328.醤油は神の雫です。そして養子を取ります。
「原料となる豆や小麦は、貴族向けの物と一般向けと畑も、管理も分けており、貴族向けの方は堆肥も手間も多く掛けています」
見せて貰った大豆は、明らかに見た目からして違う。
片方は比較的小粒で形や大きさも不揃いだし色味もバラバラ。
もう一方は全体的に大粒で、粒も揃っており色艶も良い。
その中で悪い方でも比較的良いものと、良い方を適当に選んだ物を数粒ずつ結界で包みコップ魔法で水に浸け、力場魔法と水魔法で、乾燥した大豆の細胞に水分が行き渡るようなイメージをしてから、圧力を掛けながら沸騰。
手間暇かけた調理方法に比べたら、美味しくはないけど、豆の素性を見るだけなら、これで十分。
うん、確かに甘味や味の深みが明らかに違う。
貴族向けの物はウチのところで使っている物より良い豆なので、次回の作付けから、ウチのお店用にも作ってもらおうかな。
飼料用ではなく、人が食べる事を前提にした大豆は、私の領地で適当に育てている物以外では、まだこの荘園ぐらいだろうし、逸早く食用の大豆の栽培を始めた、この土地で更に選定された豆が、種として広がってゆくと思う。
「「「……」」」
「ん? どういたしましたか?」
「い、いえ」
「少々驚きまして」
「話には聞いていたのですが、実際に目にすると」
何故か目を見開いて驚いているアドル達のお父様方に、首を傾げてしまう。
別に、魔法を見るのが初めてではないだろうし、原料の味見なんてごく普通の事だと思うけど。
まぁ貴族だと、そういった事は全て任せたと言う家も多いだろうから、もしかするとそれが珍しいのかもしれない。
「っ、次に工場の方へ御案内します」
最初はドルク様の商会の出資で建てられ、私の商会になり、現在は三家が共同経営している商会が醤油の製造と管理を行っている。
建物は大きく分けて五つあり、原料の貯蔵庫。
原料である大豆を煮たり、小麦を煎ったり、出来上がった醤油を殺菌するための火入れを行うため、延焼防止も兼ねた石造りの頑丈な建物。
麹菌などを繁殖させたり発酵させたりするための建物。
そして人が何人も入るような大樽が並ぶ発酵小屋。
出来上がった醤油を瓶詰めして保管しておく倉庫。
「現在は、発酵期間が一年未満の物が殆どですが、御提案された三年間発酵させる物も試作に入っています」
「他にも小さな樽で、原料の処理方法や、発酵の仕方などを変えた物を幾つか」
「より良い物を作るためには、研究は欠かせないと言う指示のもと、色々試しております」
それはなにより。
私が作ったのは所詮は素人の手作り醤油の域は出ないので、是非とも美味しい醤油を作って欲しい。
そして、もう一つ、案内して貰ったのが建築中の石造りの頑丈な建物で、屋根までは一応できているので、問題はなさそう。
そこに収納の魔法から、大型の圧力釜や魔導竃の窯を取り出し設置する。
大豆は薪で炊き上げるのもそなりに風味は良いけど、蒸し上げた方が分解しやすく旨味が出やすい事が分かったので、新たな製法として作って来た。
無論、中を取り出しやすいように、一定角度の回転機能付き。
取扱説明用の書類も取り出し口頭でも説明するのだけど……、あの、聞いています?
口をあんぐりと開いているようですけど。
「では今後とも、どうか宜しくお願いいたします」
「いえいえ、此方こそ、何か御要望があれば全力で対応させていただきます」
「子供達は、自由に扱き使ってやってください」
「お前達、分かってはいると思うが、命を掛けてでもお守りするんだぞ」
あの、そこは命を掛けて貰いたくはないです。
むしろ守りたいのは私で、私に出来ない事をやってもらうので、命優先でお願いします。
とりあえず今突っ込んでも無駄なので、心の中で突っ込んでおく。
それにしても、なんで此処まで平身低頭なのかと思うけど、う〜〜ん、今度ヨハンさんに聞いてみよ。
絶対に何か余計な事を言い含めているはずだもの。
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【商会、女神の翼】
滞在日数三日の小旅行。
この世界の泊まりがけの貴族の旅行としては、かなり短い夏休みの旅行ではあるけど、移動時間がほぼゼロなので十分に楽しめた。
極端な話、空間移動の魔法を駆使すれば、宿すら必要ないのだけど、そこはそこ、旅行気分を満喫するためには必要な存在。
稼いでいますから、それくらいの贅沢は許されて欲しい。
まぁ、宿の貸し切りに関しては、プシュケには厳重注意を与えておいたけどね。
はいはい、捨てたり放り出したりしないから、涙目にならないの。
彼処までやりたいなら、せめて一声掛けて頂戴と言っているだけでしょう。
と言うのが昨日までのやり取りで……。
「お嬢さんが居心地が悪い思いをしたのは想像がつきますが、向こうからしたら、そうして当然でしょう。
寄親の寄親の寄親であるコンフォード家だけでなく、国からの使者からもよしなにするように言われている上、実際、あの三家と荘園の経済状況を一転させたのは、全てお嬢さんの関係ばかりですからね」
「そんな大袈裟な」
「そうですか?
飼料でしかなかった大豆に価値を見出したのも、その大豆を使った商品を開発したのもお嬢さんですし、醤油と味噌いう素晴らしい調味料の製法と販売の権利をあの三家の商会に委任したのもお嬢さんです」
「そう仕組んだのはヨハンさん達だと思うのですが」
「いえいえ、私は商売人として、お金になる事をお嬢さんの許可の下で動かさせて戴いただけです。
あの三家の荘園を選んだのも、立地条件だけでなく、経済状況から此方の言いなりに近い条件でやれると見込んだからですし、実際、金さえ出せばその通りに迅速に動いてくれましたからね。
商才はあまり無いですか、あの三家は武官系貴族だけあって真面目で良心的です。
更に一族揃って腕力があり、それを治安に活かしているため、三家の地元ならば製法の機密もしっかりと守る事が出来る。
三家で問題になった件は、いずれも遠方の地での出来事でしたから、お嬢さんにとって役に立つ家だと言う事を理由があるならば、上からすれば無理に罰する必要もないと考えるのもあり得た話です」
「アドルさん達の実家を選んだ理由は、それだけでは無いですよね?」
「さぁ、何の事でしょうか。
それに誤解があるようですが、三家の問題になった件では、私は一切関わっていませんよ。
全てヨハネス様と陛下の手の者が行った事です」
うん、絶対嘘だ。
いえ、正確には嘘では無いけど、本当では無いだけ。
おそらく主だったシナリオを書いたのは、目の前のヨハンさんに違いない。
実際に指示をしたのも、動いたのも別の人間と言うだけで、ヨハンさんはそのための情報を収集したり、調整をした程度といったところだと思う。
直接、関わってはいない、多分それだけの事。
はぁ……、やり方には思うところがあるけど、結局は私はそれに助けられているのだから、文句は言えない。
「それと例の話ですが、決着がつきました。
恐らく冬までには先方に知られる事になるでしょうが、後の祭りですね。
嫡子と言っても先妻の子で、後妻との間に男児が生まれたため、もはや用無しなのでしょう。
あっさりと養子の話に喰いつきましたよ。
向こうからしたら、邪魔な先妻の子で景気の良い伯爵家と縁を持てるのならと、将来の当主の従者候補としてね」
「……無理やり取り上げておいて、それは無いと思うんですけどね」
「まぁ、貴族の半数はそんな物ですよ、子供など家との繋がりと面子のための道具としか思っていない家が多いです。
せめて、そこに愛情があれば話は別なのですが、特権階級である事に毒されて、大切な物を忘れている事には、私も貴族の端くれながら、今回の話には呆れ果てていますよ」
そう言う意味では、私もアドルさん達も幸せなのだろう。
色々と苦労はしたけど、それでも両親から愛情を注いで育てていただけた。
目の前のヨハンさんも、時折実家の悪口は言ってはいるけど、それでも家族として愛している事は伺えれているので、今回の養子縁組の話には思うところがあるのだと思う。
「手続きが完了後、伯爵家で一月過ごした後、カリオストル公爵家に同条件で養子として迎え、そして其処で一月過ごさせ、先日、最終的にルチニア・メルローズの養子として手続きが完了いたしました。
これが正式な書類です」
「先ほど会ってきましたが、これでルチアさんは、私の正式な家臣になったと言う訳ですか」
「ええ、一緒に仕事をしてきたお嬢さんとしては、こう言う事になった事は不満でしょうが、それが彼女の希望でもありましたからね。
それに、お嬢さんとしては、あの地に滞在させておける信頼のある魔導士が必要だと納得はされているのでしょう?
そう言う点ではメルローズ嬢は正に理想ですよ。
彼女からしたら、大切な子供を取り戻し、家からの余計な横槍のない土地で、母子として一緒に暮らせる。
お嬢さんを一切裏切らないと言う、陛下や教会との誓約書にも躊躇なく署名したほどです。
裏切ればメルローズ嬢だけでなく、愛しい子まで命はない訳ですから、彼女からしたら、裏切る事など最初から選択肢にないのでしょう。
それだけの決意と覚悟を持って、お嬢さんの家臣として生きる事を選んだのです。
お嬢さんは、ただ、その想いを汲んであげれば良いだけかと」
陛下から、この話を聞かされた時は、本当に頭の痛い話だった。
確かに国にとっても重大な研究をしているあの地を、普段は放りっぱなしにしている危険性は認識はしていたけど、逆に認識していたからこそ、ああ言う人が入り込まないような僻地を選んだ訳だし、手間暇かけて周辺の危険な生物も狩り尽くしたりもした。
でも絶対ではないし、常駐し監視できる人間がいる事に越した事はないと言う陛下の言葉も理解はできる。
ただ、私にはそれだけの人手がないから、放置しておくしかなかっただけで、陛下はそこを突いてきた。
『もし彼処の施設に何かが起こり、計画が大きく後退した場合、君に責任が取れる?
此処まで話が大きくなっているのに、たかが子爵で、社交界で発言力のない君が、出来る安全策をとっていない状態で、繁殖槽が周囲の魔物の領域から入り込んだ魔物に破壊されるなんて事が起きたら、どう言い訳するのか今から楽しみだなぁ』
ええ、どこからどう聞いても立派な脅しですよ。
いえ、危機管理意識としては、当然の事ではあるんですけどね。
だからと言って、無理やり彼女を雇えと脅すのは、普通はないと思うのだけど。
結局、以前からのルチアさん自身の希望もあり、後顧の憂いを無くした状態ならと言う事で、受け入れる事になってしまった。
『後顧の憂いね。
なんなら、相手の家を適当な罪を擦り付けて、一族諸共断絶するけど?』
『やめてくださいっ!』
おまけにこんな事まで言われたら、頷くしか無い訳で。
とにかくこれで、ルチアさんが産んだ子は、正式にルチアさんの下に戻ってきたし、相手の家は文句を言おうにも、言うべき相手の所には行けない上、当初の約束どおり新興貴族である、シンフェリア家の当主の従者候補として育てられる訳なので、嘘は言っていないため裁判も起こされても、勝てる自信がある。
一方、ルチアさん自身は、一度コンフォード家の遠縁の貴族であるレギット家の養女として籍をおいて、貴族籍のまま縁切りの手続きをしたので、書類上、ルチアさんは天涯孤独の身になっているため、実家からは何かを言う権利がない。
逆に言うと私が後見人として拾わないと、今まで実家に籍がある事で貰えていた貴族年金を貰う権利を消失してしまうとまで陛下に言われたらね。
そして私の事情に巻き込まれてしまった、当の本人であるルチアさんはと言うと……。
『元夫を確かに愛しましたし、心も身体も注ぎましたよ。
でも、私が怪我をして以前のように働けなくなったら、あんなにあっさり捨てられましたからね。
最初はそれでも想いは残っていましたけど、もう愛情の欠片もありません。
しかも私の子を大切に次期当主として育てると言っておきながら、こうも簡単に養子に出すなんて、今や恨み辛みの言葉と想いしかありませんね。
そう言う意味では、私の実家も同罪です』
ルチアさんとしては、私と仕事をした事で、それなりの貯蓄が出来た上に、フリーズドライの研究で、二十年近くは一定以上の収入が約束されているから、子供を育てる事に何ら不安はないらしい。
そもそもあの地にいたら、お金なんて関係ないので、ルチアさんからしたら、お金が更に貯まる一方になるだろうからね。
肝心のルチアさんの子供はまだ四歳なので、当分は母娘だけでも問題ないし、本格的な教育が必要になる頃は、あの地の機密性は薄まる訳だから、誰かと交代しながらでも常駐出来る様になるだろうと言う目論見もある。
必要な物は幾らでも用意するし、連絡用にFAXの魔導具を置く事も陛下が許可してくれたので、その件に関しては陛下に感謝の言葉しかない。
「実際、この話が出て、彼女はかなり張り切っていましたからね」
「ええ、鬼気迫るものを感じました」
「それだけ、彼女が必死望んだ事だと取れませんか?」
「そこは、もう十分に理解しているつもりです」
ただ、知り合いがどんどん私の家臣になってゆく事に、心の整理が落ち着かないだけで、私自身はルチアさんをシンフェリア家の新たな家族として迎え入れる事には、一応は納得しているし、そのための準備もしている。
「何時から彼方へ?」
「早速、明日から二人を連れてゆきます。
慣れるのなら、一日でも早い方が良いでしょうしね」




