1058.決闘【壱】、……見世物になるだなんて、不幸だわ。
春の催しと言えば、王家主催の最初の催しもそうだし、サクラの満一歳の誕生日もその事の一つだと言える。
昨年は王家主催の催しは私の出産時期を理由に、催しを態々一月早めたみたいだけど、今年は例年通りの開催。
何か序でに誕生日会を行えとか、お偉いさんの声が聞こえたけれど知りません。
そもそも貴族は六歳のお披露目までは、その手の催しをしないのが普通なの。
王族だってそれは同じで、六歳を迎えるまでに亡くなってしまう子供も多い事から、それは仕方がない事だし、まだ幼いため体力もないから社交に出すには不安が多すぎるの。
なので、それまでは身内での細やかな誕生会を楽しむ予定です。
そういう意味では春は喜ばしい季節でもあるのだけど、当然ながら嬉しくない事も存在し。
「ふふふふっ、ついに今日という日を迎えたな」
「……はぁ、随分と嬉しそうですね」
「当然だ。
貴様のような我々騎士を侮辱する存在は、実は取るに足らない存在だと証明出来るのだからな」
向かい合ったバッカカス・ノルド・ザーネン元伯爵の言葉にゲンナリしたくなる。
いえ、この自己中心脳筋ボケ老害野郎の腐った口から放つ言葉には、最初から欠片も期待はしてはいなかったけれど……、衆人環視の中で大声で口にするなど、厚顔無恥にも程がある。
事情を知っている観覧席にいる騎士の人達が、もの凄く嫌な顔をしているのに、未だにその事に気が付かずに高笑いを続けているのよ。
呆れんばかりにゴーイングマイウェイの人間だから、平気で周囲を巻き込んで突っ走った挙げ句に、脳筋らしく力業で世間を渡って来れたのだろうけど、それだけに関わるとなると本当に頭が痛くなってくる。
こう言う少しも嬉しくない催しには、出来れば関わりたくない。
なのに催しの中心人物に指名されてしまったのだから仕方がない。
おまけに陛下に相手をしてやれとの命令付きなのだから、逃げる訳にも行かないと来ている。
「そんなにお孫さんが、予選敗退した事がお気に入りなりませんでしたか?」
「よ、予選、ふんっ! そんな物は些細な事だ!
貴様のような魔導士は、国の誇りを守ろうという気概が無いのが許せないのだっ!」
おうおう、私の言葉を打ち消さんばかりにそんな大声を出さなくても、きちんと聞こえていますよ。
と言うか、集音されて拡大されて会場中に聞こえていますからね。
このくだらない催しのために、武闘大会で使った投影の魔導具を持ち出させられましたよ、国の命令で!
まだ改良が済んでいないというのに、あの横暴君主め。
おまけに改良が済んだ物を納めれば持ち帰って良いよ、だなんて完全に圧迫要求ですよ。
『つまりそれまでは貸し出しとして、月々支払って戴けると』
『……君ね、そこは購入する前の試用という事にすべきだと思わないかね?』
『別にそこまでして購入して戴きたいとは思っておりませんし、そもそも貴族後見人であるコンフォード家に納めてもいない品ですので』
『そこは僕からコンフォード家に言っておく』
『私の立場的に色々と問題があります』
何とかコンフォード家への執り成しと、十日単位での結構な金額の貸出料を捥ぎ取りはしましたけど、貸し出しを認めさせられた時点で私の敗北だと言えるので、面白くはない。
だってね、こうやって私を見世物にするために使われている訳ですもの。
『機器の取り扱い要員の、貴重な練習の機会を奪うつもりかね?』
おまけに国の催しの前に少しでも慣れさせたい言われれば、それに反対するのは国の催しを邪魔をする事になるので反対もしにくい。
この決闘自体、王妃様主催のチャリティー仕合だから、これも一応国の催しと言えるけれど、やはり国の催しの格としては低いので、丁度慣熟訓練とするのに程良い催しとも言える。
例えば今のように、いきなり怒鳴るかのように大声を出されたら、音響係りが対応出来ずに観客席に爆音が流れて、……苦痛を浮かべて耳を塞ぐ方も出ている事態になる事も。
もしかすると、その前の私の声がやや小さかったから音量を上げたのかもしれないけれど、そこは場の空気を読んで慣れるしかないですね。
怪我の功名か、ザーネン元伯爵様がどういう人物か、皆様、知る事が出来たようですから。
「ザーネン卿、突然大声を出すのは控えて戴きたい」
さっそく立会人兼審判の方に、注意を受けていますよ。
この時点で恥になるのだけど、普通に考えて自分が誇りある騎士だと宣言してから、宮廷魔導士もいる中で魔導士を侮辱する発言をし、更に見た目的に子供と言える少女をいきなり激高して怒鳴りつける姿は、とても国が誇る騎士とはほぼ遠い姿である事は誰の目に明らかですか。
先程も言ったけど、その後に審判に注意を受けている。
審判自身は音響操作に対応しきれなかった事態に、同じ事を起こる事を防ぐために注意した可能性の方が高いけれど、そんな事情を知らない人間からしたら、審判がザーンネン元伯爵様の言動が行き過ぎたもので、紳士ではないと認めたと写るだろう。
「ぐぬぬっ」
何か此方を睨み付けているけど知らん。
自分で招いた結果でしょうが。
まぁそう仕向けたのは事実ではあるけど、認めなければ只の自爆です。
罠だって?
私、猟師ですよ、猟師が罠を用いて何が問題ですか?
と、ちょっと朝から沸点が低いのには事情があり、夕べはサクラが夜泣きを何度もしたので、睡眠不足気味なんですよね。
嫁二人に任せればと思うかもしれないけれど……、だって泣くサクラが可愛いんだもん。
抱き抱えてあげると、ぎゅっと私の夜着を握りしめて、温もりを求めるように顔や身体を擦り付けてきてね。
もうね、愛しい、愛しい。
そんな可愛い生き物を、例え嫁が言っても渡すなんて無理だった〜。
赤ん坊って体温が高いから抱いていると温かくて、それはそれで心地良かったのもあって、夢心地気分になりながらサクラをヨシヨシとし、意識と身体を半分眠らせてあやしているので、可愛い事もあって苦痛には感じない。
昼間はまるっと乳母であるユリアに、サクラの面倒投げているからの余裕なんだけどね。
でもそんな事は相手には関係が無い。
逆に言えば、関係ないからこそ八つ当たりが出来るとも言う。
しかも八つ当たりで揶揄っても、何ら心を痛める必要がない相手だもの。
「何か?」
「貴様っ!」
コテンと小さく首を傾げてみれば、面白いように引っ掛かる。
他人の事は言えないけれど沸点が低いなぁ〜、その内に血管が切れますよ。
あと今日は二日目なので、余計に色々とイラつきやすいんですよ。
何がとは言いませんけど、こればかりは此方の事情だから仕方がない。
始まったから、催しの日を変えてくださいだなんて事は、この世界は勿論、前世だって通じない。
でも、これくらいにしておかないと不自然なので、これ以上は揶揄う事なく真面目な時間。
「観客の皆様、静粛にお願い致します。
これよりユゥーリィ・ノベル・シンフェリア辺境伯閣下とバッカカス・ノルド・ザーネン卿による決闘を行いたいと思います。
「何故この小娘の名を先に呼ぶのだっ!
立場が上である儂の方が先であろうっ!」
だから立会人が静粛にって言っているでしょうが。
確かに年功序列の観点ではそうかもしれないけれど、そもそも公的な立場が違うの。
私は辺境伯家当主で、ザーネン卿は傍ら王国騎士団の第五騎士団長を務め、更に国の議会で決めた事が適正かどうかを確認する元老院を経歴していようと、それらは全て過去の話で現状は無位無官、当主の座もとっくの昔に子供に明け渡している貴族籍を持っただけの老人でしかない。
過去であった事を差し引いたとしても、辺境伯である私の立場の方が上なの。
だいたい元老院なんてそれらしい名前は付いてはいるけれど、陛下の時代になってからは完全に名誉職なのよ。
本当……、私が仕掛けなくても勝手に自爆していく辺り、これで騎士を名乗るだなんて、別の意味で認めたくないわね。
「ザーネン卿、静粛にお願い致します」
因みに見物人ではなく観客と立会人が口にしたのは、周囲にいる見物人の方々は入場料を支払っているからなんです。
闘技場のような建物である第十三鍛錬場。
学習院時代、此処で大会が行われる予定だったけれど、色々とあって大会は中止されたので、此処に来たのはその時に大会の中止を聞くために入った時以来。
そういう催しにも使われる会場なので鍛錬場と言っても広く、優に二千人を超えるであろう人達がぐるりと中心部を覆うように満席状態になっています。
ええ、この方達からお金を取っていますよ。
入場料は必要経費を差し引いた金額全てが、王妃様が行う国の慈善事業に回されます。
と言っても会場設営は騎士や兵士の訓練も兼ねているので、人件費は無料みたいなものですから、賭けの収益よりもあるんじゃないかな?
入場料は銀貨一枚だけど、良い場所は更に席料を取っていますからね。
一番良い箱席は金貨一枚なのにそれでも埋まるだなんて、皆様暇なのかお金が有り余っているのかは知らないけれど、物好きである事には違いない。
「この仕合は決闘法、騎士項目、第七に準じて─────」
長々と説明しているけれど三本勝負で二本先取制。
相手が気絶や戦闘不能、もしくは負けを認めるか立会人が勝負があったと判断すれば一本。
ただし立会人が勝負あったと判断しても、相手が負けを認めずに明らかに動ける状態であれば続行出来る場合もある。
この辺りは、昔、立会人が決闘者の片方に買収されて遣らかした事があったため、その時に付け加えられた項目らしい。
『勝負始め、●●の勝利!』
と、一合も合わさずに、始めの合図の後にそのまま勝利宣言。
阿呆だとしか言いようがない。
立会人は立会人で、よっぽど不正が嫌だったんだろうなぁ。
脅したか圧力を掛けたかは知らないけれど、相手を見て買収するなり脅すなりしろってね。
正式な決闘なので、長々と決闘法が存在する意義や、過去の事例が話されているけれど、観客からしたら退屈な時間。
でも大切な慣例なので抜かせないんですよ。
なので巨大スクリーンに、この決闘が行われる事になった経緯が文章で紹介されている上、面白可笑しく臨場感溢れる形で読み上げられてらしい。
らしいと言うのは、スクリーンは私達の頭上に設置してあるため。
角度的にその内容は見えないし、武闘大会の反省で選手もとい決闘当事者に余計な負担を掛けない様に拡声の魔導具には指向性を持たせているから、放送内容は聞こえないので、どのように紹介されているかは分からない。
これらの魔導具の設置工事もやらされましたよ、無料で!
私が関連する催しで、チャリティー仕合だからってと言われたら、そこで私が収益を奪う訳にはいかないので今回は仕方がない。
ともかく双方の言い分が違うから、その辺りの差を色々と想像したり、事の背景を読むのが高貴な方々の楽しみ方らしく。
「くすくすくす」
「あら、あら」
「噂通りですわね」
「此処までして、恥をお掻きになりたかったのかしら」
観客席から漏れ聞こえてくる声を聞かぎり、随分と愉快な事になっている模様。
私が書いた原稿内容?
素直にあった事を客観的な視点でもって、時系列に纏めて書いて提出したわよ。
嘘を書いても仕方ないし、この程度の事なら調べようと思えば、ある程度は調べられるのが貴族という生き物ですからね。
「─────となります。
ですので、両者とも決闘は高貴なる者としての名誉と尊厳と誇りを、命を賭けてでも守るべき物である事を、偉大なるシンフォニア王国の貴族の一員として何時如何なる時でもお忘れなきように。
ではこの決闘で勝者が勝った場合、ザーネン卿は何を望みますか?」
「ふん、勿体ないが、我が孫をこの小娘にくれてやるわ」
「……、……」
ボケ老人の戯言は無視して私は観客席を見回し……、ある一点で視線を止めると。
「違います、違いますっ!」
「そんな事は望んでません!
と言うか俺には既に妻がいますっ!」
「我が家にそんな大それた真似をする気はないですぞっ!」
「父が勝手に言っているだけなんですっ!
信じてくださいっ!」
ザーネン卿の関係者が必死に否定しているのを、集音の魔法を使った私の耳に聞こえてくる。
どうやら孫を使って我が家を乗っ取ろうと言うのは、ザーネン卿の独断のようね。
なにか孫を通して、私の曲がった性根を叩き直してくれるとか寝言が正面から聞こえるけど、聞くに値しないので無視して、用意していた紙に魔法で一文を書き加え、私はそれを黙って立会人に渡す。
「何だ、人に聞かせれぬような事を望むのか?
はははっ、流石は卑しい魔導士なだけあるな」
決闘前に勝者の権利を宣言しておく必要はあるけれど、別にそれを声に出す必要はない。
表向きに出来ない事も世の中にはあるため、そのための配慮であり、それだって立会人がそれを知っていれば良いだけの事。
あと先程説明されたように、決闘は飽くまで名誉と誇りを賭けた物なので、あまり無茶な物は賭けれない事になっている。
でないと、お前の所の領地を寄越せ、なんて無茶が通ってしまうし、それを国が認めてしまったら、年中決闘だらけになってしまう上に死人の山で貴族が滅ぶ事になりかねない。
だからザーネン卿は婚姻といった、決闘で昔から結婚を反対する相手の家族に対して賭けられてきた物にしたんでしょうね。
例え、その言葉の裏にそこに家の乗っ取りを目論んでいようとも、過去の事例があるため、それが周囲を熱くする恋物語ではないと判っていても認められてしまう。
「シンフェリア辺境伯閣下の要望は、この決闘において妥当だと認めましょう」
立会人の言葉に私は黙って頷く。
双方共に望む者が、あまりにも差があっても決闘は成立しない。
成立するまで、双方、要望を調整するのだけど、これは貴族としては恥となるため、前もって相手が望むであろう範囲を読んで、要望が通る範囲の物を望むという、相手への貴族的の配慮であると同時に戦略でもある。
まぁ、私はたいした事を望んでいないいけどね。
ええ、私的にはね。




