1067.決闘舞台裏【参】、いや、アレは反則ではないが、反則だと言いたい。
王国騎士団副総師団長。
【ヴィルムント・オスロ・ストックホルム】視点:
「し、勝負ありっ! 勝者、シンフェリア辺境伯爵閣下っ!」
「「……、……、……」」
ある程度予想はしていたが、あまりと言えばあまりすぎる仕合の内容に、私や隣に座るクラウド氏だけでなく、会場にいる観客のほぼ全員が言葉を失う。
瞬殺である。
開始位置から一歩も動く事なく。
普通であるなら、例え武器を投擲されても避わせるであろうあの距離を。
たった一振り、正確には両手に握った二本なので、同時であっても二振りかも知れぬが、それで勝敗が付いてしまった。
その事も飲み込みがたい事実ではあるが、それ以上に異様に写ったのがシンフェリア卿が手にした巨大な剣。
人が持つ事など最初から考えられないほど巨大で、神話に出て来る巨人ですら持つ事が出来ないのではないかと思うほど巨大な剣。
「……あ、あれ、ありなんですか?」
どうやら、クラウド氏も復活したようだ。
だが流石にかなり動揺をしているのか、私への礼儀を忘れている。
もっとも最初から無礼講で行う事になっているし、私はそれほど礼儀を重んじていないため最初から気にしていない。
後々クラウド氏がその事で、周囲の者から責められないかを心配する程度だ。
「決闘法の於ける規約や規定上は反則ではありませんし、一応は剣の形状をしておりますので、ありと言えばありなのでしょう。
それに『剣での戦い』とは申してはいますが、規程の内容的には剣に拘る必要は無く、使う武器が槍や斧であっても問題はありません。
常識を何処かに置き忘れたような、馬鹿馬鹿しいほどに巨大な剣である事は確かですが」
幾ら身体強化の魔法があると言っても、あれ程の巨大な物を振るえるとは、未だに信じられないが、あの剣を取り出して振るいきるまでの間、シンフェリア卿の身体を幾つもの盾の魔法が支えていたので、おそらくそれが巨大すぎて重いという言葉など生温いと思える巨大な剣を振るえた秘密なのだろう。
今回の決闘の規定でシンフェリア卿が身体を盾の魔法で覆うだけでなく、剣を振るうために必要な盾の魔法を許可する旨が書かれていたので、そうでなければ説明がつかない。
「だとしても、あのような巨大な剣を人が扱える物なのでしょうか?」
「シンフェリア卿がこの決闘の際に許された魔法が幾つかありますので、それを利用したと思われますが、おそらく卓越した魔導士である彼女以外は不可能ではないかと」
「それはその時点で、公平な決闘ではないと捉える事が出来ますが、その件に関してはどのようにお考えでしょうか?」
「お考えも何も、認めなければ決闘そのものが成立しないでしょう。
御覧の通りシンフェリア卿はかなり小柄な女性です。
しかも生まれ持った病気の関係で手足が細く、素の筋力に関しては失礼ながら子供なみか、それ以下だと思われます。
魔法を駆使しなければ、普通の剣すら真面に振るうどころか、持ち上げる事さえ可能かどうか疑わしい限りです。
逆にお聞きしますが、クラウド氏はそのようなか弱い女性を相手に対して、一切の魔法を禁じて【剣】での決闘に応じろと、騎士の名誉に賭けて言えますか?」
「いや、無理ですね。
末代までの恥以外の何ものでもありません」
「ええ、ですのでザーネン氏もそのための魔法を使う事を認めたのだと思います。
寧ろ騎士以前に人として当然の事として、受け入れるのが当然の事かと。
決闘とは貴族としての名誉と尊厳と誇りを守るために、公平の下で行われる物でなければならないのです。
でなければ、剣すら真面に持てない相手に、嘗ては剣聖候補だった者を相手に剣での決闘など、それは最早決闘ではなく唯の屠殺です。
決闘を建前にした公開処刑と言う名前ですら生温いでしょう。
ですので剣を持ち、剣を振るうために必要な、最低限の魔法を認める事は、公平性を保つためにも必要だったのです」
公平に行われた決闘の結果だった。
そう話しに持って行くのには、この結果は少々苦しい。
嘘はなく、確かに公平にした結果だと言える。
寧ろそれでも条件的に有利なのはザーネン氏の方だ。
普通であれば攻撃魔法を封じた魔導士は、最終的に選ばれなかったとは言え、剣聖の候補に名を連ねる者を相手に勝つ事など有り得ないからだ。
魔導士の中には、【撲殺女神】や【笑う筋肉】の様に近接戦闘を得意とする者も確かにいるが、アレ等は例外中の例外だ。
特に【笑う筋肉】は身体強化を用いなくても全身金属鎧で身を固めた盗賊をそのまま腰をへし折った逸話以外にも、赤毛剛牛鬼の首をその腕力で以て絞め殺した逸話まである。
そして稀代の魔導士と評価を持つシンフェリア卿も、その例外の一人だと言えよう。
体術でも腕力でもなく純粋な魔導士の能力で以て、魔導士には圧倒的な不利な条件を物ともしていないに過ぎない。
常識的な魔導士ならば、圧倒的に不利な条件である事は変わらないのだ。
「確かに仰る通りですね。
貴族の名誉と尊厳以前に、人として認めるのが普通なのでしょう。
ただ、あまりにも予想外過ぎた仕合内容に、私も失念していたようです。
この場にて、先程の発言をお詫び申し上げます」
まったく、流石は女性を相手に年中揉まれているだけはある。
最初から議論の着地点がこうなると見越して、私を誘導したな。
若いながらも大したものだと素直に感心する。
「しかしそうなりますと心配されるのは、巨大な剣をその身に受ける事になったザーネン卿ですね。
あのような巨大な剣に挟まれて大丈夫なのでしょうか?」
「一応は寸止めされていたようですし、運ばれていった様子では大丈夫かと思われます。
そうでなければ、あの場にて決闘の勝者宣言がされたはずです。
それにザーネン氏が身に着けていた鎧は、騎士団の師団長に支給される特別製の鎧だと言うのも、私が大丈夫だと判断する材料でもあります。
本来は退役すると同時に返却されなければならないものですが、様々な諸事情があってそのままである事はあります。
ともあれ、あの破損具合を見る限り、ザーネン氏が受けた攻撃の殆どは鎧が受け止めて吸収したようですので、命に別状はないでしょう」
【身代わり鎧】と称されるあの魔導具の鎧は、原則は退団と共に返却だ。
だが一定の手続きと処置を行えば、返却するまでの期間を延ばされる事があるが、それだけに過ぎない。
此方は解説するには問題があるため伏したままたが、元老院のペリースも特別製と言う名の防御用の魔導具で、それも一役買っているはず。
ザーネン氏が防御用の魔導具を持ち込む事は、当初から想定されていたし、その事は見逃すようにと殿下から通達されている。
これもまた公平さを期するためと聞いているが……、おそらくザーネン氏から回収するための目的もあったのだろう。
現に治療の名目で、全て剥ぎ取られて回収されている。
「あっ、此処でザーネン卿の容態に対しての情報が、此方放送席にも届きました。
怪我の具合は比較的軽傷で、現在は攻撃を受けた際に打ち所か悪かったのか、衝撃が大きかったのかは不明ですが、気絶しているものの暫くすれば目が覚めるであろうとの事です。
決闘の結果とは言え、命の心配が無く大きな怪我をしていない事に安堵の息を吐けますが、規定上、直ぐに仕合に復帰出来ない場合は四半刻の休憩を挟み、更に四半刻が過ぎて目を覚ます様子がなければ、戦闘不能による棄権と見なされてしまう事になりますが、そういう意味でもザーネン卿の容態が気になる所ですね」
「こればかりは仕方がない事でしょう。
ザーネン氏も好きで気絶をした訳ではありませんので、その事その物はザーネン氏の名誉を傷付ける事にはならないのが、せめてもの救いかと」
もっとも、それ以外の遣らかしで既に名誉など地に落ちているがな。
観客の中にはシンフェリア卿の勝ち方に対して騎士道を問う声も聞こえるが、この決闘に騎士道を問う事自体が恥だと気が付いていないのだろう。
魔法を使わなければ無力な少女に対して、騎士が剣で戦えと周囲を巻き込んで無理矢理に決闘を受けざるを得ないように仕組んだのだぞ、その時点で騎士道も何もなく、寧ろ騎士の恥でしかない。
それでも剣を振るうために許された魔法で以て剣で戦っている相手に、奇策すらも許さず騎士のように戦えと言う人間に対して、寧ろ騎士道を問いたい。
そこへ立会人から、規定通りになると正式な通達が出たため、その間に観客同士で、先程の試合内容についてそれぞれ討論されるだろうが、そこまでくれば個々での話題でしかないため、それに加わるのは実況や解説者の仕事ではない。
「では、我々も短い休息を取る事になりますが、先ずはお茶でも戴きましょうか。
既にお気付きの観客の方も多いでしょうが、本日は会場に出店されている茶工房【海の雫】は、後日正式に開店するお店です。
上位の貴族の方からしたら少々安いお茶ではありますが、城で働く多くの者達からしたら、普段飲みをする分には十分な品質があるお店だと言えましょう。
名前通り様々なお茶を取り扱っていますが、何と言ってもこの店の売りは、シンフォニア王国の偉大な王妃であらせられるエリザベート様、その王妃様が考案された処方のお茶をも取り扱っているという事です。
残念ながら使う茶葉の品質は、王妃様が飲まれている物には遠く及ばないものの、それは比べる相手が間違いと申しますか、比べる事自体が不敬ですので、お店では値段に合った茶葉を用いて提供されております。
また茶工房【海の雫】ではエリザベート王妃様だけでなく、セレスティナ王太子妃殿下とフェニシア王女殿下が考案されました処方も取り扱っておりますので、本日はそれらの茶は取り扱っておりませんが、正式に開店された際には是非とも脚を運んでくださればと思います。
もっとも残念ながら貴族専門のお店ではありませんので、立場のある方は足を運ぶ事などはまずあり得ませんが、その代わり王妃様方のお茶の席に呼ばれる事もおありでしょうから、私からしたら、そちら方が羨ましい限りですね。
私のような下の者からしたら夢のまた夢と言いますか、夢を見る事自体が不敬ですからね。
ですので私は茶工房【海の雫】に足を運んで、王妃様方御考案のお茶を心ゆくまで何度でも堪能させて戴くつもりです。
そして麗しき王族女性達が御考案されたお茶だけでなく、他にも売りとなるお茶があり、そのお茶というのが昨今噂になりつつある新たな珈琲です。
以前の物とはまったくの別物のこの珈琲は砂漠の国イシュライナ国からの輸入品で、今は国王陛下だけでなくカーライル王太子殿下も愛飲されている飲み物との事です。
まだまだ出回っている茶葉の数が少なく、お口にした事もない方も居られるかも知れませんが、その珈琲がお手頃のお値段で味わえるという、今の所は唯一のお店と言えましょう。
はてさて、そんな稀少な茶をお手頃なお値段で味わえる事自体に疑問を持つ方もおられるでしょうが、そこには理由があります。
先ずは国王陛下による王妃様への御愛情。
王妃様は此処数年、様々なお茶やお茶の飲み方に興味を持たれ、その素晴らしさをより多くの方に知って戴きたいと考えられておられる事は、御存知の方も多いかと思います。
茶工房【海の雫】への処方の許可と働き掛けもその一つで、実際に扱われている商品をお聞きした所、その影響を受けたと思われる商品が幾つもありました。
そしてまだ稀少な珈琲を扱う事は、国王陛下の王妃様への御愛情と、その活動への応援に他ならないかと思われます。
だとしても、それに唯々諾々とそのまま応えていてはお店は潰れてしまいます。
お店にもきちんと利益が出させる事で、国王陛下に無用な御心配を掛けないようにしたのが、茶工房【海の雫】ならではの技法で、茶工房【海の雫】の母体となる商会は、王家へ納める珈琲の茶葉を全て預かる事で、最高品質の物のみを選別した物にしてお返しし、王家へ納めているからです。
その際に弾かれた珈琲の茶葉と共に、それなりの品質の茶葉が茶工房【海の雫】に卸され取り扱う事になっているのです。
依怙贔屓で独占など酷い?
いえいえ、そんな事はありません。
王家へ最高品質の物のみを納める事は名誉な事であり、逆に最高品質ではない物を納める事自体が不名誉な事なのです。
そのためならば、弾かれた最高品質でない茶葉など、その大変な作業と労力の代価だと思えば安い物ではないでしょうか。
想像して下さいませ、大切な方に贈った物の中に、僅かであっても不味い物が入ってしまっていた時の事を。
うぉぉぉっ! 恐い!恐い!
私も妻や娘にその様な物を贈ったと想像して、身が震える思いをしました。
妻や娘に対してでもそうなのですよ。
ああ、私が恐妻家だという訳ではありませんので誤解をなさらないようにお願い致します、単にそれ以上の方の手に渡った際の事など考えたくもない、と言うだけの事です」
言葉遣いは所々問題ではあるが、流れるような言葉に、此奴、騎士ではなく文官を目指すべきではなかったのかと思ったのは私だけではあるまい。




