1063.決闘【陸】、さっさと立ちなさい。あと二回転がしてあげますから。
「では、始めて下さい」
立会人の言葉に周囲の観客が声を潜め、私達の一挙一動を見逃すまいと空気が引き締まるのが分かる。
先程は殆ど一瞬で終わってしまったため、見逃した観客も多そうだ。
そして一挙一動を見逃すまいとするのは観客だけでなく、ザーネン卿もその一人。
先程のように私に先手を譲るためだろう。
但し今度は油断なく構えているので、後の先を狙っての事だろう事は素人の私でも分かる。
「長々と睨み合いをする気はないわ」
そう言って散歩でもするかのように、軽やかな足取りで近付く。
それっぽく格好をつけた言葉を口にはしたけれど、単に睨み合いを続けた所で、視線や重心の移動、僅かな動きで駆け引き出来る程の技術が私に無いだけの話。
剣の才能が無いから、ある程度近寄った際の取った構えだって適当。
左手で短い方の剣を正面から相手に向け、右手の大きい方の短剣を上段に構えたものの、それっぽい構えをしているだけに過ぎない。
本職が視れば、突っ込みどころ満載の構えでしょうね。
別に良いのよ。
私は剣士ではなく、狩猟が趣味の魔導具師なんだもの。
副業で領主をしていても、本職の剣士になる必要はないし、他の時間を削ってまで剣を扱えるようになりたいとは思わない。
この構えを選んだのは、単に相手に剣を向けても不審に思われない事。
「素人がっ」
私の構えを単なるハッタリだと見抜いたのだろう。
ザーネン卿は後の先を捨てて、一気にバスターソードを上段から振り抜こうと重心が変わり、身体強化の力が膨れ上がるのが私の魔力眼が捉える。
この辺りの判断の速さと、実行へ移す胆力は大したものだとは思う。
例え何も考えていなくとも、それを実行するのはその者の意思によるものだから。
でも、最初からそうなる事を想定していた私は、左の短剣に一気に魔力を流し込む。
その瞬間、剣が前方に向けて、目が眩む程の閃光が放たれる。
カッ!
「ぐあっ!」
ざんっ!
目に痛みを覚える程の閃光に目をやられようとも、私がいた場所を正確にバスターソードを振り抜いたのは流石だと言える。
日々の鍛錬を怠っていないからこそ出来る動きであり、敵を打ち破ろうと身体が応えるまでに苛め抜いた証と言える。
右上から左下へ向けて見事な軌跡。
でも残念。
ゆっくりと歩いて見せたのは、私の速度を錯覚さるため。
ザーネン卿が目を眩ませながらも剣が振り下ろし終えた頃には、既に私は身体強化の魔法の威力を用いて地面を蹴り、一気にザーネン卿の後ろに回り込んでいた。
トスッ。
短剣の柄を首の後ろに叩き込む事で、ザーネン卿を気絶させる。
私のような素人がやると危険な行為だけれど、治癒魔法を使える治癒術士が控えているのでそこは気にしない。
なので力加減は適当。
首が折れない程度に強く叩けば、気絶するでしょう程度。
良い子の皆んなは真似をしちゃ駄目よ。
「勝者、シンフェリア辺境伯爵閣下っ!」
これで二勝、くだらない決闘もこれで終わり。
さぁ後は撤収作業をして帰るだけ。
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「儂は認めん!
あのような魔導具を使うなど、卑怯以外の何ものでもない!
今のは無効だっ!
いや、此奴の反則負けにしろっ!」
と思ったものの、またしても物言いが付きました。
しかも似たようなと言うか、前回とほぼ同じ台詞で。
本当、この老人は負けず嫌いというか何と言うか、此処まで来るとある意味あっぱれ。
「卑怯もなにも、最初の仕合の件で魔導具の使用が認めるよう、規定が変更になった事をもうお忘れですか?
しかも使用した得物は、事前に立会人と宮廷魔導具師に使用しても問題が無いと確認された代物です。
寧ろ急遽変更された規定は、共にザーネン卿にとって望ましい変更だったと此方は認識しております」
本当にこの方は忘れやすいのか、自分に都合の悪い事は覚える気が無いのかは知らないけれど、自分が原因で規程が変わった事くらいは覚えて置いて欲しい。
つい先程の事ですよ。
私はそれを利用しただけなので、ちゃんと規定に則って得物を選んでいる。
「ぐぬぬぅ、相変わらず屁理屈ばかりをほざきおってからに。
そもそも何故あの様な卑怯な代物が認められるのだ」
「立会人である私は卑怯とは思いません。
シンフェリア卿が使われた短剣の片方は、そこ等の武具店でも扱っている数打ち程度の代物で魔法銀を用いた魔剣ですら在りませんでした、
もう一つも魔導具の短剣ではありますが、世に多く出回っている代物で珍しい代物ではなく、能力的にも危険な代物とは認められません。
この二つに関して、今もその判断は間違っていないと断言出来ます」
私が使ったのは【光石剣】と呼ばれる類いの魔導具の剣。
柄の部分の所に光石を嵌め込んであるため、剣身部分で光を拡散させる事で、暗い場所でも灯り代わりになる生活魔導具に近い代物。
と言うか、光石を嵌め込んであるだけなので、世間では魔導具扱いされてはいるものの実際には只の一般工業製品で、今の魔導具師ギルドの規定で言うならば魔導具ではなく魔道具。
もっと言うのなら刃が付いてはいるものの実質はランタンなどの照明扱いで、私が生まれる前から普通に鍛冶屋や武具を扱うお店で扱われているそうだ。
冒険者等が暗い洞窟や夜でも移動する際に灯りと警戒を同時に行えるため、結構売れているらしい。
旅する人間にとっては、少しでも荷物が少ない方が良い事から生まれた品。
私はその光石の部分を輝結晶に取り替えて、一気に大量の魔力を流し込む事で過剰負荷状態にして、通常以上の光を生み出させたの。
一回で光石を駄目にしてしまうので、あまりお勧めではないけれど、この方法だって冒険者達の間では知られている方法。
その辺りの事を立会人も説明したのだけど。
「はっ、汚らわしい冒険者の事など、儂が知るはずがなかろう。
例え卑怯な剣が認められたとしても、この小娘が卑怯にも背後から襲い掛かった事実は変わりあるまい。
騎士として、そのような卑怯な行いが認められて良い訳がないっ!」
だから私は騎士ではないから、騎士道なんて知らん。
それに騎士だとしても、あっさりと後ろを取られる方が悪い。
我が家の警備兵のオジ様方あたりなら、きっとそう言うわよ。
あの五人も今でこそアドル達を相手に田舎でのんびりしているけれど、元は二つ名付きの立派な騎士だった訳だもの。
「貴様も貴様だっ!
このような卑怯な真似をしてまで、汚い勝利を得て嬉しいのかっ!
これだから薄汚い魔導士は信用ならんのだっ!」
大声で叫び続ければ、無理が通ると思っているのかしらね?
と言うか、他人を貶さないと自分の正当性を主張出来ないの?
まぁ出来る頭があったら、こんな言い掛かりなんてしないか。
しかたない、一応は伯爵家の元当主だし騎士でもあるから、陛下達の顔を立てて最低限の誇りぐらいは残してあげようと思ったけれど、そこまで言うのであれば、バッキンバッキンにその誇りを折ってあげましょうか。
「くだらない喜劇に付き合うのも、そろそろ飽きてきたわ。
もう一本付き合ってあげるから、今度は文句の一つも付けられないように相手をしてあげる」
立会人に二本目は私の負けでも引き分けでも構わないから、三本目の準備をお願いする。
使う得物は……、きっとあの様子だと私が何を出しても、後で文句を言ってきそうなので、観客席の皆様にお願いする。
「騎士の何方か、私に剣を譲ってくださいませんか?
代わりになるか分かりませんが、オルディーネ領軍で採用されている剣を新品でお譲りいたします」
会場は王城な事もあって、観客の中には騎士の方もそれなりに多い。
名目上は非番のはずだけど、実際は仕事をサボって来ている人達が大半だろうから、中には個人所有の剣を持っている方もそれなりにいるはず。
以前に陛下達が愚痴を言っていたけど、オルディーネ領軍の装備を羨ましがっている人達が多いらしいので、新品の剣と交換なら受けてくれる奇特な方がいないかなぁと思って声を上げてみました。
「なら、これを使いたまえっ!」
ドスッ!
声と共に目の前の地面に一本の剣が柄ごと突き刺さる。
おいおい、鞘ごととは言え、剣を普通地面に刺さる程の勢いで投げつけるか?
と言うか、剣が飛んできた方向を見ると、此方に向かってサムズアップしているのは、本日の実況役をして戴いている、王国騎士団副総師団長ヴィルムント・オスロ・ストックホルム様。
総師団長を兼ねているカーライル皇太子殿下を支える、事実上の騎士団を纏めている人物。
まぁ、それはどうでもいいのだけど、剣を手にして軽く抜いて確かめると……、私、剣を譲ってと言ったのよ。
これ、どう見ても名剣の類いでしょうが、本当に良いの?
まぁ本人が良いというのなら、私は気にしない。
お約束通り、オルディーネ領軍で採用されている大量生産の剣を収納の魔法から取り出して、係の方にお願いして持って行ってもらう。
ブンッ。
軽く振ってみる。
やはり小柄な私が使うには長すぎるし、重いかな。
身体強化の魔法とブロック魔法の支えで、無理矢理使う事は出来るけれど、少しだけ本気を出すには、この僅かな違いが大きな差を生む。
素人の私ならば尚更この差は大きい。
なので……。
チンッ。
ゴトッ。
収納の魔法から適当な短剣を取り出し、高周波振動の魔法を付与してから剣を一撫ですれば丁度良い長さに切れて、要らない先端部分が地面に落ちる。
重心が狂ってしまっただろうけれど、前の儘使うよりはマシのはず。
ヒュ、ヒュッ。
うん、良い感じかな。
これなら私が用意した剣ではないし、名剣ではあっても唯の魔剣。
おまけに想定外ではあったけれど、事実上の騎士団の頂点の一人が出した剣ならば、文句など付けようがないだろう。
さぁ、始めましょうか。
ザーネン卿、貴方の騎士としての最後の仕合よ。
悔いのない様に、全力を出し切りなさい。




