1004.タマゴボーロと鶏卵と魔導具と。
ボーロに関しては、他にも甘薯や南瓜を使った物をヴァイス達に教えておく。
ヴァイスとエマは三歳未満の赤ん坊用と、それ以上の子供用、そして大人用と開発をするとの事。
厨房も人が増えたから、その手の開発を任せても働き過ぎにはならないだろう。
私はホワイトな職場を望む当主でありたい。
「素朴でありながらも優しい味わいですので、多くの者に人気が出るかと思います。
調理法を知られていない今であるなら、お土産にお持ちすれば喜ばれるかと思います」
ただ、ヴァイスの評価は良いものの、多くの者と言うっても貴族や一定以上の富裕層は問題ないけれど、平民の中でも貧困層は厳しいだろうと思う。
低所得者からしたら、卵も砂糖もそれなりに高価な代物になってしまう。
タマゴボーロは普通のお菓子としても美味しいけれど、やはり赤ん坊向けのお菓子としても広まって欲しいと思ってしまう。
赤ん坊の顎の発達を促すし、何より食べる事への興味を持つようになるもの。
そう思って、今度はお米だけで作れる赤ちゃん煎餅を作ってみたのだけど、作ってから私の領以外では、お米があまり普及していない事実に気が付いた。
残念、身近な食材でなければ意味がない。
それでもレシピを残しておけば、稲作が広まったときに役に立つ事もあるでしょうと、自分で自分を誤魔化しておく。
「これくらいの小さなものでしたら、お嬢様のオヤツとしても優秀ですので開発のしがいもあります」
「……サクラもいるから、もういい加減お嬢様呼びは止めて欲しい気がするのだけど」
「サクラ様はサクラ様です。
なんでしたら、サクラお嬢様とお呼びさせて戴きます」
ちっ、こいつもか、
セバスにしろ、ヴァイス達にしろ、私の事をお嬢様呼びである事を止める気がないと来ている。
まぁ自分の容姿を考えたら仕方がないと自覚しているだけに、あまり強く言えないのよね。
どうせ御自分の御容姿をお考え下さい、とか言うに決まっているもの。
しかもさっそくなのか、冷蔵庫の魔導具から取り出した卵の入った籠を取り出しているあたり、この話題に関しては続きをする気がないときている。
「鶏卵ね」
「はい、まずはごく普通の、誰にでも手に入る材料で開発しようと思います。
お嬢様方が先程まで作られたのは、お嬢様方のお子様の為の物ですので、最高の素材で作られる事は寧ろ大切な事です。
ですがお嬢様の事です、このお菓子を世に広めて、多くの幼い者の口に入る事を望んでおられると思います。
ですので、やはり基本を抑えておこうかと思いまして」
本当、ヴァイスにしろエマにしろ、陛下には良い人材を紹介されたと感謝はしている。
陛下に直接口にはしたくないけどねっ!
使った器具の洗い物は私が魔法でちょちょいのちょいで、ヴァイスとエマがすぐにでも使えるようにしておく。
お菓子作りは片付けまでがセット。
なんてやっていると、アドルが試作なのに随分と卵を用意するんだなと口にしたので……。
「味を変えると言うのもあるけれど、材料の比率を変えたりや、生地を休ませる時間を変えたり、焼成温度を変えたり、色々と条件を変えて作ろうと思うと、如何しても量を作る事になるものよ。
それとお菓子って、量を作った方が味が安定するのもあるわ」
そう返しておく。
ヴァイス達的に納得できない味の物になったとしても、食べれないような代物ではなく、お菓子はお菓子だし、それも一流の調理人によるお菓子よ、無駄になる事はまずない。
量が多い分には村の子供達に配っても良いし、港街の託児所で子供達のオヤツとして出しても構わないもの。
「そういうもんか」
「そういうものよ。
新しい物を生み出すというのは、それだけ試行錯誤を繰り返した結果なの。
私は最初だけ思いつきで作って、後はああいう風に丸投げだけどね」
せっかく一流の調理人がいるのだもの、私なんかより余程美味しく安定したレシピを開発してくれるに決まっている。
餅は餅屋ってね。
「しかし……」
「ん? どうしたの?」
「いや大した事じゃないんだけど、俺ってユゥーリィに出されるまで、卵料理って苦手だったんだよな。
以前に酷い腹痛で死ぬかと思った事があってさ、それ以来どうにもな」
「あぁ、当たったのね」
鶏卵などの普通の卵ってサルモネラ菌などがいるから、菌が繁殖して増え過ぎていると食中毒を起こしてしまう事がある。
そうでなくても卵って見た目が見た目だから、古くなっていても判りにくいし、そう言う古くなっった卵を食べても腹痛をもたらす。
前世みたいに徹底した品質管理されている訳ではない上、古くても売ってしまえと言う売り手が多いのも事実。
何より基本的に常温保管だものね。
だから我が家以外では、卵料理ってしっかりと硬くなるまで火が通っていて半熟状態なんて物は有り得ない料理。
冷蔵庫の魔導具が貴族間で広まっているから、卵が古くなっていて当たると言う事は少なくなるかも知れないけれど、やはり卵って見た目が見た目だし、今までの慣例もあって、冷蔵庫の魔導具を持っていても常温で保管している家はあると思う。
じゃあ我が家はなんで大丈夫かって言うと、実は卵の菌って毒検知の魔法で検知できてしまうのよ。
でもね、毒検知の魔法にしろ解毒の魔法にしろ共に【聖】属性魔法であり、基本的に教会に所属する医療神官か、私やエリシィーのような教会に所属していない治癒術士しか使えない魔法でもあるの。
つまり『美味しい卵料理の為に、治癒術士としての力を使え』とは言い辛いのが現実。
毒検知の魔法の為に使われる魔力量は知れているけれど、数が多ければ当然ながらその分だけ必要とする魔力量は増える。
「それなら無理して食べなくても良かったのに」
「あんな美味そうな見た目と匂いの卵料理を目の前に出されて、我慢できる訳がないだろうが」
「それもそうか」
「まぁ実際に美味かったし、あの時に安全な卵を使っているから大丈夫だって言っていたしな」
当時のアドルとギモルは十代半ばの少年。
身体を鍛える為に動いていた事もあって、ポリバケツに吸い込まれるが如く料理が消えていったものね。
今の食事量も凄いけれど、あの当時よりは大分抑えられているとさえ言える。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
「作るか」
何を作るかって?
そんなもの決まっているじゃない、卵料理を安全に食べられるようにする物よ。
今回はアドルの言葉が切っ掛けになったけれど、あまり他人事じゃないのよね。
私直々の直営から商会の飲食店部門の中に組み込まれたとは言え、甘味屋を初めとする飲食店を幾つも持っている。
幸いな事に私の商会の傘下になったキンペイ商会が持つ養鶏牧場から、その日に産んだ卵のみを運び、お店の冷蔵庫の魔導具で保管し、規定日数以内に使い切る事を定めている為、食中毒騒ぎは殆ど起きていない。
ただ、まったく無い訳ではないのよ。
『運が悪かったか、体調が悪かっただけだろ』
で済んでしまうだけでね。
この世界の衛生観念を考えたら、そうなっても仕方がないのだけど、何時までもそれに甘えている訳にはいかない。
一番良いのは菌が在ろうが無かろうが、全ての卵に解毒魔法を施せば良いのだけど、生憎とそれは魔導士の人口が少ないため無理なのが実情。
おまけに解毒魔法は菌に対しても効くけれど、それは菌の存在を何となくでも意識していて初めて効果が出る。
この世界の魔法は想像による創造とはいえ、ある程度理論体系がなければ無理なものも多い。
例えば物体を消そうとする【消失】の魔法。
これは昔から考えその物はあるけれど、実在していない魔法。
何故なら『消えろっ』と強く思っても、魔法として実現するには消失の過程を想像出来ないからだ。
前世の知識を持っている私なら、それらしい魔法を発動させる事は出来るわ。
生物なら細胞の結合を促しているカドヘリン・インテグリン・セレクチン等の物質を妨げるようにしてやれば良い。
結果はドロドロとした血溜まりが出来るから、少し消失とは違うかもしれないけれど、生物として消失する事には違いないし、そこに【水】属性を重ねて水分を飛ばしてやれば粉となってしまう上に、【風】属性で持って飛ばしてやれば何も残らない。
ただ以前にも言ったけれど、生物に対しての魔法による直接干渉は、この世界では魔力の固有波長による違いによって強い力ほど効き難くなるため、私の魔力と魔力制御を持っても生きたままでは小動物がやっと。
他にも物質なら、原子レベルで結合を排除すれば灰が残るし、それさえも消失させる事が出来るけれど、何方も膨大な熱量と電磁波が発生するため、この対策を同時に行わないと只の自爆魔法でしかない。
俗に言う核分裂や核融合、反物質による対消滅と言えば、如何に危険で制御が大変なのか判るだろう。
そんな感じで想像による創造ではあっても、ある程度は順序立てる必要がある訳。
「【キノコ】が菌ではなく【木の子】だと思っているのに、菌の概念なんて広まる訳がないわよね。
キノコ栽培している我が家の村ですら、いまだに菌による菌床栽培に関しては菌の概念が浸透していないもの。
ただ、【木の子】が育つ方法だって理解しているだけでね」
「「「「目に見えない物を信じろと言われても無理だって」」」」
という訳で、解毒魔法による解毒は現状では無理だし、只でさえ人口の少ない魔導士の中で、更に【聖】属性持ち魔導具師は少ないのが現実である以上、卵用の解毒の魔導具を私一人で全ての需要を満たせる訳がない。
そうなると難易度の低い毒検知の魔法になる。
幸いな事に此方は菌の概念がなくても、卵の毒と強くイメージしていれば発動するらしい。
なんでそんな事を知っているかと言うと、私が子供時代にお世話になった教会の神父様からの情報で……。
『見習いの医療神官時代には必ず通る道でしてな。
本来であれば全ての人々の口に入る物に施せれば良いのですが、残念ながら現実的ではありません。
只、多くの患者を助ける役目を持つ治癒魔法を使える者が、不幸にも食中りで倒れる訳にも行きませぬ故』
そう言う訳で、私もやらされましたよ。
幾ら神父様よりも私の方が魔力容量が多かったとは言え、本当にあの神父様には勉強や修行と称して良いように扱き使われたと思う。
まぁそれだからこそ色々と教えて戴いたのだから、感謝しないといけないんだけどね。
今となってはエリシィーの件で相殺だし、あの神父様が本当に悪い訳ではない。
罪があったとしても、部下の管理不行き届きで罰する程度がせいぜいよ。
どちらにしろ既に亡くなられた方を悪く言っても仕方がないというのが、一番の理由かな。
「……出来そうではあるけれど、【聖】属性持ちの魔導具師の事を考えたら、厳しいかも」
そうなると、神字を用いた魔導回路か……、使えそうな神字ってあったかな?
神字は何方かというと、一文字で幾つもの意味を持ち、神字の組合せで更に様々な意味を持たせる事が出来る意味字に近い。
おまけにルーン文字が正位置と逆位置があるように、神字にも正位置と逆位置があり、更に鏡文字もある。
挙げ句に魔方陣の位置関係でも意味が変わってくるから、かなり扱いの難しい言語だと言える。
法則性を見付けた時、マジか〜〜……と、この言語を作った人(?)達の頭の構造はいったいどうなっているのかと、感心するよりも本気で呆れたものだわ
どちらにしろ人間が使える魔導回路だと、色々と制限があるからそこまで考えなくても良いのだけど、その制限に掛からない様にとなると更に幅が狭まり……。
う〜〜〜〜ん……。
んっ、そうだっ!
よくよく考えたら、もっと良い材料があったわ」
あまりにも身近すぎてすっかりと忘れていた。
【光 石】
私の実家のシンフェリア領の特産品の一つであり、私が実家にいた時に更に活かせないかと色々と遣らかしか結果、実家が国に目を付けられる事になった代物。
確かにシンフェリア領の特産品ではあったけれど、別にシンフェリア領からしか採れない訳ではなく、意外に色々な場所から採掘出来る。
ただ単に埋蔵量と年間採掘量が違うのと、現在国内だけでなく国外にまで売れている照明器具の魔道具の核となる部分である輝石や輝結晶、そして軍事用品になっている高出力の投光器に使われている光水晶は、シンフェリア領のみが技術を独占しているだけ。
光水晶は国に製法を献上したけれど、結局は輝石や輝結晶の製法と直結している為、国から製造管理を任されたアーカイブ公爵家が、基幹部分である光水晶のみを実家が持つ商会に発注を掛けて、その分だけ製造して納めるという受注生産に収まっているんですよね。
この辺りの流れは私が実家を出た後だし、縁を切られた実家と実家の所属する派閥のトップであるアーカイブ公爵家との話なので、私にとってはどうでも良い事。
肝心なのが、この光石は実は珍しい【聖】属性の性質を持つ物質だって事。
と言っても【聖】属性の性質の力はかなり弱いし、【聖】属性を持つ魔草の方が力がまだ強いくらい。
「ただ鉱物なだけあって、安定はしているのよね。
魔導回路における魔力の属性変質の核としては……十分かな?
そこは実用に耐えられるか実験をしてみないと判らないか」
光水晶なら、まず間違いなく大丈夫だと言えるのだけど、アレは一応は国の管理かになっている軍用物資。
輝石や輝結晶で間に合えば良いんだけど……。




