第25話 学園生活六年目 ⑦
ファーストダンスが終わり、私はミラとエリナの元へ戻った。周りから見られているような気もするが、ファーストダンスを踊ったことで珍しがられているんだと思う。
「セレナ、あんなにダンス踊れたの!? 華やかなダンスでとても綺麗だったけど、難しそうな動きが多かった気がするわ」
「私だったら相手の足を踏んでしまいそうになるに違いないわね。セレナみたいに軽やかに踊るのはきっと難しいことだわ」
ミラとエリナにファーストダンスを褒められて、私は嬉しくなる。ちょっと本気を出したかいがあったというものだ。
会場にはファーストダンスとは違い、比較的踊りやすいゆったりとした音楽が流れ始めた。ここからは自由にダンスを踊ったり、話したり、食事をしたりを楽しむ時間だ。
「ところで、二人はダンスを踊るの?」
「私はリオ君と踊りたいと思ってるわ。だからリオ君を迎えに行ってくる」
「ここで迎えに来てもらう、じゃなくて迎えに行くって言うのがミラらしいね」
意気込むミラはリオのところに向かい、レオン殿下と話をしていたリオの腕に抱きついた。レオン殿下からの位置だとミラは見えていたようだが、リオからだと完全に死角だったみたいで、びくりと肩を大きく震わせていた。
「エリナはどうするの?」
「んー、パートナーはいるんだけど、心配だからセレナを一人にしておきたくないのよね」
「私のことなら別にいいよ。せっかくのグランド・マギアなんだし、踊ってきたらいいじゃん」
「でも、今私がここを離れたら、きっと大変なことになると思うのよね」
不安そうに言うエリナはなぜか周りを見てため息をつく。それに首を傾げながら、私はエリナを後押しした。
「大丈夫だよ。ここで料理を食べたり、飲み物を飲んだりしてるから。私が一人になるのが心配なら、先生の近くにいることにするし」
正直、なんで私が一人になるのが心配なのか全く分からないが、こう言わないとエリナはパートナーの子とダンスを踊ってこないだろう。綺麗なドレスを着ているのにダンスを踊らないなんてもったいないよ。
「私はミラとエリナにもグランド・マギアを楽しんでほしい。私は二人と話して時間を過ごすのもいいと思ったけど、パートナーの子とダンスを踊って思い出を作るのもいいと思うよ」
「……なら、行ってくるわね。でも、話しかけられすぎて困ったら遠慮なく私たちのところに来てちょうだいね!」
エリナはそう言うと、パートナーの子のところに向かった。
私が話しかけられる前提でエリナは話していたが、グランド・マギアでわざわざ私に話しかけてくる人なんていないだろう。
私は早速、料理を皿に分ける。実はここに来た時から美味しそうだと思っていたのだ。ファーストダンスがあるから食べなかったけど。
そういえば、エルヴァレンはもう女の子たちと約束したダンスを踊っているようだ。ちょっと飲み物を飲んだだけで、ファーストダンスの後すぐに女の子たちとダンスを踊り始めるなんて疲れないのかな。
エミリアは3番目に約束したと言っていたから、近くで待っているみたい……ってもしかして、あの列になってるのがエルヴァレンと踊る約束をしている女の子たち!? エルヴァレン、一体何人と約束したんだろ。
パクリとお肉を口に含みながら、そんなことを考える。先生たちが準備してくれた料理はどれも美味しく、全種類制覇してしまおうかなと欲が出そうになる。
冷静に考えて、これだけの量を食べるのは無理なんだけどね。一口ずつ食べていくならできるかもしれないけど、種類も多いしなぁ。
プチトマトを食べながらそう考えると、私は端っこの方で私たちを見守っているアーレン先生が目に入った。手には私と同じく料理を持っていて、壁に寄りかかりながらみんなのダンスを見ていた。
ふむ、なんかさっきから視線が多い気がするし、ミラとエリナにも行ってきてと言ったけど、1人だと話し相手もいなくて少し暇だ。私に話しかけてくるとかエリナは言っていたけど、そんな気配はなくて、視線だけが多いし。
これならアーレン先生と少しお話してくるのはありかもしれない。相手が先生ならエリナも大丈夫と言うだろうし、この視線もちょっとは減るかもしれない。
そう考え、私は皿を持ちながらアーレン先生の元に向かった。
「アーレン先生」
「ん? ああ、エルシアか。これはまた随分とめかしこんだな。せっかくのグランド・マギアなんだし、俺のところにいないで話をしてきたらいいだろ」
「ミラとエリナはパートナーの子とダンスに行ったので、話し相手がいないんです。それによく分かんないんですけど、エリナにあまり一人にならない方がいいって言われて」
私がそう言うと、アーレン先生は周りを見てため息をついた。
「……そういうことか。まあ、少しの間だけなら話し相手になってやる」
「ありがとうございます!」
「でも、ずっとじゃないからな。少しだけだ。お前といるとこっちにも視線が突き刺さる」
「……?」
アーレン先生の言葉には首を傾げつつ、私は持ってきた料理を口に含む。一口サイズでピックに刺さったサンドウィッチは食べやすいし、美味しい。もぐもぐと食べていると、アーレン先生から話しかけられた。
「エルシアはダンスを踊らないのか?」
「踊る相手がいませんし、ファーストダンス踊ったのでもういいかなって思ってます。元々、ファーストダンスがなかったら、今日踊るつもりありませんでしたし」
ダンスは割と好きだけど、エルヴァレンのように何度も連続で踊りたいわけじゃない。ちょっと踊るくらいが楽しいのだ。
「もし、お前と踊りたいというやつがいたら踊るのか?」
「そんな人いませんよ。いたらとっくに話しかけてきてるはずですし」
「……なるほど、これは手強いな。エルヴァレンとファーストダンスを踊ったせいで余計に誘いずらいのか」
なんかアーレン先生が一人で何かボソボソと言っている。距離は近いけど、音楽が流れているし、みんなも会場で話しているから少し声を大きくしてもらわないと聞こえないんだよね。
「エルシアと踊りたいやつはたくさんいると思うけどな」
「うーん、まあ誘われたら考えます。別にダンスを踊ることだけがグランド・マギアでの過ごし方でもないですし」
「まあ、それはそうなんだけどな」
そんな話をしていると、アーレン先生が他の先生に呼ばれてしまった。少しだけ話をしてくれるというはずだったが、本当に少しになってしまった。
「悪いな、エルシア。あんまり話し相手になれなくて」
「私は話してもらえて嬉しかったですよ。それに先生もグランド・マギアなのにゆっくりできなさそうですね」
「ま、俺たちはお前たちの今日を最高のものにするために働くことが仕事だからな。それにこういうイベントの方がやりがいがある」
確かに、アーレン先生は普段の授業よりも何か行事がある方がやる気に満ちているかも。実践魔導演武会のときもそうだったし。
私は先生を見送り、まだ手に持っている料理を壁側で食べる。楽しそうにダンスを踊っているミラやエリナの姿を見かけ、私も嬉しくなった。
皿に乗っていた料理を全て食べ切ると、私は近くのテーブルに食器を戻し、再び壁に寄る。ファーストダンスが終わったあたりから視線を感じていたが、こうも一人でいると更にその視線は多くなったような気がする。
そんなに一人でいるのが珍しいのかな。他にも一人の子はいると思うけど。
まあ、《月界》にいたときよりは視線の数は少ないし、そこまで気にならない。けど、一挙一動を観察するように見られると流石に何かあるのかと思ってしまう。
どうしたものかと思っていると、不意に誰かから声をかけられた。
「あの、エルシア……」
「?」
僅かに目を伏せ、左側を向いていた私は右側から来た相手に気づかなかった。声をかけられて、私は相手を見るために顔を上げた。
すると、そこにいたのは少し前、図書館で話しかけられて特に何かを話す前に出ていってしまったティキ・コールミンだった。意外な人物に思わず目を丸くしてしまう。
「っ、良かったら、ダンスを一緒に踊ってもらえませんか……!」
彼は私に手を差し出して、頭を勢いよく下げた。まさかダンスに誘われるとは思っていなかった私はこちらに差し出された手をマジマジと見つめてしまう。
けれど、その手が僅かに震え、緊張していることが分かると、私は彼の手を取っていた。
「いいよ。2回連続はだめだけど、1回踊るだけでいいなら、一緒に踊ろう」
コールミンにそう言うと、彼は真っ赤になった顔を上げ、何度も頷いた。
「それでもいい! 最後の思い出として、一緒に踊ってほしいんだ!」
「わかった」
ここまで熱烈に誘われたら、私も否を唱える気はない。それにしても、まさかアーレン先生の言葉が当たるとは思わなかったな。冗談だと思っていたし。
今日はもうダンスを踊るつもりはなかったけど、私もグランド・マギアの雰囲気に流されちゃったかも。それも悪くはないけどね。
私はコールミンと共にダンスをする中央の広間に向かう。私たちが広間に着くと、なぜかざわめきだった気がしたが、気のせいでしょ。
「え、エルヴァレンのように上手くリードはできないけど、精一杯頑張るから」
「大丈夫だよ。もっと気楽に踊ろ! その方が楽しいよ」
音楽に合わせ、私たちはステップを踏み始めた。
コールミンは私と同じ平民出身で、ダンスなんて踊ったことなどないだろう。私が例外なだけで、貴族が踊るようなダンスを踊れるようになるには些か期間が足りない。
コールミンもダンスが上手とは言えないが、どのくらい練習をしたかどうかは一緒にダンスをしてみればすぐに分かる。彼はステップを覚えているし、重心もあまりブレない。相当練習してきたことがわかる。
「どう、いま楽しい?」
「わ、分からない。エルシアと踊ってることが夢みたいだし、ステップを間違いないようにすることに必死で」
「確かに、緊張気味だね。なら、私と少し話をしようよ」
私はそういうと、彼に色々なことを尋ねた。どうして学園に入学したのか、卒業後はどうするのか、何かやりたいことはあるのか。
彼はステップを踏み間違いないようにすることに必死で、初めは上手く答えることができなかった。けれど、何度も何度も話をしていくと、段々とリラックスすることができてきて、ステップを踏むにも会話をするにも余裕が出てきた。
「どう? 今度は楽しい?」
だから私は同じ質問をもう一度した。すると、彼は先程とは違う返事をくれた。
「エルシアのおかげで、とても楽しい」
それを聞いて、私は嬉しくなった。
ダンスが終わり、私はコールミンに一礼をする。
「誘ってくれてありがとう。私も楽しかったよ」
「僕の方こそ、最後に君と踊れてよかった。本当はあのときに誘おうと思ったんだけど、誘えなくて。だからこうして踊ることができて本当に嬉しい」
なんと、あの図書館で話しかけられたのはダンスを誘うためだったとは。思いがけないところで答えをもらい、私は驚いてしまう。
「それと言うのが遅くなってごめん。エルシア、今日は一段と綺麗だよ。普段も綺麗だけど」
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しい」
本心からの賛辞だと分かり、私も素直にそれを受け取る。
「僕がエルシアをダンスに誘ったから、たぶん他のやつもダンスを申し込みに来ると思う」
「そうなの……?」
「うん、だからごめん」
そう謝るコールミンに本当に来るんだろうかと思ってしまった。コールミンはあの図書館のときから私をダンスに誘おうとしていたみたいだけど、他の人からそんな感じのものは特にないし。
だからコールミンの気のせいだと思うけど。
「うーん、なら一応頭を入れておくね」
「そうしておいて。エルシアと踊れて本当に良かったよ」
彼は最後にそう言うと、ダンスの中央広間から離れていった。私も元の壁のところに戻ろうかと思っていると、またしても声をかけられて足を止める。
「ん? どうしたの?」
そちらを振り返って返事をすると、思わぬ光景が目に入り、目を見開きすぎて落ちるかと思った。
「次は俺と踊ってほしい」
見えた先にはずらりと並んだ卒業生の男子生徒たち。まるでエルヴァレンとダンスを踊りたい女の子たちの列みたいじゃないか。
「も、もしかして、後ろにいる人たちは全員……」
「俺も含めて、エルシアと踊りたいやつが並んでいる。コールミンが君と踊っているのを見て、俺たちにもチャンスがあると思ったんだ」
「な、なるほど……」
並んでいる数が多すぎて、数える気にもならない。嘘でしょ。まさかこの全員と踊るの?
エルヴァレンが女の子たちとダンスを踊っているのを見て、疲れないのかなとか他人事みたいに観察してたけど、自分がそうなるとは思ってもみなかった。というかこれか、最後にコールミンが言っていたことは。
「エルシア、最後に思い出として踊ってほしいんだ」
あ、ああ。なんかこんなにも切実にお願いされると、断れない。けど、全員と踊るのは疲れるしなぁ……。
エリナたちが心配していたことも、もしかしたらこれなのかも。だって、やっぱり待っている人、多すぎない?
そうは思っても、コールミンとダンスを踊ることを決めたときから、このグランド・マギアの雰囲気にやはり流されていたのだ。だから私はなんだかんだ言っても、いつの間にか列になって並んでいた彼らと踊ることに決めたのだ。
せっかくの、グランド・マギアなのだから。
「いいよ、一人ずつ踊ろう」
私は一人目の手を取った。
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