第22話 学園生活六年目 ④
当日使ってみて、と言われてリリアーヌから貰っていたシャンプーやトリートメントを使い、髪を洗っていく。なんかいつもより手触りがいいかも。
同じくリリアーヌから貰った石鹸で体を洗い、私は魔法で浴槽に水を張って、その温度を上げていく。水魔法はこういうとき便利だ。
湯船に浸かると、気持ちよくて声が出る。
「はあ〜、あったかい」
肩までしっかりと浸かり、私は浴室の天井を見上げる。いつも見るタイルが目に入り、暇つぶしのようにそのタイルを数えていく。
「もう、卒業か……」
入学してから6年。あっという間だった。お酒も飲めるような年齢になり、卒業したら、私たちは大人の仲間入りをする。
それぞれの道を進みながら、学園とは違う学びを得て、成長していくのだ。
ミラもエリナも、エミリアもリリアーヌも。エルヴァレンやリオ、レオン殿下もそうだ。
《月界》は変わることがない。《月の姫》を頂点として、あの場所は世界を見守るために存在している。
《月界》という不変的な所にいたため、人間界は新鮮で、楽しい。けれど、移り変わりゆく人間界だからこそ、出会いは大切にしなければいけない。
「ちょっと……寂しいかも」
みんな遠いところに行ってしまうわけではない。けれど、学園で過ごしたときほど、いつでも会えるわけじゃないのだ。
「あーだめだめ! せっかくのパーティーなんだから、暗い気持ちになってちゃ。楽しまないと!」
私はパチンと頬を叩き、喝を入れる。
そのとき、エリナから声がかかった。
「セレナー! そろそろ上がらないと時間になっちゃうわよー!」
「えっ! 今上がる!」
私は湯船から立ち上がると、お湯が浴槽の中で大きく揺れた。バスローブで体の水分を拭き取り、髪を絞って水気を取る。
私はリリアーヌが確保してくれた教室に向かわないといけないので、一度制服に着替えなくてはいけない。魔法でパッと制服に着替えて、私は化粧水や乳液をつけて簡単に保湿する。
浴室を出ると、二人とも可愛くネイルをしていた。それぞれドレスと同じ色で、爪がつやつやと輝いている。
時計を見ると、約束の時間まであと30分しかない。髪を乾かして、教室に向かうとぎりぎりかな。
私は鏡の前で髪を乾かす。髪を乾かす魔法という便利なものがあるため、私はミルクタイプのオイルをつけて髪を乾かしていく。
リリアーヌから貰ったシャンプーたちのおかげか、乾かしていても髪質が今日はいい。何度も触りたくなるつやつや加減だ。
髪が完全に乾くと、パチンと指を鳴らして魔法をやめる。仕上げに櫛で梳かすと、さらさらと背中で髪が流れた。
「さらっさらね、セレナ。天使の輪ができてるわ」
「本当だわ。いい香りもするし。ダンスを踊ったらふわりと絶妙に香るやつね。アスラム伯爵令嬢も考えるわね」
エリナは私の髪を一房取ると、優しく撫でて、元の位置に戻した。
「そろそろ時間ね。それじゃあ、セレナのドレス姿楽しみにしてるわよ」
「会場着くまで、声をかけられても相手にしちゃダメよ。直前でパートナーになりたいだなんて執拗く言ってくるような相手がいたら、すぐに逃げてね」
エリナは私のお母さんなのかな? それに私にパートナーになってほしいっていう人、今さらいるわけないよ。いたらとっくに誘われてるだろうし。
「大丈夫だよ。私も二人のドレス姿、楽しみにしてるね」
私は二人に手を振ると、寮の自室を出た。リリアーヌが確保してくれた部屋は会場から結構近い。けれど、ここからは距離が離れているため、少し早歩きで向かう。
窓を見ると太陽が傾き始め、段々とグランド・マギアの開始時刻が近づいてきているのが分かる。私は窓の外を一瞥すると、すぐにリリアーヌが待つ部屋へと足を進めた。
部屋に着くと、私はリリアーヌに声をかける。
「リリアーヌ、入ってもいい?」
「もちろん、入ってください」
許可を得たので、私は扉を開けて中に入った。すると、そこには六人の見知らぬ女性たちが待ち構え、既にドレスに着替えたリリアーヌが鏡の前にいた。
「お待ちしておりました、お嬢さま」
「お、お嬢さま!?」
「ささ、こちらへどうぞ」
一体何が何だか分からないまま、私は三人の女性に部屋の奥に連れていかれる。急展開すぎるよ。
「り、リリアーヌ!」
「彼女たちは私の侍女達です。それとドレスに着替えてもらうだけなので大丈夫です。着替えたら次はこちらで化粧などをしていきますので、そのつもりでいてくださいね」
なんと、やはりリリアーヌの侍女さんだったか。6人とも同じ服着てるし、そうなのかなとは思ったけど。
部屋の奥に連れていかれた私は着ていた制服を躊躇なく脱がされた。
「えっ! ちょっ!!」
流石にびっくりして、下着姿になった私は全身を隠すように体を縮こませる。他人に体を見られたことは16年間生きてきて、お母さんくらいだ。お風呂も一人で入るから、ミラとエリナにも見られたことないし。
「まあ、お嬢さまは綺麗な肌をしておられるのですね。つやつやだわ」
「綺麗な瞳をしておりますね。だからリリアーヌお嬢さまはあの耳飾りにしたのかしら? よくお似合いになられると思いますわ」
「確かこの首飾りは外してはいけないんでしたか? 珍しい色合いの首飾りですね」
詰め寄られて、肌を褒められ、瞳を褒められ。カチンと固まった私は最後の侍女のかたの言葉にだけは反射で頷いた。
「首飾りは、外さないでお願い、します」
「「「かしこまりました」」」
恭しく頭を下げられた私はなんとかお願いします、と返すので精一杯だった。
まあ、なんというか、ガチガチに緊張していた私だったが、お世話されることには慣れていた。だって《月の姫》だったし。《月界》にいた頃は毎日お世話されていたし。
キャミソールも取られてしまい、正真正銘下着姿となってしまった私はさすがに恥ずかしかったが、ドレスに着替える前にマッサージを致しましょうと3人の侍女さんたちにマッサージをされ始めたら、もうお世話されるモードに入ってしまった。
だって、力加減が絶妙で気持ちいいんだよ。勉強で下ばかり向いていたせいで肩が凝っていたから、余計に気持ちよかった。
その流れでドレスにも着替えされられたが、お世話されるモードに入った私はどうしたら着替えやすいか分かっているため、腕を上げたり、微動だにせずに座っていたりと侍女さんたちに協力的だったと思う。
ドレスの後ろの紐を締める時は苦しすぎて声が出てしまったけど。いくらなんでも締めすぎじゃないですかね。人間がしていい腰周りじゃないと思う。
まあ慣れてしまえばちょっと苦しいくらいで、歩いたり立ったりには特に支障はなさそうだった。履かされた靴もちょっと高めのヒールだったが、ダンスを踊るくらいなら問題なさそうだ。
「まあ、まあまあまあ! なんてお綺麗なのかしら! まるで月の妖精のようですわ!」
「姫君と言われても納得してしまいますわね!」
「リリアーヌお嬢さまが仰っていた通り、このドレスが似合うのはお嬢さまだけですわ!」
ドレスを着替えたあたりから褒められていたが、靴を履いて、三人の前に立ってみると、すごい褒めちぎられた。けれど、お世話されるモードと《月の姫》モードに入った私は照れることなくお礼を言う。
「ありがとうございます。みんなのおかげです」
裾を軽く持ち上げた私はリリアーヌが待っていると思い、元のところに戻ることにした。うん、歩くのにも特に問題はないみたい。
「リリアーヌ、ドレスに着替えたよ」
私がそう声をかけると、リリアーヌは後ろを振り向き、私を見た。彼女は目を大きく見開き、全身で驚きを示していた。
「どうかな?」
言葉はないが、彼女が私を見る瞳には不思議な熱が籠っていた。
* * *
リリアーヌはセレナがドレスに着替えている間、残った3人の侍女達にメイクをしてもらい、髪も結ってもらっていた。
「リリアーヌお嬢さま、あの方はお嬢さまのご友人ですか?」
「友人、とは少し違います。良き相談相手です。でも、私はセレナのことをとても敬愛しているのです。それこそ、かつてユリウスさまに抱いていた感情よりも、大きなものを」
「それは……」
恋心とは違う。リリアーヌがセレナに向ける感情はそんなものではない。もっと、美しくて、気高い存在を慈しむような、そんな感情を抱いている。
「恋心ではありませんよ。恋なんて、そんなものセレナに抱くことは私にはとてもできない。私の中でセレナは触れることのできない月のような存在です」
グランド・マギアでドレスの準備が必要になった時、リリアーヌは真っ先にセレナのことを思い出した。そして、彼女のドレスは自分が選び、花開く瞬間をこの目で見届けたいとも思った。
だからこそ、セレナのドレスはオーダーメイドで作ってもらった。セレナはリリアーヌが持っているドレスの一着を借りていると考えているようだが、リリアーヌからすれば、あのドレスはセレナのために用意した、セレナだけが似合うドレス。
グランド・マギアが終わり、ドレスを返されたあとも、あのドレスの主人はセレナだけだ。
「貴方たちも思うはずですよ。セレナのドレス姿を見れば、とても邪な感情なんて抱けない。まあ、ドレスを着る前からもセレナはひときわ目立つ容姿をしていると思いますけどね」
セレナは自分の容姿に無頓着のようだとリリアーヌは考えている。いや、無頓着というより、周囲の評価に興味がないのかもしれないしれない。
目を引く容姿をしていると自覚していても、それがどうしたと言わんばかりの態度をセレナは取っている。美醜の感覚はあると思う。
けれど、セレナにとってそれはそこまで大事なものではないのかもしれない。
メイクが終わり、髪型もいつもと違ってアップにした。パートナーから貰った耳飾りとそれに合うように発注した首飾りを付ければ、リリアーヌの準備は終わりだ。
あとは、セレナの準備を手伝うだけ。
そう思っていると、何やら奥が騒がしくなった。きっと、セレナのドレス姿を見た侍女たちが思わず声を上げてしまったのだろう。
(ああ、早く見てみたい)
セレナのために用意したドレスなのだから、似合わないはずがない。それは分かっている。だからこそ、リリアーヌはドレスを着たセレナの姿が見たかった。
そして、時は訪れる。
「リリアーヌ、ドレスに着替えたよ」
その声のもと、リリアーヌは後ろを振り向いた。そして目にしたセレナの姿に言葉を発するのを忘れるくらい、魅入ってしまった。
侍女たちもそうだろう。瞬きすら憚れるくらい、セレナを見ていた。
セレナのドレスは月白色の生地を使っている。真白ではなく、ほんのりと青みを帯びた柔らかな白色だ。彼女の茶色の髪を柔らかく引き立て、水色の瞳を一層澄んだものに見せると思って、リリアーヌは月白色を選んだ。
そしてこのドレスは自然なウエストの位置で切り替えられたAラインドレスだ。上半身は体に沿い過ぎず、しかし緩すぎない絶妙なラインを狙った。過度なパニエは入れず、あくまで自然な広がりも意識した。
首元は詰まりすぎないように鎖骨が僅かに覗く程度に抑え、露出は控えめにした。もともと首飾りをつけようと思っていたため、装飾はほとんどされていない。
代わりに鎖骨のラインに沿って極小の透明なビーズを数粒散りばめるようにお願いしていた。セレナの清楚さを失わせず、ほんの少しだけの華やかさを添えるように気をつけたのだ。
袖は薄いシフォン素材にした。七分から手首近くまで伸び、セレナが動くたびに柔らかく揺れるようにこだわった。おかげで、今もセレナが僅かに動く振動に合わせて、ゆらりと揺れている。
そして袖口にはごく細い金の縁取りが施されている。目立つほどではないが、アクセントのように目を引いた。
ウエストには細い淡金の刺繍が帯のように一周している。模様は月弧を思わせるように緩かな曲線を描いている。刺繍には白金糸を重ねることで光の陰影も生み出している。
しかも侍女たちのお陰で、もともと細いセレナのウエストがさらに細く、引き締まっている。セレナの豊かな胸が女性らしい柔らかな印象を与えていた。
裾は二層構造にした。外側は月白色だが、内側の生地にはごく淡い水色がうっすらと差してある。立っているときはあまり分からないが、歩いた瞬間、裾の奥から水色が揺れる。
ダンスを踊る時はさぞかし美しくて映えるだろう。
決して華美ではない。そうなるように、リリアーヌはオーダーメイドした。けれど、今のセレナからは決して目が離せない。
離せるはずがなかった。
(やっぱり、セレナは選ばれる側じゃない。彼女は、選ぶ側なのよ)
実践魔導演武会で優勝を飾ったセレナはグランド・マギアでファーストダンスを踊ることになる。その相手は同じく男子部門で優勝したユリウスだ。
ユリウスに惚れている貴族令嬢は、セレナを羨み、妬んただろう。
―――なんで、彼女なんかが。平民のくせに。
そういった言葉はリリアーヌの元にも届いていた。そしてその度にリリアーヌは怒りを抱いた。
(セレナを何も知らないくせに)
いつからだったか、リリアーヌはセレナがどこかの国の姫君のように感じてしまっていた。時折現れる所作の美しさ、人を惹きつける天性、そして、何よりもセレナの持つ儚さの内側に秘められた美しさ。
それに気づいてしまったときから、リリアーヌはセレナが大切で、敬愛すべき尊い存在へと変わった。セレナの生まれも育ちも平民であることは知っている。けれど、リリアーヌの本能とセレナの天性が強く訴えていた。
だからこそ、リリアーヌはずっと思っていた。
彼女は選ばれる側なんかじゃない。選ぶ側なんだと。
ユリウスに相応しいのがセレナなんじゃない。セレナを選ぶだなんて、そんなことできるはずがない。
私たちが選ぶんじゃない。セレナが選んだ相手こそ、セレナに相応しいのだ。
そう思ったら、リリアーヌはいつの間にかユリウスへの恋心を昇華し、ただの尊敬と憧れに変わっていた。
(ユリウスさま、せいぜいセレナに選ばれるよう、努力してくださいな)
誰よりも美しく、儚い月の妖精。リリアーヌはセレナのためならユリウスの邪魔をするくらい、容易なことだ。けれど同時にリリアーヌは応援者でもある。
(国よりも、世界よりもセレナを守れる相手じゃないと、私は応援しませんよ?)
セレナに恋心を向ける相手は多い。けれど、その過半数以上をリリアーヌは認めていなかった。
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