第20話 学園生活六年目 ②
エミリアのダンス指導が始まり、特訓は思うように進まない……なんてことはなく、エミリアの予想よりも特訓は進んでいた。
「セレナ、あなたダンスを踊ったことがありますの?」
「踊ったことがあるというか。というか、それを説明しようとしたら、エミリアが早速練習始めちゃったんだよ」
「もう、そんなのどうでもいいですわ。それで、踊ったことがありますの?」
エミリアから教えられた基本動作を披露して見せると、筋がいいと褒められ、軽くステップを踏んでみると、明らかにダンスを踊ったことのある私の動きにエミリアがストップをかけた。
「詳しくは言えないけど、まあ、ちょっとだけね。と言っても、相手がいる状態でのダンスは踊ったことないから、上手くできるか分からないけど」
「あのとき言っていた、練習してもあまり意味がないってこういうことだったんですのね。てっきり、踊る相手がいないからだとばかり思っていましたわ」
まあそれも間違ってはいない。だってあのときはエルヴァレンと踊ることになるだなんて思ってなかったし。
ダンスは強制じゃないから、パーティーでは踊らずにみんなのダンス見たり、料理食べたりして過ごそうと思っていたから。
「いったい誰に教わったんですの? セレナのご両親?」
「それは秘密ということで。だからできれば、グランド・マギアのとき、エミリアからダンスを教わったことにしたいんだけど」
「それは構いませんが、気になりますわね」
じとーっとエミリアに見つめられるも、私はだめーと首を横に振る。エミリアは貴族令嬢なので、私が話すつもりがないと分かると、不用意に聞き出そうとはしなかった。
「まあ、分かりましたわ。けれど、セレナがダンスを踊れて、しかもこんなにも上手だなんて思っていませんでしたから、これ以上教えることなんてありませんわね」
「じゃあさ、ファーストダンスで踊る曲をここで流してくれない? 相手がいなくとも、ステップくらい踏めるから。それ見て、ダメなところあったら教えてよ」
「そうしましょうか」
早速エミリアはダンスの曲をかけてくれた。私は相手がいると仮定して、一礼してからステップを踏み始める。
私がこうしてダンスを踊れるのは、《月界》で練習したからだ。別に《月界》の民たちが強要したわけではない。
ただ、《月の姫》は《月界》の民たちの心の拠り所にして、敬愛する唯一の相手。私はそんな《月の姫》だから、彼らのために姫としての品位を保つために教養を学んでいた。
ここでは《月の姫》ではなく、人間のセレナとしているため、気品を感じさせないように振舞っていた。けれどもまあ、本質が《月の姫》であるが故に、ダンスを踊るとどうしても《月の姫》として振舞っていたころに引っ張られる。
ダンスを踊ると、というか、マナーだったり、立ち居振る舞いだったり、普段から意識しないと《月の姫》の頃にしていたものになってしまう。
けれど、なんて言うんだろう。人が集まるというか、貴族が集まるパーティーってみんな立ち居振る舞いに気をつけているでしょ? そういう場にいると、たぶん《月の姫》として振舞ってしまうというか。
だからグランド・マギアでも《月の姫》として接してしまいそうというか。そう思って、ダンスは踊らないつもりだったんだけども……。
私は最後のステップを踏み終わり、始めと同じように相手に向けて腰を落として一礼をした。その瞬間、エミリアから拍手が送られた。
「思わず魅入ってしまいましたわ! 直すところなんてひとつもありませんでしたし。それになんだか、ダンスを踊っているセレナはいつもと雰囲気が違いましたわね」
「そ、そう?」
「ええ。気品に溢れていたというか、かと言って、私たち令嬢のものと違うような。どちらかと言えば、姫君が持ちうる素質のような感じでしたわね」
ま、的を射ている〜! さすがアスティエル侯爵家の令嬢だ。一回のダンスだけで当てるとは。
「こんなに綺麗ならファーストダンス以外も踊るのでしょう?」
「うーん、そのつもりは特になかったんだけど」
「もったいないですわ! それに、思えばセレナは所々で所作の良さが出ていましてよ」
「えっ、そうなの!?」
それは初耳だ。6年間で今初めて知ったかも。
「グランド・マギアでこれほどまでに素晴らしいダンスを披露して見せても、元から筋が良かったというのと、あなたの努力で身につけたものだと他の方々は思うはずですわ。努力家だということは皆さん知っていますもの」
そう言うと、エミリアは得意げな顔をして私を見てきた。
「何を不安に思っているのか分かりませんけれど、この私がセレナのダンスを指導したということになっているのですよ。全力でパーティーを楽しみなさいな!」
「エミリア……」
全力で楽しみなさい、か。グランド・マギアは私たち卒業生が主役のパーティー。主役は全力でパーティーを楽しむものだ。
「なら、ちょっと本気出しちゃおうかな」
私は2週間後がさらに楽しみになった。
ちなみに部屋に戻ると、共有スペースでミラとエリナがきゃっきゃっと楽しそうに話をしていたので私も混ぜてもらった。すると、なんとミラがリオのことをグランド・マギアのパートナーに誘ったとのこと。
話を聞いた私は思わず、えっ!? と声を上げてしまった。
そして結果を聞くと、見事二人はパートナーを組めたようだ。顔を赤くして教えてくれたミラに私とエリナは良かったね! と私たちも嬉しくなった。
* * *
魔法学園にいるのもあと数日。
今日も授業は自習であり、各々がやるべきことをやっている。昔だったら、自習ということで席を移動したり、誰かと話したりということもあったが、今はやるべきことがあるため、みんな必死にペンを走らせている。
教室内はとても静かだった。
私もコンコルディア魔導院の仕事を覚えるために、今も資料を読み込んでいる。内容は覚えたため、もう読む必要はないと言えばないが、見落としがないか確認するためもう一度読み込んでいる。
けれど、資料ばかり読んでいてもと思うときがあるので、次の自習の時間は図書館から本でも借りてきて読んでようかと思った。そのとき、ふわりと私の机に紙が落ちてきた。
「……?」
なんだろう、これ。どこから来たのか分からないが、たぶん、私宛だと思う。だってここ、一番後ろの席だし。わざわざこんなところに用がないのに紙を落とす暇人はいないでしょ。
『エルシア。放課後、裏庭に来て欲しい』
紙を開けてみると、そんなことが書かれていた。差出人の名前はなく、流石に文字からでは相手を識別できない。
すると、またしても紙が落ちてきた。
「え、また……?」
次は誰だと思うものの、これも差出人の名前がない。紙を開いてみると、今度は違うことが書かれていた。
『放課後、植物園の前で待っています』
場所は違うが、これも呼び出しの手紙だ。本当になんだこれ。首を傾げると、隣にも私と同様の紙らしきものが落ちていた。
エルヴァレンはそれが何か知っているように中身を見るとポケットへとしまう。一体なんなんだろう。
ちょっとだけ、紙の内容が気になる。けれど、すでに仕舞われてしまったし、わざわざ聞くような仲でもないし。
そう思っていると、なんかだるそうにエルヴァレンから話しかけられた。
「なに? こっちを見てきて」
小声ではあるが、席が隣なので充分聞こえる。私も小声で返した。
「いや、なんの紙だったんだろうなって思って」
「君には関係ない」
当たり前すぎて、今回は何も言い返す言葉がなかった。
「紙の心配より、自分のダンスの心配でもしたら?」
「……やっぱり、グランド・マギアで踊ることになるの知ってたんだ」
「まあね。それで、ダンスの練習は大丈夫なのかな。足を踏まれたくはないんだけど」
「踏んであげようか?」
練習は順調なんてものじゃない。もう練習なんてする必要も無いほど完璧だと、エミリアから太鼓判を貰っている。
もちろん、みんなをびっくりさせたいから本番までは内緒にしてとエミリアにはお願いしてあるため、エミリアを除いて誰も私のダンスの実力は知らない。
「踏まれるのは勘弁したいな。君に踏まれると、足がなくなりそうだ」
「ちょっと、私をなんだと思ってるの」
「さあ? 心配なら、エスコートしてあげようか?」
目を細め、その声は私を揶揄う色を乗せている。
「心配いらないし! せいぜい、当日は私のダンスに見惚れるといいわ!」
それだけ言うと、私はぷいっと反対方向を向いた。またしても落ちてきた紙はポケットに仕舞って。
結局、放課後は予定があるし、差出人の名前もないということで行かないことにした。後で呼び出された場所に紙を飛ばし、『予定があるのでごめんなさい』と紙には記しておこう。
別に面倒くさいと思ったわけではない。ちゃんと予定あったし。私の体は一つしかないのだから、複数で呼び出されたら行けないし。
……でも、予定あって良かったと思ったのは内緒だ。
全ての自習の時間が終わり、今日の授業はもうない。みんなが教室を出ていくのを一番後ろで眺めながら、私もリリアーヌのところに行くために席を立つ。
ミラとエリナもそれぞれ予定があるらしく、寮に帰るのは少し遅くなるそうだ。私は自習中に書いた紙を魔法で飛ばし、ごめんなさいと心の中で謝ってその場から離れた。
リリアーヌに会いに行くのは数日後に迫ったグランド・マギアで着るドレスやらアクセサリーやらを確認するためだ。当日まで秘密にしておきたかったらしいが、サイズ確認や似合うアクセサリーを事前に決めておかないと困るらしく、私は今からリリアーヌの部屋に行くことになった。
ドレスの方はリリアーヌに全て任せているので、どんな感じなのか全くわからない。けれど、リリアーヌはセンスがいい。なので、ドレスはあまり心配していなかった。
「ユリウスさま、お待ちになってください!」
リリアーヌの部屋に向かう途中の廊下で、別のクラスの貴族令嬢がエルヴァレンに小走りに話しかけているのが目に入った。薄水色の髪が走る度に宙を撫でる。
名前を呼ばれたエルヴァレンは足を止め、彼女が自分に追いつくのを待っていた。
「サリア?」
「あ、あの、えっと……」
「大丈夫だから、落ち着いて」
びっくりするほど優しい声だ。初めて聞く訳じゃないが、思わず腕を摩ってしまった。
最近、ああやってエルヴァレンは女の子たちに声をかけられることが多い。まあ本人も女の子には優しくしないとね、なんて言っているし、人の良さそうな笑顔を浮かべているから寄り付きやすいんだと思う。
「あの、私……私と、パーティーに行っていただけませんか?」
彼女は顔を赤く染めながらエルヴァレンを見上げる。聞こえてきたのはパートナーになってほしいという申し出みたいだった。
ちょっと気になってしまい、私は壁側による。まあ、エルヴァレンたちからは距離も離れているし、人も近くにいないようだから、この怪しげな動きが誰かに見られることはない。
「ごめんね。誰とも一緒に行くつもりはないんだ。でも、ダンスなら喜んで踊るよ。他の女の子たちとも踊る約束をしているから、あとの方になってしまうけれど……」
「それでも構いませんわ!」
それでいいんだ。
彼女が言い切った言葉に思わず心の中でも言ってしまう。確か、エミリアやリリアーヌから聞いた話だと、貴族令嬢から男性の方にダンスの申し込みをするのはマナー違反だと聞いたことがある。
へえ、そうなんだと思ったけれど、どうやら建前上は身分も世間も関係ない学園だからこそ、最後の思い出作りとして申し込んでいるらしい。エミリアが言っていた。
ちなみにエミリアはどうなのかと聞いてみると、3番目に約束してもらいましたわ! と嬉しそうに言っていた。普段の彼女なら3番目だなんてと怒りそうだけど、それほどエルヴァレンと踊りたかったのかな。
なんかこうしていると、ファーストダンスでエルヴァレンと踊るのが億劫になってきた。私、最後の最後で女の子たちから刺されないよね?
女の子を公平に、そして平等に接する罪づくりなエルヴァレン。どうか女の子たちを泣かせるようなことはしないでください。
下手をすると、ファーストダンスを踊ったからとかの理由で刺されそうで不安です。さすがにそんな理由で恨まれるのはいやだ。
私は周囲に人がいないことを確認すると、何事もなかったかのようにリリアーヌの部屋へと急いだ。
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