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刻印 弐

 丘の上で抱いた印象は村の入口に立ってなお変わらなかった。

 空気は重く淀んでおり、水底のように暗く息苦しい。そうでないことはわかっているのに、無人ではないかと錯覚するほどだ。

 幸い村人にはすぐに出会えたため、村長に取り次いで貰った。村の中央に集会所として使っている建物があり、そこで話をするそうだ。


 やがて集会所に辿り着いた。広いが、造りは他の家屋と変わらない。ただ、周りと比べて壁も屋根も劣化が進んでおり、くすんだ色をしていた。村の中でも古い建物なのだろう。

 案内役の村人に続いて入ると、中では椅子や机が端によけられ、広いスペースが作られていた。そこに村人達が二十人ほど集まっている。来訪者の姿を見て取ると、彼らは中心を開け、端に寄った。ギルド職員と、その後ろに二人の冒険者が並んで立つ。値踏みする視線が四方から突き刺さった。


 たった三人か。


 群衆のどこかでぽつりと発せられた言葉。三人ともその声をはっきりと捉えたが、ギルド職員は聞こえなかったことにして口火を切った。

 

「我々はギルドから派遣された者です」


 場の視線が職員に集まる。


「私エルマンとこちらのリンタロウが()()の調査を担当します」


 刻印――それは目下村人達を恐怖に陥れている、死の宣告である。

 何がきっかけだったのかは未だわかっていない。だが二週間ほど前から村人達の中に、体のどこかに黒いマークが浮かび上がる者が出始めた。気付いた村人達は気味悪がったが、さほど深刻には捉えていなかった。痛みやその他の症状がなく、ただそこにあるだけだったからだ。だが、その見立ては甘かった。刻限と共に、刻印は村人達に容赦なく牙を剥いた。

 最初の犠牲者は畑仕事の最中に刻限を迎えた。刻印が浮かんでいた右脚を起点に身体が変色していく。異臭と共に肉も骨も構わず溶け始め、最期は全身が泥のようになって死んでいった。

 その後も刻印が浮かんだ順に、計十二人が犠牲になっている。何が原因で、どうすれば死を防げるのか。リンタロウ達はまず、その正体を突き止めなければならなかった。


「そしてこちらはゴドール。最高ランクの冒険者チームに所属するクレリックで、解呪の魔法が使えます。刻印が出た方々の診察には彼があたります」


 職員の言葉に村人達はざわついた。最高ランクのチームに属する術者、その言葉が刻印の恐怖に怯えていた彼らの瞳に光を灯す。

 職員はそこに、あえて水を差した。


「あらかじめ断らせていただきますが、たとえ彼であっても刻印の症状を治せるという保証はできません」


 瞬間、場は静まり返った。

 そして再びざわつき始める。だが静寂の前後でその質は変わっていた。希望から、懐疑、憤慨、失望。それら負の感情が殺到する。

 どういう意味だ。治療できる者を連れて来たんじゃないのか。ギルドは解決する気があるのか。

 村人達は三人に口々に罵声を浴びせた。


 こうなることはわかっていた。死の恐怖に晒され続けている彼らを刺激すれば決壊するのは目に見えている。

 さりとて、これで安心だという空気のまま事を進めて失敗に終われば、今以上に彼らを落胆させることもまた事実だ。故に、今の内に現実を突きつけ、その先の話をする必要があった。

 まずは落ち着いて貰わねば。職員が口を開こうとするより先に、場を鎮めたのは村人の方だった。


「やめんか」


 村人達の中心にいた者が一喝する。

 この村の村長だ。


「優れた術師であっても治せんものは治せん。それは騒いだところで変わらん。問題は、そうなったときどうするかだ」


 村人たちに言い聞かせた村長は、そこでギルド職員を見据えた。


「もしゴドール殿でも治せなかったとき、次の手はあるだろうか。知っての通り、刻印が浮かんだ者たちには時間がない」

「二日、ですね」

「いや一日だ」


 その言葉にはギルド職員だけでなく、後ろにいたゴドールも目を見張った。


「はじめは二日だったが状況が変わった。猶予は日に日に短くなり、今では身体に刻印が浮かんでから一日で発作が起こり死に至る。これでは早期に発見できたとしても、街の教会に運び込むことすら絶望的だ」


 ギルドに依頼が持ち込まれたときよりも事態は悪化していた。それも驚異的なペースでだ。職員は首筋を冷たく濡らしながら、努めて冷静にギルドの方針を伝えた。


「状況はわかりました。質問の答えですが、ここから南東に降ったところに仮設キャンプを用意しています。教会から派遣された術者も数揃えていますので、彼一人では治療できない場合はそちらに移動し、より大掛かりな魔法での治療を試みます」

「ふざけるな」


 後方で誰かが叫んだ。


「一日しかないんだぞ。移動する時間だって惜しいに決まってる。その術師達を村まで連れてくればいいじゃないか」

「仰ることはわかります。ですが、ギルドや教会との連携のためにも、キャンプの位置はこの村と街との中間にあることが望ましいのです。どうかご理解ください」

「なにが理解だ! そう言って、本当は自分達が死ぬのが怖いだけだろうが」


 その主張にギルド職員は思わず怯んでしまった。

 職員が説明した内容は嘘ではない。だが、全てでもなかった。原因不明の呪いによって優秀な術者や人員を失う、そうした共倒れを避けたいという思惑はギルドと教会の両者に共通している。そしてそれは仮設キャンプの位置と無関係ではない。村人の主張は間違いとは言えないのだ。

 だからこそ、職員が咄嗟に反応を返せなかったのは致命的だった。


 村人のひとりに端を発した怒りが、周囲にも伝播していく。見殺しにするつもりか。俺達のことなどどうでもいいと思っているんだろう。ギルド職員がまずいと思ったときには手後れだった。群衆は過熱し、三人を責め立てる。

 その中で村長だけは村人達を抑えようと声を荒げたが、もはや彼の言葉であっても届かなかった。恐怖という重圧に晒され続けた村人の前に現れた余所者(いぶんし)達、それは彼らにとって行き場のない鬱憤の唯一のはけ口だ。一度決壊してしまえば感情の濁流は簡単には抑え込めない。


 ギルド職員は狼狽していた。彼とて話がこじれることは覚悟していただろう。だが四方を囲まれ剥き出しの敵意をぶつけられた経験などあろうはずもない。この場を捌き切るには彼では年季が足りなかった。

 一方のゴドールはといえば、腕を組んだままこの場を収める手を思案しているようだった。職員のように慌てた素振りはない。この二人では種類は違えど、踏んで来た場数に大きな差がある。荒ぶるモンスターに比べれば、数がいるだけの人間など恐るるに足らない。

 そして――。


 ゴドールが隣にいるリンタロウの様子を窺うと、彼はちょうど懐から何かを取り出すところだった。それは光沢のある小さな白い石で、魔石の欠片のように見える。珍しいものを持ち歩いていると思ったゴドールだったが、一拍遅れてその用途に気が付いた。

 そしてそのときにはもう、リンタロウは石にありったけの魔力を込めていたのである。

 

 魔石が起動し、眩い光を放つ。全員の注意が白く染まった視界に吸い寄せられ、場は沈黙させられた。

 光はすぐに収まったが、目が慣れるにはそれからしばしかかった。その間も村人達は呆気に取られ、誰も言葉を発せないでいる。

 そんな中、この状況を作った犯人は何食わぬ顔で語り始めた。


「もし術者にまで刻印が浮かべば……」


 未だ混乱気味の村人達の意識に、彼の言葉はするりと入り込んでいく。


「そのぶん治療の手が少なくなってしまいます。万全の体勢を維持するためにも、キャンプは少し距離を置いた位置に設営させていただきたい。その点はどうかご理解ください」


 今度は村人達からの反論はなかった。リンタロウの説得が響いたわけではない。彼らとて、その程度の理屈はわかっている。それでも摩耗し切った心が彼らを攻撃的にさせ、先の狂騒を生み出させていた。だから彼らに必要だったのは、無理やりにでも感情を鎮静化する一手だったのだ。


 ひとまずの決着に安堵しながら、村長が続きを受け持った。


「皆もわかっただろう。ギルドと教会が我々を見捨てるなどということはありえない。現に今、このお三方は我々と同じリスクを背負ってここにいるのだからな」


 その後の会議はつつがなく進行した。現在の罹患者の数、調査への協力依頼、状況の変化を受けたキャンプの位置調整について。

 そうしてまとめに入った会議の裏で、リンタロウは鉛を呑むような息苦しさを覚えていた。

 同じリスクを負っている、それはリンタロウに限っていえば全くの嘘だ。不死の能力を持つ彼は、この場で唯一死のリスクを負っていない。

 無論、だからこそ彼は今ここにいるのだが、そのことに負い目を感じるか否かはまた別の話だった。


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