305.執事の矜持? 関係ないわよ、私が当主なんだから従いなさい。
「……ふぅ、これでどう?」
「悪くないです」
「正直に」
「まだ左上に卵半分ほどのズレを」
「少し行き過ぎたみたいね」
改めて、プシュケの左腕の要である魔法石に指を当てて調整を行う。
あまりに普通で気が付かなかったのだけど、ごく偶に失敗というか手が物を掴み損なっていた事があったから、問い詰めてみたら。
『特に気を付けずに動かした時は、感覚から中央側へ拳二つ分、下側に一つ半分のズレがあるので、気を付けていたのですがお見苦しいところをお見せしました』
『そういう事は、もっと早く言いなさいっ!』
ええ、思わず怒鳴っちゃいました。
プシュケの義手は、ルーシャルド侯爵家から依頼を受けて作った特注品。
でも作って送っただけで、核となる魔法石の製作や本人への施術は、ルーシャルド侯爵家のお抱えの魔導具師達が、練習を兼ねて行ったらしいから詳しい事は知らなかったけど……、どうにも作業が荒い。
特殊な魔法陣の組み方で、魔法石の中にある幾つかの小さな結晶石を動かす事で、ある程度動きの細かな補正を行う事ができるようにしてあるのだけど、それですらも荒いのよね。
とりあえず、もう一度確認してもらったら、なんとかズレの問題は解消されたらしいけど、この辺りの事は、一度手紙か招待を受けた時にでもルーシャルド家に知らせておかないと。
「ズレたまま使い熟していたのは、貴女の努力の賜物だと称賛はするわ。
でもそれって悪い癖がつく事だし、とっさの時に失敗を引き起こしかねない物でもあるから、私としては其方の方が心配よ。
少し大変になるかもしれないけど、制御用の魔法石は作り直しましょ」
せっかく慣れて、使いこなしたところ申し訳ないけど、微調整をしたところで、既に調整の限界値に近い状態。
そもそも魔法石そのもの作りが荒いから、特注品の性能を引き出せていない。
多分これだとフィードバックされる、腕や指を動かしている感覚も鈍かったはず。
既に今までの事で神経を動かす事は身体が覚えているから、元の魔法石を参考に調整すれば最初ほど苦労はしないはずだけど、本人の感覚と義手の動作の調整はし直しになる。
「それと磨り減った部分はこまめに交換なさい。
特に指先の感覚は皮膚一枚分も変われば、力加減が変わってくるわ。
お金はこういう時のために使う物だし、貴女の主人は魔導具師よ。
材料費だけで済む話だし、損傷や摩耗の確認にもなるわ。
義手義足の魔導具は、確かに与ルーシャルド家に技術供与して、普及も一任してしてはいても、全て投げっぱなしでいるつもりはないの。
これは私の研究の一環であり命令よ、協力なさい」
魔導具の義手や義足は、確かに以前の手足に近い動きが可能だし、魔導具のおかげで人工筋肉の動きの感覚がフィードバックされるため、細かな力加減ができる代物。
更に特注品は、その辺りの感覚がかなり生身に近いものになるので、正直、実験で使用していて気持ち悪かったぐらい。
なにせ五体満足である私が使うと、右手が二本とか、右足が二つの感覚だからね。
とにかく幾ら出来が良くても、それはあくまで偽物でしかない。
血の通わない人工物。
とにかく稼働部分や接触部分の摩耗はどうしようもない。
血の通う手足であれば、再生を繰り返して摩耗部分を補充してくれるけど、血の通わない人工物は擦り減る一方。
特に指先は繊細な作業をするため、義足の足の裏と違って分厚い革で保護する訳にもいかないし、細かな作業が出来るように、やや強度的に劣る素材を使ってしなやかさを持たせている。
なので保護するにしても薄手の手袋が精々だし、使用頻度の高い部分はそれでもすり減ってしまう。
「セバスにも言っておいて、いくら廉価版で硬い材質を使っているからって、擦り減らない訳ではないんだからね」
正直、セバスの義手も特注品に変えようかと考えなかった訳ではない。
『もう彼方の家に生涯戻る事はない覚悟で此方に来ております。
この腕で、家族を抱きしめ、そして別れてきた物。
どうかその想い出を取り上げる事だけは御容赦ください』
だけど、そんな事を言われたら出来る訳がない。
私だって鬼じゃないんだから、家族との思い出を大切にする気持ちは分かるし、それは尊重したいと思っている。
でも許せるのはそこまでの話、仕事に支障が出るもので、さして理由がないのであれば、強行させてもらう。
私は我が儘だから、そこは土足で踏み込む。
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「お嬢様、プシュケの、孫の義手の一部を交換すると聞きましたが?」
「制御用の魔法石だけよ。
ルーシャルド家の魔導具師には悪いけど、あれでは欠陥品と言ってもいい出来だったわ。
問題があるなら遠慮なく言って頂戴、どうやらあの子、自分の事は我慢する傾向があるから」
「その辺りはお嬢様と似ております」
「余計なお世話よ。それであの子は何か言っていた?」
「いえ、特には言ってはおりませんでしたし、嬉しそうにしていたので問題ないと思います」
そう、それは良かった。
セバスみたいに拘りがあるのであれば、流石に何か別の手を考えなければと思っていたもの。
でも、問題がないのなら、安心して製作に入れるわね。
「それと手紙を書くから、二人して私の服飾店に明日にでも行ってきなさい」
「先々月に作って戴いたばかりでしたが」
「私の認識が甘かったわ。
あなた達の手袋の消耗が激しい事に気がつかないと思って?」
考えてみれば当たり前の事だった。
基本的に彼の簡易版の義手にしろ、あの子の特注品の義手にしろ、手袋をしたまま使う事が前提になっているみたい。
剥き出しでも問題はないけど、所詮は人工物でだから、それをとやかく言う事ではなく、本人の自由。
ただ、それが汚れ防止なのかはともかく、水仕事も手袋をつけたまま。
手袋を追加購入しているみたいだけど、自分の給金から支払うのは止めて欲しい。
……下着まであれだけ用意されたら、言いにくいって。
人に金を使えと言うのなら、そういった所はちゃんと経費で落として欲しい。
それに家人の労働環境を整えるのが主人の務めなんだから当然の事よ。
次にやったら、罰するから覚えておきなさい、と注意しておく。
「白角兎の革で手袋を作ってもらうわ」
「それは、幾らなんでも贅沢な代物すぎます」
柔らかく肌触りの良い兎革の手袋は、もともと革手袋の素材の中では好まれる高級品。
その中でも白角兎の革製品は、薄くて滑らかで細かな肌触りに加え、ある程度の防水性と魔物だけに頑丈という特徴があるため、貴族の中でも最高級品の一つだと言われている。
なにせハサミや革切りの道具の刃が、一発で駄目になって研ぎ直しになるからね。
他にも幾ら牛程大きくても、冬の間でしか獲れない上、数もそれほど獲れないため市場には出回る事は殆どないと言うのも、最高級品にしている要因の一つ。
そんな白角兎革を、私は収納の魔法から文字通り山と取り出し。
「私の趣味が狩猟という事を忘れたの?
当然、白角兎の革の在庫なんて腐る程あるわ。
とりあえず一人二頭分位づつ作って来なさい、それで当分は保つでしょう」
「身に余る御配慮身に染み入りますが、一つだけお願いがありまする」
「なに?」
「お嬢様の分もお願いいたします。
執事たるもの、主人より高価な物を身に着ける訳にはいきませんので」
そういう所が面倒くさい。
でもセバスが言っているの事も、分からない事でもないから、今回は私の方が折れる事にする。
「山歩き用の手袋だけよ」
「他は?」
「暑苦しいからやだ」
私は色なしのため、夏は日差しが強いから薄手で通気性の良い手袋を使う事もあるけど、それ以外は日焼け止めや魔導具の助けがあるので使っていない。
狩猟は色々と触る事になるから仕方ないけど、それ以外に革の手袋だなんて暑苦しくて仕方ないじゃない。
「あなた達も、夏はお客様が来ていない時は、生身の方はしなくても良いわよ。
見ていて暑苦しいから。これ命令ね」
「畏まりました」
嘘は言っていない。
私の我が儘で、そうしてもらうだけ。
それが一番丸く収まる方法だからね。
執事の矜持も分かるけど、家人だけの時は少しは気を抜いて欲しい。
はぁ……、貴族の当主なんて、面倒臭い事ばかり。
お父様やお兄様は、よくやっていると思う。




