432.成人しているんですから、お酒くらいは飲みますよ【下】
【メアリー・カレッド】視点:
「はぁ〜…、美味しい」
「私は今回のより、秋祭りの時に飲ませてもらった昨年の物の方が好きかな、なんかこっちは刺々しい気がするし」
「これも一季節寝かせてあげれば、滑らかになりますよ。
逆に昨年の酒を知っているからこそ、そうなる時が楽しみですし、樽から出したこの状態のお酒は、今の季節しか味わえないもの。
そこは葡萄酒とおなじですよ」
プシュケの言葉に私もアンネも何となく納得する。
ルーシャルド侯爵家の持つ葡萄園でも、本格的に寝かすために移す際にはこうやって寝かせていない葡萄酒を、少しだけ季節の味として味わっていらしたし、私達使用人は、その恩恵を味わわせて戴いていたのだから、葡萄がお米になっただけと思えば、同じと言える。
「でもこのお米を使ったお酒って、東の方の国からも輸入されている訳よね?」
「ええ、東乃酒と呼ばれていますね」
「それで商売になるのかしら?」
「主人は、売れれば儲けものと言う程度のつもりのようですが、商売になりはするでしょう。
現状では、遠い東の国から輸入される東乃酒の味には敵いませんが、それほどの差はありませんし、此方はまだ試行錯誤中で、まだまだ改良の余地がある状態。
それに、そこは葡萄酒と同じですよ。
決まった産地の物以外は認められない、と言う訳ではありませんから」
確かにそれは言えるかも。
私はお酒の事は良く分からないけど、葡萄酒も産地によって味わいが違うから、それが楽しいと以前の旦那様達が言われていたのを覚えている。
味の僅かな差に好みが入ってこれば、棲み分けもできると言うのは確かに分かるかな。
料理やケーキの味も、好みが出るものね。
「それはそうと、二人とも、少しはこの屋敷に慣れましたか?」
「まぁ、そこそこ」
「慣れたかなぁ」
「凄いですねっ。
私は未だ主人の無茶振りに慣れないと言うのに」
「すみません、見栄を張りました」
「そう思ってないと、とてもやっていられれません」
うん、アンネと二人して、プシュケに両手を上げて降参する。
ルーシャルド侯爵家で仕えるために育てられ、色々と華やかな貴族の裏側も知っている私とアンネ。
だけど、このシンフェリアの屋敷で働かせて戴いて、半年以上が経つけど、今も未だに慣れそうもない。
別に屋敷の主人が横暴と言う訳ではないし、屋敷に勤めている他の家臣や使用人達が意地が悪いと言う訳ではなく、むしろそう言う意味では、これ以上もないと言って良いほど働きやすい労働環境なのだと思うわよ。
でもね……。
「偶に人手が足りないからって、繁殖している魔物のお世話をさせられたりね」
「鳥や魚を捌くのと同じ感覚で、魔物を解体を手伝わされた時は、言葉が出なかったわ」
うん、普通の感覚なら頭がおかしくなる様な事が、このお屋敷では当たり前の様にある。
特に魔物のお世話なんて無理っ!
お世話ったって、鶏や豚を相手にするのと然程変わりなく、餌を刻んだり、餌の入った桶を運んだりする程度で、檻の中までは入らないけど、檻の前に行くだけで足が震えて竦む。
まぁ、普段は専門の人達がいるから、そのお世話すら滅多にはないけど、多くの人間が移民して来て忙しくなり、そこに体調が崩した人がいると駆り出される事が何度かあったのよね。
事情は分かるし、そう言う事があれば、駆り出される必要性があるのは分かるけど、普通は一介の女中に魔物のお世話なんてさせない以前に、魔物の世話なんてものは、そもそもあり得ない話。
このシンフェリアのお屋敷は、その普通じゃない事が普通にあるから、悩みの種だったりする。
「それを例にあげる時点で凄いですね。
私は最初、あの施設を紹介された時は気絶しましたよ。
今となっては、懐かしい思い出ですが」
「「……気絶で済んだんだ」」
「領民達の時は、貫頭衣一枚のみの姿にして、近くに湯を張った樽を用意させておきました」
それを思えば、前もって着替えを一式用意させられ、すぐさま温泉施設に案内されただけマシと言えるけど、出来れば事前に説明してほしかった。
でも、例え事前に説明を受けていたとしても、冗談としか思わなかっただろうし、魔物数千匹を前にした恐怖は、説明を受けていたとしても意味などなかったとも思う。
ある意味、魔物の繁殖施設の案内は、このお屋敷に来た者への洗礼と言える。
ええ、おかげさまで、この歳でお漏らしをするだなんて失敗をするとは思わなかったわ。
少なくとも、それを慣れたいとは思わない。
せめてものの救いは、失敗をしたのは私だけではなく、あの時案内をされた全員だと言う事かな。
当然、妹のアンナもお漏らし仲間。
妹と言っても双子だから姉も妹もないけどね。
「本や書類の整理も酷い量だし」
「整理しても、誰が使うの? って言うのが本音くらい終わりがないよ。あの量は」
「ですから、二人を呼んだ訳です。
あれだけもの量を私とお爺様だけで、他の仕事をしながら仕分けをするなど不可能と判断しましたので」
屋敷内の使用人の女性のみの飲み会。
主人であるユゥーリィ様は、女子会と呼んでいたけど、こう言う催しは、大きな貴族のお屋敷ではよくある話。
まぁ私達の様な若い使用人でそれをすると、生意気呼ばわりされるので、参加する事はなかったけど、このお屋敷では一部を除き若い使用人ばかり。
警備などの外勤組は離れの建物なので、そもそも本邸にはめったに来ないので、この場にいるのは私と妹のアンネ、そして執事のプシュケ。
使用人としては、あと一人、エリシィーって言う子がいるけど、あの子はユゥーリィ様のお気に入りなのでそちらに行っているし、寧ろその方が私達としては好都合。
この部屋にいるのは、子供の頃からの顔見知りばかりだからね。
そんな中、新酒の味見という名目で、何本もの瓶ごと配られたお酒を片手に、愚痴まじりの情報交換。
と言うか愚痴や雑談の方が、多かったりするけど。
「まぁその内に嫌でも慣れるけど、慣れたら色々と終わりかなぁと思わないでもないのよね」
「なんて言うか、私の中の色々が壊れていく感覚がね」
「主人は、色々とヘンテコですからね」
主人をヘンテコ呼ばわりする執事って言うのもどうかと思うんだけど、子供の頃から色々と変わったところのあるプシュケだしね。
そのプシュケすら霞むほど、このお屋敷の主人であるユゥーリィ様は大変に変わったお方。
まず貴族令嬢らしくない。
いえ、貴族令嬢らしい振る舞いは出来る癖に、敢えてやらない方。
家で少し気を抜いているとかそう言う程度の話でなく、そもそも在り方からして貴族らしくない。
でも、そのくせして、貴族としての考え方や在り方が出来ているいると言う矛盾した方で、その矛盾さは他の事でも言えている。
とりあえず、色々な意味で常識では測れない方。
そんな常識で測れない方の周りにいる方達も、また色々とおかしい。
「プシュケも、十分にヘンテコだと思うわ」
「だよねぇ。
前のお屋敷にいた時でもそうだったけど、いっそう何か突き抜けちゃった感じがね」
幼い頃、ある事故で片腕を無くしたプシュケだったけど、それを感じさせないくらい何でも出来た彼女は、何処か感情が欠如した様な感じがして、なんとなく危うさがあったのよね。
今は、それを感じない代わりに、別の意味でイッちゃったかなぁと言う感じがする。
うん、何処にイッちゃっているかは聞かないし、知りたくもない。
考えない様にするのが一番。
「屋敷の警護の人達って、コンフォードの元、特記戦力の人達でしょう。
何でそんな人達が警護なんてやっているのよって言いたいわ」
「世代交代と言うのもありますが、純粋に主人への貸しと言うか、借りを返すためでしょうね。
私や、色々と教育を施されている貴女達が、此処にいるのと一緒ですよ」
「いや、あんなのと一緒にしないでほしいわ」
化け物と同列視される、コンフォード家の特記戦力と同列視は正直勘弁してほしい。
私とアンネは、女中から逸脱して所があるとは言え、まだ常識の範囲で、人間を止めてはいない。
只の【雀飼い】でしかない。
少しばかしそれを使って情報に明るい以外は普通だし、こんな山奥に閉じ籠もっていたら、その情報だって何の役には立たないもの。
そもそもその教育だって、本来はルーシャルド侯爵家のお嬢様に仕えるために施されたものであって、お嬢様のお輿入れに付いて行く事が許されなかった私達は、本来はお払い箱の無用な長物でしかなかった。
子供の頃の事件、あの時の真実を知る私とアンネは、他所の家でなら処分されていてもおかしくはなかった。
ただ、他家には非情と言われているルーシャルド侯爵家は、意外に身内には甘く、ルーシャルド家を裏切る様な事をしない限りは、その心配はなかっただけの事。
ただ、真実を塗り替え、お嬢様の立場を守るためだったとは言え、私とアンネが引き受けた事は、少々遣り過ぎだったみたい。
色々と情報を操作した結果、お嬢様の立場をお守りする事はできたけど、ルーシャルド侯爵家内に置いての私達の立場を危うくする事にもなっていた。
だってね、しょうがないじゃない。
まさか、ルーシャルド侯爵家内で、あんなにも飢えた狼がいるだなんて思いもよらなかったんだからっ。
私もアンネも、こう言ったら何だけど、幼い頃から容姿が整っていたし、体型にも恵まれているわ。
そこに娼館仕込みという噂が、あそこまで変態を呼び込むだなんて思いもしないって言うのっ。
お嬢様を守るために、穢らわしい噂を引き受ける事は仕方ないけど、だからと言って噂通りになる気はない。
あくまで噂は噂。
その区別がつかない馬鹿の相手など、間違ってもしたくない。
挙句にそいつらの馬鹿な行動のおかげで、更に余計な事も引き寄せ、事態を混沌化させてくれたから、味方だったと思っていた周りから白い目で見られる事になってしまったので、これまた余計に腹が立つ話しだったわ。
これも、全部、相手の都合など関係なく、腰を振る事しか頭にない猿が全部悪い。
だいたい、その真実だって、男の人達が想像する様な事は、お嬢様を含めて、本当に何もなかったと言うのに、ある意味、いい加減な噂の怖さを身をもって知る出来事だったわ。
真実なんて何等関係もなく、それが事実として一人歩きした挙句に、事実として認識されてしまう訳ですからね。
真実を話した侯爵様だって、何もなかったと言う事実を信用していなかったみたいだし。
まぁ……そんな真実よりも、私達が運び込まれた場所と、誘拐された事実が問題だったからね。
事実を少しだけ改変して、その様に対応する事の方が、侯爵家としては大切な事だったと言うだけの事。
結局、事実など関係なしに人は信じたい話を信じるだけ。
私とアンネが娼館に連れ込まれただけで、その後の事を勝手に想像して、それを勝手に事実として受け取って扱うのは、それはその人がそう言った事実を望んでいるだけに過ぎない。
口では義憤を幾ら口にしようと、心の中ではそれを望んでいる。
自分の中の価値観を満たして、満足したいがためにね。
閑話休題
「アドル様達も十分におかしいわよね。
皇紅雀の襲来の時もそうだったけど、普段の鍛錬の動きだっておかしいわよ」
「よくは分からないけど、あれってルーシャルド家の上級騎士達並よね、あの歳で」
私もアンネも、そっち系の目聞きは全然駄目だから、正確な事は分からないけど、少なくとも、貴族の姥捨山である学習院の出程度の実力ではないのは確実。
魔力持ちで大抵の人災級の魔物なら、単独で倒せるだけの力があるとか何時か言っていた記憶があるし、間違い無くそれだけの力はあると思う。
護衛としての実力以外に、それだけの力もあり、様々な知識や技術も身に付けさせられて、それを生かす目と知恵があるなら、かなり使い勝手が良い人間と言う事になる。
生憎とそちらは、まだまだ年相応に毛が生えた程度って感じだけどね。
それでも、あの歳であれだけの実力があり、貴族の家の出であるならば、何処の家も欲しがるだろうし、士官だって贅沢を言わなければ婿入りで幾らでもあると思う。
少なくとも、それだけの能力に加えてあの性格だから、子爵家程度の家臣で使い潰すには勿体ない話でしょうね。
「調べたところ、主人と知り合ってからの伸びの様ですね。
それまでは、士官できるかも程度の実力でしかなかった様です。
四人とも、主人を鍛えていたと同時に、鍛えられていた訳ですから、伸びて当然でしょう」
詳しい事は知らないから判断し辛いけど、ユゥーリィ様の鍛錬はかなり厳しいらしい。
口調は優しく懇切丁寧にだけど、難易度は問答無用に上げられるとか、何時ぞやジュリエッタ様が愚痴を零されていた記憶がある。
そのジュリエッタ様も、ハッキリ言ってかなりおかしい。
ルシア様曰く、あの歳で魔導士としては、上級魔導士としての実力があるらしい。
しかも二つ名持ちのルシア様以上の。
ここ数百年、十代で上級魔導士になった魔導士は、国内に十人もおらず、生きている方では第五王子の従者をしているルードリッヒ・ネル・グリニッチが有名。
まぁ家の金で上級魔導士になったとか、王家の腰巾着になる事で宮廷魔導士になったとか色々言われてはいるけど、ある程度の実力がなければなれないのも事実。
「そう言えば、ジュリエッタ様ってどうなっているんですか?
未だ下級魔導士扱いなんですよね?
いえ、年齢的にはおかしくはないんでしょうけど」
「アンネはおかしな事を言いますね、公式な実績がなければ一生下級魔導士に決まっているではないですか。
実際、主人も、公式的には下級魔導士ですし」
「「ぶっ」」
うん、はしたないけど、思わず吹き出す。
え? 冗談だよね?
……冗談じゃ無く本当だと。
稀代の魔導士と言われているユゥーリィ様が下級魔導士?
戦災級の魔物の群れはおろか、災害級すら鼻歌気分で倒せると噂されるユゥーリィ様が?
「主人にしろ、ジュリエッタ様にしろ、公式な任務における実績はありません。
秋に討伐騎士団と共に従軍したという記録はありますが、道案内役として現地近くまで行っただけと言う事になっています。
無論、そんな実績などなくとも、マスター達の実力は知る者は知っておられますから、おそらく申請をすれば、上級魔導士として登録はされるでしょう。
ですが……」
そこまで言われて納得する。
常識として、ユゥーリィ様ほどの実力があって、更に名声があるから、上級魔導士だと思い込んではいたけど、言われてみればその通りだ。
災害級の魔物を倒し、船毎多くの人名を救い叙爵された時点で、上級魔導士としての資格はあるだろうけど、上級魔導士として登録すれば、国同士の取り決めで、他国にも力ある魔導士として情報が開示される事になる。
上級魔導士は、時には一軍に匹敵する場合もあるため、互いに警戒する必要があると言うのも分かるし、上級魔導士として登録されれば、戦力として使いたいと声を上げる者も出てくる。
だけどユゥーリィ様を、只の軍事力として使い潰すには、あまりにも勿体無い。
だからこそ、国としては魔導具師としての名前の方を表に出しておきたかった。
その辺りの自覚のないユゥーリィ様が、貴族になりたくない一心で逃げの一手を打って来たため、人命を盾に叙爵させ、すぐ様、魔導具の功績で陞爵させる事で結果的に国の思惑通りになったに過ぎないらしい。
現に、未だユゥーリィ様を優秀な魔導具師でしかなく、戦う力のない魔導士だと思っている貴族が多くいるほど。
力ある魔導士は、魔物を討伐して力を示すものだと言う常識に囚われてね。
「知っての通り主人は、名誉とか貴族の面子とかには無縁の方。
悪戯にジュリエッタ様を危険な目に晒す気は無いようですし、ジュリエッタ様もマスターの従者である事の方を望んでおられていますから、今更、上級魔導士と登録されても迷惑でしかないのでしょうね」
「……悪戯に危険な目って、十分にあっている様な気がするけど」
「災厄級や大災害級に遭遇して、生きて帰ってこれるだけでも凄いと思うわ」
私とアンネなら、間違いなく出会った瞬間に、ショック死していると思う。
失敗だけで済んでいるジュリエッタ様は、本気で凄いと思う。
私なら、この歳で何度も着替えを要する失敗をするだなんて、まず心が折れると思うのに、それでもユゥーリィ様の趣味の山歩きに付いて行ける鋼の神経は、本気で尊敬に値するわね。
まぁ、そもそも、魔物の領域で趣味の山歩きという時点でおかしいんですけどね。
取り敢えず、ユゥーリィ様関係がおかしいのは考えない。
考えるだけ無駄と言うの、この半年でよ〜~~く理解させられたからね。
基本的に、その事さえ考えなければ、優しい主人であり、仕事の出来る当主だから、不満など持ちようがない。
まぁ、考えなければだけど。
「主人の話では、災害級でも下位の魔物なら一人で倒せるだけの実力はあるらしいですね。
ただ、前提条件として、冷静に対応出来れば、と言う事らしいですが」
「普通は軍で持って対応する相手なのにね」
「やっぱり基準がおかしいよ、このお屋敷」
「それに半年で慣れたと言える二人は凄いです」
「「しつこいっ!」」
取り敢えず慣れたかと問われたら、慣れたと言うのが世の中の常識だと言うのに。
まぁプシュケ自身、揶揄いの色が含んでいたのは分かるけど、面白くはない。
何やかんやと、慣れない事を色々と助けてくれているし、これからも助けてはくれるから文句は言えないけど。
でも、本当に驚いたわよね。
この子、こんな冗談が言える様な子じゃなかったのに、本当に良い方向に変わったのだと思う。
少なくともプシュケにとって、ユゥーリィ様は仕え甲斐のある相手みたい。
まぁ変わった子ではあるけど、アレだけ良い子だしね。
実力はあるけど、危うい所もあるから、そこを守りたいと思うのは分かるし、こののお屋敷の空気は優しく暖かいから、心地良くはある。
「ただ、このお屋敷で当主であるユゥーリィ様を除けば、一番おかしいのはあの子よね」
「うん、私もそう思う」
「それはどう言う意味で?」
少しだけ剣呑な目を向けるプシュケに、誤解だと言っておく。
別にあの子が貴族ではないとか、私達の様に子供の頃から専門の教育を受けていないからとか言う気はない。
もちろん、特別扱いを受けている事に思う所が全くないとは言わないけど、それもそれほど拘る気はない。
大きなお屋敷になればなるほど、特別扱いを受ける侍女や女中と言うのはいるし、貴族の方達にとって、心休まる相手と言うものは必要なものだと言うのも理解している。
まぁ、その事を鼻に掛けていると言うのならともかく、あの子はそう言う事はないので、本当に気にはしていない。
「慣れない感じはするけど、普通に仕事は出来るしね」
「と言うか普通なのが、寧ろ怖い」
ユゥーリィ様の関係者は、ルーシャルド家にいた頃から徹底的に調べる様に言われていたし、他の家もおそらく上の家ほど、その辺りに神経を配っていると思う。
ユゥーリィ様は、唯の金の卵を産む鶏ではない。
そして、国や古き血筋の方々も、ユゥーリィ様を鶏で終わらせるつもりはないみたい。
ユゥーリィ様への力の入れ様を見ればそれは分かるし、先日の突如の視察もそのための前準備のためのものだと分かる。
ユゥーリィ様は自覚してなさらないみたいだけど、ユゥーリィ様は爵位こそ子爵だけど、王家や古き血筋の家々の加護を受けているため、下手な法衣伯爵程度の家では相手にならないと言うのが今の現状。
おまけに教会に聖女になってくれと請われる程、教会の政策にとってユゥーリィ様はいなくてはならない存在であるため、もし、本気でユゥーリィ様の命を狙おうものなら、国だけでなく教会までも本気で敵に回す事になるでしょうね。
更には魔導具だけでなく、数々の商品を生み出す事によって、その財力は完全に伯爵家を超え、技術を提供した家々との契約で、今後もどんどんと増えてゆく中、肝心のユゥーリィ様に寵愛を受けている平民出身の子の存在。
うん、問題にならない訳がない。
幾ら周りが鍛え、生まれながら主に仕えるために英才教育を受けて育った私達が、普通と評価出来る程までに本人が努力しようと、貴族の血筋でない事が問題。
私達、三人も、身分は平民ではあるけど、五代も血筋を辿れば、何処かでルーシャルド侯爵家に繋がっている、
それでも、ただの子爵家であるなら、本来は問題にならないのだろうけど、ユゥーリィ様は、先程言った理由で唯の子爵家ではない。
あの子の立ち位置に立ちたいと思う人間は、幾らでもいるでしょうね。
でも……。
「普通に接する分には良いけど、敵に回したいとは思わないかな」
「なんと言うか、頭の片隅で止めておけと、全力で警告を出してくるんだよね」
だってね、平気で魔物の檻の中に入れるんだよ。
いや、繁殖している魔物の世話をするために檻の中に入れる人は、この地には何人もいるけど、いくら家畜化されていると言っても、平気で魔物を相手に往復張手をする様な人間はいない。
無表情で魔物が抵抗を止めても、反抗の意思のある目を向けている間は関係なく、往復張手をする事で傷んだ自分の手と相手を、治癒魔法で癒しながら只管と繰り返す。
武芸に秀でた人間だと言うなら分かる。
魔導士だと言うのなら、尚更分かる。
でも、あの子は正真正銘、魔力を持つだけの普通の子。
調べた出自や経歴からしたら、今の能力を得るのに、相当な努力した事は想像はつく。
幼い頃からの知り合いで、遠い地から態々単独でユゥーリィ様の下まで追い掛けて来る忠誠心を評価されて、主だった家は見てみぬ振りをしているみたい。
大きな家になるほど、本当の意味で忠誠のある人間の大切さは知っているからね。
でも、逆に言うと、その執着心が怖いのよね。
此処に来て半年以上観察したけど、……うん、あの子、関わっちゃ駄目なタイプ。
正確には狙われたら駄目なタイプかな。
目的のためなら、手段を選ばない類の思考の持ち主。
今のところ良心が効いているし、本人の努力と周りの補助があって良い方向に働いているけど、一歩間違えたら破滅を呼び込むタイプだわ、あれは。
これで、その目的がユゥーリィ様の側にいる事でなければ、とっくに消されていたと思う。
「そんなに凄まなくても分かっているわよ。
仕事は仕事だし、あの子の事は嫌いではないから、きちんと仕事はするわ」
アンネの言葉に私も頷いておく。
その事に嘘はないし、ルーシャルド家に恥を掻かせる気もない。
一応は骨を埋める気で来ている以上、あの子も保護対象であり、それとなく導く人間。
仕える家の主人とその家族、そして心地よくお過しになるための環境を揃え、お守りする事が、生まれながらそう育てられた私達の存在意義。
ユゥーリィ様が、あの子を家族として見ているのなら、そう扱うだけの話。
これからドンドンと大きくなるだろう予定の、この家の内側を守るために配置された以上、そこは間違えない。
気をつけなければいけないのは、これから入ってくるであろう人達。
「分かっているのなら、構いません」
「でも、ここの長閑な生活を見ていると、少しだけ心が痛むかな」
「分かる分かる。
このまま静かに暮らさせてあげたらな、とは思うよね」
「仕方ありません。
主人の自業自得ですから」
プシュケの言葉に、コップの中に残ったお酒を空ける。
緩やかな時間が流れるこの土地の生活が、どれだけ保てるのか分からないけど、きっと、それほど長い時間じゃないんだろうなと、自分ながらあり得ないと思える計算が出るから、こう言う所が、この家での生活に慣れてきた所なのだと、少しだけ溜息が出てしまう。




