第21話 学園生活六年目 ③
リリアーヌの部屋に着くと、そのまま自室へと案内される。ルームメイトはパートナー探しに行っているようで、まだ誰も帰ってきていないみたいだった。
「本当は、当日までの秘密にしたかったです」
「でも、確認しないといけないことあるんでしょ?」
「それはそうなんですけど」
リリアーヌはクローゼットの扉を開けた。そこには2つのドレスがあり、ひとつはリリアーヌの、もうひとつは私のドレスなのだろう。どちらもとても綺麗なドレスだった。
「こちらのラベンダーは私が着るドレスで、もう一つの月白色のドレスはセレナが着るドレスです」
「なんか借りてもいいのかなって思うくらい、綺麗なドレスだね。もったいない気がしてきた」
「着てもらわないと困ります。セレナのために準備したんですから」
「ありがとう、リリアーヌ」
実はリリアーヌの『セレナのために準備した』という言葉は文字通り、セレナのためにオーダーメイドで作ってもらったドレスなのだ。幸いにも財政難は何とかなる目処は立っているし、既に自分で持っているドレスはセレナには似合わない。
一から自分が納得し、セレナに着てもらいたいドレスをオーダーメイドしたのだ。
もちろん、私がそれに気づいたのは卒業してだいぶ経ってからのことだった。
「当日は私の家の侍女たちを呼んで、準備を手伝ってもらうので、セレナはお風呂にだけ入って来てください」
「わかった。他にすることある?」
「今のところないですね。それと、ドレスに着替えたり、メイクをしたりする場所はすでに確保してあるので、そこは心配しないでください」
私はそれを聞いてすごっ! と思った。グランド・マギアではリリアーヌのように実家から侍女を呼んでドレスに着替える令嬢は多い。けれど、寮の自室は狭く、広いところで準備をしたいと思うのは当然の考えだ。
そうなると、学園の空いている教室を使って準備をするのだが、教室には限りがあり、とてつもない争奪戦になるのだ。エミリアもなんとか部屋を確保したと言っていた。
「よく取れたね。てっきり、リリアーヌの部屋で準備するのかと思ってた」
「ここは準備するには狭いですし、セレナを着飾るとなるともっと広いところの方がやりやすいので」
「私を着飾るって。リリアーヌも主役のひとりなんだから、私のにそんな力を入れなくていいよ」
けれど、リリアーヌは首を横に振って、私の言葉を否定した。
「いいえ、ダメです。グランド・マギアではセレナを誰よりも輝かせるのが私の使命です」
「使命って。そんな大袈裟な」
「ユリウスさまともファーストダンスを踊るんでしょう? なら、ユリウスさまを惚れさせるくらい、私がセレナに魔法をかけます」
なんだか恐ろしい言葉を聞いた気がした。そして恐ろしい魔法をかけるとも。
「り、リリアーヌ……、誰を、惚れさせるって?」
「ユリウスさまをです」
「な、な、な、なんて恐ろしいこと!!」
聞き間違いじゃなかった! というか、リリアーヌってエルヴァレンのこと好きじゃなかったの?
顔を出ていたのか、リリアーヌが楽しそうに教えてくれた。
「ユリウスさまに対する感情は、今もう、尊敬や憧れに近いものです。それに、実は他に気になっている方がいるんです」
「えっ! そうなの?」
「はい。今回のグランド・マギアでもパートナーとして参加してくれることになりました」
「えっ、おめでとう!!」
なんということだ。私の知らない間にそんなことが起きていたとは。それでも、リリアーヌが嬉しそうで私も嬉しい。
「ですので、ユリウスさまのことはもういいのです」
「そうなんだ。でも、魔法をかけてくれるのは嬉しいけど、エルヴァレンを惚れさせる魔法はいらないからね。というか、私もいやだし、向こうもいやでしょ」
私が断固拒否の姿勢を見せると、リリアーヌはそれなら仕方がありませんね、と引いてくれた。そうしてください。
「早速、ドレスのサイズを確認しましょうか。事前に教えてもらっていたので、多分大丈夫だと思うんですけど」
「まさか今着るの?」
「いいえ。服の上からドレスを当てていけば、大体は分かります。細かなところまではなんとも言えませんけど、見たところ大丈夫だと思いますよ」
リリアーヌは右側にあった月白色のドレスを手に取り、私の肩や腕、腰周りに当てていく。ドレスのサイズに問題なさそうだと分かると、次はアクセサリーを決める。
「学園の卒業パーティーなので、あまり華美過ぎないほうがいいと思います。けれど、アクセサリーがないのも少し浮くので、派手すぎない控えめな意匠のものにしたほうがいと思います」
リリアーヌはアクセサリー箱を開けて、私に持っている耳飾りや首飾りを見せてくる。けれどそこで、私は思った。
これ、今つけている首飾りどうしたらいい? 外したら、元の色に戻るよね?
不用意に外せないため、どうしたものかと考える。けれど、さすがに首飾り二個もつけるのはおかしいことくらい私も分かるので、正直にリリアーヌに話すことにした。
「あ、あのね、リリアーヌ。実はちょっと事情があって、首飾りをしてるんだ。これ、できれば外したくないんだけど、これをつけてドレスを着るのはありかな?」
私は制服の下に隠している首飾りを出して、リリアーヌに見せた。元の私の瞳の色に近い、月の光を閉じ込めたような黄金色の宝石が付いた首飾り。宝石自体は小ぶりなので、そこまで目立つものじゃないと思うけど、どうだろう。
「まあ! とても素敵です! 小ぶりの宝石がアクセントでいいと思います。色合いもドレスに合いますし」
「じゃあ、これ付けていい?」
「もちろん。そうすると、耳飾りはこちらがいいと思います。雫型をした水色の耳飾りで、透明感があるので全体に合うと思います。セレナの瞳の色と同じですし」
「可愛いね」
見せてもらった耳飾りは天から舞い落ちる雫のようにきらりと輝いていた。けれど、首飾り同様、小ぶりの雫で、控えめな感じだ。
「いいです、いい感じです! 当日はこれにしましょう」
「リリアーヌもアクセサリーは決めたの?」
「はい。実はパートナーの方から耳飾りを贈ってもらったんです。それに合わせて首飾りも決めました」
「いいね! 当日見せてもらうの楽しみにしてるね」
ドレスやアクセサリーの確認が終わった私はリリアーヌにお礼を言って、部屋に戻った。部屋に戻ると、ミラとエリナはすでに帰ってきていた。
共有スペースで話し込む二人は私が帰ってきたのを見ると、手招きして私を呼んだ。
「アスラム伯爵令嬢のところに行ってきたんでしょう? ドレス、どんな感じだった?」
早速ミラに問われた私はそのことかと妙に納得し、ドレスのデザインを思い出すように話した。
「んーとね、月白色のドレスだったよ。見た感じ、一見シンプルそうだけど、細かい刺繍とかあった」
それを言うと、エリナが腕を組み、うんうんと頷いていた。
「アスラム伯爵令嬢も分かっているわね。セレナには楚々とした感じが似合うのよ。早くセレナのドレス姿が見たいわ」
「アスラム伯爵令嬢のセレナへの友情は私たちにも負けないくらいだから、当日は安心して送り出せるわね。彼女のことだから、部屋は取ってあるだろうし」
ミラも頷きながら言っている。
というか、送り出せるって。私がどこかに嫁ぐみたいな。しかも、リリアーヌが空き教室を確保したことを当たり前のように言っているし。当たってるけど。
「でも、せっかく着飾ったセレナを会場まで見れないなんて勿体ないわね」
「一番に見たかったけど、それが見れるのはセレナを着飾る権利を得たアスラム伯爵令嬢の特権ってことね」
なんか二人が自由に言っている。ドレス姿を見たいと言ってくれるのは嬉しいけど、妙にハードルが上がっている気がする。
ここにいたら、さらにドレス姿のハードルが上がりそうなので、私は逃げるように自室に戻ることにした。
「えーっと、私、部屋に戻るね」
それだけ言うと、私は自室へと引き上げた。話していた二人に聞こえていたか分からないが、あのままあそこにいたら、まだ着ていない私のドレス姿が美化されすぎそうで恐ろしかった。
だから私は部屋に戻ったあと、ミラとエリナがこんな会話をしていたことを知らない。
「そういえば、ファーストダンスを踊るのは昨年の実践魔導演武会での優勝者らしいじゃない? ということはエルヴァレンのやつ、セレナのドレス姿を直視することになるわね」
「私もこの前聞いたわ。グランド・マギアではそういうことがあるのねと思ったけれど、ファーストダンスを踊るのがセレナだと知って、びっくりしたもの。でも、エミリア嬢が言うにはセレナのダンスは問題ないらしいわ」
「ダンスも踊れるようになったなんて、さすがセレナよね。一体いつの間に練習していたのかしら」
「セレナは努力家だから。合間合間に練習していたのよ。それがエルヴァレンのためだと思うと、少し腹立たしい気もするけど」
エリナの最後の発言にミラは苦笑いする。けれど、ミラも少し同じ気持ちだった。
二人にとって、セレナは大切な友人であり、妹みたいな可愛い存在だ。蕾が花開くように美しく、可憐に成長していくのをずっと見てきた。
「でも、最近は二人の言い合い、減ってきたと思うわよ。たぶん、エルヴァレンのほうが気をつけているのね」
「もっと素直になればいいのに。セレナはそういうのに疎いから、先は長そうだけどね。……まあ、応援くらいはしてあげようかしら」
「そうしましょう。それに、本人が意図しているのか無意識なのか分からないけど、結構分かりやすいじゃない?」
ミラは楽しそうに笑うと、エリナもそれを思い出し、二人で笑みを浮かべた。
「グランド・マギア、楽しみね」
「きっと、セレナは着飾った貴族令嬢たちよりも目を引くわよ」
ミラとエリナはそう言うと、セレナと同じように自室へと戻った。
* * *
グランド・マギア当日。
昨日は少し夜更かししてしまったため、いつもより遅く起きてしまったが顔色は良く、体調不良も特になかった。
遅く起きたと言ったが、実は今の時間はお昼過ぎだった。さすがに寝すぎである。
けれど、グランド・マギアは夜の6時からでまだ時間はある。リリアーヌとの約束の時間もまだだ。
私は共有スペースに行くと、そこには忙しなく動くミラとエリナの姿があった。
「なにか手伝えることある?」
それを見ていると、思わず手助けしたくなる。グランド・マギアまで時間はあると言っても、のんびりしていられる時間がある訳でもない。
すると、エリナが聞いてきた。
「セレナはまだ準備しなくていいの?」
「もう少ししたらお風呂に入ろうと思うんだけど、まだ大丈夫。二人は?」
ミラはお風呂に入ったようだが、エリナはまだのようでドレスの準備をしつつ、お風呂の準備もしていた。
「じゃあ必要なもの準備しておくよ。その間、エリナはお風呂に入ってきなよ」
「ありがとう、セレナ!」
エリナが浴室に行くと、私は櫛を出したり、オイルを出したりと準備する。ミラの方の手伝いもしながら、私はエリナがお風呂から上がるのを待った。
「ミラのドレスは紫色か。綺麗な色合いだね。段々と下側にいくにつれて青になっているのも綺麗」
「ありがとう。これはね、私が魔法学園に入学することが決まったときから、お父さんとお母さんが準備してくれていたの」
「結構早いね。デザインだけ決めて、サイズはあとから注文した感じなのかな」
「ええ、そうなの。仕立て屋さんにずっと前から頼んでて、今年になって注文したの。だから、この一年は体型が変わらないように維持するのが大変だったわ」
思えば確かに、ミラはダイエット言うほどでもないが、食べる量には気をつけていた気がする。こういう理由があったとは。
ミラがネイルをしている傍ら、私はそんな話をしていると、エリナがお風呂から上がったようだ。タオルで髪の水気を乾かしながら、こちらにやって来た。
「なんの話をしていたの?」
「今日着るドレスの話だよ。エリナは淡い黄色のドレスだよね。準備しているときに見て、可愛いと思ってたんだ」
「ありがとう、セレナ。これはね、うちが取り扱っているドレスの一つなんだ」
「「えっ!?」」
まさかの話に私もミラも勢いよく顔を上げて、エリナの方を見た。というか、ミラ、ネイルしてるのに大丈夫だった?
「エリナの家が商家なのは聞いていたけど、ドレスを扱っていたの?」
「正確にはドレスじゃないの。ワンピースというか、貴族の人たちが普段着として着るような比較的軽めのやつなんだけどね。私がグランド・マギアでドレスを着ることになって、せっかくだしこういうパーティーでも着れるようなドレスでも作ってみるかってなったみたい」
せっかくだからで作れるが凄い。エリナに似合う綺麗なドレスだし。
「それより、セレナもお風呂入ってきたら? アスラム伯爵令嬢との約束の時間、近いんじゃない?」
予想外すぎるエリナの話に夢中になっていたが、時計を見るとそろそろお風呂に入らないと間に合わなくなりそうだ。髪も乾かさないといけないし。
「ほんとだ。私もお風呂に入るね!」
お風呂セットを持って、私も浴室に向かった。
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