第15話 学園生活五年目 ②
競技場に着くと、既に何人もの同級生が集まっていた。誰も彼もがやる気に満ち溢れ、目に闘志が宿っている。
令嬢たちもいつもと同じ制服姿だが、巻かれた髪はエリナのようにひとつに結ばれていたり、ゴテゴテとした飾り物は一切付けていなかったりと、本気度が伺える。
「緊張してきましたわね。エミリアさまは緊張されておりませんの?」
「あら、緊張なんてしていたら、周りに舐められてしまいますわ。それに今日は両親に加え、国王陛下や各貴族の重鎮の方々も来賓として見に来られています。みっともない姿なんて見せられませんわ」
そんな会話が後ろから聞こえてきた。なんというか、さすがエミリアといった言葉だ。
けれど、確かにエミリアの言う通り、今日は来ている来賓が多い。5年生は150人に対して、両親や来賓の数はおよそ300人から400人ほどいる。他学年も見学に来ているのだ。
そんな中で、みっともない姿は見せられない。
競技場は学園本館に近しい大きさで、屋根はない。けれど、雨が降ったときは先生たちが競技場の上に透明な防御膜を作って屋根代わりにしてくれるらしい。今のところ快晴なので、そんなことはなさそうだが。
「やっぱり、練習のときと本番ではここに立った時の気持ちが違うわね……」
「ええ。意識しないようにしてても、無意識のうちに身体に力が入ってしまうし」
どうやらミラとエリナも少し緊張気味のようだ。エミリアたちの班の子のようにガチガチな緊張具合ではないが、それでもいつもの2人と比べたら緊張しているのがわかる。
「セレナは緊張していないの?」
エリナにそう聞かれて、私はうーんと少し悩みながら言った。
「どうなんだろう。緊張してるのかな? 予選が始まってもやることは練習と変わらないだろうし、あんまり心配していないんだよね」
それに時間が近づいてくるにつれて今にも倒れるんじゃないかと思うほど顔を青くして緊張している生徒と見かけるのだ。なんだかそれを見ていると、一周まわって冷静になってしまった。
けれど、ミラもエリナもやはり緊張している。予選が始まれば変わるのかもしれないけど、もう少し肩の力を抜いてもいいと思う。
「ね、二人とも。手を出して」
私がそう言うと、ミラとエリナは首を傾げながらも手を出してくれた。私は二人の手を片方ずつぎゅっと握り、手を温めるようにして力を入れた。
ここで二人に緊張が解けるように祝福を与えてしまうのは簡単だ。けれど、こういうのは自分で打ち勝ってこそ、人は強くなる。
「大丈夫。私たち三人なら予選なんて簡単に突破できるよ」
けれどせめて、こうして言葉をかけるくらいはいいだろう。
「ミラは炎魔法の練習、すごい頑張ってたよね。何度も何度も詠唱をして、図書館で知った新しい魔法を使ってみて。初めは上手くいかなくても、諦めずにできるまで練習し続けてさ」
この競技場で私は何度もミラの練習相手をしてきた。魔力がすっからかんになるほど、ミラは根気強く練習をしていた。流石に誤ったコントロールで髪の毛を燃やされそうになった時は焦ったけど。
「エリナも図書館に籠って、得意属性の魔法だけじゃなくて、他の属性の魔法も勉強していたよね。チーム戦の時でも、個人戦のときでも戦えるように。夜遅くまで自室で勉強していたこと、知ってるよ」
わざわざ自分の属性以外の魔法も勉強していたエリナは他の属性にどんな魔法があるのか、どう使われる場面があるのかなども私たちに教えてくれていた。自室でも遅くまで勉強していたことは気配で分かっていた。
「寮でも言ったでしょ。三人なら、絶対大丈夫だって。ミラとエリナが頑張ってきたことは、自分がよく知っているはずだよ」
そう言うと、ミラとエリナは目を丸くした。そして、僅かに固まっていた体から力が抜けた気がした。
「そうだったわね。セレナの言う通りだわ。私たちはこの日のためにあれだけ頑張ってきたんだから」
「予選がどんな試験になろうとも、私たちならきっと本選に進めるわ」
私の手を力強く握り返してきた二人の顔はさっきまでとは違い、とてもやる気に満ち溢れていた。今の二人なら、どんな魔物も倒せそうだ。
これならもう大丈夫だと、二人から手を離す。私はぐるりと競技場内を見渡して観察してみると、一際煌びやかな空間が視界に映った。
あそこがハスフェル王国の国王陛下や王妃殿下がいるところだろう。警護するように周りを固めているのが騎士団総長と筆頭宮廷魔法使いの二人。
こうして見ると、圧巻だ。《月界》でも私を守るように《月界》の民たちは周りを固めていることがあるが、基本的に《月界》で危険なことなどあるはずもないため、あそこまで露骨に守られることはなかった。
んー、なんだか動きにくくないのかな。いや、動きにくいと言うより、不自由そう。でも、国王陛下や王妃殿下は慣れてるのかもしれない。
思えば《月の姫》である私がこうして人間界に来て遊んでいるなんて、よく《月界》の民たちは許してくれたよね。いや、許してもらう前に遊びに来たのは私なんだけど。
なんだかんだ言って、《月界》の民たちは私に甘い気がする。厳しくされたり、自由を奪われたりするのはいやだけども。
そんなことを思いつつ、あの煌びやかな空間から視線を逸らす。
「あ」
次に視線を彷徨わせたとき、私はエルヴァレンと目が合った。
女の子たちが羨ましいと言っていた彼の髪は確かにその辺の女の子よりもさらさらつやつやの髪をしている。いつ頃からだったか、エルヴァレンは髪を伸ばしていて、今では肩より下の長さになっている。
女の子のような綺麗な顔立ちをしていると思うので、似合ってはいる。出会ったころ、中性的な顔立ちをしているから、成長したら間違いなくその美貌を発揮するんだろうなと思っていたが、見事に当たった。
そんな彼に対して、私は何となく手を振ってみた。だって、目が合ったのにそのまま無視したら感じが悪い気がしたし。
するとどういうことだろう。エルヴァレンは目を丸くしたと思ったら、いきなりじゃんけんをするような仕草をするじゃないか。
私は慌ててチョキを作った手を出した。向こうはグー。つまり、私の負けだった。
『残念、君の負け』
分かっていることを口パクして言わないでいいから! というか、なんで手を振っただけでいきなりじゃんけんになったの!?
しかも負けたし。
なんだかやってやれなくなって、私はエルヴァレンから勢いよく目線を逸らした。感じ悪くなっても知るもんか。実践魔導演武会が始まる前から負けていてたまるもんか!
そんなことを思っていると、実践魔導演武会の担当になったとボヤいていたアーレン先生がみんなの前に立った。
「よし、全員揃っているな。これより、実践魔導演武会を始める」
エルヴァレンのことなんかほっといて、私はアーレン先生の話を聞くために姿勢を正す。
「内容は各担任からの話や配布した資料からもわかるように予選と本選の二段階に分けて行う。150人で一気に試合なんて時間的にも労力的にもやってられないからな」
当たり前である。私もそんな実践魔導演武会はいやだ。150人で一気になるなんて泥沼試合確定だ。
「予選ではこちらが提示した試験を班で受けてもらう。この試験を通過できた班のみが、個人トーナメント戦の本選に進むことができる。班で通過できなかったところは本選の出場権を得られないから、注意するように」
アーレン先生はそう言うと、念押しするようにもう一度言った。
「いいか? もう一度言う。班で通過できなかったところは本選の出場権を得られないからな」
はて、班で通過できなかったら、とはこれから行われる試験に何か関係があることなのだろうか。
班で通過する。ひとりでも欠けていたらダメということだろうか。
アーレン先生の言葉に一人考えていると、先生は声を張り上げた。
「それでは男女別に試験を受けてもらう。始めは女子からだ。男子は見学だから移動するように」
そうすると、男子は楽しそうに話しながら移動を開始した。
「女子からだってさ。どんな試合になるんだろうな」
「なんか女子の戦いって恐ろしいイメージがある。途中から魔法じゃなくて拳でやり合いそう」
「いけぇ、平民女子! やっちまえ!」
「女の戦いって見ものじゃね?」
まさに高みの見物と言わんばかりの言葉も聞こえてくるが、時折応援の声も聞こえてくる。貴族なんてけちょんけちょんにしてしまえ、なんて言葉を言った生徒は貴族から睨まれていた。ご愁傷さまである。
それはさておき、男子が移動したことでこの場には150人の半分の女子75人が残されていた。三人一組のため、25組の班がこれから何が起こるのか興味深そうに辺りを見ている。
男子は女子の次だから気楽そうでいいなと思っていると。
「ん……?」
なんだか自分の体が揺れた気がした。いや、自分の体が揺れているのではない。地面の方が揺れているのではないか。
私は地面をじっと見つめたあと、近くにいたエリナに声をかけようとした。
「ねえ、エリナ―――」
なんか地面揺れてない? と言葉を続けるよりも先に先生の声が聞こえた。
「それじゃあ、女子の最初の試験は―――」
その瞬間、私たちは地面から現れた炎の蔓に捕われた。
「!?」
「「きゃあ……っ!!」」
ミラとエリナが悲鳴を上げ、私は突然視界が高くなったことに驚く。
火傷しそうなほど熱いという訳では無いが、意味もわからず両手を蔓に捕らわれ、吊るされていた。しかも、女子の75人全員がだ。
「二人とも、大丈夫!?」
とりあえず、ミラとエリナに声をかける。二人は返事をしてくれたが、炎が得意属性のミラと違い、エリナは少し苦しそうにしている。
さっきの地面の揺れはこれの前兆だったのかもしれないと思っていると、先生が私たちを見て言葉を零した。
「おぉー、見事に宙ぶらりんだな」
めっちゃアーレン先生が笑っていた。それもとても楽しそうに。
嘘でしょ。生徒が宙ぶらりんにされて笑っているなんて。
信じられないという気持ちが絶対女子の中で一致した。
「っ、先生、これは一体どういうことですの!?」
そんな中、果敢にもエミリアがアーレン先生に問いただす。彼女も得意属性が炎のため、そこまで苦しそうではないように見える。
「何って、これが女子の試験だ。制限時間5分以内にその蔓を外して、他の先生が作ったあの足場まで行く。簡単だろ?」
あまりにも簡潔な説明だった。簡潔過ぎて、絶対に裏があるやつだ。
そう思っていると、案の定、アーレン先生が追加情報をくれた。
「そうそう。3人のうち、一人は簡単に外れるようになっている。ただし他二名は自力で解けないようになってるからな。それで、蔓を外した1人はほか二名を救出する権利を得る」
権利を得る……? 随分と妙な言い方をする思った。まるで権利を得ただけで、根本的な解決にはならないと言っているようなものじゃないですかね、アーレン先生?
思わず顔を顰めるが、先生のルール説明を聞くために気持ちを落ち着かせる。
「権利を得た一人は2人を助け出せるが、一人までだったら無事に助けられる」
けれど、と言葉を区切り、アーレン先生は間を置いた。
「もう一人を助けると、反因―――要は自分に返ってくることになる。しかも捕らわれている人間より倍になって返ってくる。死にはしないが、かなり熱いと思うぞ。なにせ、国王陛下の魔法だからな」
その言葉に私たちは一斉に国王陛下を見た。観客席から和かに手を振る国王陛下が目に入る。
やっぱり、レオン殿下に似てるよね。親子だから当然か。なんて私はどう考えても場にそぐわない考えをしてしまったが、内心どうしようかと本気で悩んでいた。
すると、エミリアに続いてリリアーヌが先生へと問いかける。
「……ひとり助けて、もう一人を助けられなかったら。その残った子はどうなるんですか?」
「酷く熱い炎の中で耐えてもらうしかないな。反因の時ほど熱いものじゃないから、命の心配はないが……皮膚は少し焦げるかもな」
小さく悲鳴が聞こえたのは聞き間違いじゃないと思う。だって、先生の言う試験だとしたら、最初に蔓を外せる子が一番怪我のリスクが低いのだから。そして、その次に二人のうちの一人で選ばれた方。
最後に残り、助けて貰えなかった子は5分間、炎の中で耐えなければいけない。
かと言って、二人助けた子の方も反因として自分に倍となって返ってくる。厳しい選択だ。
「もう一度言うが、蔓から出られたら、あそこに移動しろ。あの場所まで行けたら合格とみなし、本選出場権を得る」
私は宙吊りになりながらも、先生が指さした方を見た。そこにはいつの間にか作られた足場があり、ほかの先生も既に待機していた。
「そんな顔をするなよ。5分経ったら炎は消えるし、解放される。安心しろ」
何も安心できない。先生、私は何も安心できる要素が何ひとつとしてないと思いますよ。だってこれ、下手したら大怪我するかもしれないよね?
「あら、ルールを聞く限りは簡単そうじゃない」
「でも、早くしないと燃えてしまうわ。一人で上に行っても、合格となるのかしら……?」
他の班の子たちの会話が聞こえてくる。
そう、話を聞く限りは簡単だ。最初に抜け出した1人が残りの班の子の蔓を切り、助け出すだけ。でも、実際はそんな簡単なものじゃない。
1人でも合格となるのかしら、ね。そう考えた子は多いんじゃない? だって、それが適用されるなら、いちばん安全に合格をもらえるかもしれないんだから。
それに、本当に5分も炎に当たり、焦げるだけに済むのかな。
まあ見た感じ、待機している先生の中に治癒魔法専門の先生もいるから、怪我しても治してもらえると思うんだけど。
「じゃあお前ら、5分間頑張れよ」
今のアーレン先生は間違いなくヒーローに倒される悪役の顔をしていた。あれだけ実践魔導演武会の担当なんてやりたくないとか言っていたくせに。案外ノリノリじゃん。
先生が手を高く掲げると、大きな砂時計が宙に現れた。それはガゴンと音を立てて、上下反対となる。サラサラと砂が下へ流れ落ちていく。
もしかして、これで残り時間を見ろということ?
「―――それでは、始め」
私たちの5分間が始まった。
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