第19話 学園生活六年目 ①
6年生になり、私は16歳となった。卒業も間近ということで、最近では授業は自習が多い。
学年の始めから私たちは卒業後に向けての準備を進めており、ドタバタした一年だったと思う。
エミリアは実家に戻って、アスティエル侯爵家を継ぐらしい。ハスフェル王国は女性でも爵位を継ぐことができるので、一人娘のエミリアは長期休暇中、ずっと領地の経営や書類仕事などを教えてもらっていたそうだ。
エミリアのご両親は健在なので、今すぐ爵位を継ぐというわけではないと聞いているが、サポートしながら請け負う仕事の量を増やして行ってもらうと話していた。魔物討伐は貴族の責務としてあるようで、腕が鈍らないように家でも魔法の練習したり、魔物を討伐したりして実戦経験も積んでいくと言っていた。
花嫁修業なんかもあるみたいだが、侯爵家の一人娘として生まれたエミリアは小さいころから教育を受けていたらしく、そこまで重要視していないのだとか。
この前図書館で会ったリリアーヌも一度実家に戻るみたいだ。定期的に領地の様子を見に行っているみたいで、以前のように収穫量に期待が持てそうだと嬉しそうに話していた。
リリアーヌもアスラム伯爵家を継ぐみたいだが、まだまだ勉強し足りないということで一度実家に戻ってから、もう一度王都に戻り、王都の屋敷で勉強するそうだ。
リリアーヌ曰く、王都のほうが最新の本が手に入りやすいし、色々と楽だからだそうだ。
私としては王都のほうがリリアーヌに会いやすいと思うから嬉しいなと思った。リリアーヌは良き相談相手なのだ。
ミラは卒業後、討魔士として働くために長期休暇中は両親と一緒に魔物討伐をしていたらしい。コンコルディア魔導院で比較的優しめな依頼から受けていたらしいが、なかなかに大変だったようだ。
魔物討伐は滞りなくできたそうだが、気持ち悪い見た目の魔物もいたみたいで、強さ云々の前に見た目でやられそうだったとか。慣れてくるとそこまでではなかったみたいで、やはり事前に経験しておいて良かったとは本人談だ。
エリナは宮廷魔法使いになりたいと言っていたので、その試験に向けてずっと勉強をしてきたようだ。私は知らなかったが、魔物討伐や巡回となると、宮廷魔法使いと騎士団が合同で隊を組んで行うらしい。
そのため、宮廷魔法使いでも身体を鍛える必要があるようで、エリナは昼夜ずっと鍛錬していた。しかも、宮廷魔法使いと騎士団の中でエリートとして選ばれると、特別実務部隊の『ノヴァ』と呼ばれる隊の一員になれるそうだ。
エリナはここに所属したいらしく、私もよく魔法の練習相手をした。先週、宮廷魔法使いになる試験があったようで、あとは結果を待つだけだ。
良い結果でも悪い結果でも学園には知らせが来るようになっているので、私たちは合格を祈りながらドキドキと見守っている。
私の場合は昨年の実践魔導演武会でもらった推薦状が無事に通ったので、卒業後はコンコルディア魔導院で働くことになっている。仕事内容が書かれた資料を送ってもらっていたため、6年生の勉強と並行して頭に入れていた。
基本的なことはコンコルディア魔導院で働きたいと決めてから、ある程度は調べていたため、資料を見ても首を傾げることは特になかった。
仕事内容としてはまずは当たり前だが依頼人の情報管理。個人情報が載っているため、責任もって管理しなければならない。
次に依頼人と依頼内容を確認した上で不備がないか確認し、正式な依頼書として受理する。
力仕事だったり、薬草を探してきてもらったりなどの依頼なら事前調査は必要ないが、魔物討伐が依頼となるとコンコルディア魔導院の職員が事前調査を行うことになる。討魔士に依頼を提供する側ということで、討魔士よりよりも先に現地に行き、どんな地形なのか、何が起きているのなどを調査しなければいけない。
依頼人からの情報しかないため、事前調査は危険を伴う。つまり、命の危険があるということだ。
また依頼を討魔士に提供するということで、討魔士一人一人の情報も把握しなければいけないそうだ。実力に見合わない依頼を提供してしまうと、相手の討魔士に不用意な危険を与えてしまうことになるため、注意しなければいけない。
とにかく書類が多く、そして管理把握する情報が膨大らしい。
そのため、コンコルディア魔導院の職員には優秀な魔法使いの腕と高い知性が求められるということだ。
入学した頃はコンコルディア魔導院の受付嬢になりたいだなんて思っていなかったから、エルヴァレンとの勝負により成績上位が保たれていたと思うと少しだけ感謝してもいい。また、ばかにされるかもしれないから、ちょっとだけだけどね!
読み込んでいた資料から顔を上げ、一度休憩することにした。
「肩こった……」
下ばかり向いていたせいで、肩が痛い。ぐるりと大きく肩を回して筋肉をほぐす。
放課後になってからまだ1時間程度しか経っていないため、窓の外は比較的明るい。けれど図書館内にいるのは私と本棚近くに立っている男子だけだった。
20人とちょっとくらい図書館にいたはずなのに、いつの間にかみんな居なくなっていた。
まあ、他の人がいてもいなくても変わらないけど。ちょっと休憩したし、もう一度勉強しようかなと思っていると、本棚近くに立っていた男子に声をかけられた。
「あの、エルシア……」
誰だっけ。
「どうしたの?」
とりあえず、話しかけられたので姿勢を軽く正す。よくよく相手を見てみると、確か隣のクラスのティキ・コールミンという名前の子だった気がする。
話したことは数回あったくらいで、一体どうしたんだろうと思う。
「あの、良かったら今度の……」
「うん」
「今度の―――」
そのとき、バタバタと凄い音をさせながら、誰かが入ってきた。とも思ったら、そのままやってきたエミリアがコールミンの言葉を遮る勢いで話しかけてきた。
「ちょっとセレナ! こんな所にいましたの!? 随分と探しまたのよ!」
「エミリア……」
見つかってしまったと思いつつ、ここは図書館なのでもう少し静かにした方がとも思う。まあ、ここにいるのは私とコールミンだけのようなので、その心配はあまりなさそうだけど。
「まさか私との約束を忘れていたわけじゃないでしょうね?」
「そ、そうだった、かな……?」
「あなたにダンスを教えて差し上げるから、部屋でお待ちになっていてと昨日言っていましたわよ!? どこにもいないから探しましたわ! ……ってあら、あなたは?」
ここでようやく、エミリアがコールミンの存在にがついたようだ。私の目の前にいたのに気付かれないのは少し可哀想だと思ってしまったが、気づかれないまま方が良かったのかもしれない。
「え、いや、僕は……」
話しかけられたコールミンは可哀想なほど挙動不審で狼狽えている。そりゃあ、突然、貴族令嬢に話しかけられたらこうなるよね。
助け舟として、さっきまで私と話していたんだよと伝えると、エミリアは『それは失礼いたしましたわ』と素直に謝った。頭を下げられたコールミンは気まずそうだったけど。
「それで、セレナになんの御用? 私がいると話しづらいのなら、席を外しますわよ?」
「い、いいえ!」
エミリアにそう言われたコールミンは、「滅相もありません! 失礼します!!」と言って慌てて図書館から出ていってしまった。一体なんだったんだろうか。
何か言おうとしていたみたいだけど、あの様子からだとそこまで重要なことじゃなかったのかな?
とりあえず、私はエミリアに見つかってしまったので、本を片付けることにする。出していた本は数冊程度なので、すぐに片付いた。
「そんなに踊るのが嫌なんですの?」
「そういう訳じゃないよ。ただ、練習してもあまり意味ないかなって思ってるだけで」
図書館から出て、エミリアの部屋に向かう。その途中で、踊るのが嫌なのかと聞かれたが、そうではないのだ。
「何を言っているのかと思えば。セレナは2週間後のグランド・マギアでユリウスさまとファーストダンスを踊ることになっていますのよ?」
「―――え?」
なにか信じられない言葉を聞いた気がする。
グランド・マギアとは魔法学園の卒業パーティーのようなもので、その日は学園内の大広間―――いわゆるパーティー用の広間を使い、盛大なパーティーを行うのだ。飾り付けや料理やらは全て先生たちが準備してくれるらしく、私たち卒業生はその日を全力で楽しむだけだ。
アーレン先生も面倒だけど、結構楽しいと言いながら準備を進めているらしい。
パーティーと言うからには私たち主役は礼服―――ここで言うドレスに着替えて、パーティーに臨む。ドレスは各個人で準備するらしく、平民である私たちには少し大変なものだ。そういう人は学園側が貸し出してくれるみたいなんだけど。
どういうわけか私の場合はリリアーヌからドレスを貸してもらえることになっていた。
理由を聞くと、一年生の頃の騒動のお詫びと度々相談に乗ってくれているお礼だそうだ。お詫びとお礼にしては、ドレスを貸してもらうのは私の方が貰いすぎでは? と言ったのだが、良き相談相手として手助けしてあげたいと言われてしまえば、私もそれ以上何も言えず、ありがたく借りさせてもらうことにしたのだ。
そして、ドレスを着てパーティーに参加すると、ダンスを踊るとかなんとか。けれど、それは強制ではなく個人の自由で、踊りたければ踊るし、踊りたくなければ踊らないでいいらしい。
恋人がいる人はその相手とパートナーとなって踊るらしいが、意中の相手がいたり、恋人たちの周りで溢れたくない人たちはパートナーを事前に見つけて、必死にダンスの相手を探していた。
その必死さは実践魔導演武会を思い出すほどだ。
私はエミリアの言葉に呆然としながら、部屋に案内され、中に入った。
「あら、知りませんでしたの? 毎年恒例で、私たち貴族の中では有名ですのよ?」
「私は貴族じゃないから知らないよ。というか、なんでエルヴァレンとダンスを踊ることになるの? 意味がわからないんだけど」
どこからエルヴァレンと踊る話が出たんだ。
「実践魔導演武会で優勝した二人がファーストダンスを踊るのですわ。私たちの代はユリウスさまとセレナだったから、もちろんグランド・マギアではあなたたちがファーストダンスを踊るのです」
「……うそでしょ。エミリアの冗談なんじゃないの? ミラもエリナも知らない感じだったよ?」
そんなヤバそうなことがあるのなら、ミラとエリナが教えてくれているはずだ。それがないということは二人もこのことを知らないのだろう。
「今までの優勝者は基本貴族の方でしたからね。それにアーレン先生からもダンスの練習はしておくように言われておりませんの?」
「言われて―――」
ない、と言おうとして、私は首を傾げた。ん? ちょっと待って。そういえば、この前アーレン先生と廊下で会ったときに……。
『あ、エルシア、ちょうど良かった』
『アーレン先生? どうしたんですか?』
『一ヶ月後にグランド・マギアがあるから、しっかりダンスの練習しておけよ。困るのお前だからな』
『? どういうことですか?』
『詳しいことはアスティエルら辺に聞け。知ってるだろうから。じゃ、俺もう行くわ』
あ、あー、もしかして、これか。これなのか。こんな会話でわかるわけが無い。エミリアに聞くのも普通に忘れてたし。
思わず頭を抱えた私を見て、エミリアは呆れたように言った。
「思い当たることがあったようですわね」
「あり、ました……」
「まあいいですわ。それより、早速練習しませんと。あなたが練習なんてしないと逃げ回ったせいで、残りの練習時間がないのですから」
耳が痛い。でも、そこまで焦る必要はないと思うんだよね。
そんな私の気持ちが顔に出ていたのか、エミリアから怒られた。
「黙らっしゃい! ユリウスさまと踊るのです。恥をかかせるなんてこと、私が許しませんわ!」
「ええー。というか、エミリアは私がエルヴァレンと踊ることに関して文句ないの? エルヴァレンのこと好きでしょ」
「まあ、全くないとは言いませんわ。けれど、グランド・マギアでファーストダンスを踊ることを許されるのは優勝者の2人だけ。とても名誉なことですわ。他のご令嬢方は無条件でユリウスさまと踊れるセレナを妬んでいるのかもしれませんが、それはセレナがこの6年間で頑張ってきた証拠ですもの」
こんなことを言われるとは思っていなかったため、ちょっとびっくりする。いや、罵倒されるとかはエミリアのことだから微塵も考えてなかったけど、面と向かって褒められるとちょっと照れる。
「ユリウスさまに恥をかかせるつもりと言いましたが、それはセレナも同じですわ。私の素晴らしい友人に恥をかかせるようなことは私自身が許せませんの」
「エミリア……」
「それに、私はすでにユリウスさまとダンスを踊る約束をしています。パートナーにはなれませんでしたが、ダンスは踊れるので特に気にしておりませんの」
うん、最後はちゃんとエミリアだった。
「そういうことで、早速ダンスの練習を始めますわよ。時間がないので、とりあえず基礎だけは覚えてもらいます。よろしくて?」
有無を言わせない、よろしくて? だった。それよりも、私はエミリアに言わなくてはいけないことがある。
「あのね、エミリア」
「いいかしら、まずはダンスの始まりは―――」
残念ながら、熱の入ったエミリアに私の声は届かなかった。
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