第24話 学園生活六年目 ⑥
* * *
会場に入ると、一気にざわめきがなくなった気がした。そして、視線も一気に向けられた気がした。
けれど、私はそれらに動じることなく、ゆっくりと、一歩また一歩と踏み出していく。途中、エルヴァレンと目が合った気がしたが、ミラとエリナを探していたため、私はすぐに視線を動かした。
何だかとても目を丸くしていた気がするんだけど、きっと気のせいだよね。
不自然では無い程度に視線を動かしながら進んでいくと、私はミラとエリナを見つけた。思わず嬉しくなって、私は笑みを浮かべながら二人に近づいた。
そして、二人に声をかける。
「もう来てたんだね。二人とも、とっても可愛い。爪もキラキラだし、髪も編み込みかな? 華やかで似合ってるよ」
すると、ミラとエリナはどこか呆然としながら口を開いた。
「せ、セレナ……?」
「なんだか雰囲気がいつもと少し違うから、驚いたわ……。なんかこう、お姫さまみたいだと思ったわ」
エリナにお姫さまと言われ、私は一応お姫さまだよーと思いながら、リリアーヌのドレスのおかげじゃないかなと、とぼけて見ることにした。
「リリアーヌが貸してくれたドレスがとても綺麗だからじゃないかな? メイクもしてくれたし。どう? 変じゃない?」
「似合いすぎて眩しいというか。狙われないか心配というか。でもとにかく、とても似合ってるわ」
「その耳飾りもセレナの瞳の色みたいで綺麗だし、セレナも綺麗だし。思わず目が奪われるわ」
エリナもミラもそう褒めてくれて、私は嬉しくて頬を緩める。
「えへへ、ありがとう」
すると、ミラとエリナは私の周りを囲むように立ち位置をズラした。
「なんて可愛い笑顔を見せるの!? 危ないわよ!」
「セレナ、今日はなるべく一人になっちゃダメよ! これは狙われるわ!」
いったい何に狙われるというのか。それにミラ、先生もいるんだから何も危なくないよ。
でも、さっきまでちょっとぼうっとしていたような気がしたから、いつもの二人に戻ってくれて嬉しい。会場もいつの間にか話し声が戻り、賑やかになっていた。
「やっぱりグランド・マギアだから、みんな綺麗だね。エミリアもあの赤のドレス似合ってる。白いリボンが付いてるの可愛いよね」
私はミラに勧められた飲み物を飲みながら、みんなを観察していく。もうすぐファーストダンスがあるので、料理を食べるのはその後だ。
「レオン殿下はコラプスと一緒なんだ。ミラと一緒にいないと思ったらあそこで話していたんだね」
「コラプスがレオン殿下にだる絡みのようなものをしていたのよ。私はコラプスがとても大物に見えたわ」
「それはコラプスが大物だよ」
エリナの言葉に同意を示し、グラスに口をつける。あ、ちょっとグロス落ちちゃったかも。まあまだ大丈夫でしょと思い、リオたちから視線を外す。
すると、次に目に入ってきたのは多くの女の子たちに囲まれたエルヴァレンだった。
「なんか、今日は一段と女の子たちが多いね」
「卒業してしまえば、簡単には会えなくなってしまうからでしょうね。エルヴァレンの目に止まろうと必死になんだと思うわ」
「ふうん、みんな綺麗なんだから、エルヴァレンなんかよりもパーティーを楽しめばいいのに。でも、彼女たちからしたら、それが一番の楽しみなのかな」
エミリアも頬を染めながらエルヴァレンに話しかけている。私はファーストダンスを踊ったら、あとはご飯を食べたり、友達と話したりして過ごそうかなと思っていたけど、エミリアたちは最後までエルヴァレンと過ごしたいのかな。
そんなことを思っていると、台のような一段高くなっているところに先生が立った。みんな話すのをやめ、そちらに視線を向ける。
「それでは全員集まったようなので、最後に少し、話をしたいと思います。皆さんと毎日顔を合わせるのも、残りわずかとなりました。皆さんは学園を卒業して、それぞれが望む道を進むことになります。出会いと別れが訪れると思いますが、そのどちらも、皆さんを形作る大切な一頁です。
今日という日が、皆さんの未来を照らす光となることを願っています」
淡い緑色のドレスを着た先生が会場中に向けて挨拶をすると、その場で軽く一礼した。私たちが拍手を送ると、隣にいたアーレン先生が声を上げた。
「今日は存分に楽しんでくれ。まずはグランド・マギアの始まりとして、この学年の優秀者2人にファーストダンスを踊ってもらおう!」
先生がそう言うと、私とエルヴァレンに視線が向けられた。そして、ダンスを踊るために会場の中央に空間が空いた。
「セレナ、頑張って!」
「足を踏んでしまっても、エルヴァレンが相手だから大丈夫よ!」
んー、足を踏むつもりはないんだけどね。一応、代表者としてファーストダンスを踊るんだから。
「こう見えて、ダンスは結構上手いよ。相手いる状態で踊ったことはないけどね」
「それ、大丈夫なの……?」
エリナは私の言葉で心配になったようだが、多分大丈夫だと思う。私は二人に見送られて、中央へと足を進めた。私が歩くたびに道が開け、《月界》にいるときを思い出す。
そして、エルヴァレンと向かい合った。ヒールを履いているはずのに、やはり彼を見上げることになる。
音楽が流れる前に、私とエルヴァレンはお互いに向けて一礼をした。もちろん、この場に合わせて私もドレスの裾を摘み、腰を落とした貴族令嬢のような一礼だ。
顔を上げたエルヴァレンがいつもと同じように余裕そうな笑みを向けてきた。
「意外だね。君がここまで余裕そうなのもそうだけど、立ち居振る舞いが貴族令嬢みたいだ。てっきり、緊張して逃げ出すんじゃないかと心配していたのに」
開口一番、これだった。安定のエルヴァレンにどこか安心するも、今日は言われて終わりの私ではない。《月の姫》として、エルヴァレンに笑みを浮かべて告げた。
「生憎と、ここで足が震えるほど、可愛らしい性格をしているつもりはないの。それに今日の私はひと味違うのを見せてあげる」
「ふうん? なら、確かめさせもらおうか。言っておくけど、僕の足は踏まないよう、気をつけてくれると助かるよ」
私はエルヴァレンに手を差し出した。
「安心してよ。踏むときは狙って踏むから」
彼は私の手を恭しく受け取った。その瞬間、音楽が流れ始める。
「なら、踏まれないように僕が気をつけないといけないわけか」
エルヴァレンは私の腰をぐっと引き寄せ、音楽に合わせてステップを踏み始めた。
誰かと踊るのは初めてだけど、自然と次のステップが踏み出せるくらい、彼のリードは上手い。どさくさに紛れて本当に足を踏みたくなるほどだ。
けれど、体が勝手にステップを覚えているため、流れるように私は足を踏み出す。
「……へえ、君、ダンス上手いね」
「そういうエルヴァレンこそ、リードが上手くて足を踏もうと思っても踏めないんだけど? もう少し下手でもいいんじゃない?」
「ふうん、なら少しレベルをあげようか。あ、でも君が転ぶといけないから、むしろ逆に下げる?」
あらあらあら、一体誰に向かってそんなことを言っているの? あ、もしかして幻聴でも聞こえてしまったのかも。
じゃないと、《月の姫》の私に対してそんなことを言う? いくらエルヴァレンが私のことを知らなくてもだよ。
こう見えて、ダンスはエミリアからお墨付きを貰うくらい上手いんですけど??
私は不敵に微笑んで、あえてステップを外した。通常なら、ここはエルヴァレンに支えてもらいながら左に足を踏み出すところ。
けれど、私はエルヴァレンの腕を引っ張り、逆に私の方に引き寄せるように後ろに下がった。
エルヴァレンは声こそ出さなかったが、驚きが顔に現れている。そしてこのステップはエルヴァレンが言っていた今よりもレベルを上げたものだ。
一度このステップを踏むと、難易度を上げたまま踊り切るしかない。
「誰が転びそうだって? 言ったでしょ。こう見えて、ダンス上手いんだよ? エミリアからのお墨付きがあるくらい」
「……そうきたか。相変わらず、君は僕の予想を軽々と超えるよね」
なぜか楽しそうに笑うエルヴァレンに私は目を丸くする。そうしていると、彼は私をくるりと回転させ、私は流れるようにターンを決めていた。
ドレスの裾がふわりと舞い、裾の内側の水色が僅かに顕になった。
「このステップは貴族の中でも難しいことで有名なんだけど、よくこの短い間で習得できたよね。勉強そっちのけで練習したの?」
「そんなわけないでしょ。まあ、詳しくは言えないから、エルヴァレンに負けたくなかったからということにしておいて」
《月の姫》のことは話せないから、私がここまでダンスを踊れる理由を話すこともできない。まあ、本当はダンスを踊るつもりなんてなかったし、ファーストダンスの相手がエルヴァレンだったから、ここまで踊ろうと思ったわけだから、あながち間違いでもない。
一度エルヴァレンから離れ、単独でターンを決めて、もう一度彼の元に戻る。タイミングよく手を取ってくれるため、ふらつくことなく次のステップが踏める。
「ふうん、まあ何でもいいんだけどね」
「聞いてきたのそっちでしょ……」
思わず呆れてしまった。なんか前にもこういうことあった気がする。
音楽も中盤に差し掛かり、リズムが変わった。けれど、私たちは慌てることなく互いの手を取り、足を踏み出す。
私のヒールとエルヴァレンの革靴の音が響き渡る。軽快にステップを踏めているため、音楽に合わせて聞こえてくるヒールのコツっとした音が気持ちいい。
そういえば、いつものようにエルヴァレンとダンス中なのに言い合いをしていたけど、これってお互いが話す余裕があるくらいダンスが得意だからできることだよね。
勉強もできて、魔法もできて、ダンスもできる。エルヴァレンのできないことって、何かあるのかな。女の子の扱いも丁寧だし、パッと見欠点とかなさそうだよね。
性格というか口の悪さは欠点だと思うけど。いや、これ口なのかな。人を揶揄いすぎなのが欠点なのかも。私、おちょくられ過ぎだし。
というか、こうしてエルヴァレンの顔をまじまじと見つめるの初めてかも。ずっと隣の席だったけど、こんなに顔をじっくりと見たことないし。
エルヴァレンって肌綺麗だよね。もちもちでスベスベしてそう。ちょっと突いてみたいかも。
まつ毛も長いし。そういえばミラがこの前、私のまつ毛が長くて羨ましいとか言って、爪楊枝が何本乗るか試したことあったっけ。エルヴァレンも3本くらい平気で乗りそう。
エルヴァレンのリードにより、余裕があった私はそんなことを考えていた。そのとき、腕をグッと引き寄せられ、体がエルヴァレンに密着する。
ステップとしては合っているが、ここまで密着するとは思わなくて驚いてしまう。
「ねえ、いま余計なこと考えていたでしょ。僕とのダンスに集中して」
「集中してるし! というか、エルヴァレンのこと考えてただけだから」
「―――は」
すると、エルヴァレンは驚きのあまりか声を出した。なんか今日はいつものエルヴァレンのすました顔じゃない顔をたくさん見てるかもと思ってしまった。
「……君、それわざと?」
「? なにが?」
何がわざとなんだろう。まだ足は踏んでないはずだけど。
そんな私の考えが顔に出ていたのか、それを見たエルヴァレンは大きく息を吐いた。
「はあ……分かってはいたけど、素でそれをされると心臓に悪いな」
「え、何、エルヴァレン心臓が悪いの?」
信じられないことを聞いた。まさか持病でもあったというのか。そう思い、エルヴァレンに問いかけると、またしても呆れたようにため息をつかれた。
「そんなわけない。もういいから、君は口を閉じていて」
「なんでよ。どうせ周りには聞こえないんだし」
とうとう音楽が終盤に差し掛かった。私たちはラストスパートをかけるようにステップを踏む。
「そういう問題じゃないんだよ」
「じゃあ、どういう問題なの?」
首を傾げた私にエルヴァレンは表情の読めない顔をした。私の顔を、というか瞳を覗き込むように見つめられ、思わず目を逸らしたくなる。
そのとき、エルヴァレンは口を開いた。
「似合ってるよ、そのドレス。君が会場に入ってきたとき、思わず視線を奪われてしまうほどに、ね」
「―――は」
私はエルヴァレンの言葉のせいで、ステップを踏み外しそうになった。そこはステップを覚えていた私の体とエルヴァレンの咄嗟のリードにより事なきを得たけど……。
というか待って。今なんて言った? 私に向かって綺麗って言った? あのエルヴァレンが??
確かに、リリアーヌにもミラたちにも綺麗だとは褒められたし、私も鏡で見てみて今日は自信を持って綺麗だと言える装いをしていると思う。けれど、エルヴァレンにそれを言われるとは思ってなかった。
「え、本物??」
呆然としてしまうくらい、衝撃的だった。
すると、エルヴァレンがそんな私を見ながら言った。
「失礼じゃない? でも、いま君が感じているものを僕はさっきの君の発言で感じていたんだよ」
それは、とても簡単に要約すると、びっくりしたということ? それを私にも感じさせるためにあんなことを言ったってことなのかな。
「……え、ということはさっきの発言は、うそ……?」
なんだ、なんか安心した。変な心配をしたじゃん。エルヴァレンがいつもと違って妙に真剣な表情で言うから、ちょっとドキドキした。
まっまく、同じ気持ちを体験させるためだとしても、変なことは言わないで欲しい。ちょっと心臓に悪いから。
「―――別に嘘じゃないんだけどね」
最後の旋律、私はエルヴァレンによってくるりと回される。そのとき、彼が何かを呟いた気がした。
何を言ったのか聞こうとしたが、タイミングが悪く、曲は終わりを迎える。私たちは最後の一音に合わせて互いに一歩距離を取った。
そして、エルヴァレンは右足を半歩引き、片手に胸を添えながら浅く一礼し、私は裾を広げすぎないように控えめに摘み、膝を折って一礼した。
始まりの一礼よりも格式張った、けれど終わりを飾るのに相応しい礼を披露して見せた。
その瞬間、曲は終わり、会場中から拍手喝采が私たちへと送られた。長いようで短いファーストダンスが終わったのだ。
―――グランド・マギアが始まる。
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