324.子どもの未来は無限かもしれないけど、決めるのは周りの大人じゃないのよね。
前回、極秘裏に自分の商会に顔を出した数日後、あらためて正々堂々と正面出入口から入る。
早速、副商会長であるゼルが秘書ポジションで迎えてくれるので、商会長室と言う名のゼルの執務室なのだけど、ジュリには少しばかり部屋の外で待っていてもらい、先日の事の顛末を確認しておく。
まぁ大方の予想通り、色々と複雑な柵の関係上でクビに出来なかっただけだし、そう言う人間はそう言う人間で使い方があるので、エリシィーへの教育の一環としても働いて貰っていたのだろう。
でもまぁ、あくまでクビに出来ないだけで、悪い事をすれば処罰はされるし、叱責や再教育も受けさせられる。
逆に、縁故で入って来ているとも言えるので、相手の貴族の顔を立てるために自分からは辞められないと言う、ある意味地獄が待っている事になるもの。
むろん、本人が反省しやる気を見せるのなら、そんな事にはならないけどね。
商会だってそんな暇じゃないし、教育を施す人間だって、その間は自分の仕事が出来なくなる。
中にはそのためだけ用の人間を雇っている商会もあるらしいけど、ウチも必要そうなら考えると先程ゼルに言われたので、なかなかに根が深い馬鹿みたい。
「はぁ…、まだ拾ってきた子達の方がマシね」
「文句と不満を言いながらも、言われた事はきちんと働くだけマシですな」
王都の貧民街で拾ってきた子達の中には、少々手癖の悪い子達も混ざっており、その選別も兼ねて、敢えて商品の置いてある倉庫に寝泊まりさせたのだけど、そう言う子供達は三ヶ月もしない内に本性を出して、早々に倉庫の商品を持ち出して逃げ出したので、前もって外で待機させ続けていた警備の人間に捕らえさせて処罰をした。
無論、そうなると分かっていて拾ってきた以上は、無責任に放り出したりしないわよ。
そう言う信頼出来ない子であるのならば、そう言う仕事を与えてあげれば良いだけの事。
単純な肉体労働で、当然、待遇も他の子達に比べたら雲泥の差だけど、少なくとも衣食住は保証してあげているし、文句や不満を言いながらも逃げ出さないで働いている辺り、それなりに満足はしているのだと思う。
まぁ、商会内のゴタゴタは置いておいて、真面目にお仕事のお話。
「名前も知らないような漁村で契約が取れたのは良いけど、今度は何処の紐付なの?」
「キエリーニ侯爵家ですが」
「ああ、彼処ね。
よろしくとは言われているから、取引する事自体は構わないのだけど、先方には別の物を回すから一切手出し無用と言っておいて。
魚醤の製造と販売の管理は、ウチの子達の実家にやらすから」
「納得しますかね?」
「彼処の本来の領地は、確かに内陸だったはずよね?
だとしたら、どうせその漁村は飛び地かなんかなんでしょう。
それなら、内陸で作れる物の方が都合が良いはずだし、目も届きやすいわ」
記憶が確かなら、キエリーニ侯爵家は緑豊かな荘園を幾つも持っていたはず。
なら、魚醤よりも、野菜や果物を原材料にしたウスターソースの方が向いているでしょうし、味の複雑さでは醤油よりもソースの方が貴族の好みでもあるはず。
何方にしろ成功すれば、魚醤の利益のお溢れは逃す事になっても、飛び領地である漁村の生活は向上するだろうし、生活を安定させるための事業を紹介したとして、領主としての面子は保たれる。
その上で既にある調味料である醤油よりも、新たなる調味料であるソースの事業に関われた方がよっぽど旨味があるはず。
そんな私の考え方と新たな事業の説明に、ゼルも納得してくれると共に、また仕事が増えたと悲鳴を上げる。
「お嬢様、その事業用にまた新たに人を雇いたいのですが?」
「どうせ、そちらも何処かの紐付なんでしょう?」
「御安心を、ちゃんとキエリーニ侯爵家に対して目を光らせれる人間を連れてきますし、当然、事業を任せれるぐらいには仕事ができる人間をです」
そんな優秀な人間を次から次へと、別の意味で大丈夫なのかと思ってしまう。
ゼル曰く、高位貴族や中位貴族の三男や四男、四女五女など家の面子でそれなりの教育は施されはしたけど、下手に優秀なものだから、家の厄介事ばかり処理させられ続けて、いい加減我慢の限界の人間がいるから、その中で使えそうな人間を引っ張ってくるだけの事だと言っているけど、後始末を押し付けれるような優秀な人間を、早々手放すのだろうかと思ってしまう。
それに下位貴族でも優秀だけど家格が足りなかったりして、頭を押さえつけられている人間を勧誘するって言っても、それはそれで事情が在ってしがみ付いているのだろうから、……無茶な事をしていない?
……していないと。
なら信じますけど、くれぐれも無茶や、おいたをし過ぎない程度の虫にしておいてね。
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【ペルシア家】
「べルナルド様、今日はお招きありがとうございます」
「よくお越しくださいました、ユゥーリィ様」
まぁ、堅苦しい挨拶はともかく、最近ベル君、ユゥーリィお姉ちゃんって呼んでくれなくなったんだよね。
次期当主としての教育の結果なのか、それとも大きくなってそう呼ぶのが恥ずかしくなったのかは分からないけど、それでもこうしてハグする事は恥ずかしがりはしても嫌がってはいないみたいだから、まぁ教育の結果と見るべきかな。
「ちょっと見ない内にまた背が伸びた?」
「かもしれませんが、自覚はないです」
いえいえ、しっかりと伸びてるよ。
ベル君くらいの年だと、女の子の方が成長が早いけど、それでも来年か再来年あたりには追いつかれ、すぐに抜かれてしまいそうな勢いだもの。
でも、その頃になると、きっと男の子扱いをすると怒るようになるんだろうなぁと思いつつ、ならまだまだ可愛い盛りで素直な今を堪能しておかないと。
「はい、人の弟にいつまでも抱きついていないの」
「あん、ジュリの意地悪」
別に取って食べる訳でもないのにと思いつつも、はいはいジュリの出番だよね。
はいベル君、本当のお姉ちゃんだよぉ〜。
あら、あっさりと薄口なのね。
まぁ比較的頻繁に、会ってはいるみたいだから、そんなものなのかも。
「これはこれはシンフェリア様、ようこそ我が家においでくださいました」
「本来は家族水入らずの所をお邪魔して、申し訳ございません」
「いえいえ、こうして再び娘の誕生日を祝える事になりましたのは、一重にシンフェリア様のおかげです」
ジュリの父親であるペルシア子爵。
会うのはこれで数度目程度だけど、こうしてこの家で顔を会わせるのは初めてかもしれない。
その分、ジュリの母親には、ベル君に会いにこの家に来る度に挨拶を交わしてはいるのだけど、向こうからしたら、どう言う顔をしたら良いか分からないだろうね。
自分達が娘にした事を思えば、それも当然か。
『私、お父様やお母様に謝り続けて欲しい訳ではありませわ。
あんな事、ベルの教育にも良くありませんし』
何時ぞや、そう愚痴っていたのは覚えているし、何度目かの時にドルク様にお願いして叱責して貰った事もある。
立派な親として、そして当主としての背中をベル君に見せ続けて上げるようにとね。
ベル君を立派な当主にする事が、ジュリに対する一番の贖罪なのだと。
そして、今日、私が此処に来たのは、その仕上げの一つのため。
ジュリが十五歳の誕生日を迎えて、大人の仲間入りになった事で、正式に彼女は私の従者となり、この家とは切り離される事になる。
家族としての情はあっても、貴族の家としては完全に別物として考えないといけない。
誰かの従者になると言う事は、そう言う事だから。
この場合で言うのなら、ジュリの事はもう気にせず、ベル君に集中なさいと言う事。
それをキチンと言っておくために、こうしてペルシア家を訪問させてもらった。
でも、そんな堅苦しい事はあっさりと終えて、ジュリの誕生会を楽しんでいるんだけどね。
「そっかぁ〜、ベル君、体術を学んでいた事は聞いていたけど、もう剣を持たせて貰えるようになったんだ」
「はい、でも重い剣を自在に振るうには、まだまだ身体を鍛えないといけないと先生に言われています」
「そうだね、よく食べてよく動いて」
「そして、よく学ぶですね」
「あと、よく身体をよく休ませる、これ大切よ」
会ったばかりの頃はお金がなくて、ベル君の教育が少しばかり遅れてはいたらしいけど、それでもジュリの母親や父親がそれなりに教えていたらしいし、ドルク様がそう言う事を考慮して教えてくれる優秀な先生を紹介してくださったので、ベル君の教育は私が思っているよりも進んでいるみたい。
多分、ベル君自身、なんとなく感じているんだろうな。
自分のために、大好きな姉が家を出て頑張っていると言う事に。
だからこそ、その姉の期待に応えるためにも頑張らないと、と言う思いと両親からの期待を背負って。
「ふふっ、そうね、もしベル君が魔法の才能があったら、お姉ちゃんが教えてあげるわね」
「ユウさん、ベルを殺す気ですか」
「ジュリ、人聞きが悪いわよ、何処をどうしたらそうなると言うの?」
「御自分の胸に手を当てて、よ〜く考えてください。
私が何度、死にそうな思いをしたと思っているんですか」
ジュリに言われるままに自分の胸に手を当ててみるけど、未だに約束された勝利の胸の予兆は見せない小柄な胸では、幾ら手を胸に当てても思い当たる節はない。
少なくとも、ある程度基本が出来るようになるまでは、狩猟でジュリを魔物の領域に連れて行った事もないし、流石に今の可愛いベル君をそんな目に合わせる気はない。
エリシィーやプシュケにだって、そんな真似はさせてないでしょ。
……贔屓って、適材適所で鍛えているだけよ。
「普通に考えたら、座学は別として、光石を使った鍛錬と魔力循環の鍛錬を、最低半年から一年間は徹底的と言うのが妥当だと思うけど。
何方にしろ、そう言う実際の話は早いと思うわよ、あくまで魔導士として目覚めたらの話だから」
実際、ジュリにだって最初は徹底的な基礎鍛錬をやり直させていたし、碌に魔法も使えないのに、魔物の領域なんて私からしてもあり得ない。
それに、ベル君は魔力眼の魔法で見る限り、確かに魔力神経は発達して来てはいるけど、必ずしも魔導士として目覚めるとは限らない。
外部魔力を持たない魔力持ちになるかもしれないし、魔力その物に目覚めない事もある。
一定の年齢になっても目覚めない人間は、一生目覚めない事が殆どだけど、稀に何か生死を彷徨った時などに目覚める事もあり、それを後発型魔力と言うのだけど、この逆のパターンもある。
魔力回路も操る心も未成熟のまま魔力に目覚めて、魔力中毒症を起こし死に至るのがそれに当てはまる。
私は何方かと言うと後者のパターンだけど、私の場合別の者も目覚めちゃったので、例外と言えば例外。
「それに、魔力に目覚める事が幸せになる事に繋がる訳ではないわ。
むしろ選択肢を狭めるだけなのは、ジュリも分かっている事でしょ」
私は例外だけど、魔物が生態系の頂点であるこの世界では、戦える魔導士は、対魔物要員としての未来を半ば強制的に強いられる。
無意識下における集団意識の圧力と、その影響による思い込みと言う奴でね。
「僕はお姉様みたいな立派な魔導士になりたいです」
「ベル」
「ベル君、貴女のお姉さん、ジュリは例え魔導士でなくても立派よ。
ただ、その手段の一つが魔法と言うだけの事。
魔法は確かにやれる事が大きいけど、所詮は道具の一つでしかないの。
大切なのは、ベル君が何を成したいのかであり、そのために何処まで頑張れるのかであって、そこを穿き違えては駄目よ。
まだ、時間はあるのだから、じっくりと自分が本当に目指したい物を考えなさい。
そしてじっくりと考えて御両親と相談して、その上で覚悟を決めたのなら、私でもコンフォード様でも良いから頼りなさい」
まだ九歳のベル君には難しい事かもしれないけど、この言葉の意味が分かる様になる頃には、きっとジュリの過去の事も知ってしまう事になるだろうし、その事で色々と家の中が荒れるかも知れないけど、それくらいの事を乗り切ってくれなければ、貴族の当主としてはやっていけない。
逆に、そう言った事を乗り越えれるだけの胆力と想いがあるのなら、ドルク様やヨハネス様も喜んで力を貸してくださるはず。
二人とも厳しい方ではあっても、努力を惜しまない人間は大切にする方だからね。
無論、私もだけど。




