317.そう言えば、この人が原因で色々変わっちゃったんですよね。私の中ではですが。
もぐもぐもぐもぐもぐっ。
長い咀嚼をしながらも、硬すぎず柔らかすぎず、それでいて味は強くはないけど素朴の味わいが口の中に広がってゆく。
そして、自然と口の中に消えてゆくように、小さな嚥下を繰り返して行くなかで飲み切れてしまうあたり、疲れた身体でも飲み込めるだろうし、水を口に含まなくても、なんとか最後まで飲み込める事も注文通り。
凍結乾燥製法を使った携帯保存食。
大豆と玉蜀黍と麦と乾燥果実やナッツなどを主材料に、食物繊維たっぷりで身体には良いけど、まずくて有名な青菜なども、特殊な製法で粉末化し特徴的な味を抑えたため、よくよく味わわないと気がつかないし、逆にいいアクセントにもなっている。
少なくとも見せてもらった材料表に記載された量からは、信じられないほど食べやすい物になっているのは間違いない。
歩きながらも摂取できる、総合栄養携帯保存食。
「完成ね。
あとはこれを基に、幾つか派生を作ってもらえれば、良いと思います」
「ありがとうございます」
目の前にいるルチアさんの努力の結果に私は満足する。
だいたいこう言うのを作りたくて、主な取材料はこんなので、基本製法はこんな感じと。
もうね、大雑把な説明と失敗品に近い見本を基に、ここまで完成度を高めてくれたのはルチアさんの努力があってこそ。
ルチアさん自身、厳しい討伐遠征の前線で戦ってきた経験と、愛する夫と子のためにと身に付けていた料理の知識と腕があったからこそ、ここまで良い物が出来たと思っている。
普段の生活ではごく普通に食べれるけど、前線では食べれない料理は多いからね。
そう言うのをルチアさんは経験上よく知っていたため、彼女自身此処に来てからも色々勉強もしたもの。
「早いもので、あと数ヶ月で二年経つかしら。
今までの頑張りや功績から何かを贈りたいんだけど、なにか欲しい物はない?」
「もう、十分に戴いています」
そう言って、左足を軽く撫でる仕草は、義足で十分だと言わんばかり。
ただ私としては、そろそろ彼女との今後の付き合いを考えないといけないのよね。
別にルチアさん自身に何か思うところはないし、むしろ仕事以外でも色々協力してもらったりと、感謝の言葉と想いしかない。
だけど、今、行っているシリアルバーの開発が終わると、もう頼めるお仕事がない現実が目の前にある。
彼女の仕事は、凍結乾燥製法の魔導具の実験と、基本レシピの開発。
前世ほど物流が発達していないのもあるけど、食品を汚さず腐らせず湿気から守るような包装技術もない。
私がいくら前世の技術を振り絞ろうと、基幹技術がこの世界にない以上は限界があり、私もそれを作り上げるだけの知識を持っていない。
そんな環境では、いくら保存食であろうとも、商会が独占販売できるだけの物ではなく、この世界の実情にも合わない。
だから、あくまで商会の商品は凍結乾燥製法を作るための魔導具と、使用者の教育及び基本レシピの三点。
本格的な味の追求や、その土地その土地で手に入る材料に変えて行くのは、購入していった客がやって行く事。
そして、私はいい加減に凍結乾燥製法のネタが切れてしまった。
この世界は魔法が使える分、色々と開発が早くできるも要因の一つなんだけどね。
「そうそう、今度、教会で手に入れれるようになる魔導具を、何本か置いておくから怪我や火傷をした時に使ってね。
弱目の治癒魔法を封じ込めたポーションと言う物だけど」
料理をしていたら、多少の火傷や切り傷はつきものだけど、ルチアさん、ジュリの魔導士の戦闘技術も教えてくださっているから、小さな生傷が絶えないんですよね。
私が顔を出した時に、義足の外装の凹みや傷も直しをするほどに、本格的な指導をしてくださっている。
だからポーションがあれば、多少の生傷や打撲なんて、直ぐに治せてしまえるし、痕が残る心配もない。
「……ち、治癒の魔法を封じたポーションですか。
また、凄い物を作りましたね」
「ルチアさんの話を聞いて作ろうと思ったのだけど、現実は厳しくて、思ったほど効果が出ない物しか作れなかったんだけどね」
元々、ポーションを作りたいと思ったのは、前世のゲームの知識もあったのだけど、やっぱりルチアさんの話を聞いた時。
魔導士も治癒術師も決して多いとは言えないこの世界では、あと少しで怪我の治療が間に合わずに亡くなってしまったり、一生残る怪我を背負って行く人達が多くおり、そんな人達を少しでも減らせれないかと思ったからこそ。
実際、本格的な開発に入れたのは、もっと後からだったけど、十分も効力が保たないポーションもどきの実験とか知識の収集は、その頃からなのは確かなんだよね。
「わ…私の話で……ですか?」
「ええ、切っ掛けなんて、そんなものよ」
この世界では、幸いな事にルチアさんに出会うまで、そう言った現実を目の前に叩きつけられる事は無かった。
でも、それだけにショックだったのも本当の事。
頑張って、身体を張って必死になって戦ってくれた人達を、平気で忌避するこの世界の貴族達の風潮に。
そして、この世界には治癒魔法と言う物がありながらも、治療が間に合わない現実を。
でも考えてみれば当然と言えば当然の事だったんだよね。
そもそも、魔導士の資質を持つ人が少ないし、教会での修行で身に付く治癒魔法は、それほど強力ではない上に、魔力持ちでもない限り一日あたりで使えるのは数回ぐらいと、とても遠征について行けるレベルの物ではない。
欠損した部分の再生や、切り落とされた腕を繋ぐ事ができるのは、【聖】属性を持ちながらも魔力持ち、これが最低限の必須条件で、遠征について行けるとなると魔導士としての資質も、ある程度求められる。
そんな才を持つのは、数千人に一人と言われているし、実際に自分がどんな属性を持っているなんて事は、ほとんどの人間が知らない。
魔法に興味を持って、魔力制御を鍛えて、使ってみて使えたら属性があると分かるのがこの世界の魔法の現実。
そりゃあ、数千人に一人とかにもなるよね。
とりあえず、そんな事を考えながらも、紙に幾つか思いつくの総合栄養携帯保存食の主要味付けを紙に書いていたのだけど、ふと話していたルチアさんの反応がなくなったので顔をあげたら……。
「ぇ? ル、ルチアさん?」
ただ、静かに涙を流す彼女の姿に、私は驚き固まる事しかできない。
もしかすると、もうこれが最後の開発だと察しってとか?
それとも、またルチアさんの古傷を抉っちゃったとか?
まさか急な差し込みとか? ……なら、こんな静かな表情じゃないだろうし。
えーと、えーと、とりあえず教会に行きます?
……はい、何故か怒られました。
せっかく浸っていた感傷も台無しだと。
そんな理不尽なと思いつつも、私もよく言う文句なので人の事は言えない。
「ただ、嬉しかっただけです。
私みたいな人達を増やさないように、こんなにも本気で取り組んでくださっていた事が」
私も泣くほど感謝されている相手に怒られるのは初めてですよ。
……いえ、なんでもありません、またもや雰囲気が台無しだと睨まないでください。
「う〜ん、でもなんやかんや理由はつけてますけど、結局は、私がただ単に作ってみたかっただけです」
多くの人が助かるだの、広めたいと思ったのは確かだし、そのために教会や陛下達を巻き込みはしたけど、私の根にあったのは、結局はそんな程度の動機でしかない。
何処までいっても私は自分勝手の我が儘な人間だから、その我が儘に多くの人を巻き込んだだけの事。
「では、また来ます」
「またのお越しをお待ちしていますが、先程の話、どうかお考えください」
あの後は、総合栄養携帯保存食について、必要な食材や加工方法の話など、それなりに開発計画の話を詰めていたのだけど、最後に彼女が提案してきた。
凍結乾燥製法の魔導具の実験と基本レシピの開発が全て終わったら、私の手伝いをしたいと。
その話そのものは以前からそれなりには言われていたけど、本気で考えて欲しいとね。
でも、此方でルチアさんを雇うような仕事と言うのが思いつかないのが現状なんだよね。
正直、セバスやプシュケだって持て余して、書籍や書類の整理をやらせている程。
まぁ、元々そういう事も執事の仕事の一環ではあるらしいので問題はないみたいだけど、実際は勿体ない使い方をしていると思う。
かと言って、向こうもね。
魔物のせいで人生を狂わされたルチアさんに、魔物のお世話をよろしくなんて、流石に口にして言えないし、彼女は間違いなくコンフォード家の手の者。
ドルク様を信じない訳ではないけど、私の研究や国家機密を明かしてしまっても良いのかと言う問題もある。
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「と言う訳で、ドルク様どう思います?」
「ユゥーリィよ、最初から説明を頼む」
えー、面倒くさい、それで通用してくださいよと思いつつも、あらためて最初からルチアさん関する事で説明をする。
「なるほどな。
確かにお主が危惧する事も分かる話だし、儂の手の者と思うのも当然の考えだろう。
だが、問題はそこではなく、お主がどうしたいかではないのか?
お主やあの者が取り巻く環境など、幾らでも移り変わっていく物でしかなく、儂に言わせれば、言い訳にすぎん。
お主が本当に聞くべき相手は儂ではなく、お主の心の内だ」
ゔっ…、またそんな正論を。
面倒くさい事を、丸投げさせてくれたって良いじゃないですか。




