1066.決闘舞台裏【弐】、師団長、毒殺未遂事件と舞台装置の説明に苦笑する。
王国騎士団副総師団長。
【ヴィルムント・オスロ・ストックホルム】視点:
決闘の当日は朝から気が重い。
別に決闘の解説する事そのものに対してではない。
いや、気が重い事は確かだが、今の気の重さとは原因が別にある。
朝食に毒が盛られていたのだ。
『皆、口にするなっ!』
幸いな事に毒に慣らした私が最初に口にしたから良かったものの、家族が口にする前で良かった。
使われていた毒は無味無臭の毒らしく、念の為だと殿下から貸し与えられていた毒検知の魔導具が無ければ、家族一同どうなっていたかと思うと肝が冷える。
毒検知の魔導具は解毒の機能までもある、非常に高度な魔導具なだけあってか、少量を口にした私への毒の影響は出なかったが、毒の入った食事を毒味用の鳥に食べさせた所、あっと言う間だった。
幸いと言って良いか分からないが、使用人の一人が屋敷から消えた。
昔、娘が教会の孤児院から拾ってきた来た者故、責任を取らせるべき家はない。
いったい何時から仕込んでいたのかは分からぬが、娘が信じていただけに娘の落ち込みと動揺は見ていて気の毒になる程だった。
調査はさせるが……、おそらく無駄だろう。
脅迫か懐柔か、はたまた最初から仕込みだったのかはともかく、この手の事をさせる輩の思考など大体が決まっている。
自分達に辿り着く可能性のある駒は、何の躊躇を覚える事なく処分する。
「警告か本気だったのかは知らぬが、随分と大物が背後にいるようだね。
念の為に魔導具は暫く貸しておくから、扱いには気を付けておいてくれ。
警戒されてしまった以上は二度目は無いだろうが、巧くいかな掛かった事に対する報復と言う事は考えられる。
一応は念の為に用心するに越したことはない」
殿下に朝の出来事を報告した所、その様な返事が返ってきた。
王侯貴族の中では毒を盛られる事など珍しい事ではないが、やはり家族共々で狙われるとそれなりに心に来る物がある。
殿下も返事こそ素っ気ない物だが、毒検知の魔導具を貸して下さった儘と言う事は、それなりに気を使って下さっている証。
魔導具【孔雀双蛇の指輪】
国宝級の能力を有しているらしく、値段を付けられない程の価値があるらしい。
殿下が扱いに気を付けるように仰ったのは、この魔導具が良からぬ者の手に渡る事で対策を取られては、より面倒な事になる事を危惧されての事。
『父上が毎回相手から強請ってくるから、あと十個くらいは同じ物があるが、今、世に出されても問題になるからね。
何れ簡易版が世に出る事にはなるだろうが、そこは気を付けてもらいたい』
十以上も同じ物がある国宝……、国宝とは何かと考えてしまいそうになるが、価値的にはそう言う問題ではないのだろう。
殿下曰く、魔導具の性能が向上しており、私が拝借しているのは初期の頃の物だとか。
「いっその事ヴィルが毒にやられた事にして、遅れて決闘の開始時間ギリギリに登城してきたら話しが早かったのだが、今更そう言う訳には行かないな。
私にとってヴィルの家族の方が大切だし、今回は運がなかったと思う事にしておくよ」
ぐっ……、どうやら殿下の足を引っ張ってしまったようだ。
確かに仰るように、送り込まれたであろう私の代わりを捕まえた方が、余程話が早く進んだ。
どうやら家族が狙われて、自分で思った以上に動揺していたようだ。
そしてそういう策もあると、それとなくお教えして下さるあたり、あの陛下の血を引くだけの事はあると感じ入ってしまう。
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【催しの開催一刻半前】
「つまりこの切替器で、声を拡声器の魔導具に繋げたり切ったり出来るのだな」
「はい、此方の切替器で音を出す場所も切り換える事が出来ます。
音の大きさや、会場の音を拾うのは別の者が担当する事になりますが、殆どの切替がこの場所で可能です。
此方の少し離れた場所にある二つの切替器は、一つは決闘が行われる場所へ向けての物で、基本的には切った儘です。
これはオルディーネ領で行われた武闘大会で、解説の声が邪魔だと言う参加者からの声があったため、その反省から拡声器の魔導具に指向性を持たせ、配置を計算するようにし、更には切替板の構成と配置を大きく見直す事となりましたが、やはり必用な場合も想定出来ますので、このように敢えて残しております」
説明をしているのはオルディーネ領から派遣された技術者で、これらの設備が如何に今までの拡声の魔導具と違い、今までとはまったく違う遣り方が出来る代物だと語ってくれるのだが、私からすれば便利になった、それだけで済む話しだ。
「肝心の此方ですが、少々大袈裟な囲いに装飾されておりますが、配置した全ての拡声の魔導具に強制的に繋ぎ、更には最大音量にするための物です。
本当に緊急時用の代物で、まず使う事のない代物とお考え下さい。
規則ですので、その存在と取り扱い方法の説明はさせては戴きますが─────」
なるほどな、確かに便利だし必要な機能だろう。
寧ろ説明されれば、あって当然だとさえ思える。
こう言った細かな事まで気が付くあたり、やはりあの者は優秀な者である事は確かなのだろう。
陛下や殿下達が目を掛けるのも理解出来る。
「こう、大きく周りに【非常時以外使用禁止】と派手な装飾と共に幾つも書かれますと、逆に弄ってみたくなるお気持ちは分かりますが、どうか止めて下さるようお願いします。
本当に洒落にならない音量ですから」
「……悪戯でやる訳がなかろう」
そう口にはしたものの、言われてみれば悪戯心が湧く者もいるだろう事に気が付く。
実際に私も言われて一瞬ではあるが、実際にはどれほどの物だろう、と脳裏に浮かんだ事は否定出来ない。
説明を聞くと誤作動しないように、普通の切替器のように簡単に線に繋がるのではなく、距離をある程度離してあるものの、叩き付ける様に強く押し込む事で固定板が割れると同時に線が深く繋がる様にしてあるらしい。
「やるなやるなで、やってほしいと言っている訳ではありません。
御気分を害されるかもしれませんが、騎士団の方にはそのような気性の方が多いとお聞きしておりますので、此方も念の為です」
「……気を付けさせよう」
オルディーネ領からの技術者の派遣は今回限りとの事。
ならば注意事項の一つとして、素直に受け止めておくだけだ。
確かに疑われて不快ではあるし普通はそこで踏み止まるものだが、やるなと言われると逆にやりたがる者がいる事は……、残念ながら否定はできん、頭の痛い事にな。
そしてそんな事を考えている間にも説明は続き。
「─────以上で、本日使う上での説明と諸注意は終わらせて戴きますが、近くで待機しておりますので、御不明な点がございましたら、お気軽にお声掛け下さい」
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【催しの開催直後】
「─────と、先程読ませて戴きました、ザーネン伯爵家前当主であられるバッカカス・ノルド・ザーネン卿の訴えとは、随分と違う物の様に感じられますが、ストックホルム卿はこの辺り、どのようにお考えでしょうか?」
厄介な話題を私に振ってくるのは、本日の催しの実況役に選ばれたハワード・クラウド氏。
三十代になったばかりで私からすれば若造ではあるが、これでもそれなりの経験を持つ近衛騎士で、王妃様付の部隊に所属している。
王妃や王女付とと言うと、女性ばかりの騎士で構成されていると勘違いする者も多いが、男性が入りにくい場所もあれば、逆に女性が入りにくい場所もある。
それに女性騎士は少数で希少だ。
本人の要望があるならばともかく、基本的には女性貴人の身の回りを護衛をし、男性隊員はその外側。
男性隊員は雑用係に写るかもしれないが、それこそ護衛の本体と言える場所に配置される。
そもそもな話し、守るべき対象近くまで護衛が必要な状態になる事そのものが不味いのだ。
油断をする訳にもいかないし、隙を必要以上に見せる訳にも行かない、何より万が一の事を考えれば、護衛対象のお側に護衛を控えさせて戴くのは当然の事であり、その栄誉を同じ女性が行う事で、安心してもらうと同時に不逞を疑われないための政治的な判断なのであって、決して男性騎士が不遇に遭っている訳ではない。
寧ろ女性騎士達に口の方まで鍛えられているため、こう言う役割には打って付けだと言えよう。
なによりこの催しが、王妃様主催の慈善事業となれば、王妃様の関係者が実況を行うのは当然の事であり、ある程度事情を知る者に対しての牽制にもなる。
「難しい所ですね。
お互いに考え方も立場も違われる方達ですので、当然、今回の決闘にまで及んだ経緯も視点の違いによる齟齬は生まれて当然の事です。
先程のザーネン氏が仰る事も、騎士を預かる者としては理解は出来ますし、なにより王国のためと言われれば納得出来る箇所もあります。
対してシンフェリア卿は、こう言っては何ですが、言葉足らずに感じます。
時系列に則っているため非常に分かりやすく、他者の視点や感情が交じる事なく書かれている所は、理想の報告書を読んでいるようで、彼女が女性だという事を考えれば、もう少し感情豊かな文章を書かれた方が、多くの方に好まれるのではないかと思うと、そこは残念に思います。
ですが、こうして双方の言い分を比較すれば、ある程度背景を知っている方や、その気になって調べられる方であれば、真実に辿り着く事はそれほど難しい事ではありません」
「おや、ストックホルム卿としてのお考えはお聞かせ願えないのですかな?」
「はっはははっ、それこそ人によって導き出す答えは変わる物です。
ましてや私の立場からすれば、このような席で私の考えを話すのは少々気が引けますので、どうか御容赦を」
片方を一方的に貶す答えなど、不特定多数を相手に話せる訳がなかろう。
何より蔑んだ眼差しと嘲笑する声が、会場の彼方此方から出ている中で、私の意見など今更というもの。
私が殿下から求められているのは、公平な解説者だ。
そう聞こえるように心掛けねばならない。
もっとも、誰に対して公平なのかではあるがな。




