433.想いの違いに、喧嘩をする事ってありますよね。
カサッ……。
脳裏に浮かんだ案や、簡易な計算で真っ黒になった用紙を陶器製のゴミ箱に投げ入れ、一息を入れる。
私の場合、案をある程度形にするまでは、殆ど書き覚えみたいな物なので、この時点でのメモ書きには価値がない。
と言うか、真っ黒になっていて殆ど読めないけど、一応はゴミ箱に放り込んだ時点で、魔法で灰にしてしまっている。
新しい用紙を出して、先程頭の中で纏まった物を紙に書き起こす事で、更に整理する。
この段階になると、殆ど理論立ては終わってはいるので、厳密な計算や材料の候補などを記してゆくだけ。
これはこれで大変なんだけど、根が研究者気質なので寧ろ楽しくて寝食を忘れて没頭する事も。
前世からの気質なので、中々に業が深いとは思う。
「主人、お茶に致しませんか?」
「あ〜、もうそんな時間か〜、時間が経つのが早いわね」
プシュケが三時のオヤツを持って来たので、そんな言葉を吐きながら手を休めて、机に向かって凝り固まった身体を解してから、彼女に身体を向けると。
「本日は、ポンパドール産のお茶に蜂蜜と砂糖、そしてたっぷりの牛乳で淹れたロイヤルミルクティーを使った白玉小豆になります」
「……ちなみに作ったのは?」
「私めに御座いますが」
彼女の言葉に、やっぱりと内心頷く。
餡子狂いのこの執事は、最近益々小豆を使ったお菓子の開発に余念がない。
もうね、勝手に前世で見かけた小豆関係のお菓子を、次々と再現していっている。
まぁ、私が色々こう言うのも合いそうよねぇ〜と、入れ知恵した結果でもあるのだけど、執事として伸ばす方向はどうなのだろうかと思わないでもないけど、美味しいは正義だから、そこは気にしない。
自分の好みを追求するその姿勢は、ある意味飽きやすい私には見習いたいものかも。
ただ、一つが小さな器だとはいえ、随分とカロリーが高そうだなぁと思いつつ、これくらいの量なら夕食に関係なく食べれそうだと思えるあたり、だいぶ私も皆んなの策に嵌められてきたのだと思う。
おかげさまで、全体的に食べれる量が少しだけ増えたような気がするもの。
甘やかされているなぁと感じながらも、もう一口。
「美味しいけど、後で塩っぽいものが欲しくなるわね」
小豆は砂糖をあまり入れていないタイプの物を使用しているとはいえ、他の物も甘みがあるため、これは好みが出る味だなぁと思いつつ、好きな人には好きな味になると思う。
個人的好みで言うなら、こう言う物を食べた後って、塩昆布が欲しくなる。
あれって色々な料理にも使えて良いのだけど、生憎と此の世界では今の所は昆布を見かけた事はない。
あったら、買い占めるんだけどなぁ。
「甘味の店で出せるか検討させてもらうわ」
「有り難き幸せです」
小梅らしい存在が見つかったから、現在、苗木を国外から取り寄せ中。
カリカリの漬物が出来たら、是非とも漬物とセットで出したいわね。
甘味店で漬物を扱う時点で違和感がない訳ではないけど、まぁ、なんでもありの私の店だしね。
霰やお煎餅を作っても良いわね
それはともかく、元々私の体質改善のために始まった十時と三時のおやつだけど、現在は屋敷内だけでなく領民にも推奨している。
公の理由としては、新しいお菓子が出来て、甘味のお店で使えそうなら、レシピを買い取ってお店で使うためと言う事にしてあるけど、実際の理由としては、領民達が気軽に甘味を食べれる様にするための言い訳かな。
やっぱり、元々難民で苦労しているだけあって、食生活とかに関してはストイックな所があるからね。
「そう言えばエリシィーは?」
「ルチア様とオルヴァー様と共に、名簿の最終確認に出かけております」
「そう、今なら、まださして手間はないからね」
冬の終わり、春の差し掛かり。
その時期に教会の人間が、この地に赴任してくる。
元々領民のために無理をお願いして赴任してきてもらう訳だけど、彼等が来たらまず最初にしてもらう事があるため、領を上げてその準備をしている。
故郷のシンフェリアほどではないとはいえ、それなりに雪が積もるこの地で各家を回るのは大変だと思うけど、ルチアが一緒なら大丈夫でしょう。
大きめな道は領民達が除雪してくれているし、ルチアが護衛として付いているなら、これ以上心強いものはない。
あと雪に閉じ込められて退屈していた、オルヴァー君の気分転換にもなるだろうしね。
ちなみに、ジュリは今朝から実家に帰省中。
兼ねてより予定していた、ベル君の魔力循環の集中特訓のため、次の休み明けまで王都の自宅で過ごすそうだ。
私も見てあげようかと聞いてみたら。
『ベルが付け上がるだけです。
だいたいあの子の最近のユウさんを見る目、気にいりませんわ』
と、全く意味の分からない事を言って、お断りを食らったんですよね。
別に、ベル君、私に変な事とか言っていないけどなぁ。
まぁ流石に十一歳ともなると恥ずかしいのか、前みたいに抱っことかさせてくれないけど、それなりに懐いてくれていると思うのに、姉であるジュリからしたら、何か思うところがあるのかもしれない。
「マスターは、今日も研究を?」
「ええ、ちょっとね。緊急連絡用の魔導具を、もう少し使い勝手が良くならないかと思って」
「……十二分に画期的な魔導具だと思うのですが」
魔導具:緊急発光石
以前にルチアが大きな雀の襲撃を知らせるのに使った魔道具で、対となる指輪で相手に知らせを送るための簡単な魔導具。
仕組みとしてはそれほど難しくはなく、【時空】属性さえあれば、中ランクの魔導具師であれば作れる代物なので、陛下達に指輪の存在がバレて以降、現在は軍部や情報部で色々と使用されているらしい。
私が使っている様に緊急救助要請の際に使えもするし、突入のタイミングを図るのにも使えたりする。
単純な機能なだけに応用範囲は多いため、一応は軍事品扱いになってしまった。
書類上では魔導具技術の献上と言う事になっているけど、陛下のお計らいで、私と私の関係者が使う分には問題はないみたい。
ただ、この魔導具は対で一つの魔導具なので、基本的に私とルチアが私が領を離れている時の緊急連絡用としてのみに用いている。
「あれも、本当ならエリシィーにも持たせたいし、今後も考えると何人かと連絡を取れる様にした方が良いでしょ」
「幾つも指輪をつければ宜しいのでは?
ユゥーリィ様のお稼ぎで小さな指輪一つというのも、周りから見たら一つの嫌味にも取られ兼ねます」
「やーよ、面倒くさいもの」
プシュケの言う事は分からない訳ではないけど、ジャラジャラと指輪を付ける趣味はないし、何をするにしても邪魔になる様な物はなるべく身に付けたくはない。
指輪に付けている核となる石を小さくして数を増やす手もあるけど、魔導具である以上、魔法陣を焼き付けないといけないから、魔法石をそこまで小さくしたら作業が大変な事になる。
米粒にお経を書き上げる様な職人技と根性は、生憎と持ってはいない。
今の指輪サイズが、私の最小化の限界。
「そもそも、服の要所要所に宝石に見せかけた魔法石が埋め込まれているんだから、嫌味にはならないわよ」
「見る者が見れば、宝石でない事は一眼で分かりますが」
「それで相手が侮ってくれれば、此方の利よ。
相手の思惑が、その分、読みやすくなるもの」
プシュケの言う通り、宝石でないと分かる者には分かるけど、逆に魔法石だと分かる者には分かる事。
それならばそれで、力の象徴の一つである事も分かるだろうから、それはそれで相手の思惑を誘導出来るし、向こうも此方をある程度立ててくるので、話もやりやすくなるって訳。
「今度は少し大きくなって腕輪型かな」
「大きくなる訳ですか」
「ええ、腕輪部分は知り合いに頼もうと思っているけどね」
正確には腕輪型ではなく腕時計型。
シンフェリア領のコギットさんに、お願いしようと思っている。
コギットさんなら、腕輪にあったものを用意してくれるだろうし、レイチェルは、現在色々と小物を頼まれていたりと忙しいみたいだし、ある意味丁度良い。
「もっとも、既存の技術を改良して、機能を限定的にした物なんだけどね」
一部、新しい技術を組み込みはするけど、基本骨子はFAXの魔導具。
まぁ、送受信合わせれば、ちょっとした机くらいもある馬鹿でかい物を、どうしたら腕時計くらいにまで小さくできるかと言うと、機能を削って行けば出来ない事ではない。
FAXの魔導具は、正式には【遠き想いを伝えし鏡台】と言う立派な名称があるのだけど、実質的には【手紙の魔導具】の名で使われている。
でも手紙と言っても文字を送ってはいるけど、その実、文字を送っている訳ではない。
紙に書かれた物が硝子に映った物を、影として読み取って送っている。
つまり文字情報ではなく、画像情報を送っていて、その画像の中に文字と言う形の絵が含まれているだけに過ぎない。
なら、最初から画像を読み取る機能をオフリミットし、画像情報の代わりに限定した文字情報を記号化して魔導具内に組み込み、送れる様にすれば連絡用デバイスとして使えないかと考えた訳です。
「それでも理想には粗遠い物なんだけどね」
本当は現代のスマホの様に、メールの遣り取りができればと思ったのだけど、流石にそれをやろうとすると、どうしても小型化は無理というか、寧ろ超巨大化してしまう計算になってしまう。
魔法石は、使い方によってはセンサー込みの集積回路の代わりにはなるものの、あくまで想像による創造が主のこの世界の魔法なだけに、あまり複雑な事をさせようと思うと、どうしても設計に限界が出てくる。
現状の設計だと、戦災級までの魔石では、とても収まりそうもないから、現実的ではないのよね。
その辺りは、まだまだ要研究なのだけど、どうにもね……、魔法による浮遊にしろ、魔法石にしろ、人間が使う魔法には、色々と制限が掛けられている気がするんだよね。
私はその事を不思議法則と愚痴ってはいるけど、そうでないと説明がつかない事が幾つかある。
「でも、もしこれが出来上がれば、陛下達のいきなり訪問が分かった時点で、此方に連絡を取れる様になるかもしれないわ」
「それは素晴らしいですねっ!」
「まぁ、分かったところで、四半刻も稼げないでしょうけどね」
「覚悟を決めれるだけの時間があるのは、大変ありがたい事です」
陛下達の突如の来襲は、プシュケ達にとって心臓に良くない物だろうからね。
たとえ僅かな時間であろうとも、少しでもと思う訳ですよ。
いきなり申し渡しをされる私には、何ら救いはない事が、ちょっぴし切ないけどね。
おやつの時間を終えて魔力鍛錬を行ってから台所に降りると、エリシィーも戻ってきていたみたいで、メアリーとアンネと共に夕食の下拵え中。
最近は三人とも慣れてきたもので、準備して欲しい物を言っておけば、だいたい下準備をしてくれるので楽ちん。
作りたい物を言っておけば、作ってはくれるけど、料理は私にとって気分転換の一つでもあるし、前世の知識を活かしたこの世界に無い料理の開発の場だったりするので、けっして三人の仕事を奪っている訳では無いですよ。
彼女等にとって、前世の知識を用いた新しい料理を覚える場でもある訳ですから
なにせ今日はジュリがいない。
こういう言い方は心苦しいけど、彼女がいないからこそ、心置きなく作れる料理がある訳です。
「今日はペンペン鳥と大根のチリソース煮と、麻婆豆腐、キノコと豆腐と白菜のチゲスープを作ります」
「やった、刺激物なんて久しぶり」
「ユゥーリィ様達がいない時しか食べれなかったのが、新作料理で食べれるなんて」
辛いの駄目のお子様舌のジュリが嫌がる辛口の料理。
少しずつ香辛料を増やして慣れさせてはきているけど、辛めの料理を平気で食べれる程では無く、この辺りが私がジュリに甘いと言われる所なのだろうとは思うけど、御飯は皆んなが美味しく食べたいからね。
食べるのが苦行になってはいけない。
他にもサラダとか幾つか作るけど、その辺りは定番なので任すとして、スープはベースの出汁を元に、メアリーとアンネに具材と味付けの指示。
チリソース煮は、豚肉の代わりにペンペン鳥を使うだけで、基本の調理方法は同じ。
皮の付いたままのブロック肉を、皮側を軽く炙って、表面の目視し難い細かな毛を焼き払いってから、香草や調味料と一緒にお皿毎蒸してから調理。
肝心のチリソースは、ニンニク、生姜、酒、砂糖、醤油、ネギ、トマトソース、自家製豆板醤、粒状調味料、片栗粉、桂花、豆板醤、塩胡椒。
せっかく辛いのが駄目な子がいないので、少し辛口に。
豆板醤とかは在ったら良いけど、今のところ見かけていないので、自作した物を使っている。
醤油や味噌やソース以外にも、甜麺醤やXO醤とかの発酵調味料は、色々と作ってはあるけど、まだまだ改良の余地はある段階。
前世と今世では材料が微妙に違うし、菌の種類が違うのか作用も少し違うからね。
「エリシィーは、オルヴァー君のをお願い。
二口分づつ大人と同じ物を添えるけど、やっぱりオルヴァー君にはまだ少し早いからね」
「うん、分かった」
と言ってもオルヴァー君ももう六歳だから、普通に香辛料が使われている程度の辛さは駄目では無い。
ただ、やはりご飯は美味しく食べれる方が良いだろうけど、大人達と全く違うのもオルヴァー君に疎外感を味合わせてしまうから、少しだけお試し用に大人と同じ物を添えるだけ。
子供と大人とでは、味覚も好みも違う事があると言う事は、知っておくのは悪く無い事だからね。
この辺りきちんと受け入れるだけ、ある意味ジュリよりオルヴァー君の方が大人と言えるかも。
うん、やっぱり少しだけ甘やかせすぎ?
いやいや、やっぱジュリの嬉しそうに食べる顔は可愛いからね、アレを失うのは我慢ができないので、少しずつジュリの舌を調教…もとい辛口も大丈な様に改善。
あっ、ちなみに激辛料理は好きではない。
激辛料理を否定する気はないけど、私にとっては辛味が主張しすぎると旨味を堪能できないし、今世の私の身体は基本的に病弱なので、お腹が耐えられないので、尚更、心から楽しめない事情があったりする。
はぁ〜、美味しかった〜。
冬の定番クリーム系シチューも良いけど、辛口料理で身体が温まるのも悪くないわね。
久しぶりなだけに感動も一際だし、今回の料理は皆んなにも好評で、是非とも定番メニューにと言われてしまった。
まぁ辛みを抑えた方なら、定番にしても良いかな。
ジュリだけでなく、正真正銘、子供舌のオルヴァー君もいるからね。
食事の後はお風呂に入って、居間で軽く談話をしながらリラックス中。
オルヴァー君が大きな紙に、いっぱいにお絵描きしているのが、実に微笑ましい。
画伯的抽象的な絵が彼方此方に書かれているけど、どうやらオルヴァー君から見た、この郷の地図みたい。
田んぼがオニギリとか、本当に子供って発想が自由だわ。
コト…。
子供の発想って、見ていて楽しいよね。
オルヴァー君のお絵描きの邪魔にならない程度に会話をしていると、廊下から気聞こえる音と気配から、どうやらエリシィーがお風呂から上がって私の部屋に向かったようだ。
まぁ、アレです。
エリシィーからしたら、邪魔なジュリがいない貴重な夜な訳で。
私も先日のプチ女子会では二人を部屋から締め出しはしたけど、嫌いな訳ではない。
お酒の勢いで、手加減なしになるのが嫌なだけ。
普通に愛し、愛されるのは好きですよ。
うん、少し想像してしまい、顔が熱くなる。
「少し早いけど部屋に戻らせてもらうわ。
ユリア、明日の昼までに例の名簿の確認をしておいて頂戴、昼から早速仕上げに入るわ」
これ以上は、淑女として色々と駄目なところを見せてしまいそうなので、早々に部屋に引き上げる事にする。
ふん、ふん、ふ〜ん♪
お行儀が悪いけど、鼻歌気分で階段を登り、愛する人が待つ部屋へ。
「……」
「……」
だけど、愛する人が待つ私の部屋は、ある意味地獄の様相を呈していた。
もちろん、幻想ですよ。
私の心情が勝手に作り出した物で、ここは私の私室であって、地獄ではない。
こうして私を追い詰めているのは、寝台の横にあるサイドテーブル。
正確には、そこに置いてある見覚えのあるケース。
部屋の隠し棚にしまってあったのだけど、何故かそこに置かれている訳で。
何となく前世で、妹に部屋を荒らされて、隠していた本やDVDを綺麗に処分されてしまった時の事が思い浮かぶ。
前世の妹もね、女の子特有の麻疹と言うか、潔癖症だった時期があった訳でして、家の中にそう言う物がある事自体が許せなかったみたいで、今となっては良い思い出とも言える。
問題は無くなった心の友を悲しむ事よりも、それらを見つけられ知られてしまった気まずさで……、あの時は半月は口を聞いてくれなかったからなぁ……。
それを思えば、今世でアルフィーお兄様の秘蔵本を整理して、専用の個室スペースを作った私は天使だと思うけど、今はそんな事を思い出している場合ではない。
今、目の前にあるケースの中にある物は、その前世のあの日の時とは比べ物にならない程、洒落にならない物な訳でして。
言うなれば陛下からの下賜品と言うか。
「ユゥーリィ」
普段は綺麗で可愛いエリシィーの声が、聖魔霊殿の法廷に立つ閻魔大王の言葉の如く、硬く重く伸し掛かってくる。
彼女は静かな動作でケースを開けて、証拠の品を私に見せ付け。
「説明してくれるわよね?」
その声音には、中途半端な言い訳や誤魔化は一切許さないと言う、エリシィーの想いが含まれている様に感じる。
うん、そりゃあ怒るよね。
そこにあるのは、嘗てはエリシィーを数年にも渡って苦しめた物の模造品。
そしてケース内には、それが何のためのものかを書かれた説明書も一緒に保管されている訳で。
それは嘗て彼女が、その日が来るかもしれないと恐怖していた内容。
魔呪具:血繋呪具
相手の男性の機能に問題があった場合、それでも血縁者を残す事が出来ると言う魔呪具。
その能力は、別に使用者が男性である必要はなく、女性同士でも子を成す事は可能と言う事で、陛下から一方的に下賜された物。
ハッキリ言ってセクハラだとは思うのだけど、有難いと思う人には非常に有難い訳で。
かく言う私も、一度はその能力に夢を見たりもした。
「……そ、その…、怒ってる?」
「ユゥーリィ、私は聞いているのだけど?」
うん、やっぱり怒ってる。
どうしよう、多分、このまま謝っただけじゃ許してくれないよね。
長い付き合いだから、その辺りは確信を持てる。
都合が悪いから謝っているだけだって、拒絶されるだけの事を。
こう言う時のエリシィーに通用するのは、正面からの話し合い。
でも逆に言うと、話し合いをしてくれると言う事ではある。
あるんだけど……怖い。
怒っているエリシィーが怖いと言う事もあるけど、それを大事に持っていた理由を話して、エリシィーに嫌われる事が一番怖い。
その事を想像して目眩を感じながらも、それに逃げる訳にはいかない。
手が震えるほど怖くても、エリシィー達とは正面から向かい合いたい。
前世の彼女の様に適当に受け流して、心の距離が空いて行く事に気が付かないなんて事はしたくないから。
それが分かっていて、アレを保管していたのは、アレが……。
「……希望だったから。
エリシィー達との間に、子供を作れる唯一の方法だから」
愛しい人との間に出来る証。
証が全てではないし、証がなくても幸せな家庭を築いている人達は沢山いると言う事は分かっている。
それでも思ってしまう。
出来るのなら、その証が欲しいと。
エリシィーと……。
ジュリと……。
二人との間に、確かに愛し合った証が。
「……でも、やっぱり嫌だよね。ごめんね。
エリシィーにとって、嫌な物でしかないよ…ね」
あっ……、だめ……。
ボヤける視界と、勝手に奥底から湧き上がっているものに流されそうになる。
辛いのはエリシィーなのに……。
嫌な記憶を思い出させられた彼女なのに……。
何も傷ついていない私が……。
彼女の心の傷を無視した私が……。
拒絶される事に涙を流すなんて、この場で泣き崩れるだなんて許される訳がない。
「はぁ〜……、まったくこの子は」
ふにっ。
必死に我慢して立ち尽くす私に、不意に包まれる暖かな温もり。
子供の頃とは受ける感触は大きく変わってしまったけど、それでもこの温もりと香りはあの頃のまま。
「勝手に想像して、勝手に決めつけて、そして勝手に傷ついて、それを必死に我慢して、それに気が付かないふりして。
ユゥーリィの悪い所、ちっとも変わっていない」
呆れた口調。
だけど、まだ何処か怒った様なエリシィーの言葉と共に、どんどんと強く感じるエリシィーの温もり。
どんどんと……。
どこまでも強く……。
彼女の胸の中に……。
……、あ、あの、エリシィー?
ちょ、ちょっと…、いっ、息が苦しいんだけど。
「ユゥーリィ、私、物凄く怒っているんだよ。
だと言うのにユゥーリィは、全然違う事で勘違いしているし。
一人悩んでいた私が馬鹿みたいじゃないっ!」
ふにふに、ぎゅうぎゅうと、柔らかく弾力のある胸に顔を押し付けられる。
好きな子の胸に埋もれるだなんて、男なら本望な状況ではあるけど、幾ら心地良くて良い匂いでも、窒息はしたくはない訳で。
巨乳もこうなるともはや一種の武器かもと、馬鹿な考えが一瞬浮かんでしまった事に反省。
今は、それどころじゃない。
ぎゅぅ〜〜っ。
「いひゃい、いひゃい、いひゃい、ほほがひぎれる」
胸からの圧迫から解放されたと思ったら、今度は頬を引っ張られて悲鳴をあげる。
「ユゥーリィ、今、変な事考えてたでしょう」
「なぜふぁかった」
圧迫は無くなったとはいえ、まだエリシィーの放漫な胸に顔を押し付けられながら、つい正直に答えてしまう自分に、『私の馬鹿ぁ〜』と心の中で文句を言いながらエリシィーの仕打ちに耐える。
だってね、今のはどう考えても、真面目な話をしている時に変な事を考えた私が悪いもの。
「ユゥーリィ、私が嫌がると思ったのよね?
それって、私の想いを信じていないって事じゃないっ。
ああ〜〜っ! もうっ、本気で腹が立つっ!」
あの、それはいったいどう言う事で?
エリシィーが、御立腹なのは分かるけど、何か本来とは別の事で御立腹になっている様で。
そしてそれが、どうやら私が原因みたいで……。
「ユゥーリィ、私が最初に問い詰めたかったのは、何でこう言うものがありながら使う気がなかったかって事なの。
私やジュリさんに一言も相談もなく、勝手に部屋の奥にしまい込んで。
陛下が言うには、もう半年以上も前に手に入れたって言うじゃない。
なのに一向に使ってくる事もなかったし、冬ももう後半に差し掛かるのに、使う様子もない。
ユゥーリィにとって、私との間に子供を作る気はない遊びなのかなって、問い正したかったのに、肝心のユゥーリィは勘違いして臆病になっていただけだなんて、私の悶々とした悩みは何なのよっ、と言いたいのっ!」
感情を爆発させるかの様に一気に捲し立てられたけど、それって……。
つまり、嫌じゃないと?
「ユゥーリィ、私は好きでもない人に触れられるのは嫌っ。
気色悪いし、怖気が走る。
でも、好きな人に触れられるのは好きだし、触れるのも好き。
私は、ユゥーリィとこうして触れているのは好き。
ユゥーリィは嫌なの?」
条件反射的に首を横に振る。
嫌いな訳がない。
好きな人と触れ合っているのは好きだし、ずっとこのままでいれたらとも思ってしまえるあの時間は大切なもので、手放したくない。
ここでくだらないプライドは必要はない。
恥ずかしいとかそんな事で、自分の想いを誤魔化したら前世の彼女との二の前にしかならない。
想いは口にしないと。
「こうしているのは、私も好き」
今度は私からエリシィーに抱きつく。
彼女の胸に顔を埋めて、体重と共に想いを預ける。
うん違う、エリシィーが求めている答えはこれじゃない。
これだけど、それ以上の想い。
そして私が彼女に伝えたいのも同じもの。
「そしてエリシィーに、私の子を産んで欲しいと思っている」
言えた。
やっと言えた。
アレを手にしてからずっと言えなかった言葉が。
ううん、想いはもっと前からあった。
でも、口に……、行動に出来なければ、それは何もしなかったのと一緒。
……違う、もっと悪い。
エリシィーを不安にさせてしまった。
陛下が何を考えてエリシィーに、アレの事をもらしたかは知らないけど、そんな事は私とエリシィーとの間の事には関係ない。
もっと、エリシィー達と相談すればよかった。
言葉と想いを重ねるべきだったのかもしれない。
だって、私だけで歩いている訳じゃないもの。
私一人で背負って歩いている訳じゃないもの。
一緒に……。
共に歩いているんだから……。
「うん、いいよ。
私もユゥーリィの子を産みたい。
二人でも三人でも。
ユゥーリィが望むだけ、子供を作ろう」
慈愛に満ちた。
それでいて嬉しそうな笑みを浮かべるエリシィー。
私の中身はともかく、女同士という側から見たら歪んだ想いだと言うのに、私の言葉と思いに答えてそう言ってくれるエリシィーは、本当に眩しく思える。
うん、流石は私の大天使エリシィー。
その慈愛だけで、世界が救えそう。
少なくとも私の中の全私は確実に救える。
「……ユゥーリィ、また何か変なこと考えてない?」
うっ鋭い。
鋭いけど、少なくとも本当の事なので、顔には出さない。
いや、此処まで盛り上がっといて、例え心の中でとはいえ、どうかと自分でも思うよ。
でもね、そう思っていないと、自分で情けないの。
だって……。
「……その、此処まで盛り上げておいて何だけど、この魔導具、正確には魔呪具と言うんだけど、うまく動作しないのよ。
陛下に担がれたのか、不良品だったのかは分からないけど」
肝心のモノが役に立たないと言うか、物理的に立たないと言うか。
ええい、言わせるなっ。
こんな情けなくて、惨めな想いに真面に付き合える訳ないじゃない。
もうね、気分は鬱よ。
希望を得たと思ったのに、役に立たないと分かった時のあの絶望感。
マジでハンパないから。
色々試す度に成果を得られず、何度悔しさに枕を濡らした事か。
まさか、前世の男の身体でならともかく、女に生まれ変わって、そんな想いをするとは夢にも思わなかった。
いや、前世でもそんな想いをするとは思わなかったけどね、まだ若かったし。
「だから、暇を見つけて研究していた所なの。
まだ私達は若いし、そこまで急ぐ必要もないだろうからさ」
貴族女性の初産年齢は、だいたい十五〜八歳と低いけど、平民の女性の初産は二十歳前後と比較的まとも。
無論、例外はあるけど、前世価値観を引きずる私にとって、急ぐ必要はないし、二十五歳を過ぎでも問題ないと思っている。
むしろ前世ではそれが普通だしね。
なので、肝心の魔呪具の不具合にしたって、時間を掛けて調べれば良いと思っていた訳です。
一応は陛下を信じているし、もしも何時もの性質の悪い冗談なら、本気で痛い目を見てもらうつもり。
やって良い冗談と、やっていけない冗談との区別がつかない相手なら、実力行使も仕方がないと私は思うもの。
反論は認めないし、認める気はない。
その時は、あらゆる手段を用いて後悔させてやる。
「……そうなの?」
「……うん」
「……駄目だったの?」
「……うん」
だから、何度も聞かないで欲しい。
虚しさに、本気で泣きたくなるから。
いや、此処まで盛り上げておいて、信じられない気持ちは分かるけど、隠していたアレを持ち出したのは私ではなくエリシィーだからね。
こう言う事になるかもしれないから、余計に隠していたと言うのに。
「でも、試したらきちんと機能したけど」
……はい?
今、なんて言いました?




