第12話 学園生活四年目 ②
ルオルの背中で爆睡していた私は家に着いてルオルに起こされた。まだ少しと思いつつも、ルオルにお礼を言って荷物を下ろした。
ルオルの召喚を解除することもできるが、せっかくだしルオルと一緒にいようと思い、私は荷物を片手に家の扉に手をかけた。そのとき、かけていた認識阻害の魔法も解除した。
自分の家なので普通に扉を開けて家に入った。今日帰ることはお母さんたちには伝えてあるので、扉を開けた瞬間、私はお母さんに抱きしめられた。
「おかえり、セレナ」
「えへへ、ただいま」
お母さんは私にチークキスをするので、私もお返しでキスをする。この挨拶をすると、家に帰ってきたと実感する。
「お父さんは?」
「コンコルディア魔導院の支部に行っているわ。もう少ししたら帰ってくると思うから」
お父さんは討魔士として働いている。そこそこ強い討魔士らしく、魔物討伐なんかにもよく行っていると話に聞いている。
お父さんが帰ってきていないのなら、今のうちに部屋に行って持ってきた荷物の整理でもしようかと私は自室に行くことにする。
「お昼はもう食べた?」
「まだ食べてないから、お母さんの料理食べたいな」
「わかったわ。ただお母さんも少し用事があるから、お昼くらいにもしかしたら家にいないかもしれないわ。お昼ご飯は作っておくから」
「わかった〜、ありがとう」
私は部屋に入り、持ってきた荷物を手早く片付ける。帰省の片付けくらいは《月界》の白い兎たちに手伝ってもらわなくとも問題ない。
片付けが終わると、私は自分の家の中なのだしと首飾りを外した。スルスルと髪色が戻り、軽く手櫛で整える。それを見ていたルオルはポツリと零す。
『やっぱり、姫さまはその色がお似合いです』
「そう? ありがとう」
《月界》の民たちは首飾りをしている姿より、首飾りを外した元の状態の方が好きらしい。ルオルは私の髪色が戻ると、すりすりと頬擦りをしてくる。
「茶髪の方もお母さんたちと一緒で好きなんだけどね。でも、こっちのほうが《月の姫》らしいか」
私もなんだかんだ言って、こっちの方が落ち着くし。少し前かがみになると、癖のない真っ直ぐな白銀の髪が肩から零れて一房、視界に映り込んでくる。
《月界》にいたころは毎日見ていたのに、今では寝る前の夜の時間か帰省して家の中にいる間だけだ。
「帰省中はなるべく首飾り外してようかな」
『いいと思います。せっかく綺麗ですし、勿体ないです』
ルオルのその言葉もあって、私は家にいる間は首飾りを外しておくことにした。
* * *
帰省してだいぶ時間が経ち、あと一週間もせずに帰省期間は終わる。学園生活も再始動だ。
帰ってきたその日は私が帰省したということでお母さんからもお父さんからもお祝いと思うほど豪華な食事と言葉を受け取った。久しぶりの家は暖かく、お母さんの料理も相変わらず美味しかった。
二人は私の学園生活の話を聞くのが好きみたいで、私はミラとエリナのことを中心に楽しかったことをたくさん話した。
悔しいことに今回もエルヴァレンに勝てなかったことを話すと、お母さんはうふふと楽しそうに笑い、お父さんはブツブツと何かを言っていた。そのあと、お母さんに頭をはたかれていたけど。
『じゃあセレナは学園生活が楽しいのね』
『うん。ミラやエリナたちみたいに卒業後の進路は決まってないけど、学園での日々はとても楽しいよ。たくさん学べるし、楽しいことも溢れてるし』
頬を緩ませながら話す私にお母さんは嬉しそうに聞いている。頭を叩かれていたお父さんもいつの間にか復活し、私の話を聞いていた。
『セレナなら、なんでもできるさ。騎士団に入っても、討魔士になっても』
『そうかな。でも、そろそろちゃんと考えないといけないんだよね。来年には実践魔導演武会があるし』
『国の偉い人たちも来る授業参観だったかしら』
『そうだよ。そこで進路が決まる人もいるみたいだし』
5年生になると行われる実践魔導演武会とはこの学園唯一の授業参観であり、王族や騎士団関係者、宮廷魔法使いなど国のトップたちも見に来る公式行事なのだ。
そこで優秀な成績を示した生徒は推薦書をもらったり、声をかけられたりする。騎士や宮廷魔法使いになりたい人は是が非でも活躍したい場なのだ。
『今のうちに進路は絞っておいた方がいいと思うんだよね。だからこの帰省期間中にちょっと考えてみようかなって。今は《月の姫》じゃないから、大人しくしている必要もないし』
こういうことがあり、その日から私は家にいない間は外に出て、店を見たり、討魔士が仕事をもらうコンコルディア魔導院に行ってみたりと様々な人の職業を見ていた。
夏休みも残りわずかとなり、今日は少し遠出してみようかとルオルを召喚する。ポンっと音を立てて現れたルオルは家の中ということもあり、大きさは小さい。
『今日はどうされましたか?』
「んー、遠出しようかなって。気分転換と他の職業とか、騎士の仕事とかもここより王都近くのほうが見やすいかと思って」
首飾りをつけ直し、私はルオルと共に外に出る。ルオルはすぐに体を大きくし、私を背中に乗せた。
認識阻害の魔法をかけて、ルオルは空を泳ぐように進んでいく。すぐに降り立つのも勿体ないと思い、私はルオルの背中に乗って王国内を上から眺めていく。
賑やかさが空の上からでもわかる。楽しそうだと笑みを零し、他の場所も空から見ていく。
騎士が巡回しているところも目撃し、ああやって街を見ているんだと独りでに頷きながら空を旅する。《月界》からと比べると、人との距離の近さに嬉しくなる。
「楽しいね、ルオル」
『そうですね。姫さまは人と関わることがお好きなのだと見ていて分かります』
「……!」
その言葉は私の心を暖かくした。やはり《月界》だと、私はこうして誰かと繋がりを持つことはなかった。けれど、今は違う。
お母さんやお父さん、ミラやエリナなど私には大切な繋がりができた。エルヴァレンのことは、まあ負けっぱなしだけど、それもまた大切な繋がりのひとつと思っている。
「なんとなく、やりたいこと見つけたかも」
私はそう口にし、嬉しそうに笑った。
ルオルとの気分転換の空の旅を一時中断し、私たちは目に入った湖へと降り立った。ここは王都からも近いが、森に囲まれた自然の奥地にあり、人の出入りはなさそうに見えた。
静かそうで、落ち着いて休憩するにはピッタリだと思ったのだ。
ルオルの背中から降りて、私は湖に手を付けた。ヒンヤリとした冷たさが伝わるも、気持ちよくてそのまま手首まで一気につける。
せっかくだしと、私はルオルに告げた。
「ルオルもこの湖で遊んだら? 今なら誰もいないし」
『いいんですか?』
「うん。ここまで気分転換に付き合ってもらったんだし、むしろルオルが好きなようにここでは遊びなよ」
私がそう言うと、ルオルは少し体を大きくし、ザボンっと水しぶきを上げて湖へと潜っていった。ルオルの上げた水しぶきにより、少し髪や服が濡れるも、どうせすぐ乾くしいいやと思い、私も靴を脱いで足を湖に入れた。
太陽により少し火照っていた体が足先からすぅーっと涼しくなっていく。ルオルも楽しそうに泳いでいるのを見て、いい場所を見つけたと私は思う。
王都から近いのに、人の気配がないこの場所は落ち着く。せっかくいい場所なのだから、もっとみんな来たらいいのにと思うのに、みんなに知られたらこの静けさも無くなってしまうのかと考えてしまう。
ルオルの姿を見ながら、私はパシャパシャと足を動かして水しぶきのようなものを上げてみる。透き通るほどの綺麗な湖を見ていると、ルオルのように全身浸かりたくなってしまうが、流石に水着は持ってきていないし、人がいなくともここでは流石に良くないと思い直す。
そのとき、後ろの森からパキッと枝が割れる音がした。いつの間に人が来てたんだと思い、少しの警戒を滲ませながら私は後ろを振り向いた。
「……え、エルヴァレン?」
そこには驚いた表情を浮かべるエルヴァレンと彼の使い魔であるフェルドがこちらを見ていた。
いや、なんでエルヴァレンがここに? 今まで長期休暇中なんて1度も会ったことがなかったというのに。
私はそう思いながら、エルヴァレンに声をかけた。
「なんでエルヴァレンがここに?」
すると、意識が戻ったのか、エルヴァレンの方がこんなことを言ってきた。
「いや、それはこっちのセリフなんだけど。ここはエルヴァレン公爵家の私有地の森だよ」
「え……」
私は素で声を上げてしまった。私の様子を見て、エルヴァレンは半目で私を見てきた。
「まあ大方、君の場合はそんなことも知らずにここに来たんだろうということは、その顔を見てすぐにわかったよ」
「うっ……」
フェルドと共に私の近くに来たエルヴァレンは何故か私の隣に腰を下ろした。フェルドはエルヴァレンに遊んできなと言われて、一目散に湖に飛び込んだ。
え、炎を纏っている炎狼なのに水が平気なの? いやでも、めっちゃ楽しそうに泳いでる。なんか狼というより、大きな犬だ。
フェルドの様子に思わず呆然としていると、エルヴァレンが私の足を見て、何故かため息をついてきた。それはなんのため息だ。
「君って、恥じらいとかないの?」
「恥じらい? なんで?」
「いや、なんでって……」
「……?」
煮え切らないエルヴァレンの態度に首を傾げる。そこで私はハッと閃いた。
ここはエルヴァレン公爵家の私有地だと言っていた。ということはつまり、私が足を入れている湖もエルヴァレン公爵家のもの。土足で侵入している状態だ。
それに気づいた私は慌てて湖から足をあげた。
「あっ、ごめん、ごめんなさい! 違うの! いや、違わないけど、違くて……っ!」
「!?」
突然の私の行動に隣に座っていたエルヴァレンは目を見開かせる。しかしそんな視線どうでもいいほど、今の私は慌てていた。
そして何時にもなく慌てていたせいで、私は足を滑らせて湖へと落ちた。
「っ、エルシア!」
ドボンっと大きな音を立てて、私は湖に沈んでいく。思わぬ展開に驚いた私は水中で目を開けるも、上手く体が動かない。まあ最悪浮上できなくとも、ルオルが助けに来てくれるだろうしと早々に諦め、湖の中を見渡してみる。
そのとき、私が落ちたときと同じ音をさせながら、湖の中に何かが落ちてきた。目を開けていた私はそれがなんなのかハッキリとわかった。
私は腕を捕まれ、強制的に湖から顔を上げた。
「……ケホっ、ケホッ!」
僅かに肺に水が入り、私は咳き込む。それを私を引っ張りあげたエルヴァレンが不機嫌そうに眺めていた。
「死にたいわけ? それとも、泳げないの?」
「ち、違うし! ただ、あのままいればルオルが助けてくれると思って、そこまで心配してなかっだだけで……」
説教されている感じがする私は段々と言葉が小さくなり、目線を下げる。
「……はあ。なかなか上がってこないから、泳げないのかと思った。そんな人間を放っておくのはさすがの君相手でもできないからね」
「……ごめんなさい」
これは私が悪いと思い、申し訳なく思いながら素直に謝った。本来濡れる必要もなかったのに、エルヴァレンは私を助けるために飛び込んだせいで彼は全身びしょ濡れだ。
髪は水が滴れおち、服も張り付いている。これでは自然乾燥を待つのは無理そうだ。
かくいう私も全身がびしょ濡れだが、自分の不注意でこうなったのだし、ルオルに乗ってすぐに家に帰れば風邪をひくことはないと思う。
そう思っていると、エルヴァレンは私を引っ張り上げて陸に上がった。その力強さにびっくりして声を上げるも、湖から出たせいで服が余計に肌に張り付き気持ち悪さが勝った。
私が落ちたことを知っているはずだから、ルオルには悪いがもう家に帰ろうと声をかけるために顔をあげる。エルヴァレンの方も今日はごめんなさいということで帰って着替えた方がいい。
私が口を開こうとした時、それよりも早く、彼は私に魔法を使った。炎の魔法だ。
「これって……」
それは火の加減がされており、私が火傷をすることはなく、服の水分だけを蒸発させていく。
その魔力操作に思わず息を飲む。そして、今更ながらに私も水属性だから、彼の服から水分を抜き取ることもできたと思った。どうやら慌てていた思考は今も健在のようだ。
彼はみるみるうちに私の服を乾かすと、次に自分の服を乾かし始めた。乾いた自分の服に触れてみると、しっかりと乾いていることがわかった。
彼の方も服を乾かし終えたのか、ふぅっと息を吐いて、私を見た。その視線に居心地が悪くなりつつも、私は彼に感謝の言葉を告げた。
「そ、その、湖で助けてくれたことも、服を乾かしてくれたことも、ありがとう」
「別に。そのままで帰られたら風邪ひくと思っただけだよ。次からは気をつけるんだね」
「……はい」
全くその通りだと私は彼の言葉に頷いた。いつの間にか近くに来ていたルオルは私を見ると、湖から上がって心配そうに声をかけてきた。
『大丈夫ですか?』
「うん、ごめんね、心配かけて。今日はもう、家に帰ろっか」
私がそう言うと、ルオルは私を背中に乗せた。ここを去る前にもう一度エルヴァレンに声をかけようと思い、彼を向くと、彼は私より先に口を開いた。
「―――また、来たくなれば来ればいい」
「え……?」
「君の使い魔、ルオルがここを気に入ったのは見ていれば分かる。なら、好きなときに来ればいいよ」
「でも、ここは私有地なんでしょ?」
「僕が許可してるんだから、それは気にしなくていい。どうせ、こんな奥深くに来るのは僕くらいだ」
私はそれを聞いて、目を瞬かせた。
「……いいの?」
「好きにすればいい」
その言葉に私は嬉しくなり、笑みを浮かべて言った。
「ありがとう。それと色々と助けてくれてありがとう。それじゃあ、また学校でね!」
私は彼に手を振ると、ルオルの背に乗って帰路に着いた。
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