1060.決闘【参】、まだ始まったばかりだけど、優雅にお茶でもしようかしら。
気絶したザーネン卿は騎士数人掛かりでズルズルと引き摺られて行き、救護班である治癒術士の治療を受けている。
ええ、治療よ。
手加減して寸止めしたから、ちゃんと生きています。
まぁ剣が大きすぎるから、強化してあっても多少は弛むから、その分だけ潰されてしまうのは仕方がない。
それだって、騎士団長だった記念として国から預かり続けている全身金属鎧のおかげで、たいした怪我はしていないし、その辺りも考慮してギリギリで寸止めしたのだもの。
単に巨大な剣と鉄鎧がぶつかった音とその衝撃、更に勢いが殺しきれなかった分の打撃で脳震盪を起こして気絶しただけ。
もしかすると骨折くらいはしているかもしれないけれど、治癒魔法を使える治癒術士や医療神官が側に控えていたのならば、出血を伴わない骨折程度は然程重症扱いにはならない。
「まだ目を覚まさないんなんて、大袈裟ね」
と言うか、剣からの打撃の殆どは全身金属鎧が受け止めているはず。
第五だったか第六だったかは忘れたけれど、それでも一応は大国であるシンフォニア王国の騎士団、その師団の一つを任されていた長ともなれば、唯の鎧ではなく高価な魔導具の鎧。
ダメージを肩代わりしたせいか、彼方此方とベコン、ベコンだし、罅割れていたり、所々亀裂も入っているのは、その証拠だと言える。
まぁ、ああなると魔導具の鎧としては完全に使えないし、唯の全身金属鎧として修理しようにも、新品を購入するよりも高く付く事は間違いない。
そもそも、王国の所属である事を示す徽章が削られてはいても、王国騎士が使う鎧である事は職人であるなら一目で分かるため、まず一般の工房では修理の依頼など受けはしないだろうし、国の専属の職人へ頼もうとしても、既に退役した人間に対して鎧を修理依頼を受け入れる事はない。
がらんっ。
べしっ。
がごっ。
何より治療のためか、他に怪我がないかの確認のためなのか、ボロボロになった鎧を留め具になっている皮の部分を騎士の人達が遠慮なく切り裂いては鎧毎剥がし、周りに投げ捨てているので、粗大ゴミとして処分されると思う。
ぺしぺし
治癒魔法による治療も早々に終わったのか、頬を叩いて目を覚まさせようとしている所を見ると、本当にたいした怪我はしていなかったようね。
で、それを私はボ〜〜と眺めていた訳ではなく、ザーネン卿が気絶した場所で、地面に落ちていた物を立会人に声を掛けて回収していたりする。
別に変な物ではないわよ。
剣の破片。
斬艦剣に挟まれる瞬間、ザーネン卿は咄嗟に両方の剣を向かってくる剣の腹に垂直に立てる事で、僅かでも勢いを殺そうとしたんでしょうね。
抵抗した甲斐あってか、たいした怪我をしていなかったのだから、若い頃に剣聖候補に選ばれただけの事はあると思う。
その分、受け止めようとした剣は無事には済まずに、砕け折れてしまった。
私が拾ったのは短剣の方。
「どうやら魔導具の剣のようです」
立会人に報告。
もう魔導具としては役に立たないけれど、残存した魔力や魔力を通した時の反応などからして間違いない。
「魔法を切り裂く短剣だったようですね」
「……それは本当ですか?」
「私は当事者ですので、私の言葉を鵜呑みにする訳にはいかないのは理解しております。
ですので宮廷魔導具師に見せて、確認をして下さって構いません」
似たような魔導具として【凰牙(太刀)】を作った事があったけれど、アレに比べたら比べ物にならないくらい脆弱な能力しかない。
結構な年代物だし、魔導具としての作りも粗いし、おそらくきちんと素材の特徴を把握せず、碌な理論も組まずに素材の能力任せに作ったのだろう。
でも、私が大災救の魔物である黄血金眼角熊の爪を見て思い付いたくらいだから、誰かが似たような事を考えたとしてもおかしくはない。
発想に対して知識と技術力が追い付かなかった、ってだけでね。
だからと言って馬鹿には出来ないのよ。
「真面に攻撃が入っていたならば、私の防御結界を切り裂いて刃が届いていたかもしれません」
ザーネン卿の体重が今の倍くらいはあって、その体重が少しも無駄にする事なく突進の勢いのままに威力と魔力を技に乗せる事が出来たのならば、一番外側の結界くらいは切り裂いていた可能性はあるので、嘘は言っていない。
事実の一部を話しただけだし、ちゃんと『かも』と不確定な推測に過ぎないと口にしている。
「この決闘、魔導具の使用は認められていなかった、と記憶しているのですが?」
「ええ、そうです。
立会人の私が知らぬ所で、変更があったのならば別ですが、それはそれで別の大きな問題になります」
ザーネン卿の魔導具の鎧の時点で、既に規約違反ではあるのだけど、私が結界で身体に這わせる事を許されているのだから、ザーネン卿もそうなのだと思ったものの、尋ねてみたらザーネン卿の場合、特に許可されていなかったようだ。
つまり黙って持ち込んだと……。
何方にしろ、防御に関しては私も人の事は言えないので、必要以上に踏み入れる気はないし、立会人も無駄な論議になると見て見ぬ振りをするつもりなのが言葉と表情から分かる。
「ですが、閣下が仰る事が本当であるならば、それは問題です」
結果的に相手を殺してしまう事はあるものの、決闘法による決闘は殺し合いが目的ではなく、名誉と尊厳と誇りを守るための物。
だからこそ厳格な規定と規約があり、それを遵守する事でもって、物語に出てくるような誇り高い代物へと押し上げているのよ。
私にはくだらない事であっても、世間的にはそうでなくてはならない。
立会人は係の者を呼んで、地面に散らばった剣の破片を全て回収する事と、宮廷魔導具師を呼びに行かせる事と、回収した代物を宮廷魔導具師に鑑定してもらう事を指示する。
傍から見たら、散らばった金属片が危険なため、私がそれを指摘して掃除を指示しているように見えるだろうなぁ。
「対戦者が気絶したためと場を整えるため、次の仕合まで四半刻を空ける事とする。
尚、対戦者が目を覚まさなかった場合は半刻後まで待ち、それでも目を覚まさない場合は戦闘不可能と判断し、対戦者の不戦敗とする」
目を覚まさなかった場合、半刻も待たされるのかと思うものの、この辺りは規定通りの事なので仕方がないし、回収した剣の破片を調べるためにも必要な時間稼ぎにもなる。
と言っても、剣が魔導具だったと認められた所で、このまま終わるとは思わない。
なにせこの決闘は陛下が認めた代物ですよ。
陛下がこの程度の事で、陛下にとって面白い見世物を終わらせる訳がないじゃないですか。
「閣下、次の仕合が始まるまで、天幕まで下がって戴いて結構です」
はいはい、邪魔だから下がっていろって事ね。
そもそも天幕と言っても貴族が野営に使う際の立派な代物ではなく、前世で催しで使われるような日除けを兼ねた簡易的な天幕。
この辺りも決闘法で決まっており、過去に全身鎧と中身が入れ替わっていた事があるからなのだとか。
最初からそんな真似はする気はないし、そもそも私の場合は顔を晒している以前に女性としてもかなり小柄だから、替え玉決闘なんて真似は最初から不可能。
気にする事なく、天幕に戻って椅子に腰掛けさせて戴く。
「ユウさん、お疲れ様です」
「疲れる程の事はしていないわよ」
ジュリの気遣いは嬉しいけれど、基本的には突っ立って、剣を一振りしただけだもの。
精神的には色々な意味で大変に疲れる時間ではあったので、大きく息を吐いてから出されたカップを手に取り一口飲み口の中を潤す。
何方かというと、お茶の香りで気持ちを落ち着けるための行為。
林檎とシナモンの香りを聞かせた上で、牛乳でまろやかに整えた珈琲、……は砂糖とキャラメルが更に加えられており……。
「……甘」
「美味しいですわよ」
ジュリの好みなのだから、甘くてもしかたがないか。
私が何でも良いというと、エリシィーやプシュケだと私の好みの中から選ぶのだけど、彼女の場合は自分の好みの中で、今のお勧めを推してくるのよね。
自分の好みを知って欲しいと言う所は可愛いし、偶に新発見があるので好きにさせているのだけど……、うん、かなり甘い。
前世では浅煎りのブラック派だったのに、今世では多少甘みも好むようになったとは言え、ちょっと私には甘すぎる。
サクラが離乳食が進んでいるとは言え、まだ搾乳期間な為、カフェインの量を抑えていると考えれば、これはこれで有りだと思っておく事にする。
一日に一、二杯程度なら問題はない事は、この際考えない。
嫁の気遣いを大切にする事の方が優先。
「そうね、美味しいわね」
今回の決闘を王妃様主催の催しにした際に、我が儘を言わせてもらった。
明後日に開店予定の茶工房【海の雫】の宣伝として、会場内に出店させてもらったの。
出店とっても王妃様の計らいで無料にさせられたけどね。
お城は貴族出身の方が多いため舌は肥えているでしょうけど、お店で使う予定の茶葉や豆はそれ程悪い物ではないし、値段を考えたら美味しいと言える。
残念ながら、本日利用する方は無料なので、その恩恵は感じられないだろうけどね。
それでも宣伝にはなる。
ちゃんと出店している場所には料金表が掲げられてあり、そこに張り紙で本日は無料と張り紙をしてあるため、目敏い人はこの値段でこの味ならばと思ってくれるはずだし、使われているカップにはお店のロゴが入っている上に、店員もお揃いの制服を着ているので、よく目立つ事は間違いない。
投影の魔導具用いた巨大スクリーンにも、要所要所で宣伝を入れるように頼んでもあるため、今、この瞬間が映し出されていたら、それはそれで宣伝になると思う。
「そう言えば私にも教えてくださいませんでしたが、ユウさんは何を相手に望んだのです?」
「別に、ごく当たり前の事で常識の範囲よ。
相手の馬鹿な要求に合わせて多少書き足しはしたけど、それでも決闘らしく名誉と尊厳と誇りを賭けるに相応しい内容でしかないわ。
こんな悪趣味な催し、陛下とカイル殿下の命令だから嫌々付き合っているだけなのに、更に相手に合わせて下劣な欲望を打つける程、私は悪趣味ではないわよ」
「そんな事だと思いましたわ。
そもそもユウさんの場合、欲しいものがあるなら正攻法で手に入れますからね」
「当たり前よ。
正攻法だから楽しいし、遣り甲斐があるのよ」
今回の決闘だってそう。
相手に合わせているからこそ、見物人が求めているような決闘らしくなっている。
本来の決闘の光景にあるような、激しい剣戟が繰り返すような代物でないものの、そんな殺し合いを私に求める方が間違っている。
だから私が見せるのは、魔導士であり魔導具師でもある私が、私らしく剣で戦う姿よ。
「儂は認めんっ!
あんな物は騎士の戦いではないっ!
故に私の負けではなく、相手の反則負けだっ!」
どうやら目が覚めたようね。
長々と待たされる事にならなくて済んでよかったわ。
ちゃんと手加減しているんだから、最後まできちんと恥を掻いてもらわないと困るもの。
たいたい私を孫の嫁にする?
巫山戯るなっ、私の嫁はジュリとエリシィーの二人だけよっ。
赤の他人の分際で、くだらない欲に塗れた敵愾心で私達家族の幸せをブチ壊そうだなんて、大勢の前で小娘に一回負けて恥を掻いたくらいで許されるとは思わない欲しいものだわ。
私が全力を出して、あっと言う間に殺してしまったら、つまらないでしょうが。
それに殺してしまったら、それは救いになるもの。
そんな優しさなんて、私、持ち合わせていない。
生きたまま徹底的に後悔させてあげる。




