第13話 学園生活四年目 ③
夏季休暇が終わる3日前ほどに私は学園へと戻ってきていた。戻るのは直前でも良かったのだが、お母さんとお父さんが仕事で家を空けると言うので、それなら私も学園に戻ろうと思って少し早めに戻ってきたのだ。
まだ学園が始まるには時間があり、既に戻ってきている生徒は数少ない。ミラとエリナもまだ戻ってきていないみたいだった。
「さて、どうしよっかな。夏季休暇中でも図書館とか食堂とかは使えるから、どこか暇つぶしに行くのはありかも」
寮の自室でそんなことを考えて、私は制服に着替えた。帰省する時と戻ってくるときは私服でも構わないが、学園内の施設を利用するときは生徒だと分かるように制服に着替えるという少し面倒なルールがあるのだ。
魔法でぱっと着替えて、首飾りをしていることを確認した私は部屋を出た。そのまま目的もなくブラリと散歩する。
普段なら人の気配に溢れている学園も長期休暇中ということもあり、人の気配は気薄だ。長い廊下をただ歩いていると、なんだか今はあの騒がしさが恋しいと思える。
特に何も考えずに歩いていたら、いつの間にか外に出ていた。私はそこで一度考え、最近行ってないなと思い、魔法学園が誇る植物園に向かうことにした。
授業でもプライベートでも学園本館から少し離れたところに位置している植物園には何度か来たことがある。本来なら気温や湿度的に生息しない植物も魔法による調整のおかげで、ここには様々な種類の植物が存在している。
そしてこの植物園は別名―――古代魔導植物保管庭園とも呼ばれている。理由としては既に自然界ではとうに滅びたとされる植物が一部区間で厳重に保管されており、まさに保管庫としての役割を担っているからだ。その他にも珍しい種類の植物も育成、保管されていることからそう呼ばれている。
そして私がこの植物園に度々足を運ぶ理由はその珍しい植物たちに会いに行くためだ。
一部区間は一般の生徒は立ち入りができない。しかし、私はそこに用があり、毎度こっそり侵入しているのだ。
私は今回も魔法と《月の姫》の力の併用で一部区間に足を踏み入れた。その瞬間、《月界》の気配を感じさせる植物が私の方に意識を向けた。
「また遊びに来たよ。君たちは元気だった?」
当然植物なので、私の声に返事はしない。けれど、僅かに揺れる《月界》の気配を感じ取り、私は笑みを零した。
「元気なら良かった」
私はしゃがみこみ、ふたつの植物に優しく触れた。この2つの植物は本来ならば《月界》に生息する植物なのだが、私がかつて《月界》にて人間界へ続く扉を開けてしまったときに流れてしまった子たちである。
この植物園にやってきて、初めて知ったのだ。
「もう何百年も前なのに、私はずっと知らなくて。君たちは知らない土地に流れてしまって。心細かったよね」
この子たちは《月界》で生きる植物だ。普通の植物よりもずっとずっと長生きである。だから、こうして珍しい植物としてこの区間で保護されているのだ。
ひとつは《月界》で月雫草と呼ばれる細い銀緑色の葉が特徴の植物だ。夜になると時々、この子は葉先に透明な雫が浮かぶ。そして朝になるとその雫は消えるのだ。
人間はこの子を夜露が溜まりやすい植物だと思っているみたいだが、実の所、この子は《月界》で感情に反応する草とも言われている。
強い感情を持った相手が近くにいると、この子は雫を生み出す。そして、対象の感情により、雫の味は変化する不思議な植物なのだ。
例えば、とても楽しいと言う気持ちや嬉しいという気持ちなど明るい感情を持って近くにいると、この子は甘い雫を生み出す。反対に苦しい、辛いなど暗い感情を持っていると雫の味は苦くなる。
さらに、とっても珍しくてなかなか《月界》でも目にしたことがないのだが、ごくごく稀にあらゆる傷や病を癒してしまう雫を生み出すことがあるのだ。《月界》ではそもそも怪我をすることも病に伏せることもないため、そこまで重要視されていないが、人間界ではこの子の雫はとても貴重となることを学んだ。
この子もそれを理解しているから、きっとその雫は未だ生み出していないのだろう。
もうひとつは《月界》で白星蔓と呼ばれる植物だ。白い小花をつける蔓植物で、星型の花だが昼の間は閉じているのが特徴だ。
人間界では夜咲きの蔓植物と思われているようだが、この子もまた凄いのだ。《月界》では道を記憶する植物として知られているこの子は誰かが繰り返し通った経路を対象の気配やここで言う魔力を元に記憶する。
つまり、かつて誰かが通った正しい道をこの子は忘れないのだ。
だから、いま人間界にいるこの子も《月界》にいたときの記憶と人間界に来て増えた正しい道を多く記憶しているのだ。その数は私では到底把握できないほどに。
さらに、この子もごくごく稀に運命の道を示すことがある。数多くの道を記憶するこの子は選ばれなかった未来、途中で断たれた縁、それでも繋がっていた道などをかつての記憶と星の配置で覚えている。
そこから導き出される運命の道を示し、相手を最善の未来へと導くのだ。けれど、この子の力もまた、人間界では貴重だ。だからこの子もその力を使うことなく、今もこの場所で過ごしている。
「初めて君たちに会ったとき、私はすぐにでも《月界》への扉を開けて返してあげた方がいいんじゃないかって思ったんだ。だって、私の不注意で君たちはここに来てしまったんだし」
今でもあの時のことを思い出す。この子たちと初めて会ったのは3年生の植物学の授業のときだった。
普段なら立ち入れない植物園の一部区間への立ち入り許可。私だけでなく、クラス全体が楽しみにしていた授業だった。
どんな珍しい植物がいるのかとミラとエリナと話しながら足を踏み入れると、私はなぜか一部区間のこの場所で《月界》の気配を感じたのだ。そして私が一歩一歩と進む度にその気配は強くなる。
導かれるままに私は一部区間のとある場所に足を進めると、そこにいたふたつの植物から目が離せなかった。
『おや、エルシアさんはその植物が気になったのかね?』
『……ドーリ先生、この子たちは……』
植物学担当のドーリ先生は私がこの2つの植物から目を離せないでいるのに気づき、長い髭を触りながら教えてくれた。
『フォッフォッフォッ、この2つの植物は不思議なことに通常の植物の何十倍も長生きなんじゃよ。左側の白い蔓の植物は白星蔓―――通称、星待ちの蔓。右側の不思議な色の葉をしているのは夜露花―――通称、夜泣き草と呼ばれる植物じゃよ』
私はそれを聞いて、すぐに白星蔓と月雫草だと分かった。なんでここにいるのか私にはわからなかったけれど、この子たちが《月界》を恋しがっていることはすぐに分かった。
ミラとエリナには悪いけど、私はこの時間、この子たちと過ごしたいと思い、別行動をお願いした。二人は私になにか思う所があったのか、仕方がないというように了承してくれた。
ドーリ先生はこの子たちの説明をすると、すぐに他の生徒のところに向かい、この場は私とこの子たちだけとなった。
一応、防音結界の魔法を周りにかけて、会話が聞かれないようにする。
『君たちは、《月界》にいた子たちだよね? なんで人間界にいるの?』
相手は植物で、私の問いかけには言葉では返さない。けれど、この子たちの揺れる《月界》の気配と《月の姫》が持つ《月界》の子たちと話せる力により、私はこの子たちが人間界に来た理由を知った。
もう何百年も昔のこと、私はとある理由により、こっそりと人間界に続く扉を開けてしまった。すぐに閉じたつもりだったけど、扉を開けたことにより生まれた空気の流れに逆らえず、この子たちは人間界へと来てしまったのだという。
話を聞いた私は思わず顔を覆ってしまった。まさか、こんな何百年も経って、あれに巻き込まれた子たちがいるだなんて思いもしなかったのだから。
『ごめんね……。今まで、ずっと気づかなくて』
けれど、この子たちは私が思っているよりも、ずっとずっと強く成長していた。
《月界》に帰りたいという気持ちもあるが、ここで人間たちと触れ合う時間も好きになっていたのだ。だからこそ、私が《月界》へと扉を開けようとしたとき、この子たちは拒否の姿勢を示した。
人間界に来た頃の私なら、この子たちの思いに気づけなかったかもしれない。けれど、人間界で過ごし、かけがえのない大切な日々を過ごした私はこの子たちが人間界を大切に思い、ここを離れがたく思い始めていることに気づいた。
『……なら、君たちが帰りたいと思ったとき、私に教えて。本来《月界》で生きる君たちは《月界》で生きたほうが安全と言える。でも、それは君たちの望むものじゃないでしょ』
私はこの子たちに触れ、心の内を零した。
『私もね、人間界が人間が好きになったの。限られた短い時間の中で、夢に向かって一生懸命に生きるその力強さに』
だから君たちがここを離れたくないと思う気持ちがとてもよく分かるんだよね。
それ以降、私は時折この子たちの様子を見に、この植物園へと足を運んでいる。いつも私を歓迎してくれるこの子たちを愛しく思い、私は今日もこの場所で時を過ごす。
「なんかね、《月界》を少しでも感じられるように今日は首飾りを外してお話しようと思うんだ」
制服の下に下げている首飾りを見ながら言うと、月雫草と白星蔓は慌てたように空気を震わせる。
「心配してくれてありがとう。でも、今日はまだ夏季休暇中で学園には人がほとんどいないんだよね。ここも普通の生徒は立ち入りできないし。植物園に誰か足を踏み入れたら分かるようにしているから、少しくらいなら大丈夫だよ」
首飾りを外した私はせっかくならと《月界》の気配をこの子たちに浴びせる。心做しか、この子たちの気配が強くなった。
「なんかさ、ここだけ《月界》みたいだね」
この子たちはまだ《月界》に帰るつもりはない。けれど、《月界》が恋しくない訳ではないのだ。
その寂しさを少しでも緩和できるように。
私もここにいるのだと教えてあげるように。
時間往く前で、私はここで話を楽しんだ。
* * *
ちなみに、夏季休暇が開ける一日前にほとんどの生徒は学園に戻ってきていた。すっかり人の気配で騒がしくなった学園に頬を緩ませ、私は外を散歩していると、同じく散歩していたであろうエルヴァレンと遭遇した。
私は少し前に勝手にエルヴァレンの私有地に侵入した挙句に、湖に落ちて助けてもらったことを思い出し、少し気まずさから視線を逸らしたのだが……。
するとどういうことか、彼は私にあのあと風邪を引かなかったかとこちらを心配するようなことを言ってきたのだ。思わずびっくりして、目を丸くした私は悪くないが、風邪は引かなかったので彼の言葉には頷いた。
『え……、あ、うん。大丈夫だった。エルヴァレンが服を乾かしてくれたし』
『そう、ならよかったよ』
いや待って、本当にエルヴァレンなの? ドッペルゲンガーとかじゃなくて? いつもなら、絶対に湖に落ちたことを鈍臭いね、などと言って揶揄ってくるはずなのに。
『……え? 本人?』
思わず言ってしまった私は悪くない。案の定、エルヴァレンは眉を寄せ、不機嫌を顕にした。
『君が僕をどう思っているか、よく分かったよ。でも、さすがの僕も心配くらいはするさ』
『そ、そうなんだ……』
『それに―――』
エルヴァレンは一拍の間を置き、思案顔でこう言った。
『馬鹿は風邪引かないとよく言うからね。本当かどうか確かめたんだよ。君の返答を聞いて、腑に落ちた』
その瞬間、私はエルヴァレン本人だと確信した。
『〜〜っ、それを言うなら、エルヴァレンだって当てはまるけど!? 湖に落ちたんだし!』
『君のせいでね。それに僕は君と違って軟弱じゃない』
『私は軟弱って言いたいの!?』
心配してくれたのだから素直にありがとうって言おうとしたのに、結局はこうなるのだ。
なんだか4年生にもなって、こんな口喧嘩をしているとは悲しくなってくる。けれど、こんなことができるのも学園にいる間だけだと思うと、ほんの少しの寂しさを抱いた。
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