1065.決闘舞台裏【壱】、依頼やお願いと書いて、命令と読む。
王国騎士団副総師団長。
【ヴィルムント・オスロ・ストックホルム】視点:
私の名は、ヴィルムント、ヴィルムント・オスロ・ストックホルム。
栄えあるストックホルム伯爵家の次男として生を受け、四十年あまり。
まぁ概ね順風満帆な人生だと言えよう。
但し、今の国王陛下からはと口にはしないが伝えておく。
若いのに優秀だからと、前国王陛下を含む上層部に、散々無茶な後始末をさせられた恨みは今でも忘れん。
仲間や部下共々、何度全滅の憂き目に遭いそうになった事か。
分かっている、俺の才能に嫉妬した上層部が前国王陛下に自分の都合の良いように伝えて、私達を死地そのものに送り込んだり、碌に身体を休む間もなく働かせる事で、私を壊そうと企んだ事はな。
陛下に救って戴かなければ、私も私の仲間も、とっくにすり潰されていただろう。
故に今の国王陛下には感謝しているし、陛下の御子息であるカーライル殿下に仕え、副総師団長とし陰ながら騎士団を纏める事にも不満はない。
元々剣の道を選んだ時点で、寧ろ最高の名誉を戴けたと言えよう。
殿下自身も優秀な方だし、陛下と同じく無意味に武力を誇る様な事はない方でありながらも、騎士団の存在意義を御理解されている。
「ヴィル、君に頼みたい仕事がある」
歳は離れてはいるが、気安く愛称でもって呼び掛けて下さるのは、私と殿下が築き上げてきた信頼の証でもある。
さて、さて、今度はどんな無茶を申されるやら。
陛下が数年以内に退位される事が決まっている今、流石に昔のように身分を隠して野党の討伐に参加させろと言う無茶は聞き入れるつもりはないが、御子息の剣の相手をしろと申されるのであれば、喜んで受けさせて戴く所存だ。
「仕合の解説だ」
「……は?
試合の審判とかではなく、解説をですか?」
はて、私自ら試合の解説をしなければならない程の客が来られる予定があったかと記憶を探るが……、王族である殿下から依頼が来る程の者となれば、他国からの客人だと予想してしまうが、それを考慮したとすると相手は限られてくる。
一番あり得るのはインシュウシンカン国からの使節団だろうが、彼処の国とはとある訳があって、現在、今後の関係を保留している状態。
内々に話は付いてはいるらしいが、その様な物は急に変わる事など幾らでもある話し、となれば必要以上に近衛を配備しては誤解を招きかねないため、解説役を兼ねた護衛といった所か?
だとしても、ある程度信頼の置ける者を数名は紛れ込ませたい。
その辺りのお考えをお聞きした所、まったくの見当違いだと告げられる。
「仕合という言い方が悪かったな。
品の無い言い方をすれば決闘だ。
噂は聞いているであろうが、母上が慈善事業をこの決闘に組み込んだ。
大勢の観客を前にすれば、アレも少しは大人しくなるかも知れぬからな」
決闘と王妃様の二つの言葉で、何の事かは大体察しは付いたが、普通は決闘に解説など必用がないため結びつかなかった。
おまけに決闘をする相手は、何方も問題のある人物で有名だ。
特に片方は新興貴族であるにも拘わらず、国中を騒がせ続ける程の人物で、色々な意味で有名な少女だ。
そしてもう一人は悪評と言う意味では、そこそこに知る者は知っている程度に有名な人物であり、公職を辞した事に多くの者が諸手を挙げて喜ばれた老人。
「殿下……、こう言っては何ですが、アレはその程度で大人しくなるような殊勝な人間ではありませぬぞ」
「やっぱりそう思うか?
実は私もそう思っている。
だが、そう思う者もいるであろうし、必要以上に心配してしまう者もいる。
彼等を少しでも追い立てられるのなら、そこに意味は生まれる」
何方の事を言っているかは敢えて問うまいが……。
「しかしながら、そうなりますと解説というのは、何方様に対しての物なのでしょうか?
決闘など他国の客人にお見せするような代物ではありませぬし、家同士の争いと捉えられない事を考えますと、お見せするのは如何かと思います」
「ああ、その辺りは勘違いしたままのようだね。
そんな堅い話ではなく本当に唯の解説で、寧ろ軽い気持ちでしてもらいたいものだ。
ヴィルも聞いているだろう。
彼の地で行われた武闘大会の様子を」
陛下と殿下に御迷惑を掛けてまで多くの騎士が出場したというのに、本戦二回戦までに全員が敗退して、おめおめと戻ってきたあの大会か。
例の決闘もこれが切っ掛けと聞くが、問題はそんな事よりも……。
「殿下、正直に申しまして、私には不向きな事かと」
大会に出た者から、随分と派手な演出が催された大会だったと聞いている。
その中でも最新の拡声の魔導具を用いて、試合の内容を熱い言葉で解説しながらも、面白可笑しく観客の話し掛ける行為は、予想以上に会場を盛り上げていたらしい。
つまり殿下はその役割を、よりにもよって私に遣れと命じている。
こう言っては何だが私は堅物だ。
清濁纏めて飲み込む程度の柔軟性は持っているし、人との付き合いを潤滑にするための会話はある程度可能。
役目柄大勢の人前で話す事も緊張はするが、それなりに熟す事は出来る。
ただ、やはり私の話は基本的に堅い。
妻や娘にも私は話しのつまらない男だと思われている程。
会場を盛り上げられるような話が、その私に出来るとは欠片も思わない。
ましてや王妃様主催の催しともなれば、会場を私の言葉で盛り下げる失態を見せるなどあってはならない。
その旨を殿下に話し、より適した人間に話しを持って行かれる事を進言するのだが……。
「はははっ、安心してくれたまえ。
私もヴィルがその手の事は苦手だという事は知っている」
一笑に付されてしまう。
その後に続いた話しによると、仕合の内容を見たまま、場の雰囲気に合った言葉で盛り上げる人物は別におり、私は戦いの専門の人間として意見を求められた際などに、解説者として答えれば良いだけだと。
「無論、君が自ら言葉を発するのであれば、それはそれで構わない。
きっとそれだけの内容があったと、言葉を聞く者はそう思うだろう」
肝心なのは、それなりに有名な人物であり、その手の事に関して公平な目で解説出来る人間だとの事。
とにかく今回は色々と初めての場であり、練習を兼ねた場でもあるため、突然の事態にも対応ができ、尚且つ指示が出来る程の責任と立場がある人間が求められるとなれば、確かに私が最適なのであろう。
熱く語れと言うのでなければ、まぁ何とかなるか。
「分かりました、引き受けさせて戴きます。
ですが、本当に私で宜しいのですか?
こう言っては何ですが、私は両者に対して、それなりに思う所がある人間ですぞ」
少なくとも片方に関しては、私は心底嫌っている。
遥か年上の先輩騎士ではあるが、私が若い頃から何かと嫌がらせを受けて来ていたからな。
おまけに傲慢不遜な性格も最悪だが、更に最悪なのがそれが仕事に表れていた事だ。
そんな輩に、幾ら箔を付けさせて自ら辞めさせるためだからといっても、よくもアレに師団の一つを短いながらも任せる気になったと、当時は上層部の正気を疑ったものだ。
師団の半数以上は長期遠征中だったため、実質は残された者達を率いるだけではあったのだが、結果は言うまい。
残されていた者達の殆どがそれなりに問題がある者達だったからな、性格はアレだったが鍛錬をする事だけは必要以上に熱心で、特に自分より弱い者に対しての指導に関しては、傲慢な性格が窺える言動を気にしなければ、まぁ……よき指導者である事には違いない。
性根を叩き直された者もいれば、ついて行けずに自ら辞めていった者も多くいたと言うだけにすぎないし、それが当時の上層部の狙いの一つでもあったであろうと言うだけの事。
そしてもう一人に関しても……。
「あの老人の方は今更語るまでもないが、君が彼女をあまりよく見ていないのは知っている」
その通りだ。
私は決闘を行うもう一人も嫌ってはいないが、厳しい目で見ている。
「だがそれは立場的なものであろう?」
「御理解されているのであれば良いのです」
「ああ、でもヴィルは彼女の立場を理解もしてはいる」
「理解などしておりません。
私なりに冷静な目で評価し、私の置かれた立場と騎士団に対する影響を考慮すれば、私が彼女を良く見ないのは当然の事かと」
騎士団内の待遇に差を生んだ元凶だからな。
その待遇の差に不満を持つ騎士達の事を思えば、友好な関係を見せる訳には行かない。
「確かに討伐の環境は、かなり向上したからね。
その事に関して不満を言う者が多いのも理解しているよ。
だが他の騎士団もその恩恵を受けてはいる」
討伐は導入実験。
他の騎士団はその結果を受けて、国にとってより効率よく展開する。
そのお考えは分かるし、その恩恵を受けている事は確か。
確実に死傷者は減っているし、怪我を理由に騎士団を離れる者も減っている。
心より感謝はしてはいるが、それとこれとは別の問題だ。
その問題もいずれは追い付くだろうが、予算の都合もあるため、その流れは緩やかでしかないし、中には費用対効果が悪いと判断されたため、導入は討伐内だけで留まる代物もある。
無論、それ等は国の問題であって彼女が悪い訳ではないが、不満を持つ者達を多く抱える立場である以上、そやつ等の気持ちを汲んでいる姿勢を見せねばならない。
「明確な差が目に付く事が問題なのです。
彼の者と討伐を纏めるガスチーニ侯爵家との関係は理解していますが、それを申すのであれば彼女を見出したコンフォード侯爵家前当主は、当騎士団に過去に在籍しておりましたし、ヴォルフィード公爵家の当主は内外の所属の差はあれど、現役で所属しております。
その事を知っている者であれば、不満を持つ者がいてもおかしくはありません」
「ドゥドルク卿は近衛にも討伐にも所属していたし、古き血の一族の長として、また当時の剣聖に選ばれた者として、各地で魔物に苦しめられる民を救って国内を回っていた事を考えれば、ドゥドルク卿は討伐側だと言える。
ヴォルフィード家に関してはその通りではあるが、あの家が彼女の後ろ盾になったのは、魔物の群れに襲われた子供を救われた事が切っ掛けだ。
彼女の事に関しては、心情的に討伐側だと言えよう」
その事は知っている。
だが、殆どの者はそこまでは知らないし、事情があるのだと察しようともしない。
単に現状を比較して討伐を僻み、差を生み出した元凶と思しき相手を妬むだけだ。
そう誘導する者がいるのも問題ではあるが、誘導に乗る者達の根底に不満があるからこそ、自然と誘導されてしまう事を立場的に理解しないとならない。
でなければ問題が起きる度に、その対処を穏便に済ます事など出来ないからだ。
「まぁそこは追々ね。
この決闘が終われば多少は良くなっては行くだろうし、そうでなくともヴィルならば公平な目で仕合を解説するだろと信じているから、信頼して話しを持ってきているんだ。
そこは理解してほしい」
「殿下の御心の儘に」
まぁ不正な解説を求められていないのであれば、強く断るような案件でもない。
ましてや『理解してほしい』と言われれば仕方がない。
はてさて『公平な目で』という事は、私に対して片寄った解説をするように接触してくる人間がいるか、実況の場にそちら側の人間がいるから気を付けろと言う事なのかは分からぬが、面倒な仕事になりそうだ。




