303.店舗開店の裏側。やる気のない子は、子供であろうと放り出しますよ。
【某従業員視点】
ガラガラ…、ペッ。
手洗いとウガイを終えた所で、改めて気合を入れる。
それが終わったら、皆んな各自の持ち場に付く中、私も与えられた役割の一つである卵割りに入る。
このお店は、高価な卵を一日に信じられない程の量を使うのよね。
それも、ただ卵ではなく、黄色い部分と透明な部分と分けたりと、目的に合わせて三種類の状態にしないといけない。
最初は一つ一つ両手で割っていたけど、最近は片手で持って、左右で二つを同時に割れるようになったし、黄色い部分と透明な部分を分けるのも、専用な道具を使うので、それほど苦労はしない。
「ふぅ…、次の桶に」
此処の仕事は大変だけど、お客様の笑顔が見れて楽しいし遣り甲斐がある。
なにより、もう二度とあんな惨めな生活に戻りたくない。
たぶん、此処にいる子達は皆んなそう思っているんじゃないかな、店長さん以外は私と似たような境遇だったから。
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【回 想】
「いたいっ、いたいっ、離してよっ! 私が何したって言うのっ!」
軋む腕に悲鳴を上げながら強気に言葉を放ってみたけど、内心はしくじったと思いこの後に私の身に襲い掛かるであろう未来に、絶望する。
でも仕方ないじゃない。
お腹がすいてお腹がすいて、もう限界なんだから。
もう十日も水で誤魔化しているし、その前だって硬く黒くなったパンをなんとか数口食べただけだし、此処数ヶ月そんな感じでどんどんと悪化するばかりで、これ以上はもう動けなくなって冷たくなる事が目に見えていたんだもの。
私だって、人様の物なんて狙いたくなかったわ。
ただ、あんなに幾つもの宝石を服に付けているなら、一つくらいはって思っただけ。
ただ、よろけるフリして手を伸ばした所で、一緒にいた女に腕毎手を掴まれて今に至ってしまった。
「ラキア、やりすぎよ、離してあげて」
「でも、こう言うのを見逃しても、後々コイツの為めにならないよ。
だって下手くそすぎるもん。
次やって捕まって袋叩きにされて、おっ死ぬのだけだよ」
「うん、私の目から見ても下手過ぎだったね。
だから言ってるの、この子、初じめてなのよ、こんなに痩せ衰える程になるまでね」
あたりまえよ。
だって見合わないって、散々見てきているもの。
でも今なら少しだけ気持ちが分かるな。
このままお腹空かせて苦しみながら死んでゆくより、一層の事、斬られたり殴られて死ねた方が楽だってね。
「誇りはある子よ。
ねえ貴女、働く気はない?」
「ユゥーリィ……」
「いいの、丁度人を探そうとは思っていたし、こう言う子達を雇用するのも貴族の務めでしょう。
無論、使えなかったら、さようならだけど」
その後、何処からか出したのか、変わった味の美味しい飲み物と、信じられない程柔らかなパンを一つ与えられて、それを食べた後、最初の仕事を伝えてくれた。
報酬は今の飲み物とパンが前払い。
無事仕事が終えたら、銅板貨二枚をくれるか、それとも雇われる機会を得るかと言われた。
お腹が少し膨れて考える力が少し戻ってきたせいかは知らないけど、その話に少しだけ心配になる。
だって私より小さな白い髪の子に、私を雇うと言われても、俄かに信じられないもの。
でも、どちらにしろ銅板貨二枚をくれると言うなら悪い話ではないし、既に前金として食事をくれたのだから、子供の気まぐれに付き合うのも悪くないと思えた。
もっとも、私も人の事を言える程大人ではないけどね。
「まずは、貴女と同じように誇り高い子を見つけて来て。
今の生活から抜け出せるなら、この街を出ても良いと思える子達を、多めにね」
うん、それなら何人か知っている。
私達は弱いから、皆んなで力を合わせないと生きていけない。
でも誇り高い子と言うと、意外と少ないので、他の地区の子に住んでる子達を合わせても二十人くらい。
後は、信頼はできない子だと思う。
「ふ〜ん、頭の回転は悪くないのね。
いいわ、その子達に声を掛けて夕方に此処に来て」
その後は、少し動けるようになったので、歩いて声をかけまくった。
中には、数日前にもう動かなくなって何処かに運ばれたと言う子も。
無駄骨かもしれないけど、何か食べ物を得られる機会があるかもと言うことで、なんとか二十人くらいの子が集まったけど、中にはもうお腹が空き過ぎて考えれない子もいるし、声を掛けてもいないのに、鼻を利かせて付いてきてしまった子もいる。
だから約束通りに姿を見せた白い髪の子に、約束通り誇りある子だけと言う約束を守れなかった事が申し訳なくなった。
だって私を見逃すだけでなく、あんなに美味しいパンをくれた人に、恩を仇で返す真似になると思うと……。
「正直な子ね。
でも大丈夫、此処に来てくれた子、皆んな平等に機会はあげるから」
その後は色々あったかな。
とにかく驚く暇がないほどたくさんの事が。
何か光る扉を潜ったら見た事もない街の光景があって、暖かい食事と寝床代わりと言って倉庫の片隅を与えられた。
態々気を使ってくれて、男の子達と女の子と別の倉庫の片隅。
話を聞くとあの白い髪の子が持つ商会の倉庫の一つだとか。
うん信じられなかったけど、あの子より立派な紳士が、あの子を会長と呼んでいたから多分間違いない。
その後は色々やらされたけど、基本的には私達にとって損の無いものだった。
礼儀作法や接客方法、掃除の仕方に食材の扱い方、読み書きは一度に無理だからと少しずつで、その代わりお金の扱い方とお釣りの出し方は、毎日朝夕と復習させられた。
私達がお金に触れる機会があるとは思えなかったけど、とにかく身につけておいて損はない事が多かったし、少なくとも此処にいる間はお腹を空く事も雨で濡れて眠る事もないし、人買いに怯える心配もない。
ただ、私が声を掛けなかったのに、勝手に付いて来てしまった子達は、一人、二人と消えていった。
最初は真面目に学んでいたけど、一ヶ月も経った頃から、やらされている事に不真面目になり、結局、倉庫にある物に手をつけて逃げだしたから。
もっとも、倉庫を出た所で捕まっていたみたいだけど、その事は大分後になって教えられた。
捕まった子達が、その後でどうなったか、どんな目に遭ったかは知らないし、私には興味がない事。
あの酷い環境から拾いだし、救ってくれている相手を裏切ったんだから、酷い目に遭っていても当然だと思うもの。
やがて三ヶ月が経った頃。
「基本は大分出来るようになったみたいね。
あまり来れなくて心配だったけど、これなら安心したわ。
今迄、よく頑張ったわね」
白い髪の子、ううん、ユゥーリィ様はそう言うけど、三日毎には顔を出して何かを教えてくれるし、私達と同じ歳くらいのエリシィー様がほとんど毎日顔を出して色々な事を、根気よく教えてくれた。
一番教えてくれたのは大人の人達だけど、結局はユゥーリィ様の指示で教えてくれているだけと言う態度が出ているんだよね。
ユゥーリィ様とエリシィー様ほど、親身になって教えてくれてはいない。
でも、感謝をして必死に教わる。
それが自分達のためだし、温かい食事と寝床、そして綺麗な服を与えてくれているユゥーリィ様の期待に応える事だから。
「そろそろ、貴方達にやってもらう仕事を説明して、そのための練習もしてもらうけど、その分、教え方は厳しくなるから覚悟しておいて」
話を聞くと、どうやら食べ物を扱うお店で私達は働く事になるらしい。
男の子組と女の子組に分かれて、言葉通り厳しく教えられた。
でも叩かれたり、罵倒される事はなく、ただ出来るようになるまで、只管繰り返させられる。
何度も何度も、何日でも、……涙目になっても関係なかった。
ただ、出来るようになったら、褒めてくれたから、それが嬉しかった。
そして、さらに三ヶ月が過ぎようとした頃、本当にお店で働かせてもらえる日が来たのよね。
明るくて綺麗で素敵なお店。
制服と呼ばれるお揃いの服も、もの凄く可愛いの。
汚れても良いように何着も用意してくれたし、仕事以外に着る服もたくさんくれたわ。
寝る部屋も広くて、それをたった二人づつで使えるのだから、物凄く贅沢な話。
だって詰め込めば、十人は寝泊り出来るだけの広さがあるのよ。
お店は朝は準備があるから、陽が登ると共に起きる必要があるけど、閉まるのは早いから翌日の準備と掃除を終えても、陽が沈む前に終わってしまうので、夕食後は勉強会。
そうそう、このお仕事は清潔である事が肝心だからって、お風呂というお湯に毎日浸かって身体と頭を洗うのよね。
最初は戸惑ったけど、慣れたらこれが物凄く気持ち良いの。
もうお風呂のない生活なんて考えられないくらい。
とにかくいっぱい働いて、いっぱい食べて、いっぱいお勉強をして、綺麗になって気持ち良い状態で、ふかふかのお布団でグッスリと安心して眠れる。
此処の生活は、夢の中のような生活。
本当の私は、あの汚い路上の隅で横になっていて、最期の夢を見ているのではないかと時々思ってしまう。
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【現 在】
よしっ、卵割りは終わり。
専用の卵の殻入れの箱を丁寧に封をして、所定の位置にしまって次の作業に移る。
卵の中身は、必要な分量毎に分けて、担当の子に渡すし、私は今日は卵の透明の部分を使ったお菓子作り。
うぃ〜〜ん。
容器に入れた、卵の透明な部分が、不思議な道具で見る見ると泡立ち白くなってゆく姿は、慣れる程使ってはいても、やっぱり不思議に思ってしまう。
泡立て器という名の魔導具と言う物らしいけど、手でやったらあんなに大変な作業も直ぐに終わってしまう。
こう言う道具が此処にはたくさんあって、全部、ユゥーリィ様が作られた物だと言うから凄い、尊敬する。
うん、元々尊敬しているけど、もっと尊敬してしまう。
よし、こんなものかな、今日も良い固さだね。
「はい、準備できてるよ」
「ありがとう」
かつて衰弱死間際だった所を、ユゥーリィ様に助けられた子から貰った材料を、少しずつ今泡立てた中にヘラで混ぜてゆく。
作っているのは、マカロンというお菓子で、今、私がやっている作業がこの菓子の出来を大きく左右する大事な作業。
今日は、ユゥーリィ様とエリシィー様が、大切なお客様と一緒に来店される日。
いつも気合を入れているけど、いつも以上に気合が入っているのは皆んな同じだと思う。
厳しいけど優しいユゥーリィ様。
淡々と、それでも根気よく教えてくれるエリシィー様。
あんな惨めな生活だった私達を救い出し、こんな最高の仕事と生活を与えてくれた人に最高の仕事を見せるために。
やがて一通り準備ができ、出来上がったお菓子を大皿に盛って店内に並べ終わった頃、お目当ての方が来られた知らせが入ると、皆んな作業の手を止めて店の入り口近くで並ぶ。
本当は駄目なんだけど、私が皆んなと相談して店長さんにお願いした事。
「「「「「いらっしゃいませ、お嬢様」」」」」
従業員総出のお出迎えに、困ったようにそれでいて嬉しそうに笑みを浮かべるユゥーリィ様とエリシィー様の姿を心の中に残して、急いで持ち場に戻る。
まだまだ、やるべき仕事が多いのだから、何時迄もそうしてはいられない。
お客様に最高のお菓子と空間を提供する事。
それが私達の仕事であり。
お二人が私達に与えてくれた【誇り】なのだから




