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月界最強の姫は人間界に遊びに行く〜魔法学園で規格外扱いされるが隣の公爵子息にだけ勝てない件〜  作者: おもち
第一章

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第26話 学園生活六年目 ⑧



* * *



私はバルコニーに出て、月明かりに照らされながら持ってきた飲み物を片手に、手すりに寄りかかった。


「疲れた〜。よく踊りきったよ、私」


疲れた体を癒すように飲み物を口に含む。冷たくて、僅かに炭酸の入った飲み物が口の中でシュワシュワと弾ける。


「もうラストダンスが終わるまでここにいよう」


私はつい数分前のことを思い出す。



コールミンとダンスを踊り終わった私はズラリと列に並んだ彼らと順番にダンスを踊っていた。


ファーストダンスと違って、比較的踊りやすいような曲になっているとは言っても、連続で踊り続けるのはさすがに疲れる。けれど、疲れているような表情を見せたら相手に失礼なので、私は話をしながら笑みを浮かべ続けた。


誰かとダンスを踊るのなんて今日が初めてだったし、こんなにも長い間笑みを浮かべるのも初めてだった。


いや、《月界》でも笑みを浮かべ続けないといけないことはあったけど、《月界》の民たちと楽しくお話しながらだったから、そこまで大変じゃなかった。それに私が疲れたなと思うタイミングで休憩を挟んでくれていたからというものあると思う。


でも、今回はダンスを踊り終わったら次の人とまた踊ることになり、休憩がいまいち取れなかったのだ。だから余計に疲れが溜まり、笑みを浮かべるのも大変だった。


それでも何とか最後まで踊り終え、私は並んでいた人と全員踊り終わると、近くにあった飲み物を手に取ってバルコニーに出てきたのだ。さすがに少し休憩させて欲しい。


「……でも、思い出にはなったかな」


踊りすぎて疲れたけど、私の思い出としては間違いなく刻まれた。まあ悔しいことに、エルヴァレンとのファーストダンスが一番に記憶に残っているけれど。


「でもあれはファーストダンスだったからだよね」


少しひんやりとした夜風が肌を撫でる。


月明かりだけでも十分に明るいバルコニーにいるのは今は私だけで、この美しい夜の世界を私を除いてグランド・マギアの中では見ている人はいないのかと思うと少しもったいない気がした。


もうすぐ、この夢のようなグランド・マギアも終わりに近づき、ラストダンスの音楽が流れ始めるだろう。


ファーストダンスがグランド・マギアの開始を告げるダンスだとすれば、普通に考えればラストダンスは終わりを告げるダンスとなる。


けれど、ラストダンスは意味合いが異なり、その夜を締めくくる特別な一曲ということで、最後に選ぶ相手という意味を持つことが多い。


ラストダンスを踊ったからと言って、全員がラストダンスを踊った相手に恋情を抱いているわけではない。けれど、貴族ともなればそういった意味合いで捉える人も少なくはない。


だから、これから始まるラストダンスを遠慮するために、バルコニーに来る人もいるかもしれない。まだ学生だからこそ、ラストダンスこそ踊りたいと考える子もいると思う。今なら貴族も平民も関係なく、一人の卒業生として踊れるから。


そう考えていると、会場内の音が大きく聞こえてきた。誰かが扉を開けたんだろう。私が今いるところはバルコニーの出入口から少し離れているため、扉の前で私がいることは分からなかったんだと思う。


別にここは私の場所でもないので、誰が入ってきても構わないけど、一応はいますよーと相手に教えてあげた方がいいかもしれない。


だから私はコツコツとヒールを響かせて、扉の方に向かった。


「! 失礼、先客が―――」


相手は私がいるとは思わなかったようで、慌てて礼を示し、頭を下げる。けれど、私は聞こえてきた声と近づいたことではっきりと分かった相手の姿に驚いてしまった。


「エルヴァレン……?」


向こうも私の声でバルコニーにいた先客が誰かわかったのか、顔を上げてこちらを凝視していた。


「君が先客だったのか」

「そうだよ。あっちの奥の方にいたから気づかなかったのは仕方がないよ」


私は先程までいたところを指さす。そして、未だに開いている扉を見て言った。


「とりあえず、扉閉めたら? エルヴァレンもそんなとこにいないで、こっちに来ればいいよ」

「……僕がいたら君が休めないんじゃないの?」

「そんなことないよ。別にここは私の場所でもないし。それに、バルコニーに来たってことはエルヴァレンも休みに来たんじゃない? ラストダンスも近いし、踊るのを遠慮してここに来たんだったら、素直にここにいた方がいいよ」


それに、一人ここにいるよりは相手がエルヴァレンだろうと話し相手がいた方がいい気がする。私もラストダンスが終わるまではここにいるつもりだし。


エルヴァレンは私の言葉に思うところがあったのか、珍しく素直に扉を閉めてこちらにやってきた。


「約束してた女の子たちとは全員踊り終えたの?」

「そうじゃなければここに来ないよ。君の方こそ、途中から長い間踊っていたようだね」

「まあね。というか、女の子たちと踊りながら周りを見る余裕があったんだ。私なんて途中からその余裕もなかったんだけど」


なんかダンスでも負けた気がする。ダンスの技術は同じくらいのはずなんだけど、なにぶんダンスの経験値がこればっかりは差がありすぎる。


「流石に今日初めてダンスを踊った私と、貴族としてダンスを踊り慣れているエルヴァレンとはでは、経験値の差がなぁ」


練習はしていても、誰かと踊ることは初めてでは無駄な力を入れてダンスを踊ってしまうことになるだろうし。実際にエルヴァレンと踊ったあとのダンスとかそうだった。


「―――は。君、誰かと踊るの今日が初めてなの?」

「え、うん」

「……もっとマシな嘘をつきなよ。踊り慣れてそうだったけど」


エルヴァレンは呆れた目付きをして私を見る。なんだその、わがままを言う子どもを見るような目は。


「むっ、嘘じゃないし! エルヴァレンと違って、私はそんな嘘つかないから」

「じゃあ何。あのファーストダンスが初めてだったとでも言う気?」

「そうだよ。ダンス練習のときも、私が一人でダンスを踊って、それをエミリアが見てアドバイスを送る感じだったし」


《月界》でダンスの練習をしたときも、誰かと踊ることはなかった。《月の姫》として恥ずかしくない教養を身につける一環として練習していたものだから、《月界》の民たちは私がダンス練習をしていたことにも気づいていないと思うし。


だって、《月界》では民たちがダンスを踊り、それを私に披露して見せてくれる感じだったんだよね。わざわざ私がダンスを踊るなんてことはする必要がなかったんだよ。


そもそも、練習していたのは人間界のダンスだし。《月界》の民たちのダンスも良かったけど、自分が踊るとなると、人間界のダンスの方がしっくり来たんだよね。


だから《月界》の民たちが私のダンス練習を知っても、一緒に踊れなかったと思う。


「…………そう」

「? なんで急にそっち向いたの?」

「なんでもないから」


今日のエルヴァレンは少し変だ。エルヴァレンもグランド・マギアの雰囲気に当てられたのかな?


そんな話をしていると、ラストダンスの音楽が流れ始めた。


結局、ミラとエリナとは少し話しただけだったし、エミリアとは全然話さなかったな。リリアーヌは準備のときに話をしていたけど、会場に着いてからは話をしていないし。


みんな、ラストダンスを踊っているのかな。


ミラとリリアーヌは踊ると思うけど、エリナはどうだろう。パートナーがいるって言っていたけど、踊るのかな。エミリアが踊りたい相手は多分エルヴァレンだろうから、彼がここにいる時点でエミリアはラストダンスを踊らないのかもしれない。


「ラストダンスが始まったけど、本当に誰とも踊らなくてよかったの?」

「僕は特別を作るつもりはないからね。それに、初めから彼女たちにはラストダンスを踊らないということで話はしているよ」


そうなんだ。まあ、エルヴァレンなら話を通しているに決まっているか。


「そういう君こそ、あれだけダンスに誘われていたんだ。ラストダンスの相手くらい見つかるんじゃない?」

「いや、あれだけ踊ったからだよ。普通に疲れて、今日はもう踊りたくないの」


ラストダンスで踊りたい相手がいる訳でもないしね。ラストダンスだからこそ、私は適当に相手を見つけてダンスを踊るのは相手に不義理だと思っている。


それなら、初めから誰とも踊らない方がいい。


私は音楽が流れる会場内を見ながらそう思う。思いを伴っていない相手と踊るのは相手にも自分にも嘘をついていることになる。それはいやだ。


「そう。まあファーストダンスと違って、ラストダンスは嫌々踊る必要はないからね」

「嫌々って。エルヴァレンそんなこと思ってたわけ?」

「僕じゃない。君のほうだよ」

「ちょっと、勝手に決めつけないでよ。私は別に嫌々踊った訳じゃないからね。普通に楽しく踊ったし」


またしてもムッとして、私はエルヴァレンに指を指す代わりに空になったグラスを向ける。


「あれだけ余裕で会話できたのも、踊りやすかったのもエルヴァレンだった。難しいステップでも踊れたし、エルヴァレンが嫌々踊っていたとしても、私のほうは結構楽しかったんだから!」


ビシッと告げると、エルヴァレンは今まで以上に目を大きく見開き、私を見た。エルヴァレンの赤い瞳が宝石のようにきらりと煌めいているように見える。


「……ははっ、やっぱり君は、僕の想像を超えていくね」

「え、なに急に笑い出して」


落差が激しいんだけど。ちょっと怖くなるよ。


「というか、嫌々踊ったとか相手がいるときに言わなくて良くない?」

「僕は一言もそんなこと言ってないから。勝手に決めつけないで」


いや、言っているように聞こえたって。まあ、勝手に決めつけちゃったのは謝るけど。


そこで私たちの会話は一度途切れた。何を話そうかと思っていたら、口を開くタイミングを失ったのだ。


私は開けようとした口を閉じて、何気なく月を見上げた。やはり月は《月界》を思い出させる。


―――《月の姫》として世界を見守っていた、あの頃の自分を。


数百年前くらいの私なら、今こうして人間界に降りて、人間として生活しているなんて考えもしてないだろうな。《月界》の民たちに囲まれて、世界を見守るだけの日々を送っていたんだから。


もうすぐ、グランド・マギアも幕を閉じる。そうすると、みんなとなかなか会えなくなるんだろうな。


ミラは討魔士になるから、もしかしたら王都で受付嬢として働く私と会うかもしれないけど、学生だったころほど毎日会えるわけじゃない。


エリナは試験に合格したから、宮廷魔法使いとして卒業後は働く。コンコルディア魔導院は騎士や宮廷魔法使いと合同で調査することもあるみたいだから、そこでエリナとは会えるかもしれない。絶対はないから分からないけど。


エミリアとリリアーヌは王都にいるけど、二人とも貴族としての生活に戻るから、それこそそう簡単には会えない。


エルヴァレンとも、会うことはなくなるのかな。向こうは清々してるかもしれないけど、私は少しだけ寂しい気もする。


「急に悲しそうな顔して、どうしたの?」

「……そんな顔、してた?」


自分ではわからなかったけど、卒業後のことを考えていたら悲しくなって、そんな顔をしてしまったのもしれない。それをエルヴァレンに正直に話すと、意外にも彼は私を慰めてくれた。


「別に、もう二度と会えなくなる訳じゃない。同じ空のもとに、僕たちはいるんだから」

「エルヴァレン……」

「何年、何十年経とうとも、僕たちがここで過ごしたことはなくならないよ」


同じ空のもと、か。確かに、そう思えば寂しくない。それに、私は世界を見守り、《月界》を守護する《月の姫》なのだ。


私がみんなの行く末を見守らないでどうする。人は出会いと別れにより成長していくことを私は知っていたはずなのに、それを忘れていたなんて。


「ありがとう、エルヴァレン」

「別に。ただ、グランド・マギアの最後にそんな顔されると気になっただけだから」

「素直じゃないなぁ〜」


まあ、エルヴァレン場合は本気でそう思っているんだろうけど。私はそれで吹っ切れたのだから、感謝の言葉は伝えておくよ。


「それにしても、結局筆記は最後まで勝てなかったなぁ。でも、結構惜しいところまでいったと思うんだけどね」

「最後は勝つとあれだけ宣言していたのにね。僕は勝ち続けたけど」

「ここに来て自慢? 事実だけどムカつくぅ!」


なんだかエルヴァレンと話していると《月の姫》モードが外れていってしまう気がする。なんでなんだろ。


「そんなつもりはないけど。でも、僕と勝負をするのは君くらいだったからね。相手がいなくなると退屈だと思うんだ」


彼は月を見上げてそう言った。


「君もそうなんじゃない?」


今度は私を見て、彼は口を開いた。その言葉に私は僅かに息を詰めた。


「―――だからさ、これからも挑んできてよ」


初めて見るような、揶揄いを含みながらも淡い笑みを浮かべたエルヴァレンに私は目が離せなかった。


彼が言った言葉は宣戦布告にも他ならない。けれど、私はなぜかその言葉が今日一番で嬉しくて、私も気づかないうちに最大の笑みを彼を向けていた。


「望むところだよ!」




6年間を通して、私は一度もエルヴァレンに勝てなかった。もちろん筆記の話ね。魔法の勝負はやってないから。


でも、なんだかんだ言って、これが落ち着くのかもしれない。最後の最後に私がエルヴァレンに勝つのも不思議な感じがするし。周りもそう思っていると思う。


それくらい、私とエルヴァレンの勝負は有名だったし、彼がいつも勝っているのも有名だった。悔しいけどね。


でも、ここで終わりじゃない。エルヴァレンも相手がいないと退屈だって言ってし、まだまだ勝負は続くから!


せいぜい余裕こいて、私に負かされたらいいよ!


そう思うと、悔しさも、6年間の積み重ねも、全部が眩しくて大切なものに思えた。


―――この日、私たちは名門魔法学園を卒業した。




学園生活の話はこれで終わりです。このあとは卒業後の話を書いていきます。唐突にこういう話が書きたくなったので、変なところがあったかもしれません。


セレナとユリウスの関係はこれからも続いていくので、卒業後の話を待ってもらえたらと思います。


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