1014.とある小子爵の旅行記、その漆。
【グラード・ウル・グットウィル小子爵】視点:
「それはどういった意味で?」
「そのままの意味ですよ。
まぁ、貴方のようにお若い方には、まだお分かりにならないのも無理はありません。
そうですね、では今日一日この街を散策されて、街に住む民の様子を見てどう感じましたか?」
そんな物は決まっている。
大概の者は一生懸命働いていたさ。
明日を信じる目で以て、今日の頑張りが、日々の積み重ねが明日へと、将来へと繋がる事を信じて、明るく希望に満ちた雰囲気を持っていた。
だからこそ、この街が素晴らしいと感じたのだ。
「色々と思い出しておられるようでしたが、我々への民の反応はどうでしたかな?」
「それは良くしてくれたな、まぁ我々は貴族故……、そう言う事ですか」
「ええ、そう言う事です。
この街の民の反応はあまりにも良心的すぎた。
大抵の者は、私達に付けられた護衛の騎士を見てから、あからさまに感謝の念を送っていましたよ。
幾ら我々が民を導く立場にある貴族だとしても、この街とは無関係の者である事は、この街に住む者であればある程度想像が付くでしょう。
必要以上に愛想を振るう必要などないのです。
彼等が我々を通して見たのは、この領地の主人であるユゥーリィ殿。
ほんの二刻にも満たない僅かな間でしたが、声を掛けた民の全てが同様でしたよ。
幾ら善政を敷こうとも有り得ない事です」
子爵の言うとおりだ。
この港街の領民は良心的すぎた。
店に顔を見せれば、顔を出した事に感謝する勢い。
話し掛ければ、丁寧に対応している事自体を誇りに思う事すら感じられた。
まるで私達を通して、義妹に感謝の意を届けようとばかりに。
しかも、此方が不快に思ったり異常だと思わない程度の、実に微妙な手加減で以てだ。
「よく護衛も碌に連れずに、街中を歩いて回っているそうですよ」
誰の事かなど、言われずとも分かる。
魔物が跋扈する山奥を平気で出歩く義妹だ、護衛を碌に連れずに自分の街を出歩いても何ら不思議には思わないどころか、過剰な対応を嫌がる姿が容易に想像出来る。
そして、だからこそ絶妙な手加減を領民の方が覚えていったのだろうと。
「領民の殆どが感謝しているそうですよ、自分達を守り導くべき領主として以上に、自分達を救ってくれた相手として」
「私も聞いた事があります。
この街にいる民の殆どが、行き場を失っていた者達ばかりだと」
次男ならともかく、三男、四男ともなれば、長男次男に子供が生まれれば幾ら働き手だとは言っても面倒が見きれないと、家を追い出す家は多いと聞く。
商人や職人であってもそれは同じで、新たに店を持ったり商売を始めようと思えば資金が必要。
将来に向けて貯蓄している者はともかく、そもそも貯蓄するだけの物を与えられていなかったり、家を追い出す際に取り上げられてしまう者もいる。
今まで面倒を見てきた養育費だと言ってな。
そして貯蓄していた者とて全てが上手く行く訳でもなく、成功する者もいれば全てを失う者もいるだろうし、快くない者に欺さたり、無理矢理に奪われてしまう者もいる。
そうした者達が行く付く先の一つとして貧民街があり、この街に済む大半の者がそう言った者達。
無論、中には無法者もいるだろうが、誰もが好き好んで無法を働きたいものではない。
真面目に働いて生きて行けるのであれば、それを選ぶ人間の方が遥かに多いだろう。
「彼等に与えられたのは、一時の満足感を得る為の食事ではなく、未来を掴み生きて行く為の切っ掛けです。
彼等の多くは領主であるユゥーリィ殿に多大な借財があるものの、それは真面目に働いて行けば返せる代物だそうです。
借財に関しては少しづつ、それこそ長い月日を掛けて返してくれれば構わない、真面目に働いて誠実に生きてくれる事こそが、領地にとって最大の返済になると。
そう口にしたそうですよ」
「彼等はそれを忠実に守っているのだと?」
「無論、愚か者は何処にでもいます。
ですが、多くの者が心より感謝している。
そんな異常な状態の街など、とても参考になど出来ませんよ。
人は善であり続ける事など出来ない、罪深き生き物ですからね。
それ故に時間をおいて、長い目で見る必要があると私は判断いたしました」
世代を超えて観察し、長い時間を掛けて最適化されていってこそ、初めて参考にする価値が生まれると。
我々貴族は世代を超えて成す事など普通で、長期的に様子を見る事はある意味当然。
多くの領民の命と生活を背負っているのだからな。
そう考えれば、確かに早まった考えだったと言える。
父上に話せば、また叱責を受けるところだった。
「まぁ当然ながら、現状でも十分に取り入れるべき事も多々あるでしょうが、それでもやはり先立つ物がなければ出来ませんし、そのために人を教育しなければなりません。
この街の住民が聞き分けが良いからこそ、それが短期で済んだに過ぎないでしょうから、やはり時間は掛かると思っておいた方が良いでしょうな。
さて、私がこうして貴殿の話に乗って、色々と助言をさせて戴いたのには理由があります。
やはり私のような歳を経た者、しかも文官肌である者と、貴殿のように若くそれでいて武官肌、しかも私と違い領地持ちの後継者ともなれば見えている物が違います。
それ故に互いに目に付いた物、気が付いた事に関して情報を交換し、擦り合わせさせて戴ければと提案をしたくあります。
まぁ、互いに離れた場所に住むもの同士、基本的に此処に滞在している時に限りとなりますが……、出来る事ならば、ユゥーリィ殿の知人同士として友好を深め、手紙の遣り取りでも出来ればとも思っております」
まったく、よく言う。
確かに口実にはなるだろうが、どう考えても私の方が貰いすぎている。
つい最近まで領政に関わるどころか、国軍の砦で剣を振るう毎日ばかり過ごしていた人間に何を言っているのか。
意欲ばかりで知識も経験も足りていない事は、私が一番自覚している。
「取引内容に御不満の様ですね。
まぁあまりにも貴殿に有利で、私にとって利となる事が少ないとでもお思いなのでしょう」
此方の胸の内が透けてみられている様で嫌な気分になるが、私が未熟なのは今更故、子爵の言葉に小さく頷いてみせる。
私の誇りなどより、領地を少しでも良くする事の方が余程大切だからな。
「簡単ですよ。
貴殿を少しばかし導くだけ、それだけで貴殿に貸しを作れる事になる。
ああ、警戒する必要はありません。
私が望むのは貴殿との友誼です。
共に愛する妻を持つ身として、心配が尽きない事が互いにある。
しかも共通する事柄で」
ああ、そう言う事か。
義妹と関係を求めて集る者達が子爵、正確には子爵夫人にも迷惑を掛けている訳か。
考えてみれば当然だな。
子爵夫人は、義妹が貴族しか通う事しか出来ない学習院に入る際に、保証人の一人になっていたと聞いている。
その事を知っている者からしたら、義妹と近しい人物と思われても仕方がない事。
実際には子爵夫人の姪からの頼みで力を貸したに過ぎないとしても、他者はそうは見てくれない。
「一応は我が家の貴族後見人から守られてはいますが、やはり他家は他家、御威光が通じない困った方も居られまして。
妻は大丈夫だと口にはしていますが、やはり心配になる気持ちは貴殿ならお分かりでしょう?」
名前だけで関係が薄い事は、同時に国からの保護も薄いと言う事。
話を持って行くだけで相応に益を得てはいるだろうが、時間を取られる事には違いないし、中には強気で押そうとする者とているだろう。
「ええ勿論です。
妻に話をしてみなければ色好い返事をする事は出来ませんが、妻も義妹の事ならばと難色を示す事はないでしょう」
「助かります。
御迷惑をお掛けするつもりはありませんが、やはり矛先を避わす先が一つでも多いに越した事はありません。
それが血縁者ともなれば、困った方も一応は納得なさられるでしょう。
この後、子爵は我が家への紹介状を書くだけに留める事を約束してくださったが、その際に我が家が義妹の事で国からの手厚い保護がある事を匂わされたので、やはり此方の事情をある程度知っているか、予想していた上で話を持ってきたのだろう。
単に困った来訪者を押し付けるのではなく、それを退けるだけの借り物の力があるからこそ頼むのであって、無理強いをする気はないと。
「それと年寄りのお節介と言われても仕方ありませんが、我が家の場合は妻の機嫌を取る方法として─────」
いやぁ〜、実に有意義な話だった。
確かに当て嵌まらない話も多かったが、それなりに参考になる話も多く、ついつい話し込んでしまい、あっと言う間に夕食の時間になってしまった。
夕食は街の散策でそれなりに楽しかった事の話で盛り上がったが、子供達の話に楽しそうに相槌を振るう義妹の姿は、叔母と甥や姪という関係だけでなく、本当に子供が好きなのだと思わせさせられる。
そして食後の会話の後、宛がわれた部屋で妻との一時を楽しみながら、昼間の話をする。
「あの子に関する事ですから構いませんが、たいした対応は出来ませんよ」
「それで構わないさ。
向こうも妹の実姉である君を紹介した事で、それなりに義理を果たせるし、君はこれまで通り対応してくれれば良い。
一応はマイヤーソン子爵からの紹介状を持った相手には、私か父上が同席して相手をするから、君が怖い思いをする心配はないさ」
妻であるミレニアには話してはいないが、我が家の近くに監視を兼ねて国から派遣されている護衛が住んでおり、いざという時には助力を乞う事が出来る旨を父上から聞いている。
まぁ、我が家にも小さいながらも騎士団があるため、彼等を使う事は先ずないだろうが、使える駒が一つでも多いに越した事はないし、それが国が我が家を守る為に派遣された者となれば、我が家では対応出来ない事態が起きた際には心強い。
「それと昼間の件の続きになるのだが、やはり妹さんが用意するお土産は有り難く受けた方が良い。
おそらく我が家やマイヤーソン子爵家に、自分の事で迷惑を掛けている事を知っているであろうから、その迷惑料を兼ねているだろうからな、断れば妹さんの気が済まなくなる可能性が高い。
私が言うのも何だが、そうなった場合の妹さん、もっと凄いのを用意してきそうだし、此方が受け入れざるを得ない様な状況に持ってきそうだ」
身内には自重を忘れそうな感じなんだよね、彼女。
妻は私が言った事が容易に想像が付いた様で、実に頭を痛そうにしている姿が私の予想が当たっている事を物語っている。
「……あの子、昔から望んだ状況に持って行くのが巧いのよ。
けっして我が儘という訳ではないし、寧ろ人様に迷惑を掛ける事を嫌がる子だけど、それでも自分が正しいと思った事が思い通りに行かないと判断したら、手段を選ばないというか、気が付いたらそうなっているというか。
ある意味凄い事なんでしょうけれど、本当に……如何してああいう子になったのかと思うぐらいで。
いえ、家族想いでとても良い子のなのよ。
只、その想いが時折おかしな事になるというのか……」
物語っているのだが……、どうやら私が想像していた以上の物らしい。
「それでも昔は多少行き過ぎても【魔法使いのなり損ない】なんて、領民からも皮肉られるくらい弱い魔法しか使えなかったから楽観的にいられたのよ。
けど……、今思えばあれも演技だったのだと思うと、余計にあり得ると思えてしまって。
分かっているわ、そうだとしてもあの子が家族を大切に思うからこそだって事は。
でも頭の良いあの子の事だから、面倒臭い事になる事を避ける為にしていたとも思えてしまうの。
いえ、きっと両方なんでしょうね。
まったくお父様もお兄様もあの子を甘やかすばかりで、もう少し自重という物を教えてほしかったわ。
はぁー……」
長い、長い溜め息の後、何とか妻が首を縦に振ってくれた事は嬉しいのだが……、うむ、私も子供には甘いところが有る自覚があるから、妻に溜め息を吐かれないように気を付けよう。




