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私、お嫁になんていきません【1000万PV突破】  作者: 歌○
第三章 〜新米当主編〜
325/1141

325.大陸の暴君、もう二度と会いたくありません、悪夢です。





 フキ~♪

 ウワバミソウ~♪

 イワタバコ~♪

 ヤマモモ~♪

 ヤマグワ~♪

 シソはいっぱい採っちゃうぞ~♪

 ついでにキイチゴも〜♪


「あっジュリ、今、採ったの、キイチゴでも無茶苦茶苦い奴だからね」

「えっ!?」


 人が見ている前で、ジュリがダウトをしてくれたので、一度休憩を兼ねて籠の中をチェック。

 今日は恒例の採取メインの山歩き。

 大自然に囲まれて余暇を過ごして、心も身体もお腹もリフレッシュ。

 一応、此処も魔物の領域だけど、こっちの方が通常の領域の物より種類も豊富な上、美味しいんだよね〜。

 当然ながら、人間が食べれないのも比例して多い訳で、……ジュリ、もう少し観察力と、山菜やキノコの勉強をしようか。

 食べちゃ駄目な物は地面に魔法で空けた穴に捨てて、少し軽くなった籠をジュリに返却した後、収納の魔法から冷たい飲み物と果物を取り出して、ジュリにも渡す。

 適当なおしゃべりしていると、またもやジュリが先日の事を言い出すから困った。


「別に良いじゃない、膝枕ぐらい。

 どうせあと一、二年で恥ずかしがって言わなくなるわよ」

「いいえ、逆に言い出すと思いますわ」


 先日のジュリの誕生会でジュリの実家にいた時、ベル君と偶にやっていた賭け斗腕(アームレスリング)で、とうとう負けちゃったんだよね。

 魔法を使えばともかく、素の私は腕力は貧弱とはいえ、流石に九歳の男の子に負けたのはショックだったけど、まぁ負けは負け。

 今まで、ベル君に女装させたり化粧を施してみたりと遣りたい放題だったから、何を遣らされるかなぁと思っていたら、可愛らしく膝枕だったので、喜んで膝枕をして上げましたよ。ついでに耳掃除もね。

 此方の世界には耳掃除をする習慣がないので、最初は吃驚していたけど、気持ち良さそうにしていたので、こっちもその様子が可愛かったのでWIN・WINです。

 むろん、ジュリやエリシィーの可愛さとは比べ物にはならないですけどね。


「そもそも、私がジュリに膝枕をしていると、バラしたジュリにも問題があったと思うけど」

「ゔっ」


 そりゃあ目の前で、そんな事を言われたら、ベル君だって興味を持つと思うよ。

 さて、ジュリがヤキモチを焼いているのは私に対してなのか、それともベル君に対してなのかは気になるけど、多分突っ込んだら、顔を真っ赤にして怒るんだろうなぁ。

 怒るジュリも可愛いから見たいけど、後が厄介なので止めておく。

 平和が一番。

 態々厄介ごとにして怒らせる必要もないからね。

 さてと、水分も甘い物もジュリ成分も補給したし、もう少しだけ採って………。


「ジュリ、荷物を片付けてっ!」

「っ!」


 それだけで、何事かが有ったと察してくれたジュリは籠と鎌を私に渡し、同時に私が収納の魔法から出した背負子に腰かけてくれる。

 この時点で急遽な撤収ではない、と何も言わなくても分かってくれている。

 この背負子も最初の頃とは違い、自分でベルトの脱着が出来るタイプなので、おかげで無駄な時間を掛ける事なく、直ぐに次の行動に移す事ができる。

 ジュリを背負いながらも、ブロック魔法と身体強化の魔法を駆使して、山道を馬が駆けるよりも早く駆けるのは、ジュリではまだ瞬間的に足元に結界を張りながら全力疾走をするのは無理だし、長距離はジュリの魔力容量的に厳しいから。

 非常事態なら、なるべく魔力を温存しておかないと、と言う事からの判断の下。


「また、誰かが迷い込んでますの?」

「みたいね」


 空間探知の魔法で、数キロ先に移る六つの反応。

 魔物の領域近くでは偶にあるのだけど、此処まで奥に入った所では珍しく、とにかく探知の魔法の反応から五つは人間の物で、もう一つは魔物のもの。

 どうやら追われているみたいだし、その先に人間の集団の反応は無いから、魔物を引っ張って行く囮役と言う可能性はない。

 ……でも、この反応の強さ。


「ジュリ、人影は五つ、駄目そうならすぐ逃げるから。

 間に合いそうでも、助かりそうな人だけを回収したら、直ぐに撤収。

 必要なら空間移動の魔法も使うわ」

「……っ!」


 碌な説明をしなくても、ジュリにはこれで十分通用したみたい、流石は相棒ね。

 でも、そんなのんきな事を言っていられるのも今の内。

 弓矢(ボウガン)の薬室に魔法石の弾丸を詰め込み、魔導具の矢を装填し直しておく。

 幸い魔物はそれほど足の速い奴ではないらしく、五人はなんとか逃げてはいるけど、このままでは、……たぶん追いつかれる。

 魔物の体力は人間の比じゃないからね。


「もうすぐジュリも感じると思うだろうけど、相手はおそらく災害級かそれ以上だから【威 圧】を纏っておいて」


 もし、相手が【咆 哮】持ちなら、結界を強く張るか【威 圧】を纏っておかなければ、よほどの胆力の持ち主でない限り、即座に行動不能に陥られてしまう。

 それに【威 圧】を纏っていれば、更に高位の魔物が持つ【圧 力】(プレッシャー)にも対抗できるからね。

 あと念のために、群青半獅半鷲(ブルー・グリフォン)の爪を仕込んだ穂先と強化型の魔力伝達コードを使用した鞭と、結界浮遊楯ファンネルも出しておくけど、そろそろ見えても良い頃なんだけど。

 あっ、見えた。


「……最悪ね」


 角熊の最上位種。

 よりにもよって大災害級の魔物の姿に、なんでこんな浅い領域に居るのっ、と悲鳴を上げたくなる。

 とにかく、ヴィー達の時より比べ物にならない相手と言える。

 図鑑でしか見た事は無いけど、図鑑に載る魔物の情報からしても、角狼(コルファー)の群れ数百頭の方が余程マシだと思える相手。


「あ、…あれって、なんとかなりますの?」

「相手にはしたくはないわね」


 もうハッキリと視認できる距離まで近づき、遠くからでも分かる程の強い魔力の感触に、ジュリの顔が蒼白になっていると思うけど、生憎と顔色までは背負っているので分からない。

 でも、かなり緊張しているのは、背中越しにはっきりと感じ取れる。

 逃げている人は冒険者らしき男女…バカっ 転けるなっ!


「ジュリっ!」

「了解しましたわっ!」


 合図と共に背中から飛び降りるジュリ。

 同時に背負子はもったいないけど、邪魔になるので、この場に放棄。

 そんな事を言っている場合じゃないからね。


 魔導具の鞭と化した強化型魔力伝達コードを二本放ち、同時に矢を一本射る。

 私が注意を引いている間に、転けたまま魔物に追いつかれそうになっている人をジュリが回収する手筈。

 だけど……。


 ガガッガッ!


 私の攻撃は確かに当たったものの、なんらダメージを与えてはいない様子。

 ちっ! やっぱり図鑑どおりかっ!

 でも注意は引けたみたい。

 一瞬足を止めた魔物の前に出れた私に、転んだ冒険者である女性を助け起こすために駆けつけているジュリ。

 もう少し時間稼ぎをする必要はあるわね。

 だけど魔物としては、やっと追い着こうとした獲物を、私達に横取りされそうになっている事に腹を立てのだろう。

 大きく息を吸い込む動作を見せ。

 やばっ!


「ぐおぉぉぉーーーーーーーっ!!」


 【咆 哮】の発動の予備動作に、咄嗟に追加の結界を張って身構える

 その強大な魔力を込めた叫び声に、聞く者を恐怖に陥れ立ち尽くさせる、上位の魔物が持つ事がある固有スキル。

 私とジュリは【威 圧】を纏っている上に、保険の結界が間に合ったけど、冒険者達は全員、今ので腰を抜かしているみたい。

 見捨てて撤退するか?

 そんな確認と思考が余分だったのだろう。

 角熊の最上位種のまさかの攻撃に、一瞬反応が遅れてしまう。


「ぐぅぉおっ!」

 ががっ!


 角熊としては小柄な体格であるけど、四メートルを超える巨躯から繰り出される腕を使って、勢いよく地面を抉り土礫を放ってくるとは思いもしなかった。


 がっ。


 結界を大きくするのが間に合わずに、結界の端から出ていた弓矢(ボウガン)に土と一緒に大量に含まれていた石が当たり、取り落としてしまう。


「きゃっ」


 そして不幸な事は続くのか、その中でも大きな石が、転けた人を助け起こすために背中を向けていたジュリを直撃。

 それほど大きな石でもなかったけど、打ちどころが悪かったのかジュリの反応がない。


 結界浮遊楯ファンネルの魔導具を前に展開しながら、ジュリのいる方向に跳んで後退。

 同時に家程もある巨大な水球を魔法で発生させ、魔物に当たると同時に凍結!

 弓矢(ボウガン)や魔銃程速射性はないけど、私自身が放つ魔法の分、強力な威力を持つ攻撃。

 ジュリは、胸の動きはあるから気を失っているだけ?

 血が滲んでくる様子はないから、当たりどころが悪かったみたいね。

 一瞬だけ、手を触れた隙に治癒魔法は発動させるけど、意識だけは魔法ではどうしようもないし、じっくりと治癒魔法を掛けている暇はない!


 ガゴッ!


 巨大な氷塊がアッサリと砕け散り、そこからなんらダメージを受けた気配もない魔物の姿に呆れ果てる。

 やっぱり魔法は効かないか、おまけに本当に頑丈ねっ!


 魔物:黄血金眼角熊(ブラッティー・ベア)


 体長は四、五メートル程の角熊の最上位種で、大災害級と言われる魔物。

 動きの速さはそれほどではなく、巨大な膂力を有してはいても、あくまで素手による攻撃のため、攻撃力だけを見れば戦災級程度だと言われてはいるけど、討伐となると一気に危険度が跳ね上がる相手。

 なにせ角熊の中で頑強さに特化した種であり、その頑強さは抗魔力にまで及び、洒落にならないレベル。

 魔法による攻撃が、ほぼ効かないチート能力を持つ魔物。

 しかも、私がこっそり極限まで圧縮した爆裂火球魔法(エクスプロート)を振るった爪で無効化したあたり、何処かの変態残念M王子の目と同じらしく、魔力の流れが見える魔力眼と、魔力そのものを無効化する爪か。

 黄色い巨大な熊なのに、まるで血のような真っ赤な丈の短いベストを着ているかの様に見える模様に、僅かに知性を感じさせる金色の瞳。

 言葉の羅列だけなら、前世のクマの●ーさんを彷彿させるんだけど、リアルプ●さんなんて怖いだけね。

 おまけに、こうして獲物を追いかけて食した場所を中心をしばらく縄張りにして、周りの動物や魔物を追い出す所から、大陸の暴君とも言われているみたい。


「まったく、相性としては最悪ね。

 しかも、逃げれないなんて、今日の運勢は大凶ね」


 過去、街にまで降りてきてしまった時は、討伐するのに魔法攻撃が効かないため、只管に犠牲を出しながらも頑強な皮膚を少しずつ傷つけ、なんとか倒した頃には数千を超える犠牲者と、その十倍を超える負傷者が出たと言うのは有名な話らしい。

 多分、自分が絶対者だと言う事を、魔物も分かっているんでしょうね。

 余裕じみた顔でゆっくりと近づいてくる姿に、人間だったらモテないだろうなぁと、どうでも良い事が脳裏に浮かんだけど、こうなったら、やれる所まで我慢比べの脳筋戦法しかないか。

 なにせ虹色双頭巨亀(エメラルド・タートル)時のように巨大な落とし穴を作ったりしても、魔力眼で見破られてしまうのは、予想以上に知恵を持っているのと、極小まで圧縮した爆裂火球魔法(エクスプロート)を無効化された事で明白だからね。

 とりあえず結界浮遊楯ファンネルを三つ一組で人一人を隠すくらいの結界を張らせ、気絶しているジュリや、【咆 哮】をモロに食い地面に座り込んで思考が止まっている冒険者達の前に展開。

 数が少なくて足りないため、近くにいる人優先なのは勘弁してほしい。

 こんな奴に狙われた事自体が不幸なんだから。


「さて、やりますか」


 別にその間、角熊の魔物は黙って待っていた訳じゃないし、私も魔物から目を離していた訳じゃない。

 魔物は単純に、自分を邪魔する事ができる存在に注意していただけ。

 そして私は、魔物の注意を引くだけの仕込みをしていただけだ。

 結界浮遊楯(ファンネル)はこれからやる事を、心置きなくやるためのおまけの作業。

 ぼこっ、ぼこっ、と音を立てながら、空中に浮かび上がる巨大な土塊は、私の力場(フィールド)魔法の圧力によって凝縮され岩塊となり、周囲一帯に次々と浮かび上がってゆく。

 魔力の紐で繋がれた岩塊が、私の意思によって魔物を上空から襲い掛かる。


 どごごごご!!

「ぐぉぉぉーーっ!」


 だけど、流石は大陸の暴君。

 二本の足で巨大な体を支えながら立ち上がり、次々と岩塊をその巨大な腕で振り払い、砕き、弾いてゆく。

 周りにはその岩塊の破片が飛び散るけど、そんな事は関係ない。

 私は次々と岩塊を作っては空高くに上げて、落下速度の勢いを利用して魔物に打つける事に意識を集中させる。

 魔物も分かっているんだ。

 幾ら魔法が効かない肉体を持とうとも、純粋な物理攻撃と化した岩塊の攻撃をまともに受け続けたら倒されかねない事を。

 現に払い損ねて何発か掠ったりする度に、苦痛の表情を見せる。


 どごっどがっがきっ!

「……………………っ!」


 声にならない咆哮をあげながら、岩塊を払い続ける魔物。

 一方的な攻防といえども、私は焦りを感じる。

 時折巨大な氷塊を打つけてはいるけど、私が岩塊を【土】属性魔法で土を起こして力場(フィールド)魔法で作っているのは、比重が水よりも土の方が重いため。

 そして氷塊は、水を呼び出してから凍らせる必要があるけど、土はこの場にある分、生成速度が早いからこそ。

 でも、この攻撃を続けるには決定的な欠点がある。

 既に私の後方にある地面の土砂は大方使い切り、これ以上作り続けていては、足場の土が崩れる危険がある。

 かと言って、私の前の土を使えば私は孤立し、あいつはきっと私を無視して他を狙う。

 結界浮遊楯(ファンネル)の結界など、あの勢いで攻撃を続けられたら、この距離ではアッサリと砕けてしまうだろう。

 結界浮遊楯(ファンネル)の結界強度は、距離に比例するからね。

 そもそも、あの魔法を無効化し飛びくる巨大な岩塊を砕く凶悪な爪の前では、結界浮遊楯(ファンネル)など、紙屑の様に引き裂かれる可能性の方が高い。

 だから私は一歩ずつ、自ら魔物に近づく。

 魔物がより飛び掛かりやすい距離へと、自ら一歩ずつ足を進める。

 そしてその僅かに進んだ距離の分だけ、後ろの土を使い新たな岩塊を作り出し続ける。


「くっ!」

「ふっふっふっ!」


 近付き過ぎているのか、風で流されてきているのか、獣の匂いが鼻に突き出し始めた事に、思わず顔を歪める。

 私の体表には強固な結界が三重に張ってあると言っても、それは意識しない限りは目の細かい網目状の物。

 匂いも風も完全に遮断してしまわないためにね。

 その二つは普段生活するのに必要な物だし、こうして戦い生き残るための大切な情報を得るためにはとても大切な物。

 自らの危機を察するための物でもある。

 多分、このまま岩塊と氷塊の攻撃だけを続けていたら、私は負ける。

 私の後ろにいるジュリと、どうでもいい冒険者を守りながらでは勝てない。


「ぐぉっ!」


 魔物が私の攻撃の限界を察しか、勝利を確信した笑みを浮かべたところに、その表情を大きく歪ませたのは、私の狙いが成った証。

 派手な岩塊と氷塊による落下攻撃は、実は目眩し。

 今回は不幸が重なったため、守りながらの戦いと言うのもあるけど、私が本来の速さを活かした戦い方ではなく、力任せの脳筋戦法をした本当の狙いは、最初から魔力を絞った真下からの一撃を放つため。

 落下速度を得るためとは言え、上空からの攻撃に固定させたのは、意識を上に向けさせるためと、岩塊や氷塊に付いた私の魔力を周囲に薄く分散させるため。

 守りながら戦っていたのも、岩塊を作り出すために一歩一歩踏み出したのも、私に後がないと思わせるためでもある。

 そして下からの一撃に不意を突かれ体勢を崩した魔物を、今度は上空からの岩塊で押し潰す作戦。


「ぐぁああーーっ!」


 だけど、会心だったはずの真下からの土塊の槍は、確かに刺さっているように見えるのに、それでも魔物は依然と上空から降り注ぐ岩塊を振り払い続ける。

 もう直ぐ、周りに使える土が無くなるのを知っているから。

 それが終われば、私には打つ手が無いと確信して。


「なら押し込むのみ!」


 残り少ない周りの土で岩塊を作りながらも、地下に伸びている魔力の紐に強い魔力を込めドンドンと土塊の槍を押し上げてやる。


「くっ!」


 押し上げているはずなのに……。

 魔力の手応えはあるはずなのに……。

 ちっとも、目の前の魔物は微動だにしない。

 足の間から見える土塊の槍は、確かに少しずつ動いて突き刺さっているはずなのにっ!

 何でっ!

 やばい、本当に岩塊も尽きるし、氷塊だけでは此奴を足止めしておくには、生成が間に合わない。

 こうなったら山火事覚悟で爆裂火球魔法(エクスプロート)を絨毯爆撃で目眩しをしている間に、ジュリだけ連れて逃げるしかないか?

 そう覚悟を決めた時、目の前の魔物に変化が生じた。


「っがぁあ!」


 岩塊がもう尽きる直前。

 その最後の一つを振り払った瞬間っ。

 魔物はその口から出したのは勝利の咆哮ではなく、……土塊の塊が噴き出す。


 びしゃびしゃ。


 同時に白い何かが降り掛かってくるけど、今はそれどころじゃない。

 土塊の槍は刺さっていたのではなく、挿さっていたのだ。

 そして高い抗魔力と魔力の固有波長の干渉によって、ただの土砂と化していた土は、魔物の消化器官を逆流し口にまで達した。

 何方にしろ、私の手は尽きた以上、全力の身体強化の魔法で後ろに一気に跳び下がって見せる。

 今まで、岩塊にした土を得た跡が深めの堀となって、私と魔物の間を妨げる役目を果たし、少しでも時間を稼いでくれるはず。


 ドササッ!


 だけどそん私の警戒とは裏腹に、私が地面に足をつくと同時に、魔物は地面へと突っ伏してしまう。

 え? なに? 大陸の暴君とも言われる魔物が、あれくらいで倒れた?

 思いもしない展開に動転するけど、まだ終わりじゃない。

 たぶん、今は土が呼吸を塞いで気絶したか倒れているだけ。

 信じられない程に生命力の高い魔物の体は、逆流していた土塊を排出し、直ぐに呼吸を取り戻そうとするはず。

 なら、今が最大のチャンス。

 魔法の紐で地面に落ちている弓矢(ボウガン)を素早く引き寄せ。

 魔弾と魔導具の矢に魔法の多重付加。

 気絶か、酸素不足で意識レベルが低下をしているおかげで、一時的に生命力と共に抗魔力が落ちている今ならば!


 ビシッ!

 ヒュゴッ!


 黄血金眼角熊(ブラッティー・ベア)の頭部を氷で覆わせたのは、クラーケンの時と同じ。

 氷結の魔弾で体表と体毛を凍らせる事で抗魔力を更に落とし、そこへ同じく多重付加した群青半獅半鷲(ブルー・グリフォン)の爪を使った魔導矢で、新鮮な空気を求めて大きく開いていた口から、脳を貫通させる。

 魔力眼で、魔物から魔力が消えてゆくのを確認してから、ゆっくりと息を吐く。

 なんとか助かったみたいね。

 あらためて、周囲を今一度、空間探知の魔法で探りながらジュリを……。


「目を覚ましていたのね」

「ええ、ちょうどユウさんが止めを刺す所でしたけどね。

 すみません、また足手纏いになってしまって」

「仕方ないわよ。

 まさかあんな攻撃が出来る程知能が高いとは、私も思わなかったもの。

 今回倒せたのも、正直、運が良かっただけよ」


 狙っていた真下からの攻撃も、本来は不意を打って転ばせるなりして岩塊で押し潰すつもりだった訳だもの。

 まさか、挿さるとは思わないわないし、あんな倒し方になるとは想定すらしていなかったわ。

 でも、倒し方はどうあれ、なんとか倒しきってジュリを守れた。

 私にはそれだけで十分。

 だから、緊張が抜けてきて、ふと違和感を感じる。

 すんすんっ。

 何か臭うような?


「ユウさん、その……、言いにくいのですが、服に汚物が」


 彼女のその言葉で、私が今どんな状態になっているかやっと気がつく。

 そう言えば、さっき何かが頭から降りかかった記憶があったから、きっとそれだろうと自分の姿を見下ろすと、白くてドロドロした液体が付着しており……、しかもこの生臭い匂い……。

 どうやらあの魔物はオスだったらしく、……つまりこの汚物の正体は。


「いいいいいぃーーーーやぁぁぁっぁぁーーーーっ!」


 ええ、本気で泣きが入ります。

 体表を覆っていた結界を完全に封をした状態で極大化した後に結界を解除し、その汚物のほとんど振り落としたのだけど、細かい網目状の結界をすり抜けた、視認できないほど僅かなそれがまだ付着しているらしく、まだ臭うし、気持ち悪い。

 しかも、何よあの量っ!

 私の所まで飛んでくるだなんて、あり得なさすぎでしょうっ!

 いくら前世が男で、見慣れた物とは言え、動物や魔物の物なんて知らないし、他人の物なんてのも知らない。

 しかも頭からぶっかぶるだなんて、男だろうが女だろうが関係なく気持ち悪い事には違いない。


「ゔゔぅ、……今直ぐに服を脱ぎたい、……お風呂に入りたい」

「……えーと、その…まぁ、大災害級の魔物を倒した代償と思えば」

「どんな代償よっ!」


 ジュリの慰めにもならない言葉に、思わず突っ込む。

 と言うか、あのクソ変態魔物、どんな性癖しているのよっ!

 いっぺんブチ殺すわよっ!…って、ブチ殺したんだった。


「えーと、その……」

「どうやら助けられたみたいだけど」

「まぁ、なんだ、とにかくありがとうとしか」

「その野良犬に噛まれたと思って」

「まぁ、かけられただけで済んだと思うしか」


 どうやら、こっちが本気で泣き叫んで、落ち着けようとジュリが私を慰めている間に、魔物から逃げていた人達も【咆 哮】の効果から抜けれたようで、慰めの言葉を掛けてくるのだけど、先程の顛末はしっかりと見ていたみたい。


「忘れなさい!」

「「「「「へっ?」」」」」

「いいから、先程の件は忘れなさい!

 私に助けられたんだから、それくらいは言う事を聞くっ!」

「「「「「は、はい!」」」」」


 多分、意味も分からずに、私の剣幕に押されて返事をしたんだと思うけど、そこは落ち着いてからでも察して欲しい。

 ええ、あんな物を頭から大量に被ったなんて記憶、覚えているのも覚えられているのも嫌すぎる。


「事情を聞く前に、貴方達怪我はない?

 一応、治癒魔法持ちだけど、教会の人間ではないから、その上でそちらで判断して申告して頂戴。

 見た感じ大きな怪我はないみたいだけどね。

 あとジュリ、途中で放り出してきた背負子を今の内に拾ってきておいて、周囲には魔物はいないはずだけど、何時迄もいない訳ではないから急いでね」


 幸い、怪我らしい怪我は、木の根に足を取られて転んだ女性の捻挫のみ、あとは擦り傷程度なので、そちらは放置。

 助けた冒険者の人達は、十代後半から二十代前半の男三人、女二人のパーティーで、別の仕事で街に荷物を運んだ後、魔物の領域で採取でもしながらショートカットして帰ろうとしたらしい。

 だけど途中で方向を見失い、魔物の領域の奥近くまで迷い込んで、あの魔物と遭遇してしまったらしく、半日近く死に物狂いで逃げていたみたい。


「しっかし、よく黄血金眼角熊(ブラッティー・ベア)を倒せたな」

「魔導士の天敵と言われていても、はっきり言って此処までの化け物だと、魔導士とか関係ないよな」

「言えてる。言えてる」

「普通は軍でも壊滅覚悟の魔物だって言うしな」

「あの、出来れば名前を知りたいのだけど、ギルドに言えばきっと報奨金も出るかもしれないし」


 はい、お説教タイム。

 冒険者の癖に、道に迷って魔物の領域深くまでゆくなんて未熟な証だし。

 逃げていた方向、まだまだ先ではあるけど、確か街があったはず。

 まさか、大災害級の魔物をそこまで連れて行くつもりだったのかと。

 まぁあの様子だと、逃げきれなかっただろうけど、それでも魔物の領域の奥から高位の魔物を引っ張ってきた事には違いないし、この魔物はその場にしばらく止まって活動する大陸の暴君。

 いずれは魔素の強い魔物の領域の奥に引っ込むとしても、此処から更に魔物の領域を外れて、人里を通って別の魔物の領域に行く可能性もあった訳だからね。

 必死で仕方ないと言うのは分かるけど、そもそもが軽い気分で、魔物の領域に足を踏み入れた人が悪い。


「ユウさんが言うと説得力がありませんわね」

「ジュリ、人がお説教をしているんだから、戻って来るなりそう言う事を言わないの。

 それと、私も一応はそう思うけど、私はなんとかするだけの力があるから良いのよ」


 まぁ私みたいな子供に叱られて、面白くないのは分かるけど、そこは反省して欲しい。

 あと、ギルドに報告すると、もれなく貴方達の行動も報告させて貰う事になるってこと、分かっている?

 その気はなくとも、大災害級の魔物を街に引っ張っていたって。

 間違いなく、ギルドに大目玉を喰らう案件よ。

 ……分かってなかったのね。

 アドル達も、私の家臣にならなかったら、こう言う冒険者になっていたのだと思うけど、こう言う浅はかな冒険者にはならなかったと信じたい。

 まぁ屋敷に帰ったら、こう言う冒険者がいたよと言って反応を楽しんでみよう。


 さてと、撤収する前に現実をもう一つ。

 倒した魔物、黄血金眼角熊(ブラッティー・ベア)の処理なんだけど、はっきり言って、素材としては宝の山。

 魔石はもちろん、爪も牙も毛皮も骨もレアな魔導具の素材ばかりだし、肉も食べれるだけでなく、強壮剤や薬の材料として高く売れるらしい。

 内臓は特殊な処理をして薬にもなるらしいけど、肉醤(ししびしお)にしたら、良い味が出るかもしれない。

 問題は、こいつが前のめりに倒れた事。

 要は……、こいつが前に放ったモノが、おそらく身体の前面にビッシリと付着しているだろうと言う事なのよね。


「うぅ、……触るのも近付くのも嫌だなぁ。

 あっ、そうだ。貴方達、あれを引っ繰り返してくれない?

 冒険者をやっているくらいだから、身体強化ぐらいは使えるんでしょう?」


 ええ、引っ繰り返してもらえれば、遠くからでも水洗いができるし、その後であれば洗浄魔法も掛けられる。

 よし、これで行こう。

 正直、今のままだと魔力の紐で触れるのも嫌だもの。


「もちろん、やってくれるわよね!」


 ええ、はっきり言って恩義の押し付けです。

 でも知った事じゃない。

 命を助けてあげたんだから、これくらいはしてもらいたい。

 無論、分け前なんて欠片もあげる気はないけどね。


「あんた達お願いね」

「私も流石に触りたくないし」

「「「そんなのは俺等も一緒だっての!」」」


 でも、結局は女性陣に成り代わってやる辺り、優しいのか、それともそう言う一方的な関係なのかは知らないけど。


「「「せいっやぁーーーーとっ!」」」


 どすーーんっ!


 手足を伸ばせば、ちょっとしたトラック並の大きさもある巨大な熊の身体が、砂埃をあげながらも、なんとかひっくり返ってくれるのだけど、案の定と言うかやっぱりと言うか、ひっくり返す際に自分達の身体に汚物が付着したらしく、無茶苦茶嫌な顔をしている。


「水魔法で洗い落としますけど、一緒に浴びますか?」

「頼む」

「びしょ濡れの方がマシだ」

「助かる」


 うん、やっぱり普通はそうだよね。

 男だろうが女だろうが嫌に決まっている。

 そして嫌な事をさせてすみません。


「でもコイツ、なんかウットリした顔でイッてない?」

「そうよね、なんか幸せそうに笑ってイッてるように見えるわよね」


 あのう……、【()く】ですよね?

 別の意味に聞こえるので、そう言う事を言わないでください。

 私までそう見えてしまい、この大陸の暴君こと熊の●ーさんは、何処まで変態熊なのかと思ってしまうじゃないですか。

 実際は、土や砂利が逆流している時に、良い具合に刺激を与えてしまっていたのと、痛みや苦しみを和らげるために脳内麻薬が働いた結果なだけだとは思う。

 思うけど、今みたいな会話を聞いた後だと、やっぱり性癖だと思ってもしまうから困る。

 そしてそう思ったのは私だけではないみたいで、女性の冒険者の一人が……。


「ねぇ、あんた達もこうなるの?

 そう言うのが好きな人もいるって聞くし」

「「「知らんっ! 一緒にするなっ!」」」


 質問に怒鳴り返す男性陣。

 まぁ、そう聞かれたら、普通はそう答えるよね。

 あとお姉様方、絶対に楽しんで言ってるでしょう。

 とりあえず、せっかく身を汚してまで、ひっくり返してくれたので、何時迄も弄られるのは可哀そうなので、水魔法を豪雨のように降らせて丸洗い。

 おおかた汚物が流れ落ちただろうと思うところで、やっと近づけるので、魔物を水球で包んで洗浄魔法。

 元々砂埃や木のヤニやらで汚れているので、水がドロドロになるので水を交換。

 数回、洗浄魔法を掛けたあと、【水】魔法で付着した水を還して、ドライヤー魔法で乾燥。

 おっと、血抜きを忘れていた。

 血抜きをしてから洗浄すれば良かったと思いつつ、やり直し。

 新しい人工魔法銀(ミスリル)の製法が確立したから、血だけは使い道が無くなってしまったからね。


「なぁ、魔法ってこんな事ができたっけ?」

「いや、聞いた事ないな」

「あいつ等だいたい威張っているしな」

「この子にはお説教はされたけど、そう言うのとはちょっと違うしね」

「その変わり魔法も違うよね、……多分」


 そこっ、人の作業をヘンテコ呼ばわりしないっ。

 とにかくとっとと解体を済ませて、早くお風呂に入りたいから、もう余分な事は突っ込まない。

 ええ、まだ明るくても、お風呂に入りますよ〜。

 こんな匂いを纏っているくらいなら、魔物の返り血の匂いを纏っていた方がマシです。





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