1062.決闘【伍】、ボケ老人に対して、真面目に相手をするのは恥ずかしいです。
立会人の宣言通りとはいかず、四半刻を少し経った頃、ようやく決闘の二本目の準備が整った。
原因は老害ことザーネン卿。
剣は二本とも見事に砕け折れたし、身に付けていた全身金属鎧は使い物にならない状態。
と言うか使い物にならない塵としてか、とっくに片付けられてしまっている。
元老院の徽章が刺繍されたペリースもザーネン卿が気絶している間に持って行かれていたので、おそらく回収命令が裏で出ていたんでしょうね。
そんな訳で、ザーネン卿は予備の鎧を要望。
王城だから予備なんて幾らでもあるし、決闘を行っているのも鍛錬場だから、すぐに用意されたとは言え、用意されたのは一般兵の、それも部分鎧。
『このような粗末な物を儂に身に付けよと申すのかっ!』
例によって例の如く老害が文句を口にしたけれど、係官達に不満ならば無理して身に付けなくても構わない、と上からの指示だと伝えている所を見ると、指示を出した方はザーネン卿に良い鎧を貸し出したくはないのだろう。
決闘相手である私が鎧は何一つ付けずに、騎士服だけなのを理由にしてね。
でも私の騎士服って下手な金属鎧より丈夫なので、比べたら流石に可哀想だと思うものの、普通の騎士服も十分に丈夫に出来ている代物なので、係官が言っているのはそれ程無茶な事ではない。
何度も言うけれど、決闘法による決闘は殺し合いが目的ではなく、貴族の誇りと尊厳と誇り、そして貴族としての矜持を守るための物であって、相手を殺してしまわずに済ますのが最上だとされているからね。
『誰も着ぬとは一言も言ってはおらんわ。
勝手に発言を捏造するでない』
あと、当然貸し出しなので、丁寧に扱った上で清掃して返すように説明を受けた所で、また何やら意味不明の大声が聞こえていたけど、私が言われている訳ではないので気にしない。
老害を相手にするのも係官のお仕事。
今回限りだろうから頑張って。
一応は不幸な係官のために説明しておくけれど、ごく普通の事を言っているだけですよ。
昔はどうあれ、今は貴族籍はあっても無位無官の唯の老人。
お城の係官が、外部の人間に仕方なくお城の備品を貸すのに、使ったら綺麗にして返してねと言っているだけなの。
勿論、仕事や評判はどうあれ、昔は国に使えていた人物として丁寧な態度でね。
傍から見たら真面目に対応している係官に、一方的に無茶を言う老人が見学している方にどう写っている事か、きっと考えないんだろうなぁ。
そう言う事は私もあまり考えないし、横暴な事を口にする貴族なんて珍しくもない。
だとしても見る者はいる。
見て黙って評価する者がいる。
それもまた貴族の在り方。
「次は先程のような卑怯な真似が通用するとは思うなっ!」
という訳で、人を散々待たせておいて、言い放った言葉がこれなのよ。
ボケが始まって、自分が何をしたのかお忘れなのだろうか?
「剣で叩いただけですが?」
「自分しか知らぬ剣を使う行為が卑怯だというのだ」
「剣技を知らぬ相手に、一方的に剣技でもってっ叩きのめす行為が騎士としての正当な戦い方だとでも?
それとお忘れのようですが、魔導具の剣を持ち出したザーネン卿に卑怯呼ばわりする権利はないかと。
もっともその能力を使う間もなく、見る影もない程に粉々に砕けてしまいましたけどね」
「実際に用いていない以上は卑怯ではない!
それとまるで勝手に砕けたように言うなっ!
貴様が砕いたのであろうがっ!」
このくだらない遣り取りの間に、立会人が観客に向けて一部規定の変更を説明。
ザーネン卿の装備の一部に、本人の説明から意図せずに魔導具の装備が混ざっていた事を、私の執り成しで以て規定の変更を提案され、それを立会人とザーネン卿が認め、変更に至った事を。
「……まったく、何故、私が悪く言われるのだ。
これも貴様が仕組んだ事か?
どうせ立会人を買収でもしたのであろう」
ボケ老人の戯言は放っておこう。
国が選定し陛下が認めた立会人を、決闘の場で評価するなどと言う失礼な真似に加担する気は無い。
そもそも決闘の立会人よ。
決闘する当人達以上に、貴族としての名誉と尊厳と誇りを賭けているに決まっているじゃない。
規約や規定に決闘法制定時より幾つも改定した痕跡があるのは、そう言う事をさせないためだし、問題が出る度に改定されてきた証でもあるの。
あと現実的な話しするならば、決闘を行う上で決闘を行う人間は身分に応じた金額を国に納める事になっており、そこから立会人や係官など決闘に関わる人達のお手当が出ている。
これは何方かの有利にならないように、国が仲介をする事で公平にするため。
辺境伯爵当人が参加する決闘なのだから、口にはしないけれどかなり高額だったわよ。
高額なのも、決闘が安易に行われないための抑制になっているので、仕方ない事だけどね。
ザーネン卿も相手は無位無官とは言え、一応は伯爵家の元当主なのでそれ相応に高額なのだけど、王妃様情報によると立て替えた人物がいるらしい。
きっと、ザーネン卿が勝てた時の事を考えての投資なんでしょうけれど、ザーネン卿は自分が負けた時の事を考えて立て替えを受けたのだろうか?
立て替え費用に利子を加えて取り立てられる事なんて、考えていないんでしょうね。
自分が負けるはずが無いと決めつけて。
「また、シンフェリア辺境伯閣下が用いた剣が、あまりにも異形だという意見も出たため、用いる武具は事前に立会人である私と、急遽足を運んでくだされた宮廷魔導具師が見定める事となりました事をお知らせいたします」
きっと今も思っているんでしょうねぇ。
手にしている愛用のバーターソードを手に不敵に笑みを浮かべているだけでなく……。
「やはり最初から此方を使っていれば良かった。
あの方の御提言ゆえに仕方なく使ったが、おかげでつまらぬ恥を掻く事になってしまったわい。
だが、これで二度とあのような不覚を取る事もない。
小娘、恥を掻かしてくれた礼、たっぷりとしてやるから覚悟するが良い」
清廉潔白な騎士様とは思えないような、裏稼業まっしぐらな悪党そのものな言葉が漏れ出ていますからね。
もしかしてこの人、立会人の判断で切り換えられているとは言え、私達の会話が集音されて会場に流れているって気が付いていないのかな?
一応は説明はされているはずだけど、例によって聞いていない可能性は十分にある。
だとしたら哀れよね。
かと言って今更教える気なんて欠片もないけど。
「では、準備は宜しいでしょうか?」
立会人に双方共に頷く。
私の手には普通の大きさの短剣と、小型の短剣が握られている。
私の体型的にはショートソードより、これくらいの方が一番扱いやすく、今回は最初から見せているのはたいした理由ではない。
規定の変更に合わせて、本来考えていた作戦を止めたと言うのも理由ではあるけれど、一番の理由は市販品の剣に少しだけ手を加えた程度の代物なので、隠すまでもないと判断しただけ。
本来の作戦?
此方も大した作戦ではないわよ。
収納の魔法使って良い事を利用して、刃の無い投擲ナイフを只管投げまくるって作戦だっただけ。
身体強化の魔法を使えば、手首のスナップだけで勢いよく投げられるし、片手で一度に三本投げられるため両手を使えば六本。
私の身体強化の威力で投げるため速度が乗るから、剣で弾こうにもそこそこ重いし、敢えて砕けやすいように細工をしてあるため、身体に当たれば砕ける事で衝撃が身体を襲う。
暴徒鎮圧に弓矢ではなく、粘土玉が使われているようなものと思ってくれれば良い。
それが十秒で二十回ぐらいの間隔で投げ続ければ、躱しきれる物ではない事は、アドル達や警備のオジ様方で実証実験済み。
『五本や十本ならともかく、何十本もあったら無理だっての!』
『いったい何本用意したんだよ、流石に相手が気の毒になるぜ』
『だいたいユゥーリィ特製の防御服の上からでもこの威力って、普通の騎士服程度なら骨折どころか粉砕骨折するんじゃない?』
実は相手が泣きを見せるまで打つけて上げようと思い、二千本以上用意してある。
相手が彼処まで強気でいるのだから、それくらいは泣きが入っても耐えてくれるだろうってね。
今回使わなくても何時か使えるだろうから、無駄にはならないと思う。
非殺傷用の制圧目的のための兵装は、数が在るに越した事はないもの。
そうそうアドル達と言えば、アドルとセレナの子供は先月に無事に女の子を出産。
何処かの誰かさんと違って、真っ先に奥さんを労ったアドルは偉い。
という訳で、この作戦は有効では在るものの、斬艦剣に対する観客達の反応を見る限り、今回は封印した方が良いかなってのも考え直した理由の一つ。
だって、力を制限した状態でも本気を出すまでもない相手だって、なんとなく理解出来ちゃったもの。




