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刻印 参

「先ほどはありがとうございました」


 村人達との話し合いを終えた三人が場所を移すと、ギルド職員が頭を下げた。


「本来なら私が収めないといけないところを、本当に助かりました」


 生真面目な彼の姿に、リンタロウは少しだけ頬を緩める。


「いえいえ。私もあんなやり方しか思いつかなかったですし、あなたの立場であれをやるわけにもいかなかったでしょうから」

「まったくだ。何をする気かわかったときは流石に少し焦ったぞ」


 そう言いながらゴドールは呆れたように笑った。リンタロウが取ったのは火に油を注ぐ結果にもなり得る手だ。本人もその自覚があるのか、ばつが悪そうに頭をかいていた。

 とはいえ、結果的には丸く収まったのだ。ゴドールも特に責めることはなく話を進めた。


「それで、私はさっそく罹患者の治療にあたるが、そちらはどうする? 調査を始めるか?」

「ええ。ですが、まずは治療に同行させてください。例の刻印がどんなものか、スケッチだけでなく実物を確認しておきたいので」

「その方が良いだろうな。では向かうとしようか」




 村の南東、本来は倉庫として使われていた他より大きな建物が、刻印が浮かんだ罹患者たちの仮説病院となっていた。といっても、治療方法など誰もわかっていない。運び込まれたベッドが並んでいるだけで、罹患者たちはそこで、残された時間を震えながら過ごしている。実態としては隔離施設の方が近かった。

 リンタロウとギルド職員は罹患者のひとりに刻印を見せて貰うと、ゴドールを残して外で待機することにした。解呪の魔法がどの程度有効なのか、結果を聞くためだ。


 しばらくして彼が出て来た。罹患者たち全員に魔法を試していたのだろうが、その表情は入った時と変わらず、険しいままだ。

 答えがわかっていようとも、話を聞かないわけにはいかない。リンタロウは眉間に皺を寄せるゴドールの横顔に声をかけた。


「どうでしたか」

「とりあえず、村人達の症状は呪いの一種と考えていいだろう。解呪の魔法が一定の効果を発揮していた」

「一定の、ということは」

「ああ。呪いを取り除くことはできなかった」


 予想通りの返答に、それでも場の空気は張り詰めた。

 決して楽観視していたわけではない。だが彼の魔法に期待しなかったといえば嘘になる。術師の魔法ひとつで事態が好転する。そんな都合の良い展開があるのなら、それに越したことはないのだから。


「あれは個人でどうこうできる代物じゃない。完全に取り除くには神官を集め、大掛かりな魔法を使う必要があるだろうが……そのうえで、絶対に治せるという保証はできない」

「そうですか……」


 悪い報せばかりが続いている。誰も口にはしなかったが、誰もがそう感じていた。事態は想定し得る最悪の道を突き進んでいる。それでも彼らは立ち向かうしかない。


「では逆に、どのような効果ならあったんでしょう?」

「私一人でも呪いの進行を遅らせることならできた。どうやらあの呪いは、かけられた時点では未完成なようだ。まず呪いの核のようなものが魂に根を張り、そこから少しずつ成長していく。そして呪いが完成したところで効果を発揮し、宿主を殺すのだろう」

「つまり、呪いが成長しきるまでにかかる時間が二日ないし一日ということですね」


 遅らせることができる、というのは朗報に違いなかった。遅らせた間に完治させる方法が見つかればこれ以上の死者を防ぐことができる。ただ、だとしても事件の解決は時間との勝負だ。時が経てば罹患者は増えていく。増え続ける患者全員に魔法をかけ続けるのは現実的ではない。


「呪いの発動にかかる時間はなぜ短くなったのでしょう」


 ギルド職員が聞いた。


「呪いをばら撒いている元凶の力が強まった、というのが考え得る最も単純な理由だろうな」

「はじめからある程度成長した状態の核を植え付けられるようになった、と」

「あるいは成長する速度が速くなったか、だな」


 いずれにせよ、なぜ元凶の力が強まったか、という疑問は残りそうだ。横で聞いていたリンタロウも可能性を提示した。


「呪いの元凶がモンスターなのだとしたら、呪いをばら撒くことで自身を強化しているのかもしれませんね。殺した相手の生命力か何かを吸い取っている、とか」

「ふむ。呪いによる殺害はその副産物ということか。ないとは言えない話だが……」


 顎に手を当て思案するゴドール。彼が考えていることはリンタロウにもわかった。


「該当するモンスターがいない、ですか」

「そうだ。この村の周辺に、あのような呪いを使うモンスターがいるという話はない」

「新種、でしょうか」

「どうだろうな。いずれにせよ、厄介な相手であることは間違いない」


 そこで議論は行き詰まった。三人はひとまずの情報共有を終えたと判断し、方針の確認に移った。


「さて、私だけではどうにもならないことがわかった以上、罹患者達は予定通り、仮設キャンプに運び出すことになる」

「はい。その間にこちらは村の調査を進めておきます」


 迷いなく請け負うリンタロウに対し、ゴドールは陰りのある眼差しを向ける。


「ギルド長の人選を疑うわけではないが、本当に大丈夫か? いつ呪いを受けてもおかしくない危険な役回りだぞ」


 罹患者とキャンプに移動するゴドールと、村に残り調査を続けるリンタロウ。予定通りの分担ではあったが、事態が碌に好転していない今、ゴドールもいくらか悲観的になっていた。

 自分は不死である。そう言えたらどれほど楽だろうか。だが、それをするのは今ではない。だからリンタロウは、嘘も交えて気遣いに応えた。


「ご心配ありがとうございます。ですが、加護のおかげで呪いの類に対して耐性がありますので、ミイラ取りがミイラになる心配はありませんよ」

「? ……そうか、ならいいが」


 得心がいっていない様子のゴドールを不思議に思ったリンタロウだったが、やがて答えに辿り着いた。ミイラとミイラ取り。意味が通じていないとすれば後者の方だろうか。






 村人の話によれば、刻印が浮かんだ者達に共通点と呼べるようなものはないそうだ。ただしその順番には傾向があった。概ね村の北の方から南下するようにして発症者が出ていったらしい。故に、素直に考えれば村の北側に手がかりがある可能性が高い。それでリンタロウは村人に案内してもらい、北側を見て回ることにした。


「ここだ。ほら、土のあの部分。風でだいぶ飛んでっちまってるが、まだ黒いのが積もってるだろう」


 村の北側の一画にある畑の中。村人が指さしたのは畝と畝の間の、黒い炭のようなものが積もった場所だ。


「これが亡くなられた方の」

「そうだ。この黒いのが、元は人間だった」


 村人達がまだ刻印の恐怖を知らなかった頃。右脚の脛に刻印が浮かんでいた村人のひとりが、畑仕事の最中に亡くなった。突然の痛みに呻いたかと思うと、右脚が変色を始める。変色はすぐに全身へと広がり、異臭を放ちながら溶け始めたという。そして残ったのが黒い炭のようなもの、泥のように溶けた体が乾ききった残骸だ。

 リンタロウは残骸へと近づき、傍でしゃがみこんだ。もう臭いはしていない。見る限りでは害はなさそうだ。


「触れても構いませんか?」

「なっ…………大丈夫なのか?」


 リンタロウは村人の反応に内心首を傾げたが、やがて得心がいった。知り合いの遺体に触れてもよいか確認したつもりだったが、呪いで溶けていった者の残骸に直接触れようというのは、確かに恐れ知らずの凶行にもみえるだろう。その辺りの感覚はこの半年で随分麻痺してしまっていた。


「はい、こちらのことはお気になさらず」


 触れることで何かが起こるなら、それはそれで貴重な情報を得ることになる。

 そんなことを考えながら、炭のようになった残骸をひとつまみ手に取った。見た目通りに乾ききっており、ぽろぽろと細かな粒になって崩れていく。

 今のところ手指の感覚に違和感はない。呪いの効果は残っていないように見える。ただ、触れたことで身体のどこかに刻印が浮かび上がっている可能性は否定できない。判断を下すのはそこまで確認してからだ。


(それはあとで確認するとして……少しキャンプに送ってみるか)


 方法があるかは知らないが、これを研究することで元凶の正体や特性を暴けるかもしれない。

 リンタロウは用意していた革の手袋と土製の小瓶を取り出すと、先程と同様にひとつまみを瓶の中に入れた。後でギルド職員に渡して運んでもらうことにする。立場上嫌とは言えないだろうが、胸中は穏やかではないだろうなとリンタロウは思った。死なない自分が代わってやりたいところだが、こちらはこちらでやることをやらねばならない。


「さて、次は……」


 その後は日が暮れるまで村の北側を中心に調べたが、呪いの正体に関する手掛かりは見つけられなかった。不審な場所はなく、村人に聞いても事件の前後で変わったところはないという。これでは村の南側を探ったところで同じ結果になるだろう。ならば――。


(村の外まで足を延ばす必要があるか)


 村の南には草原が広がっているが、北は少し進むと乾いた土と枯草に覆われた荒野になっている。奥の方ではゴブリンなどの非友好的な種族の姿も確認されており、村人達が近づくことはない。

 刻印は村の北側から広がった。であれば村のさらに北側が震源地である可能性は大いにある。誰も近寄らないエリアなら、見落とされている情報があるかもしれない。


「まずは方針をキャンプと共有して、探索は……」


 陽は既に落ちかけていた。ギルド職員への連絡と遠出の準備をするとなると、出発できる頃には夜になっている。時間が惜しい、それは確かだ。解決が一晩遅れれば、また誰かの身体に刻印が浮かびかねない。

 だが一方で、夜間の探索が得策ではないのも事実だった。人間は夜目の利かない生き物だ。せっかくの手がかりも見逃しては意味がない。

 葛藤の末、リンタロウは探索の強行を選んだ。彼にとって、悪化を続けるこの状況下において、一晩何もしないという選択は難しかった。だが結局はギルド職員によって止められた。リンタロウは探索の効率という面でしかデメリットを考えていなかったが、夜の荒野は命の危険も伴うようだ。不死の能力を伏せながらの反論は難しい。リンタロウは最後には折れ、翌朝陽が昇り始めるのを待つことになった。


 この夜、村人の一人に刻印が浮かんだ。


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