327.命の息吹が聞こえてきます。
繁殖の魔物達の二回目の産卵ラッシュも終わりを迎え、学習院生最後の夏期の長期休暇に入るまでの日を指折り数える頃、久しぶりの新作を持ってライラさんの書店に顔を店に来た。
無論、新作を持っているため、従者のジュリには内緒で一人でこっそりとね。
ライラさんのお腹の子は今のところ順調で、辛い悪阻もようやく治まり、落ち着きを取り戻したところみたい。
前回の時の悪阻対策や料理が、今回も役に立ってくれたと言うので、私としては、それだけでも嬉しかったりする。
「あら、今度は傭兵を舞台にした話なのね」
「ええ、紛争や魔物退治を生業とする人達の、男の友情物語です」
「はいはい、その言い訳は聞き飽きたけど、まぁ嘘ではないわね」
いえ、文章上は百パーセント果汁で友情物語ですよ。
ライラさんの目と頭がそう見せているだけです。
そう誘導しているのは、確かではありますけどね。
「以前より登場人物の幅が広がっているから、この辺りはゆうちゃんの貴族としての付き合いの幅の広がりのおかげなのかもね」
「貴族と言うより、魔導具師としての付き合いが殆どですけどね」
「……そう思っているの、多分、ゆうちゃんだけだと思うわよ」
「気のせいですよ」
王宮に出入りしているのだって、貴族の身分があるからこそではあっても、やっている事は魔導具師としてです。
先月も王城に行った用事の殆どは、地中熱を利用した空気調整器具の基礎工事でしたし。
流石にあれだけ大きな建物の中を循環させるには、巨大な地中熱交換機を何本も埋める必要があるし、魔導具を設置する建物も一つや二つではないため、何日も通う事になったのだけど、一番の理由はなんやかんやと幾つかの部屋までの設置工事や、動力でもある魔力を供給するための魔力伝達コードの接続までやらされた事にあるんですよね。
実際に動かしてみないと上手くいっているか分からない、と言うのは分かる話ではあるけど、それなら一部屋だけで良いのではと思うのに幾つもやらされてしまった。
流石に部屋で作業は送風放熱射ユニット部分の設置までだけで、そのカバーは別の人間が改めて作ってくださると言うので手間は省けてはいるんだけど。
と言うか、王城に相応しい外観の物を作れと言われても困るだけなので、私としてはその方が助かったとも言える。
その後は、私の後ろ盾になっている方々の家への基礎工事もあったので、それなりに忙しかったかな。
技術供与先であるコンフォード家公認の直接依頼ではあっても、金額は正規の物なので、ここ一ヶ月間の個人収益は凄い金額になっているけど、使い道のないお金など在って無いような物なので、半分感覚が麻痺してきている。
ただ、王城の仕事は、ほぼ税金は掛からない上に、今回は無理を言ったと言う理由で、その後続いた私の後ろ盾になってくださっている家の工事分も、税金をまけて下さると言ってくださったので、金銭感覚が麻痺してきた私はともかく、魔導具関係の収益の帳簿の計算をするジュリは悲鳴を上げていたかな。
『これとこれは、この税率で、これは従来で……。
あと、此方の部材は経費で計算できるけど、此方は取り寄せた物だから……ああ、面倒くさいですわっ!』
ジュリ、相変わらず数字に弱いですからね。
まぁ間違っていたら、容赦なく計算やり直しさせているので、そのうち嫌でも身につくでしょう。
それはともかくとして、ふとライラさんのお腹に目をやり、ついまた欲求が沸いてしまったので、素直に己が欲求のままに動く事にする。
「また、音を聞かせてもらえます?」
「ふふっ、良いわよ」
ドクン、とくん…。
とくん…、ドクン。
力強いライラさんの音に混じって、小さく、それでも力強く聞こえる音。
ライラさんの心のような暖かな体温と共に、命の育む音がしっかりと聞こえる。
前回は、この音を聞く事なく失ってしまった命だけど、今回はしっかりと聞く事ができた。
「ゆっくりで良いから、元気な顔を見せてねぇ〜」
今の時期では、まだ聞こえないと分かってはいても、お腹の中の赤ん坊に聞かせるかのように呟いてしまう。
早すぎて出てこないように、祈りながら。
前の子の分の命も繋ぐような、そんな元気な子になってほしいと想いを込めて、自然と口に出てしまう。
「ありがとう。
今度こそ、ゆうちゃんにこの子を抱いて貰わないとね」
「私は言うだけのお気楽な立場ですけどね」
「そうでも無いわよ。
私やお腹の中の子に勇気を与えてくれているもの」
「だと良いですけどね」
本当にその日が来る事が待ち遠しい。
でも、焦ったら駄目。
そんな焦った想いが、ライラさんのお腹の子まで焦らせたのかもしれないからね。
「そう言えば、今年は何処かに行くの?」
「今年は、ウチの子達の実家のある街を観光して終わりですね。
その代わり、別荘の方で比較的のんびりした夏を迎えようと思っています」
「ふーん、別荘ね。
前から時折、別荘の事は聞いていたけど、長閑な場所みたいね」
「ええ、長閑ですよ〜。
自然豊かと言うか、自然しかないような場所ですけど、いつかライラさん夫婦をお招き出来る日が来ると良いなぁとも思ってます」
「そう、その時は親子三人で楽しませてもらうわ」
何年先になるか分からないけど、そうなると本当にいいなと思う。
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「これが主人の空間移動の魔法ですか、確かに主人が馬車を要らないと言う気持ちも分かるような気がします」
夏期の長期休暇の初日、コンフォード領の隣の領内にあるカラッサの街。
その近くの街道まで、私達八人で空間移動した事に、初めて空間移動を体験した執事見習いのプシュケが感動の声を上げながら感想の言葉を述べてくれる。
私の白髪と違って、綺麗な輝きを持つ銀髪の彼女は、私より一つ上の年齢ではあるけど、少し浮世離れした雰囲気を持ち、黙っていれば氷の精霊で通りそうな容姿の持ち主……なんだけど、時折言動が過激なのが偶に傷なのよね。
普段はパンツルックの執事服を好んで着ているのだけど、今日はスカートタイプの執事服を着ているのは、私の指示によるもので、とてもよく似合っている。
ええ、私一人目立ってたまるものかと、細やかながらの抵抗。
何せ、本日の私の装いは、赤のハイウエストのロングスカートに透ける程極薄の生地を何層か重ねてゆったりと涼しげな、ブラウスに編み上げのロングブーツ。
それに幾つかの装飾品を身に纏わされ、一体いつの間に用意したのと思いつつも、ヒラヒラと袖の長い貴族の令嬢然としたドレスでない辺りは救われたと言える。
多分、それだと私が完全に拒絶すると分かっていて、私がギリギリ妥協する服装を用意したのだと思う。
今回は、貴族の当主としての役目があるから受け入れたけど、こんな派手で可愛い服は私の好みじゃないのよね。
「分かってくれてなによりだわ。
態々乗り心地の悪い馬車を使う意味がないし、見栄のためだけに持っているのもね。
必要ならば商会のを借りれば良いだけだし、貴族間の付き合いがほぼ無いウチでは、お客様を送迎する事もないから」
「乗り心地が悪いって、あれがですか?
主人が作られた馬車は、今や受注が多すぎて三年以上の待ち状態と聞いていますが」
「それは個人の感性の問題だから、思ってしまう事は仕方ない事よ」
ヴィーの実家であるヴォルフィード家に技術供与した前世の知識を取り入れた馬車は、確かに以前の物に比べて格段と乗り心地が良くなったし、ヴォルフィード家のお抱えの工房で更に改良が重ねられ、更に乗り心地が良くなっている。
だけど所詮は未舗装の場所を走る事を前提としているため、前世の乗り物を知っている私からしたら、まだまだ快適にはほぼ遠い物でしかない。
石畳の上は多少マシでも、それでも結構な振動があるし、そんな道はごく一部だけ。
せっかく陛下から、街中での空間移動の許可を得ているのだから、態々高い維持費を払ってまで欲しいとは思わない。
それに、歩くのは嫌いじゃないからね。
さて、初めての空間移動の魔法でやや興奮気味のプシュケは放っておいて、肝心のアドル達はと言うと……。
「貴方達、随分と暗い顔をしているわね?」
「……いや暗くもなるだろ」
「……どう聞いても観光なんて名目だしな」
「……親に挨拶されるって思うと、どうしてもね」
「……晒し者になる気分だもん」
まぁ、気持ちは分からない訳ではない。
前世でも教師の家庭訪問を喜ぶ子供は少ないからね。
四人の家に、四人の今後の保護者として顔を出されるのだから、そりゃあ気も重くはなるだろうと思う。
「あら、ちゃんと観光も楽しむわよ。
街の名所は勿論だけど、醤油の原料となる畑から、製造工場まで全部ね」
「俗に視察とも言いますわね」
「商談も含まれているから、仕事と割り切って、アドルさん達もそろそろ諦めて覚悟を決めたら如何ですか?」
ジュリとエリシィーが四人に止めを刺しているけど、止めない。
だって本当の事だし、せっかくの観光でもあるのだから暗い顔を何時迄もされたくはない。
せめてもの情けで、実家への訪問は初日にしてあげたんだから、エリシィーの言じゃないけど、いい加減に開き直って欲しい。
だいたい、そんな顔で護衛をしているなんて知ったら、怒鳴られかねないわよ。
アドル達は私の家臣になったのだから、向こうは怒鳴る権利はないけど、例え怒鳴ったとしても止める気はない。
怒鳴られるような、陰気な顔をしている方が悪いからね。
でもまぁそれが分からないほど、四人も子供ではないから、家に到着するまでは覚悟を決めるでしょ。
と、言いたいけど……。
「ところで、あの街の入り口近くで立っている貴族らしい三人組の年配の人達って?」
「「「「……知らないオッサンです」」」」
あ……、アンタ達ね。
この後に及んで、その抵抗は見苦しいわよ。
でもまさか私も、こんな街の入り口で待ち伏せされているとは思いもしなかったけどね。
はい、幾ら足が重くても足を進めようね。
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【そこそこの宿、猫の眼亭】
「ああー、終わった、終わった」
「だよなぁ、まぁ小さいユゥーリィに驚きはしてはいたけど」
「お父様達、比較的まともだったしね」
「……」
アドル達の御両親達と無事に挨拶をして、四人をきとんと責任持って預かるなどの話から、今までドルク様の所の商会員や、ウチの商会員を通してでしか商談をしていなかったため、改めて細かな部分の確認や訂正、及び新たな醤油の種類としてキエリーニ侯爵家の飛び領地で作る魚醤のお話の提案と契約の締結。
まぁ、どの家の屋敷で話し合いをするのかで、ギリギリ三家で揉めていたのは苦笑もので、何故か妙に平身低頭だった事の方が困ったかな。
私みたいな小娘に、大仰なので止めて欲しいと言ったのだけど、あまり意味がなかったみたい。
そんな感じで、かなり早い時間の夕食会も終えて、プシュケが前もって手配しておいた宿で一息を入れている所。
ええ、あんな早い時間に、あんなに量を出されたら、動けません。
あまり残すのも無礼かと思って頑張ったけど、結局は三分の一も食べれなかった。
流石は武道派系の方位貴族。
食事は体の資本なので、味はともかく量が多い多い。
「あとは、明日の視察さえすめば」
「残りの観光は顔を見ずに済むしな」
「何処かで知り合いに見られていると思うと、気を抜けないのは一緒だけどね」
「……」
ちなみに、アドル達の実家は会った当初は法衣貴族とは聞いていたけど、実際には荘園持ちの貴族。
大きな領地を持つ貴族や国から、領地のごく一部の管理を任される代わりに、国からの年金は少ない法衣貴族で、上手く経営すれば普通の年金よりよほど贅沢に暮らせれるし、荘園内の中においてはそれなりの権力があるので、国は法衣貴族への年金予算を減らせて、広大な領地を持つ貴族は、税収が少し少なくなるものの、管理を任せられるため双方に利点のある制度。
でも、荘園の経営が上手くいかないと、収入は低くなるわ、領地を持っている貴族からの視線は冷たくなるわ、管理地の民からの不満で突き上げられるわと大変になる。
そう言う事を防ぐために、商会を建てて商売に励む法衣貴族もあるのだけど、それが上手くいくとは限らない訳で。
つまりアドル達の実家は、短冊状に続いている荘園を任された法衣貴族で、双方共に上手くいっていない例だったりする。
そんな土地に、醤油の原料である大豆や小麦などの作付けや、醤油の工場を建てる話を飲ませていた辺り、ドルク様やヨハンさんは、いったい何時から四人に目を付けて動いていたのかと疑問に思ってしまう。
まず間違いなく、最低でも四人が家臣になる話が出る半年以上も前から動いている事になりますからね。
偶然と話してはいたけど、そんな話を信じる人間は、まずいない。
「でも、セレナの所には吃驚だったよな」
「姉妹全員揃ったのって、何年ぶりかじゃない?」
「馬鹿お兄に、阿呆アドルっ」
「ちっとも、良い話じゃないわよっ!」
まぁ何か向こうで口喧嘩が始まったけど、巻き込まれたくはないから暫くは放置。
四人とも、ジュリに実力行使されないウチに止めるのよ〜。
でもセレナが、今、最も話題にして欲しくない事を、迂闊に口にしたアドルとギモルが悪いので、まぁ一方的で終わりになるだろうけどね。
セレナの実家であるアーベル家は七人兄妹で、嫡子である長男と次男、セレナを含めた四人姉妹。
そして生まれたばかりの三男と言う家族構成なのだけど、……いやぁ、セレナのお母様、若いですねぇ。
実年齢ではなく、あの歳で子を生む辺りが。
そして、少し歳の離れた嫁に行ったはずの姉三人は、何故か実家に戻っており、上の姉二人は、私に挨拶をするために態々戻って来たようで、セレナのすぐ上の三番目の姉は正真正銘の出戻りらしい。
話を聞くに、セレナのお姉様達の嫁入り先が、力関係的に圧倒的に向こうが上だったらしいのだけど、セレナが私の家臣になってアーベル家と私が縁を持った事で、三家共同の商会が立ち直り、力関係が逆転して生活が激変したらしい。
「そりゃあ、お姉様達が虐げられていた生活から脱せれたと言うのは、喜ばしい話よ。
でもね、すぐ暴力を振るう夫を、手加減しながらも力付くで黙らせたら被虐趣味に目覚めたとか。
浮気癖のある夫を監禁し調教したら、浮気しなくなったものの、必要以上に依存するようになったとか、夜の生々しい話まで実の姉から聞された私の気持ちくらい察しなさいってのっ!」
うん、セレナが何かキレてるけど、まぁあの調子なら言いたい事を言ったら、落ち着くだろうね。
二人には気の毒だけど、多分あと半刻程だと思うから、少しは反省して欲しい。
何を考えているのか、プシュケが宿を借り切っていたから、幾ら騒ごうと関係ないのは不幸中の幸いなのだろう。
どうりで聞いていた値段の割には、見た目がと思ったらそう言う事だった。
プシュケの事だから、高級な貴族専用の宿を手配したのかと思ったけど、こう言う宿を選ぶ辺り、私の趣味を理解してくれてありがたい事ではあるけど、貸し切りは遣り過ぎなので、旅行から帰ったら注意かな。
「しかも下のお姉様なんて、まだ小さな子供を連れて離婚って、世間の目を考えたら、もう絶対縁談なんて来ないに決まっているじゃない」
「いや、まぁそうなんだけどな、でも相手の男色癖と、その相手が実の弟だとバラされたくなければとか」
「子供が成人するまで黙って従えと脅したと言うのも、なかなか豪胆な話だと思うぞ、さすがはセレナの姉だなぁと感心したくらいだし」
「……し〜らない」
更に火に油を注いだ二人を余所目にラキアは離脱する事を決意し、此方に側に逃げてくる。
うん、もう半刻ほど延長かな。
あっプシュケ、巻き込まれないように気をつけながら、セレナに冷たいお茶でも持っていってあげて、たぶん喉が乾くだろうからさ。
この際、鬱憤を吐きださせておくのも、主人としての務めだろうし、あの状態では、アドル達を庇う気などとてもおきない。
とりあえずセレナのすぐ上の姉は、まだ乳飲み子を脱したばかりの小さな子を連れて、実家に戻って来たみたい。
理由は、愛のない夫との子供ではあっても、やはりお腹を痛めて産んだ子供は可愛いのだけど、実の弟と普段から乱れた生活を送っている家には、子供の教育上とても置いておけないと、実家との力関係が逆転をしたのを機に離婚を決意。
社交界で旦那さんと義弟との関係をバラされたくなければ、成人するまで一切子供には構うなと脅し、養育費と慰謝料をガッポリと戴いてきたみたい。
先方の家の人間も、以前のままでは薄々は不味いと思っていたみたいで、成人したら男爵家に子供を戻す事を条件に、周囲が男爵自身を説得したらしい。
そう言う訳で、普通に貴族社会で考えたら、セレナのすぐ上の姉は、子爵家の三女で子持ちとなれば、再婚の芽はまず無い訳で、普通の感覚を持つセレナとしては嘆くのも分かる話。
「そう言えば、ジュリもエリシィーもこういう話好きじゃなかったっけ?」
「現実の話なんて、どうでもいいですわ」
「ええ、現実の男なんて、屑だって再認識しただけ」
しかし、話を聞けば聞くほど、セレナのお姉さん達の旦那さんは、よくもそんな相手ばかり見つけて来たなぁと言うような、問題のある相手ばかりだったみたい……と言うか現在進行形で問題のある相手ばかりか。
まぁ当人達は、それなりに幸せにはなったみたいなので、その事にどうこうは言わないけどね。
とりあえず小説のネタにするには、少々引く話ばかりなので、私も参考にはならないと判断。
脇役の背景設定か、ネタくらいがせいぜいかな。




