431.成人しているんですから、お酒くらいは飲みますよ【中】
【ポーニャ・ラル・フリムガム】視点:
ふぅ〜…、美味しい。
ワインの様に、芳醇な香りがある訳でもなく。
何層にも重なる様な、深い味わいがある訳でもない。
例えるのならば『水』
何処までも澄んだ、それでいて一輪の花弁に溜まる、朝露の様な煌めきをと甘味を感じる。
ただ残念なのが、以前に飲ませて戴いた物より、少しばかし浅く喉腰に尖った所。
でも、これはこれで美味しいと思えるし、時間を置いて滑らかさが出れば、以前に戴いた物よりも、美味しくなると言う事を確信させられるから、その味を想像して飲むのも一興なのかもしれない。
少なくとも私には蒸留酒よりも、仄かな甘みのある此方の『大吟醸』と名付けられた『東乃酒』の方が好みですわね。
「もうねアドルったらさ、準備が足りていないと言うか何も考えてないと言うか、その辺りは私が見てあげないといけないのよねぇ」
「はいはい」
少なくとも、セレナーゼ様の惚気話を延々と聞いている事を思えば、お酒の味に逃避していた方が何倍も良いですわ。
新酒の味見と言う名目の酒席には、ユゥーリィ様とジュリエッタ様とエリシィー様はおらず、私室にて本当に何の気兼ねもないお時間を過ごされており、客室と言う名の空き部屋で、こうして家臣の女性のみの集まり、…ユゥーリィ様は確か『女子会』とか言ってましたか?
あっ、それとも『ぱじゃまぱーてぃー』でしたっけ?
とにかく、そんな名目の気軽な酒席は、最初の半刻程を過ぎた辺りからセレナーゼ様の惚気話が半刻も続いており、繰り返される話の内容に少々うんざりはしますが、御結婚を間近に控えた女性と言うものは、おそらくこう言ったものなのでしょう。
少なくとも伯爵家の人間として生まれた私にとって、子供の頃からの両想いの果ての婚姻という物は、物語の中での話でしかない。
なので、それが叶うアドルシス様とセレナーゼ様が結ばれる話は、素直に羨ましく思いますし、祝福してあげたいと思っています。
ですので、多少延々と惚気話を聞かされるぐらいは、許容範囲と言えますが……、今日のこれは、少々度をを超えている様な気がします。
トクトクトクッ。
セレナーゼ様の惚気話に苦笑しながら、私の空いたコップに再び液体を満たしてくださったのはユリア様。
ユゥーリィ様や私よりも一回りとまではいかなくても、それに近いくらい年上の女性。
私とほぼ同時期にシンフェリア家に仕える事になった方で、侍女としてこの屋敷におられますが、私を含めた女性の礼儀作法の先生でもあられる。
年齢はユリア様の方が上でも、このシンフェリア家の於いては私の方が序列が上になります……が、そもそもその辺りが大らかなこの家では、序列などは殆ど意味がなく、ましてやこの酒席においては、それを持ち出して態度に出すのは無粋と言うもの。
例え身内だけの場とはいえ、貴族社会としてはどうかと思いますが、シンフェリア家は下位貴族の子爵家。
民に近い男爵や子爵家では、そう言った大らかさも求められるもの。
それに、ユゥーリィ様のお言葉ではないですが、切り替えさえ出来るなら、楽な方が良いと言うのは、私としては助かる話です。
「こうして、何の気兼ねもなくお酒の席を楽しめるのは、男爵家や子爵家の良さと言えるのでしょうけど、その子爵家で先日の様な事が突然にあると、本当に生きた心地がしませんわ。
ルチアは全部私に押し付けようといたしますし、ポーニャ様は気絶して寝込まれますし」
ユリア様もお酒が進んだのか、突如として始まるユリア様の愚痴に、私もルチアナ様も全力でユリア様から目を逸らします。
逸らした先の床に、置かれている空になった酒瓶の数の多さに、更に目を逸らす事になりました……。
先日、そんな大らかな空気の屋敷に、国の重鎮とも言える古き血筋の五公爵六侯爵の家の方々だけでなく、国王夫妻、王太子殿下夫妻まで一挙に視察に来られ、お泊まりになられた時は、私はもちろんの事、皆様、心の中で阿鼻叫喚でした。
どの方も私共のちょっとした失態で、簡単に家を潰せる事が可能な方々達であり、家を潰す事など雑作もないお力を持つ方達でもあられる。
その中で、王妃様と王太子妃様の御世話の指示を、ユリア様が中心となって行ってくださいました。
正確には押し付けられたとも言いますけど。
ユゥーリィ様を除くシンフェリア家の屋敷内における総指揮官は、ユゥーリィ様の御幼少の頃から仕えているエリシィー様。
遠いユゥーリィ様の故郷から、ユゥーリィ様に仕えるために追い掛けて来られた、筋金入りのお方です。
ですが、その立場はユゥーリィ様の御心情を一番御理解され、そのために動く事の出来る方という意味であって、あくまで全体の大雑把な方針を決められるだけで、細かな事はできないお方です。
いえ、正確には日常の細かな事や、大雑把な方針を決められるだけで、生まれの関係上、細かな指示をしてはいけけない方。
そこは執事長であるセルニバス様や、執事であるプシュケ様、そしてユリア様が補佐する事になっていますので、適材適所の結果ではあるのです。
ただ何の予告もなく、あの顔触れがいきなり来られれば、心の準備など出来るはずもありませんし、そもそも子爵と言う家格的にも、あの顔触れの御一人とて来られる事自体がおかしいと言えるような出来事。
自然と高位貴族であるガスチーニ家に仕えていた経験を持つユリア様の元に、細かな指示を求められるのは自然な事です。
セルニバス様とプシュケ様ですか?
もちろん屋敷の内外への指示で手一杯です。
シンフェリア家は新興貴族であるため、とにかく人手がありません。
当主であるユゥーリィ様が、貴族らしい生活を好まないと言うのが主な原因ではありますが、爵位も子爵となれば、他の貴族達の目もあるため、それほど家人を置く訳にはいかないのも事実です。
とにかく、あれだけの大貴族や王族を迎えるなど、公爵家や侯爵家でも大事なのに、子爵家で人手不足のシンフェリア家で迎えるなど、無茶を通り越して無謀や蛮行です。
ですのでセルニバス様とプシュケ様だけでなく、ルチニア様はルチニア様で警備体制について屋敷の警備の方達だけでなく、領兵となった一部の領民への指示などがありました。
私は私で、ウサーヂバ村の移民者の状況や、整地中の港町を視察されると言うので、その準備や対応で精一杯。
なので仕方がない事なんです。
決してなるべく関わらずに済む様に、逃げていた訳ではありません。
いえ……、そうできたら良いなぁと思わなかったと言えば、嘘になりますが。
現に、現実逃避で気絶した後、二度寝いたしましたし。
とにかく私もルチニア様も、ユリア様にお酒をお継ぎし、ユリア様の思い出し御立腹をお宥めする。
「はぁ、御免なさいね。
いつまでも言っていても仕方ない事だとは分かってはいるのですが……、いきなり目の前に、あれだけ方々が現れたものですから」
「アレは誰でも心臓に悪いと思います。
いえ、ユリアに押し付けた私も悪い訳ですから」
「……ルチア、やっぱり貴女」
「子爵家の出自でしかなく、更に鍛錬と戦う日々を過ごしていたため、優雅な世界とはあまり関わりのなかった私よりも、伯爵家の御令嬢として教育を受けたユリアの方が適任と考えただけよ。
私の能力なら、少し離れたところから警護に力を入れた方が適任で、何よりも優先すべきはあの方々の安全だとは思わないかしら?」
仕えし主人の無茶振りや理不尽な要求に応えるのも、家臣や屋敷にいる者の勤めとはいえ、ユゥーリィ様の無茶振りや理不尽な要求は、世間一般のものとは掛け離れているため、ユリア様の御心情を考えれば無理もない事だとは思います。
思いますが、それに私が力になれるかどうかは別問題。
少なくとも、同じ伯爵家の生まれではあっても、魔導士としての勉強のために、学習院に通わせて戴いていた私では、ルチアナ様同様に、高貴な方々をお迎えするにあたり、あまりお力にはなれないのは本当の事。
「恨みがましく愚痴を話していても仕方ありませんので、御話を変えましょう」
ユリア様からそう申し出てくれるのはありがたいので、そっと胸の奥の息を吐き出す。
これ以上愚痴られるのなら、ラキアラ様が御一人で被害を被っておられるセレナーゼ様の惚気話に逃亡する所でした。
アレはアレで苦痛ではありますからね。
「今まで話に出る事は無かったのですが、ユゥーリィ様の学習院時代と言うのはどの様な物だったのですか?
まぁ、今の様に飄々とされていたのは想像がつきますが」
「「「……」」」
ユリア様の言葉がセレナーゼ様達の耳にも届いたのか、ユゥーリィ様の学習院時代を知っている私達三人は、気不味くなる。
飄々……とですか、……確かにその通りではあるのですが、おそらくユリア様が想像しているものとは全くの別物だと思います。
こくこくこくっ、ふぅ………。
当時の事を少しだけ思い出し、はしたないですが一気に飲み干したお酒は、先程とは違い苦く不味い物。
セレナーゼ様とラキアラ様も同じだったのか、空になったコップにお酒を注いでおられる。
酒席があまりないこの地では、こうやって家人のみが集まって気軽にお酒を飲む事などあまりないので、美味しいお酒の席でありたいと思うのですけど、……まぁ、何時かは出るお話ですわよね。
「楽しい話ではありませんわ。
少なくとも、虐めを受けていたユゥーリィ様に、手を差し伸べる事が出来なかった私には」
無論、あの伯爵家以上の子女に向けた学習院のため、表向きいないはずの子爵家の出であるセレナーゼ様とラキアラ様は、当時の現状を知ってはいても、知らぬ振りをするしかなかったし、何も出来なかった私にはそれを咎める資格がない。
ユリア様も驚かれておられるけど、考えてみれば当然の事。
今でこそ、修行や見聞を広めるためという名目で、家の長男や長女を通わせる事のある学習院ではあるけど、本来は家を継がない貴族の子女が通う様な所。
それでも貴族としての誇りだけはある人達が多く通う場所に、当時は特例中の特例で、平民という身分で通われていたユゥーリィ様の存在に、そういう方達が面白くないと思うのは当然の事。
「最初の頃はインクを垂らす、使う机に落書きや刃物を突き立てられた跡などは、比喩でもなく日常茶飯事でしたわね」
入学当初から、魔導士の実力から注目されていたジュリエッタ様が側にいる時は良かった。
魔法、武術共に実力のあったジュリエッタ様を恐れて、そう言った方々は何もしないし、ユゥーリィ様も何もなかった様に振る舞っていましたからね。
「その様な目に? ……し、信じられません」
「当時のユゥーリィ様は、徹底してその実力を隠されていましたので」
「それは、……そういう事ですか」
ユゥーリィ様があの学習院に求めていたのは、成人するまでの避難場所と、知識を溜め込むための場所として。
魔導具師として、静かに何処かでひっそりと生きてゆく事を目指していたユゥーリィ様にとって、力を見せびらかす事は不利益でしかなかった。
魔法使いのなり損ない。
本当に実力のなかった私と違って、ユゥーリィ様はそう周りに見て貰いたかったとの事。
当時は家を出て、家名の名乗る事の出来なくなっていたユゥーリィ様は、強力な後ろ盾がない状態で魔導士として実力を見せた日には、戦争の道具に使われるのが目に見えていたため、器用ではあるが力のない魔導士と言う姿勢を徹底しておられました。
本当に力のない私からしたら贅沢な話ではあるけど、では私が魔物と戦う日々や人殺しの道具として生きられるかと言うと、無理だとしか言えない。
そう言う意味では、私とユゥーリィ様は境遇だけは似ていると言えるでしょう。
中身は全然違いますけどね。
「学習院では実力を示す意外に子爵家の人間には発言権はなく、相手の中に法衣とはいえ上位貴族の家の方がいれば、ポーニャ様には口を出す事はできなかったと言う訳ですか」
ユリア様の言葉に、私は頷く。
多分、私がもっと力があり、そして勇気があれば何とかなったかも知れませんでしたけど、当時の私にそこまでの心の強さはなかった。
領地のために力のある魔導士となりたいと夢を見てあの学習院に来たものの、直ぐに魔導士の実力の世界の現実の一端を見せられ、萎縮していた私には、虐めを止めるだなんて勇気のある行動はとても無理な話だった。
そして、あの時よりマシになったと思える今の心の強さも、ユゥーリィ様に出会った事が切っ掛け。
謂わばユゥーリィ様に戴いたようなもの。
私、自らが身につけたものではありません。
「ユゥーリィと一緒に鍛錬する様になってからは、すれ違いざまに足を引っ掛けようとしたり小突いたりなんて事は、見なくなったんだけどね」
「当時のユゥーリィは今よりも身体が小さかったのに、あんな虐めなんてして、何が面白いのか、意味が不明よ」
セレナーゼ様とラキア様が憤慨しながら言葉にした様に、確かにその頃から直接手を出す様な事は減った。
子爵家である人間が、もし当時庶民だったユゥーリィ様を守ろうとするのなら、その実力を周りに見せて目を光らせるしかない。
でも、ジュリエッタ様もセレナーゼ様とラキアラ様も、実技はともかく座学ではユゥーリィ様と取られている講座も時間も違いすぎたため、その力の盾が効いていたのはほんの僅かな時。
それ以外では、その分陰湿さが増してしまった。
誰かに取り入るのだけは上手い、卑怯な平民だと、無理矢理な口実をつけて。
「ヴォルフィード家のルメザヴィア様とお噂になった時が、一番酷かったですわね」
「げっ、マジ?」
「あいつら人が見ていないところで、今度顔を見たら威圧を掛けてやる」
「だいたい誰かは想像がつくけど、今更会う事なんて、もうないでしょうが」
当時、ルメザヴィア様は家名を隠し、コンフォード家の遠戚と触れ込みでしたが、ある程度社交に明るい者であれば、凡その素性はすぐに予想が付きますし、そうでなくとも立ち居振る舞いや、その身から溢れる気品からかなり高位の貴族の血縁者である事は簡単に想像が付いてしまう。
その上、勤勉で人柄も良く、おまけにお顔も良いとなれば、多くの女性の方の関心を引く事は仕方がない事。
そんなルメザヴィア様がユゥーリィ様を個人的にお茶をよくお誘いになり、熱い視線を送っているとなれば、ルメザヴィア様に強く関心をお持ちの御令嬢の方々にとっては、その様な事態は面白い訳がありません。
その結果、ユゥーリィ様への陰湿な虐めや悪評を撒かれる事が、一層、酷くなっってしまったのですが……。
「正直なところ、格の差を見せつけられていただけでした。
多くの方が、様々な手段でユゥーリィ様を虐めようとされていましたが、ユゥーリィ様には何一つ通用していませんでしたので」
「だよねぇ。
大型の野生動物どころか、一人で魔物を狩れるユゥーリィに真面な脅しなんて効く訳ないし」
「かと言って直接手を出す手段は、全身を覆う盾の魔法で無効化されていたから、インク処か、こっそり刃物で服を切り裂くなんて真似も無理だったものね。
あの時は流石に見かねて手を出そうとしたんだけど、結局ユゥーリィに視線で止められちゃったし。
今、思えば正解だったんだろうね。
結果的にユゥーリィが被害を受けていない以上、騒ぎを大きくしても私達やユゥーリィの立場を悪くするだけだった訳だし」
ユゥーリィ様は、常時盾の魔法を全身に何重にも覆われておられる上、身に着けられている服にも色々な仕掛けが施されている以上、普通の方がユゥーリィ様を傷つける事は出来ない状態。
かと言って、ユゥーリィ様の荷物に悪戯する事も、収納の魔法を持つユゥーリィ様が相手では不可能。
おまけに、よく使われる机や椅子に悪戯をされてあっても、十を数える間に魔法で何もなかったかのようにされてしまう上、他の方も使われるため、あまり頻繁にやる訳にもいかなかった。
中にはユゥーリィ様の収納の魔法をお持ちになっているのを逆手にとって、高価な私物の紛失事件を起こした者もいた様ですが……。
当時からユゥーリィ様はそれなりの金額を御自分でお稼ぎになっており、正直なところ、個人で自由に出来るお金としては、あの学習院の誰よりも持っておられたため、それこそ紛失騒ぎを起こした者が言うような物など、簡単に買えてしまえるだけの財力がある事を知っている学習院側も相手にしなかったくらいです。
「お茶会などに誘って貶める事を考えた方もいましたが、当時後援者であった書籍ギルド長より、その手のお誘いは全てお断りするように命じられていると言われれば、無理強いは出来ないのが実情でしたし」
国の認めたギルドの長は、伯爵相当の立場がと発言が許されているのもありますが、色々と秘密のある書籍ギルドの長は、法衣の公爵家の血縁者が持ち回りでなる慣習があるため、実質は公爵家相当に近いものがあり、その命令に逆らわさせられた等と噂をされる訳にはいかない。
「コンフォード家が裏に付いていると分かってからも、ユゥーリィに手を出す馬鹿がいたから、苦笑ぜざるを得なかったよね」
「そのコンフォード家のお膝元で、直接庇護しているユゥーリィに手を出すって、馬鹿なの? 潰されたいの? 死にたいのって? 寧ろ哀れみの目で見ていたわ」
「……なんて愚かな」
「勇気があると言うより、蛮行ですわね」
ルチア様やユリア様が呆れられるのも無理もありませんが、そう言う事をする可能性がある者だからこそ、あの学習院に入れられている方も多くいる訳でして。
だからなのでしょうね。当時のコンフォード家の当主であるドルク様の片腕とされるヨハン・コットウ様がユゥーリィ様に気を使い、呼び捨てを許す姿を何度も学習院の娯楽施設棟横の御茶席で目撃されており、ユゥーリィ様はともかくヨハン・コットウ様は、明らかのその姿を周りに見せるのが目的と言えるような言動でした。
『分かっているよな?』
そう言わんばかりに、周囲の人間に視線を流していましたから。
「そうなると、直接的な事は減りはしたのですが、今度は男の方を使ってユゥーリィ様を誑し込ませようとしたみたいですが……。
皆様も知っての通り、ユゥーリィ様は男性にはそう言う意味では興味が全くない方ですので、何も無しで終わってしまったようです」
「ああアレね。
結局、男連中でユゥーリィの人気が上がっただけだったよね。
普通に接する分には、明るくて聞き上手で話させ上手だし、ユゥーリィ、ああ言う時はあまり作り笑顔をしないから、周りの人間は、自然と力を抜けるんだよね」
「まぁ、それはそれで、逆にユゥーリィが男達を誑し込んでいると言う悪評が立ったけど、ある時を境に一度は減ったけど、結局は元に戻って増えていったって、ユゥーリィ、溜息ついていたよね。
講義の先生が来るまでの間の暇潰しならともかく、誘われるのが鬱陶しかったって」
「唆される男も男だけど、唆す令嬢も令嬢ね」
「女心を遊びで弄ぶだなんて、万死に値しますわ」
お酒の勢いもあるのでしょうけど、ルチニア様とユリア様の目が危険な輝きを含むようになったので、早く話を進めてしまいましょう。
このまま、この手の話で話題を止めるのは危険な気がします。
記憶を思い起こしてみれば、御二人とも男の方には良い思い出が無いような事を言っておられましたので、これは私の話の持って行き方の失敗と言えます。
「その後は、ユゥーリィ様が実力を見せる機会があり、叙爵された事も広まった事もあって、殆どの方は手を引かれたのですが」
「それでも、在りもしない噂話を広める輩はいたよね。
ユゥーリィが令嬢らしくないとか言うのは本当だけど、当主であるユゥーリィに貴族令嬢としての立場と振る舞いを求める方が、そもそも間違っているって言うのにね」
公の場において、高位貴族の家族よりも下位貴族の当主の方が立場が上となる以上、ある意味、ユゥーリィ様はあの学習院に通う子供達の中で最も立場が上だと言えた。
そしてユゥーリィ様は、そもそも爵位に興味が無く、その立場をひけらかす事はないため……。
「貴族の威光を掲げる事の無い奥ゆかしいい淑女。
勤勉で才媛誉れが高く、誰もが追随できないような実力のある魔導士であると同時に、古き血筋の方々が揃って目を掛ける魔導具師。
もし、そんな噂が飛び交うようになったら、ユゥーリィ様に表立ってちょっかいを掛けていた方々は、今後を思うと哀れですわね。
その自らの愚かな行いを、その後、社交界で囁かれるかも知れない訳ですから」
「自業自得と言えば自業自得なのでしょうけどね。
普通に接していれば問題なんて起きないのに、態々ちょっかいを掛ける方がおかしい」
「だよねぇ。
普通に考えたら幾ら才能があろうと、唯の平民がコネを使った所で学習院に通える訳がないから、才能がある程度で収まる訳がないのよね」
「その辺りが分かっている人達は、そもそも関わろうとしていなかったし、その辺りの観察力が無いと言うか、何も考えていないと言うか。
まぁ私達も、教官が訓練相手として呼ばれなかったら関わる気はなかったし。
うん、そう言う意味ではあの教官には心から感謝だよねぇ」
確かに、セレナーゼ様達と講義は違えど、先生には感謝しなければならないかもしれませんね。
火力至上主義で、表面上の魔法の運用方法しか教える事の出来ない先生でしたが、あそこ迄、徹底して実力を隠していたユゥーリィ様を認めなかった事に、ユゥーリィ様の従者になられたジュリエッタ様の御心を乱し。
その結果、ユゥーリィ様はジュリエッタ様の御心に応えるかのように、その秘めた実力の一端を表に出された時の事は、おそらくあの学習院が存続する限り語り継がれる事になるでしょう。
でも、私にとって衝撃だったのは、そんな力をひけらかす様な事ではありませんでした。
私の四大属性の内、【地】属性魔法しか持たない私に【地】属性魔法の可能性を見せてくださった事でもない。
周囲に何を言われようとも、ただ只管に自分の求める未来のために突き進む姿勢と、それを成せる心の強さです。
「貴族社会は確かに多くの味方を付け、人脈を築いてゆく事が大切です。
ですがそれ以上に必要なのは、自分自身を鍛え成長させておく事。
力がなければ、築いた人脈や味方も、時には牙を向けられる物でしかありません。
その一点において、ユゥーリィ様は、格の差を意識する事なく周りに示されました」
「ユゥーリィは、好きな事だけを、やっていただけだろうけどね」
「相手にする時間が勿体ないって言っていたし」
実際はそうなんでしょうけど、それでも彼処まで出来る様な、簡単なものではないと思いますよ。
「ああ、ユゥーリィ様、そう言う所ありますよね。
面倒な事は丸投げされますし」
「自分があまり興味のない物で、人が出来そうな事はどんどん投げてくるよね」
「ちゃんとフォローも入るから良いけど、求められる基準がおかしいのが、ちょっとね」
「家臣になる時に、『最低でも戦災級を単独で倒せるぐらいにはなってくださいね』ってどんな無茶振りよっ! って、本気で思ったわよ」
「しかも、それが出来ると信じて疑わない様な純真無垢な笑顔で言うから、反則だよね。
兄さんしっかりとあの笑顔に騙されているし」
えーと、私が『橋や護岸工事を一人で出来る様になりなさい』って言われたのは、もしかして本気だったのかしら?
いえ、そんな、まさか……ね?
うん、とりあえず、お酒を飲もう。
お酒が足りないから、嫌な予感が浮かんでしまうんだと思います。




