欲しかった。
思わず顔が熱くなり、焦った焦った。
だってねぇ、つい数時間前の事だよ。
身体の違和感を意識するなと言う方が無理というもの。
思わず手加減を忘れて、拳を入れちゃったじゃない。
まぁ、それで吹っ飛んだのはギモルだから、良いようなものだけどね。
ちゃんとすぐに治療魔法をかけてあげたし。
その後は着替えがてらに、朝食の下拵えをしていたエリシィーを部屋に呼んでお粧し。
と言っても、少し髪を弄るだけなんだけどね。
サイドを編み編みして、後ろで合流させて可愛く。
髪留めのシュシュは、私にはちょっとアレだけど、花を模した物を色違いでお揃い。
おしゃれなヘアピンを交差させる様にして飾りつけ。
私も同じ髪型にして、 うん、満足♪
「もう、せっかく綺麗に纏めた後なのに」
「えへへ、ごめんね、一緒にしたかったの」
「そういう事なら私も嬉しいかな」
うん、ついニヤニヤしてしまう。
本当は服もお揃いとかしてみたいけど、流石にそれをやると、周りに何があったのかと怪しばまれるので自重。
私が突然人の髪を弄るのは、よくある事だから問題なし。
だってね、ウチの子達せっかく素材が良いんだから、弄りたくなるじゃない。
まぁその中で、エリシィーとジュリは一番なんだけどね。
そんなエリシィーを、ついつい眺めていると、何かまだ用なのかと聞いてくるけど。
「なんでもない、ただ、つい見ていたくなっただけ」
そう正直に答える。
訝しげに首を傾げられるけど、本当の事なので仕方がない。
こう、少し落ち着いてみると、やっぱり昨夜の事は衝撃だったのかなぁと思ってしまう。
元々エリシィーとは恋人関係で、『約束の腕輪』を贈っている相手ではあるけど、昨夜を過ごした後だとね。
うん、独占欲が強くなった様な気がする。
もうね、恋人と言うより嫁。
現世では女同士だけど、嫁と言える。
だから、そんな弾けんばかりの私の想いを口にする。
エリシィーは私の嫁と。
ぎにゅ〜〜!
「ひひゃいっ、ひひゃいっ!」
思いっきり鼻を摘まれました。
流石に文句を言う私に、彼女は少し怒った表情で。
「嫁とか意味の分からない事はともかくとして、私はとっくにそのつもりだったのに、ユゥーリィは今頃そう言う事を言うんだ。
へぇ~~、ふ~~ん」
「ひがっ、そうふぁふぁくて、とほふぁくぅ、ごふぇんふぁふぁい」
はい、平謝りです。
そりゃあね、エリシィーからしたら怒るよね。
自分はとっくにそのつもりだったのに、相手にはそう思われていなかっただなんて言われたらね。
うん、反省。




