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人魚 参

「フジミヤさんをお連れしました」


 ギルドの三階、その最奥にある扉を叩く。中からは「入ってくれ」と、低いがよく通る声が返ってきた。


「では、ごゆっくりどうぞ」

「なるはやで終わらせたいなぁ」


 この期に及んでまだ渋っているリンタロウを中に押し込むと、フィーゼはすぐに扉を閉めて立ち去った。残されたのはリンタロウと部屋の主人、この街の冒険者ギルドの長、ジオサンドラ・アルベールである。


「逃げずに来たな」


 椅子から立ち上がったアルベールは着崩した白のシャツに黒のジャケットといういつも通りの格好でリンタロウを出迎えた。髪の色と同じ漆黒の瞳を細め、意地悪く笑っている。リンタロウより五つは年上だが、軍人あがりの鍛えられた肉体は未だ衰えを見せず、猛禽の如き眼光も相まって笑っているだけでも妙に存在感を放っていた。


「あたしは逃げたかったんですがね」

「そうかそうか。フィーゼのことは後で褒めておかないとな」

「ええまったく、優秀な人材が揃ってるようで何よりです」


 リンタロウは頭を掻きながら部屋に目線を巡らせた。両脇を書棚が固め、中心にはテーブルとソファ、その奥にシックな色合いの執務机が置かれている。

 レイアウトだけを見ればベーシックな執務室といえるのだが、この部屋に入った者のほとんどはそのような感想は抱かない。その原因は部屋の至る所に置かれたぬいぐるみにあった。ドラゴン、ユニコーン、ロックゴーレムにサハギン。モンスターをモチーフにしたぬいぐるみが書棚や机、床の上にまで並べられており、その数は百鬼夜行さながらだ。

 どこでこんなに買い集めてくるのかと言いたくなるところだが、その問いは適当ではない。なぜなら、これら全てを製作したのはアルベール本人だからである。


 そんなアルベール手製のぬいぐるみ達の中から、リンタロウは部屋の奥、机の端に置かれた一体に目を止めた。


「また増えましたか?」

「気づいたか」


 アルベールは機嫌良く答え、机の端にあった一体の背中を掴んで持ち上げた。その様は走り出そうとして主人に捕まった子犬のようだ。


「リンがこのあいだ仕留めた、確かモーガだったな」


 牛の顔に、丸い体から蜘蛛のように生える六本の脚。幾分ユーモラスな顔つきになってはいるが、それは確かにリンタロウが戦ったモーガのぬいぐるみだった。


「なかなか創作意欲を刺激する見た目だったからな。ついハマって仕上げたんだが……結構いい感じにできてるだろ?」

「あいつはモーちょっと凶悪なツラしてましたがねぇ。それに足も随分と貧弱だ」

「誰かさんのスケッチを忠実に再現したつもりだが」

「ああでも、よく見たら愛嬌があっていい表情してるじゃないですか。きっと参考にした資料がよかったんだろうなぁ。この足もねぇうん……うーん、足はまあ、どうでもいいか」


 アルベールはやれやれと肩をすくめ、机の上にモーガを戻す。

 挨拶代わりの雑談はここまで。テーブルを挟んでソファに座れば、気が乗らずとも本題の始まりだ。


「それで、今回のご用件は何でしょう」

「いつも通り、仕事の依頼だ。リンにはとあるモンスターを仕留めてきてもらいたい」

「その口ぶりだと、未確認の新種というわけじゃなさそうですね」

「新種なんざそう次々とは見つからねぇよ。ま、うちで扱うのは初めての相手、ではあるが」


 アルベールが口の端をにやりと持ち上げる。その表情にリンタロウは嫌な予感を覚えた。


「それで、何と戦えと?」

「人魚だ」

「お断りします」

「おい、まだ詳細も話してないのにそれはないだろ」


 呆れるアルベールに対し、リンタロウはため息を吐いた。


「前に言ったじゃないですか。人と、人っぽいのは嫌だって」


 それはリンタロウがギルドに所属するときに交わしたやりとりだ。人に剣は向けられない、と。程度の差はあれど、他にもそういう冒険者がいないわけではない。それが問題とならないのは、そもそも冒険者という職業が人を相手にするものではないからだ。


「お前、人魚がどんなモンスターか、知ってるか?」

「上は人間、下は魚、最期は泡になって儚く消えていく」

「後半は意味わからんし、前半も五十点だな」


 その言葉にリンタロウはきょとんとした顔で両の目を丸める。


「下まで人間だったらそれはもう人間でしょう。逆も然り」

「そういう意味じゃねーよ。んじゃひとまず、人魚について一通り説明しておくか」


 そう言ってアルベールはソファの背もたれから腕を伸ばし、用意しておいたのだろう人魚の資料を机の端からつまみ上げた。


「人魚は海に生息するモンスターで、上半身は人型、下半身は魚のような形態をしているのが特徴だ。目撃例は多くなく、従ってその生態も詳しいことまではわかっていない。ただ過去の事例だと、人間に近づいてくるときは決まって男を攫っていくのが目的だ」

「へぇ。そりゃまたなんででしょう」


 その問いにアルベールはまたもにやりと笑った。


「あいつらはな、今のとこ雌と思しき個体しか確認されていない」

「ははぁ、なるほど」


 その意味を察したリンタロウも相手に合わせて口角を上げる。

 アルベールは身を乗り出しさらに畳みかけた。


「ついでに、美人ばかりらしい」


 リンタロウも合わせて身体を倒す。


「そいつは、攫われるのも悪くないって輩が出てきそうですね」

「リンもそのクチか?」

「あたしは地に足付けた生き方しかできませんので、海の中はちょっと」

「さすが、天まで昇っても帰ってきちまうだけのことはある」


 笑いながら身体を起こすアルベール。脱線はここまで。リンタロウも姿勢を戻した。


「まあ冗談はその辺にしておいてだ。奴らは繁殖のため、どうにか男をその気にさせて釣り上げなきゃならない。綺麗なツラは、そのための擬態だ」

「擬態……本当は違うってことですか」

「そうだ。確認されている人魚の能力は大きく二つ。ひとつめが自分を男好みの美女の姿に見せる幻術、もうひとつがまんまと近寄って来た男を催眠状態にする歌。この二つを使って男を攫っていくわけだ」

「なるほど。上が人間に見えるのはあくまで幻術によるもので、本当の姿は人間とは似ても似つかない化け物、だから五十点ってわけですね」

「そう。そしてその幻術さえ解いてしまえば、お前でもためらいなく剣を突き立てられるってわけだ」


 今の説明通りであれば確かに剣を向けることはできそうではある。だがリンタロウの中ではそれとは別の、より根本的な疑問が生じていた。


「見た目が人っぽいことについては問題ないのはわかりました。ただ、男を操る能力持ちの相手ならあたしではなく女性の冒険者に依頼した方が良いのでは?」


 対男に特化した能力を持つ相手にわざわざ男をぶつける意味はない。女性の冒険者もいるのだからそちらに任せるのが無難なはずだ。

 しかし当然、その程度のことはアルベールも承知のうえである。


「もちろん普通ならそうするところだ。が、今回の依頼はクライアントから色々と条件が付いていてな。それらを総合すると、お前に頼むのが最善ということになっちまう」

「なんです、条件って」


 既に悪い予感はしていたリンタロウだったが、やはりその直感は正しかった。


「関わる人数は最小限に、そして()()()()()()()()任せたいそうだ」

「うわ」


 リンタロウはほとんど反射的にそう呟いていた。

 クライアントが今回の依頼を秘密裏に進めたがっているのは明らかだ。これがただの人魚討伐なら隠すことなど何もないはず。つまりは何か裏の目的があるということだ。


「というわけでだ。女冒険者に頼みたいところだが、ソロでやってる女なんてのはいなくてな。仕方がないからソロの男の中でいちば~ん信頼のおけるお前に白羽の矢が立ったわけだ。人魚の歌に関してはクライアントの方で対策を用意するらしいから安心して向かってくれ」

「対策どうこう以前に、きな臭すぎて関わりたくないんですが。ほんとに人魚を討伐するだけで済むんですかそれ」


 クライアントの目的次第では悪事の片棒を担がされる可能性もあるのだから、リンタロウも穏やかではない。そんなリンタロウの不安をアルベールは嬉々として煽った。


「正確な依頼内容は人魚の討伐、そしてクライアントへの死体の引き渡し。あとはその口を固く結んでおいてくれれば良い。依頼のこととクライアントのことを口外しない、ただそれだけ。簡単だろ?」


 そう言われたときのリンタロウは彼にしては珍しい顔をしていた。口の端を引きつらせ、いつもの眠そうな垂れ目を細めて眉間に皺を作っている。関わりたくない、と顔全体で主張していた。

 そんな彼の様子には煽った張本人であるアルベールも流石に苦笑する。


「そんな顔するな。今回のクライアントはとある商会なんだが、これがかなり金払いが良くてな。この件を成功させて次に繋げたいんだよ。頼むぜリン」


 両手を合わせて頼み込むアルベール。珍しく下手に出た彼の態度に、リンタロウはため息を吐いた。

 彼が利益のために悪事に手を染めるような男ではないことはリンタロウとてわかっている。それに彼の性格からして、クライアントの裏の目的にも見当を付けたうえでこの話を持ってきているはず。その程度の信頼は最初からあるのだ。

 だからこれは単に、何に巻き込まれるのかわからないのが気持ち悪いという、それだけの話だった。


「はいはい、どうせこちらに拒否権なんざありませんよっと。どこの誰だか知りませんが、人魚の死体なんざ手にして何しようってんだか…………」


 折れた負け惜しみに愚痴をこぼすリンタロウだったが、そこでふと、今しがた口にした問いの答えに辿り着いた。それは今から半年前、このギルドにやって来たばかりの頃のことだ。


「ああ、そういうことか。人魚の肉を食えば不老不死になれる。そんな話、ここに来たばかりの頃にしましたね」


 アルベールが我が意を得たりと笑みを深める。


「思い出したか。話には出てないが、向こうの目的は十中八九それだろう。ある海沿いの村で語られるという眉唾物の言い伝え。お前の不死の性質を知ったとき、その言い伝えが本当だったのかと思ったが……どうやら俺以外にも確かめたくなった奴がいたらしい」


 そこまでわかればリンタロウが抱いていた疑念もすっかり氷解した。


「確かに、言い伝えが本当だったときのことを考えると、秘密にしておきたいというのもわからないではないですね。色々条件を付けたせいでかえって怪しくはなっていますが」

「モンスターに関することでギルドより情報を持ってる組織なんかないからな。死体の引き渡しという条件だけは外しようがない以上、目的がバレるのは必要経費と割り切っての注文だろうな」


 関わる人数を最小限に。そんな見るからに怪しい条件を付け加えたのも、ギルドには目的がバレる前提で、冒険者の間にまで話が広がらないようにするためだろう。


「しかしそうなると、あたしに頼んでしまってよかったんですか? 担当する冒険者にまで秘密がバレるのは望まれていないのでは?」

「そこは信用の問題だ。ソロの冒険者なんてのは大抵が扱いにくい奴らばかりだからな。こういう機密性の高い案件には向いてないんだよ」


 冒険者はチームを組むのが基本だ。怪力や異能を持つモンスターとの戦闘において数の有利は無視できないアドバンテージであり、あえてソロで挑むメリットなどないに等しい。

 故にそれでもソロで活動しているということは余程仕事へのこだわりが強いか、あるいは性格に難があり誰とも組めないかのどちらかになる。いずれも組織としてはあまり歓迎できない人材だ。


「信頼いただけているようで何よりです」

「あまり嬉しくなさそうだが、間違っても裏切るなよ? 人魚の横取りとか、な」

「既に不死のあたしが横取りしてどうするんですか。ちゃんと言われた通り、大人しく働きますよ」


 どうやら今回も言われた通りに動くしかなさそうだ。リンタロウはソファの背にもたれかかった。


「ところでこれは興味本位で聞くんですが、あたしはさておき、アルベールさんは不老不死に興味はないんですか? 横取りとまではいかずとも、肉の一欠片ぐらいならこっそり持ち帰れるかもしれませんよ」


 否定されるだろうなと思いながら尋ねたが、やはりそうらしい。アルベールは顔を背け、ひらひらと手を振った。


「いらんいらん、こっちは毎日死ぬまでの暇潰しに忙しいんだ。永遠になんてやってられるか」


 彼らしいなとリンタロウは思った。ギルドの運営も、アルベールにとっては退屈しのぎにすぎないようだ。

 やがてこちらを向いたアルベールの顔には、今日何度目かの意地の悪い笑みが浮かんでいた。


「リンの方こそどうなんだ? 不老不死、人に勧めたくなるほど良いものか?」


 その問いもまた、答えがわかったうえで聞いているのだろう。

 期待に応えるのも癪だったが、せっかくの機会だ。日頃の不満も添えて返してやることにした。


「不老の方は知りませんが、不死の方は良いことばかりでもありませんよ。特に、不死使いの荒い上司を持つと苦労します」

「そうかそうか。その上司には俺から言っておいてやろう。死なない程度に使えよ、ってな」


 リンタロウは大げさに肩をすくめ部屋を後にした。


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