1055.馬鹿の相手をするよりも、故人を偲んでいた方が何倍もマシね。
バッカカス・ノルド・ザーネン元伯爵。
ザーネン家はそれ程恵まれた領地ではないとは言え、それでも一応は領地持ち貴族であり、伯爵位に相応しいと言える程度の領地を国から賜っている。
隣接して魔物の領域がある事もあり、それに対抗するために昔から強い領軍を持っているのだから、領主の一族に少しばかし強い者が出て来るのも当然の環境だと言えよう。
貴族は何だかんだと力が正義なところがあるし、民を守る力を持たない貴族は悪だと言われる程。
でもね、力があれば良いという問題ではないのよ。
『決闘であるっ!』
特にこういう頭の中まで筋肉で詰まった上に、自分の言う事は全て正しいと思い込んでいる馬鹿は、人の上に立つべきではないと私は思っている。
事の発端は、本当にくだらない事なのだけど、この老害は無駄に話を大きくして周囲に振りまいた挙げ句、事もあろうに魔導士である私に『魔法抜きで剣で勝負しろ』と言ってきているの。
「最低だな、騎士以前に男の風上にも置けない」
「いい歳して女性を相手に決闘を申し込むって、あり得ねえよな」
「しかも自分に有利な条件でだなんて、恥ずかしすぎるわね」
「おまけに恥を掻かせる事が目的って……」
アドル達四人組にこうまで言われる程最低な行為なのは、言うまでもない事。
「「「「ユゥーリィ以外が相手なら」」」」
おいっ、私が相手なら良いのかっ!
アドル達の冗談はさておき、普通に考えて魔法を完全に封じた私なんて雑魚でしかなく、非力すぎてそこらの子供にも負ける。
なので流石に身体強化の魔法と、大怪我をしないために身に結界を纏う事、剣を真面に扱うためにと条件を付きで色を付けたブロック魔法を使う事。
あと体力のない私のために、剣を納めておく収納の魔法を使う事は許されたの。
「ユゥーリィなら、身体強化だけで十分だろ」
「でも一応は万が一があるから、結界を纏うのは仕方ないよな」
「そうよね動きが早過ぎて、逆に自爆する可能性は無くはないし」
「本気のユゥーリィの動きって、慣れた私達から見ても反則ものだものね」
そもそも【剣】での決闘だから、殴り合いをする訳にはいかないの。
別に私としては剣を持ったまま殴っても良いのだけど、拳や足で決着を付けたら、おそらく物言いが付くと思うのよね。
剣の決闘と言っても、拳や足を使う事は認められているので、反則にはならないだろうけれど、貴族の矜持として剣を主に使った戦いにならないと、間違いなく見物客からブーイングの嵐が吹く。
と言うのも、この決闘は王家公認の賭け試合にもなっているのよ。
私が言い出した事ではあるけれど、利益を福祉事業に用いる、俗に言うチャリティー試合。
ともなれば、ちゃんと剣を用いない訳には行かない。
まぁ私、剣を真面に使えないだけで、棍棒としては使えるので、その辺りは些細な事なので何とでもなると思っている。
そもそも、剣士でもない私に剣で戦えという注文が最初から無理なのだ、それくらいは認めて貰わなければ遣っていられない。
「それで、いつ頃決闘を行うの?」
「春の王家の催しの前に決まったそうよ」
「ふ〜ん、あまりやり過ぎちゃ駄目よ」
「私の心配してくれないの?」
「相手は人間なんでしょ?
心配必要?」
「そこは嘘でも心配して欲しいかなぁ〜」
「ユゥーリィが魔物の領域に遊びに行く度に心配しているけれど、普通の人相手に心配していたら、とてもユゥーリィを魔物領域に遊びに行かせる事なんて出来ないのだけど、それでも良い?」
「……よくないです」
嫁が冷たい。
でも何だかんだと、心配してくれているのは知っているので、これ以上は言わない。
嫁に心配掛けないようにすれば良いだけの事だもの。
ぶっちゃけ、既に勝負が付いていると行って良い。
相手が陛下が突き付けた条件を呑んだ時点で、私に負けはないのよ。
だってね、剣での【仕合】であって【試合】ではないの。
相手の喉元に剣を突き付けたとしても、相手が負けを認めない限り負けにはならない。
相手が死亡するか気絶するかで戦闘の継続が不能になるか、もしくは立会人が何方かに対して勝者宣言するまではね。
でも私の身体を覆う結界って、身体に密着している分、ブロック魔法よりも強力で、災害級の魔物の突進にも耐えられる代物なの。
しかも常時高速で結界を再生成し続けているため、魔力の波長の違いによる侵食も受けない。
勿論、衝撃まで消しきれる物ではないのだけど、幾ら剣の腕が立とうとも多少魔力を込めた程度の剣など、当たっても痛くもないのよね。
それを知っていての条件を決めたのだから、本当に陛下って考える事が性格が出ているわ。
だってね、相手は間違いなく……。
『攻撃魔法を封じた魔導士など、敵ではないわっ!』
おそらくこんな感じに思い込んでいると分かっていて、決めた事でしょうからね。
おまけに相手は、私は醜聞を気にして条件を呑み、私の外観もあってそのままでは騎士の誇りを傷を付ける事になると、陛下の所に陳状しに行った多くの者達の意見を汲んで、私が言い訳が出来ないような状態で大勢の前で恥を掻かせられる条件に調整した、と勘違いしている事だろう。
でも陛下の出した条件は、実際には私に対して有利な代物。
逆に大恥を掻く事になるのは相手だし、相手を擁護し重用していた人達も、今回の件を理由に陛下は有利に動く事が出来るようになる。
人を利用して中央政治の改革の切っ掛けにするのは良いけど、これで見世物になった挙げ句に恨みを買うのは私なのよ。
割に合わないというのが本音だけど、悲しいしいかな臣下たるもの、国のためともなれば、多少の事は我慢しないといけない。
という訳で、決闘に関しては特に心配しておらず、エリシィーの言う通り相手にどう負けを認めさせるかなの。
間違っても殺してしまわないようにしないといけない、相手は元気ではあっても年寄りである事には違いないもの。
子供の虐待は勿論の事、年寄りへの虐待も世間では批判の対象になってしまうからね。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
普段よりもゆったりとではあるけれど、それでもそれなりに忙しい日々を過ごしていたら、あっと言う間に時間が過ぎて行き、春先の鎮魂祭の時期が訪れた。
サクラが掴まり立ち出来るようになったと、両手を挙げて喜んでばかりはいられない。
毎年行う行事ではあるけれど、村に住む人達にとってはつい数年前の出来事でしかなく、十年も経っていない最近の出来事。
特に三の村であるオケアン村の住民の参加はまだ二回目。
種族による差別を受け、隣国から多くの老人達を村に残す事になってでも、命を賭けて海へと逃げだし、その海でも多くの仲間を失いながらもようやく辿り着いたシンフォニア王国に保護された日から、まだ二年も経っていないため記憶も生々しいはず。
仲間を鮫や海の魔物に目の前でその凶悪な顎に捕らえられ、絶望の顔で食べられて絶命する姿を。
どうせ衰弱死してしまうのならばと、仲間を助けるために、まだ幼い我が子を囮にするも、その行為に気絶するまで泣き叫び続けたのも、彼等にとってはついこの間のような出来事。
だからこそ必要なの。
彼等の知る者達の魂を癒やすために。
傷付いた彼等の心を癒やすために。
例え偽善であり欺瞞であろうとも、人が生きるには必要なのだから。
──────────♫
─────♩♪
──────────♬
修道士サッシャの伴奏で奏でられる音楽と、子供達による歌が静かに鎮魂の儀の後に流れる。
今年から始めた試みの一つ。
奏でられているのは鎮魂歌。
私が前世の記憶を元に拙い技で演奏し、それをサッシャが曲として完成させ、教会に通う子供達を指導し、本日お披露目となった。
元ネタが某アニメの挿入歌だったのは内緒。
綺麗な曲なんだから問題ないのよ。
大切なのは、歌と伴奏に想いを載せれる事と、場の雰囲気に合っている事でしかないの。
人々の想いの前には些細な事でしかないし、知らなければ問題になるはずもない。
言語が元の世界と違うのもあってか、謳いやすいように大分アレンジが入っているので、原曲とは違う雰囲気に仕上がっているしね。
「素晴らしいですね」
「鎮魂の儀よ、素晴らしいも何もないわ」
「不謹慎な言葉であった事は謝罪いたします。
ですがそのような意味でない事は御理解下さい」
「ええ、貴女の言葉も理解はします。
ですが此処には悲しみを持つ、多くの者が集まっている事をお忘れなきように」
そして今年も外部からのお客様が来ており、港街の行政官の一人であるベリンダ・タリホ婦人。
色々あって私の領地に来る事になったのだけど、仕事が出来るので裏方ではなく行政官の一人として頑張って貰っている。
彼女の目的は、毎年この時期に行っている鎮魂祭。
私の予定から興味を持ったのか、港街の方でも是非とも行って欲しいという要望から、実際にその目で見学にくる事を望んだため。
「この後は、故人を偲んだ酒宴よ。
関係のない貴女が見ていても、つまらないものでしかないわ。
この村にいる人達は、貴女とは違う傷を抱えている人達ばかりだもの」
「はい、彼等の邪魔にならない所で見ていたいと思います。
辛い想いを吐き出す場所が必要な事は、私も経験した事ですから」
「そう、私は先に屋敷に戻らせて戴きます。
私もまた彼等と同じ想いを抱かない余所者ですから」
ベリンダ婦人の事は信頼はしてはいるけれど、一応は監視と警護を兼ねてイリーナ達を付けておく。
屋敷に足を運びながら、今一度鎮魂祭の事を考える。
本当に港街に必要なのだろうかと。
確かに此処数年の間に多くの死者を出してもおかしくない、大きな事態が何度も起きている。
トライワイト王国の艦隊が攻め込んできた事もあれば、ゼノお爺様による試練、もう無きギアス国の策略で疫病を蔓延させらた事、スデカーバ伯爵・ナダズク伯爵・ロヤスカ子爵家による領地戦を仕掛けられた事も。
どれも一歩間違えれば多くの死者を出していたし、ゼノお爺様による試練はオルディーネ領全員の命が失われたであろう事は間違いない。
様々な偶然と幸運が重なった事で、殆ど死者を出さずに済んでいる。
でもそれは少ないながらも死者を出してはいると言う事であるし、それ以外でも死者は出ている。
任務中に防壁の外で凶悪な野生動物や、魔物の間引きで対応しきれずに亡くなった騎士や兵士もいれば、安全なはずの港街の中で諍いを止めようとして亡くなった衛士もいる。
船での事故だってあった。
でもそれらは全て職務中ではあっても、個別の案件であって慰霊碑を建て、毎年慰霊祭を行う必要性があるかと問えば、どう考えてもないと判断せざるを得ない。
「……結局は行政の都合ね」
お祭り騒ぎによる領民のガス抜きと、祭りによって経済を回す事。
慰霊祭など口実でしかない。
ただ、それでも口実は必要なのだろう。
家族を失った者達からしたら、亡くなった人を偲ぶ機会は必要なのだと理解はしている。
納得出来るための一押しが欲しい……。
「よし、纏めてしまおう」
職務中に亡くなった領軍の騎士や兵士、そして街を守る衛士。
他にも海で亡くなった人も普通に病気で亡くなった人達も全て含めて一つの鎮魂祭と言う名目にしてしまえば丸く収まる。
職務中に亡くなった人に関してだけは、石碑下に地下室を作りそこに名前を記した札を納める事にすれば、形式上問題は無い。
あと、これはこの村だけで行っている月行だけど、魔物や牛や豚や鳥などの家畜に対する魔鎮魂の儀も港街では年に一度で入れてしまえば良い。
このオルディーネ領の始まりは、魔物に由来するものだもの。
魔物によって生まれ、魔物によって発展した領。
魔物による被害を受けた者達もいるかも知れないけれど、私達はその魔物を喰らって生きている。
うん、これなら納得出来るわね
自分勝手で、我が儘な自己満足ではあるけど。




